第八十一話 穢れなき巫女
地下牢からの脱出。
なんか響きがやたらとかっこいいけど、体験する人全員が良い思いをするとは限らないというのが今日わかった。情報源は僕。
基本的に上に向かってとある蛇さんよろしくスニーキングミッションすれば良いんだろうけど、僕にそんな技術はない。
そもそも、今の僕のレベルは三十。基本的な冒険者、しかもどれだけ才能がない冒険者よりもステータスは数段下をいくぐらいのステータス。
それに、地下と言ってもいくつか出入り口があるわけでもないし。これはすでに見回りに来た人が独り言でぶつぶつと言っていたのを盗み聞きしただけ。
テンプレというのはどの世界にもあるものだと思っていたけど、僕はこの世界に来て何回もテンプレのその斜め上を行くところに立ち会ってきた。
例えば……あー、なんだろ? 異世界にはステータスがあったと思ったら僕だけヒノキの棒だったりとか、かな。あとはー……ハイスペックなメイド長さんだと思ったら魔族だったり。
人生とは結局波乱万丈で、僕がどうこうすることができない〝運命〟というものがあるぐらいだから、なんだかんだで受け入れられる。
だからと言って、どうこうできない運命をこれからどうにかこうにかしていこうと思っている僕が思うようなことじゃないだろうけど。
さて。
現実逃避してもまったく意味を成さないのはこれもまた今までに体験済みだけど、やっぱりこういうのはやめられない。というか、したくなるのは致し方ないと思う。
まあ、なんにせよ、だよ。
結論。
脱出して五分で捕まりましたとさ。
いや、なに? 確かにテンプレの斜め上行くのは良いとかそんなようなこと思ったけどさ。
さすがにこれはない。
というか、ある意味すごいと思う。僕が。
「悪いな、あんさん」
そう言って看守さんがビールを申し訳なさそうに、ぐるんぐるんまきになった僕の前においた。
「ありがとうございます。でも僕、飲めませんよ?」
「十六は過ぎてるよな? だったら飲んでも良いんだぞ?」
違うんです、お兄さん。所謂簀巻き状態だから飲めないんですよ。
何て言ってもきっと開放してもらえないだろうから、とりあえず首を振ると看守の男はどがりと椅子に座ると、ジョッキになみなみと注がれたビールをごくごくと喉を鳴らしながら飲み始めた。
看守室、なんだろうね。
周りをきょきょろと動かすと、ほかのところよりかなり部屋の質がいい。それに一番良いのは部屋がきちんと壁が四つあるところかな。僕のところにはなかったから本当にうらやましい。
……まあ、実際問題牢屋と看守室って根本的に違うだろうから仕方ないんだけどさ。
「まあ、えーと、あんさん誰だっけか?」
「レターです」
しれっと偽名を出すと、そうだったなとか言って早速真っ赤になった顔をぽりぽりと掻いた。この人酒弱すぎないかな。
「レターだったか? 俺が捕まえたわけじゃねえけど、まあ捕まえて悪いな。今ちょうど年の暮れの月だろ? だからだろうな、この時期は例年冒険者に対して厳しいんだ」
……あの本には不定期って書いてあった気がしたけど、まあそこはいいか。それよりこの人、酔っているのかしらないけどぺらぺらと情報を吐いてくれる。
「俺もそこまで知ってるってわけじゃない。でも、だ。きっと高貴な方がこの街の温泉を求めてやってくる、って言う線が俺的には有力だと思うね」
「高貴な身分、ですか。そういえばこの街にも高貴な身分の人っていますよね? 確か〝巫女〟って呼ばれている人」
「ああ、あの方か? ってあの方って言ってもあの巫女さんの身分は実質平民だぜ? 知らないのか……ってそういやよそもんはあんまりこのことを知らねぇんだったな」
またごくりとビールを飲むと、神妙な顔つきをした。
「本とかには本当はいないだとか天の使いだとかあるが――――全部嘘だ。本当は神に仕える穢れを知らない女性の事を指すんだ」
「穢れを知らない……?」
「そうだ。といってもなんつーか、まあ性知識がないってのもあるんだがな、あー……なんつーか……こういうのも何だが、世界は美しく作られてると信じて疑わない女性って言えばわかるか?」
「そういう、ことですか」
つまり、頭の中お花畑ってことか。
「まあそういうことだからその巫女さんと話せるのはその事情を知ってる若々しい女性のみ。男性は一切近寄れない女人禁制の塔ってわけだ。ちなみに、だな……ヒック、代々巫女には特別なちか、ちかりゃ……ちか……」
段々瞼が落ちて、周りのものを巻き込みながら盛大に地面に転げ落ちた。時々いびきをかくところから、多分死んでない。
寝るんだったらベッドに寝ればいいのに。あんなに良質なベッドがあるんだから。
ビール腹をポリポリと掻くのを見て大きくため息を吐くと、「クリエイト」とそっと唱える。するとするすると縄が解けて一瞬で身体に自由を取り戻した。
「巫女さんになにか特別な力があるっぽいけど……まあ、いいか」
お酒弱いくせに飲んで酔っ払って寝た守衛さんの代わりに僕が守衛をやろう。だからその装備借ります。返せる日は来ないと思うけど。
剥いだ、じゃなくて、借りた装備を更に僕に合うところだけつける。頭、首周り、胸当て、腰。他はあとで換金できるお店を探してお金にするかフェンにあげよう。フェンは『フヌッ! 自前の筋肉があるではないか!』とか言って受け取り拒否しそうだけど。
「さて、と」
今度こそ脱出しよう。
また捕まった。
なんてことはなく、無事地上に降り注ぐ光を浴びることができた。
結構街全体が牢獄な感じのイメージが勝手についていたけど、そういう訳じゃなかった。子供連れの親子はそこら辺で歩いているし、ちょっと悪ガキって顔に掻いてあるような子供が弱いものいじめをしている。他にも、商店が販売競争していたり、普通にデートしているカップルもいる。
ときどきなんか見慣れたようなフードをかぶった人が――ってあれ、もしかしてボッチちゃんかな?
しばらくジッと見てると、僕の視線に気づいたのか一瞬ぎょっとした感じで僕をガン見してきたけど、フイッと顔をわざとらしく逸らしてその場を去っていった。
まあ、いいか。
気を取り直して空を見上げる。
街の真ん中にそびえる一本の塔。そこそこの大きさを保っていて、デザインもところどころ凝ってる。その周りを兵士ががっちりと守っているあたり、この場所が如何に大切な場所であるか簡単にわかる。
確かに今は警戒期間実施中かもしれないけどさ、明らかに牽制目的としか思えないんだけど。だって、これ『ここに宝物があるから守ってるんだー。ほら、これがそうなんだけど』って盗賊の目の前で宝物を見せびらかしているもんだよ。
こんなの絶対に盗賊とか人さらいとか、興味本位のアホが入るって。
例えば僕とかさ。
そんじょそこらの盗賊とかと違って、僕はきちんと鎧を着ている。
塔の入り口で守っている人にちょっとバカっぽく「おつかれさんっ。この等に何かようかって? ああ、まあ具体的にゃあ言えねぇが、ちょっとオイタしちまってな。今から上司に怒られにいってくるよ」なんて言ったら同情の言葉と一緒に入れてもらえたぐらいだ。僕の変装と演技は完璧だと思う。
今回は巫女さんに会いに行くのが目的じゃない。
あくまで目的は脱出。
アホの子みたいに作戦をつけるとするなら「バカと煙は高いところに登る作戦」かな。
そんなどうでもいい思考を繰り広げながら、ふと思う。
階段はどこだろ?
さっきから歩いているのは塔というよりラノベでありがちなダンジョン。いや、魔物はでないけどさ。
結局のところ、
「なにこの複雑な塔……」
不思議なダンジョンもとい不思議な塔だよ。
迷宮みたいに入り組んでいる割にはいろいろな部屋がある。
例えば最初に開いた扉は武器庫だった。
フランベルジェとかファルシオンとかメジャーなものはわかるけど、ムチと蝋燭が一緒に置かれていた理由を僕は一番知りたかった。でも、知るのは怖いからそっと扉を閉めた。
二回目に開いた扉は女性向けの服で、絶賛中で着替え中の人がいたから、またそっと閉じるとクリエイトで固く扉を閉ざさせてもらった。
そして今目の前でそっと閉じたのは、よくわからない宗教団体のお部屋。ラフレシアに飲み込まれかけている人を囲んで呪文のようになにかしらぶつぶつと呟いていたら、そりゃあそっとしておくのが一番良い選択だよ。ここはさっきと違って一生出れないようにガチガチに固めさせてもらった。
というか、警備厳重なのになんでこんな変な宗教団体がいるのかな。警備ってなんなんだろ。
「あー……もう。早くこんな街から脱出したい」
僕の目的に修正が必要かも。世界を見て回る、つまり『世界観光』を『楽しい世界観光』ってさ。今僕がやってるのって、どっちかっていうと『恐怖を感じる世界観光』になりかけてる。出発から二ヶ月? それぐらいで何かと巻き込まれすぎだと思う。最近読んでいたラノベでももう少しゆっくりとした時間が進んでいるというのに。
ため息を吐いて高い天上を見上げる。
一回層ごとの広さは相当なものになる。けど、壁も全部天井までのびている。じゃなかったら今頃【クリエイト】を使って天井近くまで登って……――――あ。
「なんだ、簡単じゃん」
ヒノキの棒を取り出すと、トンと地面につける。
想像するのは……どうしようか。
エレベーターみたいな感じで……僕は中に入った状態。
それで上に一気に――
「――【クリエイト】」
地面から一気にグニュニュと動くと僕を守るように包み込んで一本の筒状になる。もう一度【クリエイト】を唱えると、一気に二階まで上がった。
ちなみに、地面つたいに穴は開けておいたため、被害はない。
ちょうど真上に人がいた時は……まあ、運がなかったということで。
僕の知る由もないからね。
でもとりあえず二階層の上がったところには誰も居なかったからホッと安堵した。
その場所を元に戻すと、アイテムボックスに入れておいたMPポーションを飲んでまた同じようなことをする。
三階にあがり、直して、四階にあがる。
その調子で五階、六階と上がって、七階にあがろうとしたとき、目の前にピチャリと水が滴り落ちてきた。
おかしいな、とは思った。
でも想像はすでに終わって【クリエイト】と唱えてしまった手前、何もできずに勝手に上がっていく。
だから。
「え? うわっ! だれ、誰ですか! 王子さまですか! それともりょうじょくという恥ずかしい行いをする魔王ですか!? 巫女と魔王は切っても切れない縁があるっていいますからね! 『くっ……殺せ!』って言えばいいんですか! わたし女騎士じゃないけど、ティトシェさんから聞いたことがあるんですよ。温泉に現れる輩は王子さまか魔王か変態だって!」
まともにお風呂に使っている一糸まとわない女の子の前に現れてしまうとは、本当に思っていなかった。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:穢れ無き……巫女?




