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ウィーク・クリエイター  作者: 二本狐
第二章 ユナイダート王国編
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第八十七話 セセトト山 4 - 歩んだ路にフラグあり2 -

 かぽーん。

 そんな効果音が鳴るにはちょっと広すぎた。

 天然温泉の数々。といってもまだ温泉の方に足を入れたわけではなく、外から目に入れただけ。

 それだけでも壮大に広がる温泉の数々にピミュさんたちは口をあんぐりと開けて驚いていた。

 ぽかーん。

 この言葉が一番しっくり来る。

「……王家がこんなすごい温泉を隠し持っていたなんてね」

 そう口にしながら、そういえばとあの牢屋で読んだ本の内容を思い出した。


 ――この街には王家直属の温泉が存在する。


 この内容は当たらずも遠からずだったというわけか。

 僕らが街に着こうとした時、実際にあの街には王家の人がやってきていたんだ。温泉のついでか街に目的があるのかはわからないけど、少なくともケットル街を訪れるのはあの本を読んだ限り通例。これが警備が厳重になる理由。

 だとすれば、だ。

 僕はこの場を去るべきだろう。

 だって、仮にも一国の主。僕が勇者だってバレれば、『国賓扱い』と書いて『奴隷』というルビを振られるに決まっている。

 いや、まあ、極端な話だけど。

 確かにユナイダート王国は【亜人(あじん)排他(はいた)主義(しゅぎ)】に激怒した国だから僕的には好感度は高いけどさ。それとこれとは別、というわけで。

 それに、本音を言うと王家とはあんまり関わりたくない。

「よし、ちょっと悪いけど温泉は諦め――」

「文君文君! ここ混浴だって! いつでもピミュさんに『ボクオマエマルカジリヒャッホゥ!』ができるね!」

「ふぇええええええ!? ふ、フミさんそんな願望が……で、でもフミさんなら……」

「ウヌッ……? フミ殿、やはりはじめからピミュ殿狙いでこのパーティに入れたのか? 若いな」

「フェンさんやはりってなんですかやはりって!? フミさんは私しか興味がないってことですか! ……えへ、えへへ……もう、フミさんったら……」

「ピミュ殿、そこはフミ殿ではなく、吾輩の友である左の(がい)(ふく)斜筋(しゃきん)だ」

 外腹斜筋って……普通に脇腹って言えばいいのに。その知識はマニアックすぎる。

「それじゃピミュさん! さっそく遊ぼ!」

「え、うぃ、ウィズちゃん!?」

 さっきの言動と全く逆の行動をとるようにピミュさんを連れて更衣室に入る。どうせウィズのことだからその場のノリでものを言って行動しているわけだからしょうがないといえばしょうがない。

 どちらかと言えばありがたいぐらいだし。

 ……いや、もうここを出立しようとしていた身としては全然ありがたくないな。

「……まあ、うん。頑張って気をつければいいか」

 遠くで「あっ……」という物凄く気まずい声が聞こえたような気もしないけど、もう僕には関係ない。ウィズもそっちにいるし、あとは自己責任で。

「僕らも入ろっか、温泉」

 そういって『男』と書かれた真新しいのれんをくぐった。




 いくら混浴だと言っても、男性と女性では出口は違うし、湯けむりはたってるし、挙句の果てには服を脱ぐ前に見えていた温泉の規模以上にここの温泉が広かった。これじゃ〝実質〟混浴と銘打ってるだけだ。

「これじゃ、合流は無理そうだね」

「ウヌッ。……そう言いながらもフミ殿、声とか顔とかが嬉しそうなんだが……」

「気のせいじゃない? あ、フェン、あっちに筋肉とお友達になれそうな温泉効果があるよ」

「ウヌッ!? フミ殿、吾輩、少々用事ができたため席を外させていただく! うぉおおおおおおおお!! まっておれ吾輩の筋肉よぉおおおおおお!!」

 単純だ。

「あーあ。一人になっちゃったなー。しょうがない、一人で温泉に浸かろっと」

 計画通り、とか思ってなんかいない。

 いつのまにか用意されていたタオルを腰に巻いたままとことこと歩いていると、温泉の地図が描いてある野立看板を見つけた。

「『肩こりに効く温泉』、『血行が良くなる温泉』に『温泉が良くなる温泉』……いや、意味わかんないし」

 思わず突っ込む。

 多分誤表記だと信じたい。

「えぇっと、後は『筋肉増強がみこまれるだろう温泉』に『胸の成長を促進させたい温泉』……『非日常を体験するただの温泉』……なにこれ」

 ところどころに仕込まれてる変な温泉。しかも、筋肉増強の温泉はさっき適当に僕が指さした方向であってるし、非日常に関してはただの温泉って書いてある。

 なんでこんなボケの混ざった温泉が、しかも王家直属のものになっているのか不思議でたまらない。

「もっと普通の、それでいて小さめの温泉は……『日常を堪能する景色の良い温泉』かな」

 かなり奥、というか野立て看板ぎりぎりに書かれていた温泉。ここなら一人でゆっくりとできるはず。

 その隣にある『???の温泉』というのは見なかったことにしよう。

 決まったところで『日常の温泉』に向かう。

 その途中で気を取り出すとヒノキの棒を召喚して床をトンと叩く。そして【クリエイト】で桶を作り、温泉の温度を手で測ってから頭から被る。

 ついでに頭と身体を洗ってスッキリすると、ゆっくりと肩まで浸かって奥の方まで移動する。

「ふぅー……。落ち着くー……」

 タオルは頭。

 今は誰もまわりにいないからそこら辺に置いといても良いけど、温泉というのもあって畳んで頭に置くのが一番しっくりとくる。

 外に目を遣ると、ちょうどケットルの街とは反対側の景色が目一杯に広がっていた。

 下から徐々に雪化粧がかかる山から、紅く萌える木々。遠くには海と海に面した街がある。多分あそこが人族大陸(パステオン)の旅の終着点。

 下山してからあそこまでそう時間はかからないだろうね。かといって近いというわけでもない。

 急ぐ旅じゃない、といえば嘘になるかもしれない。だって早く獣人族(ディヴィム)に会ってみたいし。

 あとは……

「いろんな疑問を氷解させないとね。……例えば、魔族(マヴィラス)がどうして人族(ヒューマ)の王宮でスパイみたいなことをしているのか、とかとっても気になるんだけど」

 そう言って首だけで軽く振り返ると、さっきの黒髪のメイドさんがいた。いつからいたのかは知らないけど。でも、殺されなかったところをみると敵意は持ち合わせてない、と見てもいいのかな。

「……やはり、そういうことでしたか。……チッ」

 うわー、この人あからさまに舌打ちしたんだけど。

「別に隠し立てするようなことではありませんが、貴方に言ったところで不利益しかでませんので」

「まあ、たしかにね」

 抑揚なく淡白に告げられた言葉に頬をポリポリと掻く。

 情報を引き出すには、僕も何かしらの不利益(情報)を提示しなくてはいけない、ということか。

「だったら、メイドさんは僕のどういう情報が欲しいわけ?」

「……何を勘違いしているのか知りませんが、貴方が持ち得る情報なんて限られていますし、そもそも知りたくもありませんよ」

「…………かなり辛辣だね」

「貴方も思考の速さと運の悪さはピカイチで気持ち悪いですよ」

 平坦な声で告げられた言葉に思わず首を傾げる。

「運の悪さって?」

「パステオン大陸で二人もの魔族(マヴィラス)に出会ってしまったところです」

「……まあ、最初はあのメイド長さんの異常な身体能力で気付いたわけだけど」

「身体能力、ですか。……ハッ」

「なんで今鼻で笑ったの!?」

 思わず水しぶきをあげながら振り返って真正面からメイドさんを見据える。

 やばい! そう思った時にはもう遅く、水しぶきがメイドさんに……かかっていなかった。

「貴方はそういう趣味をお持ちで……残念ですが、私は濡れたメイド服のまま襲われるという稀有(けう)な体験はしたくないので避けさせていただきました」

「僕もそんな趣味嗜好は持ち合わせてないよ……」

 なんか温泉に浸かってるのにどっと疲れた……。

 また肩まで浸かると、「それで」とメイドさんが続けた。

「そのメイドの身体能力が異常だから魔族(マヴィラス)だと思った、と。先ほど思考が速いと言いましたが、ただの短絡的思考の持ち主でしたか。いえ、愚直と申しましょうか。どちらにせよ、考えが浅すぎます」

「物凄い言われようだね……」

「どのような場面で身体能力を見たのか知り得ませんが、愚かな貴方には特別にお教えいたしましょう。常識知らずの冒険者さん」

「……何を? なんで?」

「私が鼻で貴方を笑った理由です」

 そう言ってぼそぼそと魔法を唱えたかと思うと、メイドさんの耳が徐々に尖り、いつの間にか手には弦が張られていないショートボウが握られていた。

魔族(マヴィラス)にもいろいろな人種がいます」

 そう切り出して(とう)々と語りだした。

人族(ヒューマ)にも肌の色が違うというのがありますでしょう? それと同じように獣人族(ディヴィム)にもいろんな耳と尾を生やしておりますし、魔族(マヴィラス)にもいろんな種族が共存しています。ちなみに、私の種族はわかりますか?」

「長い耳に弓……僕の知っている言葉で表すならエルフ、かな」

「正解です。さすがに思考が早いだけはありますね」

 皮肉られているのか褒められているのかまったくわからない物言いに半笑いで返す。

 それにニコリともせずに言葉を続ける。

「長耳族、一般的にエルフと呼称されています。まあ長耳族にもいろいろありますので、含まれる、と広げておきましょう。他にも小人族に含まれるドワーフや魔狼族のルー・ガルー……魔狼族は特殊ですので獣人族ではありません。そうですね、淫魔族のサキュバスもおりますよ。興奮しましたか? 気持ち悪いですね」

「してないからさ……続きお願い」

「……チッ」

 なんで舌打ちされたのか全くわからない。

「サキュバスは人族にとって夢のような存在で、基本的に胸は大きいですが小さい場合もあります。髪色はピンクで目立ちますので是非一度見てみてはどうでしょうか?」

「なんでサキュバスの話を続けたのさ……。しかも魔界に住んでるサキュバスをどうやって――」

「――奴隷商の物見せにて」

「…………」

「頬張った顔に少々骨ばった体つきになってしまっているサキュバスでしたら、奴隷商を覗けばすぐに見つかりますよ」

 ……そうか。

 そういうことか。

 奴隷。このワードはテンプレで、僕の中ではせいぜい翔あたりがハーレム作るための一つとしか考えていなかったけど、それは勇者一人に視点を当てた場合であって、世界全体で考えていない。

 世界規模で考えた場合、これは国際問題だ。

 そもそも今の今まで奴隷というものがこの世界に存在していたことすら知らなかったけど……そっか、この世界にもあるのか、奴隷が。

 もし、この世界の奴隷が手ひどく扱われていて、しかもその中に魔族(マヴィラス)が含まれていれば、それは戦争の引き金に成り得る。

「メイドさん、貴女は魔族(マヴィラス)の奴隷のために……」

「……奴隷に関しては、『それもある』と答えておきましょう」

「……それも?」

「これ以上言いませんし、そもそものところ話がずれてます」

 そう言って、話を本筋に戻した。

「先ほどようなエルフ・ドワーフ・サキュバスなどの種族はおりますが……これまたさっきと申し上げた通り、人族の人肌が違うのと一緒です」

「だから、それが……」

「人族で人肌が違うからといって、身体能力に差はありますか? 多少あれども、レベル一なら大抵同じでありましょう? たしか人族の平均は五十……魔族(マヴィラス)は種族ごととなりますが、私達エルフでしたら素早さだけなら百ですが……あそこまでの速さが出るとお思いで?」

「それは、レベルをあげたからで……」

「そう、それです。修練すればレベルが上がり、必然的にステータスも向上します。……ただの目安ですが」

「ただの目安?」

「いえ、貴方のみたいな頭の回転がお早くすぐ答えを見つけてくるような方にはわからないでしょう」

「いや……ぼんやりとならわかる気がするよ」

 だって、僕のステータスと反映されているステータスが違うからね。

「それで?」

 続きを促そうとすると、メイドさんに「こいつマジか」と言わんばかりに睨まれた。

「ここまで言ってもわからないんですか? 脳漿(のうしょう)ぶちまけたゾンビですか?」

「いや、なんとなく答えはわかってるんだけど……」

「でしたら採点してあげますので言っていてください」

 答えはわかったんだけど、これ、自分で浅慮だったって認めることになるんだけど。

 なんとなくため息を吐くと、のぼせないために身体を持ち上げて足湯の状態にすると、タオルを下腹部にかける。

 ひんやりとした風が身体を一撫でするのを目を瞑って感じてから、一言。

「真っ先に出る答えは『超レベルが高いメイドさん』」

「はい、及第点です」

 頭上からやっぱり抑揚のない声が耳に届く。

 あの時の僕はこの世界を他の人より知っていて天狗になっていたのかもしれない。

 大きく分けて三つの種族がいて、四つの大陸があって、一人だけ自由に動けるからと王都に出て、王都でいろんな人と話をして。

 それだけで、僕は世界を知ったつもりでいた。

 でも、大事な部分、〝この世界の常識〟が抜けていた。

 それは種族だけではなく、ステータスやもっと身近なこと。それがなんなのかわからないところがすでに重症かもしれないけど、少なくとも常識がわからないということに気づけた。

「ありがとう、メイドさん」

「例を言われるほどでもありません。ただ、常識のない馬鹿で無謀な冒険者に常識を教えるのはメイドとして当然のことです」

「……言葉の節々どころか全体的にトゲしかない発言どうもありがとう」

 頭をぽりぽりと掻くと、メイドさんはおや、と言わんばかりに眉を釣り上げた。

「怒らないのですね」

「怒れないんだよ」

 肩を竦めながら立ち上がる。

「最後に、さ。もう一回質問してもいい?」

「どうして人族の王宮に魔族(マヴィラス)がいるか、ですね。……わかりました。貴方が会った魔族(マヴィラス)のことを教えていただければ特別に、しかたなく教えて差し上げましょう」

 そんなんでいいんだ。

「――ミニスタシア」

「……チッ!」

 うっわー……盛大に舌打ちしたよ。

「……ミニスタシアの名をこんなところで聞くことになるとは、貴方は将来的に呪います」

 呪い宣告されたんだけど。

 知り合いなの、なんて到底聞けることじゃない。

 だから一言も声を出さずに待っていると、渋々と言わんばかりに僕の傍までよると、耳にキスをして、


「新しい世界の創世。それが魔王さまの意志です」


「それは、どういう……」

 僕が全部言い終わる前に、メイドさんはパッと離れた。

「貴方のよく回る脳で、私が言った言葉をヒントに正しい答えを見つけてみてはどうでしょう? 貴方は冒険者ですし、ミニスタシアと会っても殺されなかった。つまり、それほど貴方は見込まれた方、というわけなのでしょう」

そう言ったあと続けて、

「では、また会いましょう。ヒノキの棒を扱うお馬鹿な冒険者さん」

 そのとき初めて微笑を浮かべたかと思うと。

 そのまま歩き去っていった。

お読みいただきありがとうございます。



おさらい1:合流できない温泉。


おさらい2:メイドさん辛辣すぎぃ。


おさらい3:魔族と奴隷と世界創世。



お色気回だと思った? 残念! シリアス(温泉にヒロイン無し)回でした!

……と相成りました。

なんだか申し訳ないです……。

予告:次話はおにゃのこでます。

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