第九十話 また会える
早朝。
僕らはセセトト山の屋敷を出ることにした。表向きはこれ以上迷惑をかけないため。
裏? もちろん勇者に会う可能性をゼロにするために決まってる。
「フミフミさん、わたし、トロピチュルジュースを飲みながらお城で待ってます! だからお仕事が終わったら迎えに来てくださいね! 絶対です!!」
どのお仕事なのさ……とギルドで路銀の足しにするぐらいにしか働く気がない僕が突っ込もうか悩んで、結局やめた。
代わりに、
「まあそのときが来たら、ね」
と頭を撫でる。
隣でピミュさんが慌てた様子で僕らを見守ってくるけど、別に撫でてるだけだからね? ほら、ウィズも面白がってピミュさんの真似し始めてるからやめて。
巫女さんは巫女さんで、嬉しそうに僕にすり寄って、最後には頭を僕の頭にこすりつけてきた。
水色の髪がフリフリと揺れるのをなんとなしに見ていると、巫女さんの顔辺りが少し湿ってきた。
「巫女さん?」
「……わたし、は、だいじょぶ、ですよ?」
そんな涙声で言われても、ね。
頬をポリポリと掻きながら少し考える。
それは単純な疑問で、他の人ならわかること。でも、僕にはわからないこと。
――なんで巫女さんは泣いている?
好感度とかそういうメーターがあればきっと高いんだろうけどさ。だからと言って、僕と巫女さんは行く道が違う。僕はその先へ行くわけだけど、巫女さんは僕らが通ってきた道を逆戻りする。王宮はここから北東にあるのだから。
しばらく会えないかもしれないけど、二度と会えないわけじゃない。僕か巫女さんのどちらかが死なない限り、だけど。
生きている限りもう一度会えるんだから……――
「フミさん」
ピミュさんに声をかけられて肩越しに振り返る。
「この子は、きっと寂しいんだと思うんです」
「寂しい?」
「ウヌ」
僕のオウム返しに答えたのはフェンだった。
「この巫女はフミ殿のことが好きなんだろう。そして、好きな者とは離れたくない、というのが心の機微というものだぞぃ」
「……そう」
そう言われてみれば、そうか。
僕も、向こう(地球)では澪がいて、そして澪とはいつも僕と一緒にいた。それを苦に思ったことはないし、どちらかといえばいつも一緒だという状況は安心したし、好んでもいた。
……今ここに来ているユナイダート王国の勇者も、探すという立場であれど、一緒にいたいという人を探している。きっとその根幹にきている感情は〝寂しい〟なんだろうね。
巫女さんに視線を戻す。
お腹あたりに顔を埋めて僕をしばりつけるかのように服を湿らせてくる。
「巫女さん」
撫でる手を止めて、そのまま頬に手を持っていく。
寂しいなら一緒にいてあげるのが一番の方法だ。でも、それは僕が一緒に王宮に行くことになるわけであって、旅のお早い終焉を意味する。
僕は僕のために、私欲に忠実な道を。
巫女さんは巫女さんの、自由の道を。
その道は今この場では立体的に交差し、そのまま離れていく。交わるも交わらない関係。
だけど。
「二度と会えないわけじゃないんだから、そんなに泣くと後で恥ずかしいよ、って思うんだけど……」
「……んぅぅ。でも、次はいつ会えますか……?」
「そりゃ、わからないさ」
「いつですか……?」
「だから」
「いつまた会えますですか……?」
あ、だめだこれ。正攻法じゃ手に負えないや。
かといって、奥の手がないわけじゃない。
ピミュさんに任せる、フェンの意見を訊く。さっきから奥でニコニコと微笑んでるティトシェさんに押し付けるか蔑んだ目で見てくるメイドさんに恥を忍んで助けを求める。
どれでもいいけど……でも。
「巫女さん、一つ良いことを教えてあげる」
すぅ、と息を吸い込んで覚悟を決める。面倒だけど、仕方ないから。
「良い女は男を信じて待つもの。家事を極めるもの。……ハーレムに入るなら、僕が不在の間ティトシェさんとあのメイドさんの元で極めてみなよ。そうしたらまた会えるから。あ、あと武芸ね。自分の身は自分自身で守らないと」
最後は心にもないことで締めくくると、巫女さんがゆっくりと顔を上げた。涙目の上目遣いは僕には効かない。
「…………」
「…………」
僕と巫女さん、二人して沈黙。
もう少し待ってみる。
巫女さんの目が僕、僕の後ろ、僕、僕の後ろとだんだん速さを上げながら行き来する。僕の後ろにはピミュさんしかいないはずなのに。もしピミュさんを見ているんだとしたらピミュさん、絶対キョドってる。
「……わかりましたよフミフミさん!」
涙をゴシゴシと僕の服で拭いて、僕を思いっきり押す。引き剥がす側がいつの間にか引き剥がされる側に変わるとは思わなかったよ……。
「ふぇええ!? ふ、フミさん!?」
……低反発だね、ていう感想だけにしておこう。
「ありがとうピミュさん」
「……」
そのまま地面に押し出された……。
「フミフミさん! わたし、拳法極めちゃいますよ! ちょわーであちょーな拳法極めちゃいます! ……だから」
さっきまで泣き顔だった顔に良い笑顔を浮かべた巫女さんは、
「旅先でもハーレム作ってくださいですね!」
「…………あ、はい」
ピキリと、空気が固まった。だというのに、そんな中巫女さんは「ぴゃー言っちゃいましたよついにはずかしいですね!!」と嬉しそうに屋敷の中に入っていった。
見送りのはずでは、とかそれが別れの挨拶でいいのかとかいろいろ言いたいことはある。
けど、それよりピミュさんや。黒いオーラを出すのはやめてもらえないでしょうか?
最近は少しずつ僕離れしていたような気がしたのにぶり返したか。
でも、ぶり返すにしても、僕が振り返らずに負のオーラを感じられるのはおかしい。というか、ダメな方向に成長してるんだけど……。
「お話は終わりましたね」
「これから始まるんですぅ!」
「ピミュさんのお話はこの場では始まらないし始まらせるつもりから。ウィズ、拘束」
「イエス・マム!」
「僕は男だよ……」
ため息混じりにそう呟いてからティトシェさんに向かい直す。
「わざわざ見送ってもらってありがとうございます」
静かに微笑みを浮かべるティトシェさんにとりあえず筋は通す。女王である身なのに、一介の冒険者に――
「この屋敷の者として当然のこと、というのもありますが、フミさんに少し頼みごとがありましたので」
「頼みごと?」
「はい。あなたが行く道すがらで良いですので、私の息子と娘を探してきて欲しいんです。三年前に『こんな家にいられるか、俺は獣人族大陸に行く!』と言って息子が。『ほ、本。本、探してくるね』と場内で私にそう言ったっきり戻ってこない娘が一人いまして」
息子の方、死亡フラグがビンビンに立ってるんですけど。あと娘さん、娘さんはどうして迷子になってるのさ。王宮でしょ? 自分の家で迷子にならないと思うんだけど。
「ちなみにですが、娘の方は最近獣人族大陸の王都で目撃情報があったらしいです」
「場内で迷子になったんだよね? そうなんだよね?」
「よくありますよね」
「よくあってたまるかっていう話なんだけど……わかったよ。見かけたら声かけるよ」
「ありがとうございます」
「もちろん報酬が出るなら」
「……フミさんはちゃっかりしてますよね、そういうところ」
「報酬はいくらあっても困らないからね」
全部アイテムボックス行きだけどさ。
「それでは報酬は出しましょう。ただ、見つかったらですよ?」
「まあ失敗というものはないしね。それでいいよ。ちなみに名前と外見の特徴は?」
「一人は義理の息子で、ティクルクと言います。実は獣人族です。それで、そうですね……クリーム色の耳と少しひ弱ですが眼光が何故か鋭いのが特徴的ですね。あ、ですが性格は臆病です」
「へぇ。娘さんの方は?」
「娘はミルク全体的にひ弱で、髪で目をを隠してますね。小さい体に反して常に大きな魔術本を持っているのが特徴、といって良いんでしょうか? メイド長さん」
「魔法だけは超一流ですがドジ・ドジ・ドジの三拍子がつけられるほどドジに関しては比類なき高みを登った方であられます。あのドジ娘」
すんごい罵倒が帰ってきたんだけど。さすがメイドさん。凄まじい毒舌。あと、別に褒められているどころか貶されているのに、ティトシェさんはどうして喜んでいるのさ。
「そうですねー……あの子本当に可愛いんですよ! うちの長男長女どころかメイド長以外が全員花よ蝶よと甘やかしに甘やかした子ですから。そのおかげでちょっっっっとだけ世界に疎いところもまたかわいいんですけどね」
「失礼ながらティトシェ様。少々罵倒させていただきます。あれがちょっとだというのであればあなたの目と頭は腐ってます」
罵倒することをあえて宣言するのは初めて見た。
まあ、僕がその状況を実際に見たわけじゃないけど、ティトシェの言葉からすると僕も同じこと言いそう。
あと、きっと『おかげ』じゃなくて『せい』だと思う。
「それで、後はもういい? そろそろ出ようと思うんだけど」
じゃないと勇者達が起きてきてしまう。もし鉢合わせたら一体なんのために出発を朝に早めたのかわからなくなってしまう。
「そうですね……」
さっきまでのデレデレ顔が一転、顔を引き締めて少し考える素振りを見せたかと思うと、僕の後ろに振り向かせた。
そこには当然みんながいるわけで。
そのみんなが僕と目が合うと笑ってくれる。
「この絆を大事にしてくださいね」
なんて、ティトシェが綺麗にまとめようとしている。
……まあ、うん。
「そうだね」
素直に頷くと、
「では、いってらっしゃい」
そう言って優しく背中を押された。
「帰ってきたら、今度こそあの子たちに会ってくださいね」
お読みいただきありがとうございます。
おさらい1:文くん、ハーレムを作ってくださいという言葉に思わず「はい」と返事する。
おさらい2:なんかに気づいてるティトシェさん。
分割しようと思っちゃいまして、分割です。次話は年明けですね。良いお年を。




