第八十四話 セセトト山 1 - 巫女の存在理由 -
時間が一日巻き戻っている。
僕の結論はそこに落ち着いた。というか、そうじゃなかったら辻褄が合わない。
というのにはいくつか理由があるわけで。
一つには僕が巫女さんに平原へ送って貰う前は夕焼けだったというのに、今上を見上げれば太陽は明らかに真上からようやく傾きかけた位置にある。
これだけならさっき塔で見た太陽の位置が勘違いだったのかもしれないなんて思えるかもしれない。でも、皆と会話をしているうちに違和感がどんどんと降り積もっていった。
ウィズは僕が捕まって〝二日〟経ったと言っている。それはフェンやピミュさんもほとんど同じようなことを言っていた。
だけど。
「僕が捕まっていた期間は三日だったはず。なのに……」
だって、あの牢屋の中でのご飯は三食で、着いてからずっと数えていたんだから。
普通に考えるなら僕が日数を数え間違えた、ってなるけど……でも、暇つぶしも兼ねてきっちりメモも取ってたから其の可能性は捨てても良いぐらい。
だとしたら……少し突飛な発想にはなるけど、あの巫女さんの転移は……失敗だった? いや、でも場所自体はドンピシャだからいいけどさ。でも、時間を遡るのは……あれかな、失敗じゃなくて代償、みたいなもの?
いや、イフで考えたところで答えは出ないし、これ以上考えても無駄か。
結局、時間遡行のおかげでピミュさんのヤンデレ化が回避できたわけだし。
「さて、と」
気分を変えるためにグッと身体を伸ばしながら目の前に連なるセセトト山に目を向ける。
山というのもあって、最初は普通の山道だけど、上に視線向ければ向けるほど白色が深まっていく。しかも、途中から雲も薄くだけどかかってきているから、酸素濃度が少し心配かな。
きっとそこまで上に行くことはないだろうけどさ。
「フミさーん!」
後ろを振り向くと、山の近くに建てられた小屋から普通の、ギルド嬢然としたピミュさんが紙を持って走り寄ってきた。
「これ、山の地図らしいんですけど、私どうしても読めなくて……」
…………ギルド嬢、だったはず。
思わず目を細めてピミュさんをジィっと見つめていると、自分の職分を思い出したのかブンブンと手を振った。
「違うんですよ! この地図本当に読み取りづらくて……!」
「……へぇ~……」
「ふえぇぇ……でしたら見てくださいよぉ……!」
そう言って持っていた地図を手渡された。
……うん。
これは確かに初見だと読みづらい。
どうやらラズワディリアの山の地図というのは普通の地図とは違って宝探し的な要素が含まれているみたいだ……――
「っていやいや。そんなわけない」
頭を振ってピミュさんにこりと笑いかける。
「ピミュさん、これ、きっと子供の落書きだよ?」
「ふぇ? だって、これあの山小屋にあったもので……」
「別に人が居たわけじゃないし……いや、もしかしたら商人の子供が描いたものかも」
微妙に必要な情報が載ってるのもあるし。
かといって少なくともこんなミミズったい字で『標識』だとか『温泉注意:死ぬよんっ』だとか書いてあるのが情報と言えるのかどうかと言われると微妙だけど。 温泉で死ぬって、どういうことさ。
「いや、それは置いといて……うん、でもまあ、僕ならなんとか読み取れそうだ」
あと牢屋で読んだ本の中にこれよりもうちょっとしっかりした地図があった気がするし。確かアイテムボックスに入れておいたから後で読み返しておこう。
「そうですか! さすがフミさんです!!」
だからその好感度から来る補正はやめてほしいんだけど。
昔ちょっと耳に入ってきた話。恋愛ゲームでデートの時に服が選択できるもので海へ行く格好に『麦わら帽子』『手編みのセーター』『短パン』『サンダル』の格好で行ったら、普通の好感度だったら帰られる。だけど、ピミュさんのように好感度が高いと補正が入りすぎて普通にデートできるらしい。
ゲームと現実を混同するのは良くないけど、現実問題起きてるからなぁ。
「フミさん?」
「ん、なんでもない。とりあえず休憩終わり。皆を呼んできて」
雪だるまの突進をクリエイトで作ったスキージャンプ台を使って受け流す。雪がないのに現れた雪だるまから溶けかかっている水が顔にかかったのを拭いながらウィズに指示を出す。
「ウィズ!」
「はーい! 【ファイア】」
「ギュリュ……」
ドロッ、とファイアが当たると同時に溶ける。と、同時にフェンがウィズの背後にいた小さめの雪だるま――多分溶けたんだと思うけど――を真っ二つにしたところでようやく大きく息を吐いてヒノキの棒を収納した。
ウィズは無邪気にグッと身体を伸ばしてるし、フェンは雪だるまが襲ってくる前に戦っていた大蛇の素材を剥ぎ取ってる。素材は路銀にできるみたい。
コリスは馬車を全体的に、もっと言えばバックアタックを警戒して僕達の戦いには不参加。結局戦わずじまいだけど。
そしてピミュさん。ピミュさんは絶賛お休み中。うん、非戦闘員ってずるいと思う。
「さて、と。素材は剥ぎとったー?」
「はぎとったよー!」
フェンの代わりにウィズが返事をする。相変わらずウィズは元気だ。いや、僕だけが疲れているのかな。フェンもまだまだ体力に余力がありそうだし。
でも、普通山登りを始めてから三時間で五回六回と魔物と戦闘を繰り広げたら疲れると思うんだ。
僕もさっさと馬車の中に入って眠りたいのに……。
馬車の御者台に座って前を見据える。
「……はぁ」
「……うさぁ」
僕とコリスが揃ってため息を吐く。
「僕らだけの時は最悪戦うのが面倒だったら逃げられたからね」
そう言って身体を軽く撫でる。
「こんな坂だと、戦うしかないんだよね」
パーティーメンバーは多い。
道は広かったりするけど基本細いところが多い。
坂は急勾配とまでは言わないけど、ずっと上り坂。
それでもって魔物は数自体少ないけどちょくちょく現れる。
これ、一応キャラバンが通っている場所と違うルートで進んでいるはずなのに、いくらなんでも魔物が多すぎると思う。
フェンも少し疑問に抱いているのか顔を顰めてるし。
ただ、フェンはなにも言わない。多分、言ったところで問題が解決するわけじゃないしね。とにかく今は前に進むしか――
「あの雪だるまと筋肉勝負してみたかったぞぃ!」
雪だるまは雪と他の魔物の魔力が混ざってるだけだからね? 筋肉ないからね?
ていうか、僕と同じ疑問を抱いていたわけじゃなかったんだ。
「ウヌッ、フミ殿! 次に雪だるまが現れたら――――」
「却下」
「ウヌゥッ!?」
「それだけ元気あるなら先に進もっか。コリス、進んで」
「まだ吾輩が乗ってないぞぃ!?」
とか言いつつも走ってる馬車に軽く飛び乗れるその身体能力は素直にすごいよ。
「それで文君。あとどれぐらいかかるの?」
「うーんと、とりあえずもう少し行けば洞窟があるみたいなんだけど」
この頼りにならない地図を広げながらそう口にしてみたはいいけど、本当にあるのかはわからない。
しかも、『ここは魔物こな』と書かれているのは良しとしたとしても、その後に続く言葉が赤い液体で染められてるから余計に怪しい。というかこれ、血……?
……考えるのはやめよう。
「うん、洞窟があってもなくてもいいから、もう少ししたら野営の準備をしなくちゃ、ね」
「そうだね~」
ウィズが上を向いたのにならってボクも上を見る。
そこにはついさっきまで――もしくは体感的には昨日の夕日があった。
「…………」
「…………」
どことなくのんびりした時間が流れる。
後ろからはピミュさんの寝息が聞こえてくるし、多分フェンはピミュさんを起こさないように無言で後ろから襲ってくる魔物がいないか見張ってる。
でも、すぐに魔物が襲ってくるわけじゃない。戦闘音につられてやってくるのはあくまで戦闘した場所だから、後ろからの襲われる可能性は薄い。さっきから戦っている魔物は歩いたらたまたまエンカウント、っていうのが多いし。いや、雪だるまは坂を転がって来てびっくりしたけどさ。
でも、魔物に囲まれる可能性は限りなくない。だからこうして身体をグッと伸ばしてリラックスすることもできる。
「文君」
「ん?」
身体を伸ばし終わったところでウィズに話しかけられた。
その瞳はどこか真剣味を帯びていて、思わず背筋を伸ばしてしまう。
「今ね、文君が二人いる感覚があって、ボクとっても気持ち悪いんだけど」
「……やっぱり、そういう感じなんだ?」
「そういうって、どういう?」
「いや、さ」
後頭部を軽く右手で掻いてから前を向く。
「薄々気づいていると思うけど、今ここにいる僕は明日、つまり未来から来てる、みたいなんだ」
「明日……?」
「そう、明日。不本意ながら、が枕詞につくけどさ」
「未来……もしかして」
ぼそりと呟くと、どこか咎めるように目を細めた。
「ねえ文君。正直に答えて。文君は〝時の巫女〟に会った?」
「え、まあ、時の巫女かは知らないけど、巫女さんには会ったよ」
「……そっか」
なってしまったものはしょうがないと言わんばかりに大きく息を吐き出したかと思うと、再び空を仰ぎ見た。
なにから話そうか悩んでいる素振りを見せる。だから空気を読んで待っていると、ウィズはゆっくりと、どこか説明口調な言い回しで口を開いた。
「……現時点ではわからないけどね、〝巫女〟には全員フォルチュナーの加護が付与される。これは地球でいうGPSみたいなもの。巫女には加護と一緒に能力が備わるんだけど、それと同時に呪いのようにフォルチュナーから巫女の力を使った場所がわかるんだ。だから、もしかしたらだけど、ちょっと文君が危なくなる、かも?」
「かもって……でも、女神に目を付けられたらろくな事にならないというのは簡単に予測ができるのもなんだか……」
それにあの塔。話によればフォルチュナーの神官とかいる場所によくわかんない宗教団体とかあったし。あと、よくよく考えれば巫女さんをあの塔に閉じ込めるとか神官さんも頭が相当イカれてるっぽいし。
「最悪巫女を使って文君が運命の台の外で殺される可能性があるよ」
「台の外って……」
それ、三秒ルールとか適応しないかな? テーブルから落っこちたものは三秒に戻せばセーフっていうあれ。
「……でもあの巫女さんは懐柔したから大丈夫だと思うけど」
「ううん、そっちの心配はしてないよ。文君だから」
「……その意図を察したら駄目な気がする」
考えない、考えない。
「それで、だったらなにが心配なのさ?」
「それは……文君が〝ヒノキの棒の勇者〟とフォルチュナーの宗教を鑑みればわかると思うよ」
口を耳に寄せてそう教えてくれたお陰でやっと得心がいった。
「異端扱い、ってことか」
「そう」
それに、と続ける。
「巫女が大丈夫でも、フォルチュナーが巫女を使うという可能性もあるんだよ」
「そっか。そっちの可能性もあるのか」
巫女を懐柔したところで、僕との繋がりの前に使えるべき女神との繋がりがある。だから、どっちを優先にするかといえば、当然女神。
そうなると、もともと勇者だということを公言するつもりは――フェンやピミュさんにも――なかったからいいけどさ。この大陸だとますます言えなくなってきた。
「……でも……いや、やっぱりなんでもないや」
ふと思い出したのはカスティリア王国の聖武器に関する本。
あの本には確かに四つの武器しか載ってなかった……じゃなくてもともと五つあったのに最後だけ破られていたはず。
王国が秘匿するならわかるけど、女神フォルチュナーを主神に置いた宗教が異端にするにはちょっと違和感を覚える、んだけど……。
考えられるのは二つ。
一つは後から〝ヒノキの棒の勇者〟が異端扱いになった。
そしてもう一つは、あの国だけが〝ヒノキの棒勇者〟を異端扱いに、もしくはあのクズ王が異端扱いにしたという線だけど、どれにしても予想の域はでない。
いや、そもそも前者はともかく後者はフォルチュナーが直接人を操らない限り無理だろうし……うん、後者はない。
だとしたら後から異端扱いにしたんだろうけど、だったら度のタイミングで、どうしてっていう疑問が浮上するわけで。
「……ああ、もう。面倒だなぁ」
「そうだね~。でも、〝ヒノキの棒の勇者〟だってばれても、神官並みの人じゃなかったら大丈夫だよっ!」
そう言ってニコッと笑う。
「フォルチュナーはいるけど、獣人族の大陸に渡ったら宗教が違うし、この国も巫女と一部の熱狂的信者以外は……たぶん……大丈夫だからっ!」
「……うん。小声で『たぶん』って付け加えられなかったら僕も安心できたと思うんだ」
「うにゃっ!?」
ばれたっ! って顔、せめて隠そうよ……。
まあでも。
「いざとなったらウィズが守ってくれるでしょ?」
「……うんっ♪」
ウィズの力の全容は計り知れないけど。
とにかく今は――信じるしかない。
「さて、と」
コリスがゆっくりと足を止めると、僕とウィズは御者台から素早く降りる。
目の前にはクマと小悪魔を混ぜたような魔物が数体。
「ウィズ、早速お願い」
「あいあいさー♪」
声をかけると同時にウィズが飛び上がると、僕は早速ヒノキの棒を取り出す。
「焼き加減は……やっぱりレアよりミディアムかな」
ぐぅ、とお腹を鳴らしながら。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:最初はヒノキの棒の勇者は異端ではなかった。
次話は明日の同じぐらいの時間……かな。




