第七十九話 理由は簡単
ゴトン、ゴトンと揺られる馬車は途中で休憩を挟みながらも着実に水辺を沿うようにして次の街に進んでいた。
街道を通る方が安全、ということはない。もしそうだとしても、それは僕らみたいな少ないパーティが進むんじゃなくて、もっと大きい、行商やキャラバンみたいな人達が通るわけであって、確実に魔物を退けられるというほどの力を持った人達が行く道だ。僕らがやっていいわけがない。
そもそも、パーティ編成が悪いしさ。
まず僕。武器はヒノキの棒で、持ち得といえば知識だけ。
次にウィズは、確かに勇者を何とかできるほどの実力は持っているけど、見た目はただの子供だ。ウィズ任せにするほど僕も鬼ではない、とは思っている。
そしてフェン。フェンは簡単には評せれないけど、もっとも素だと思うところだけで言うならば単なる〝筋肉バカ〟だ。それを除くと〝奇術師〟かな。
最後に……ピミュさん。ピミュさんなんて戦力として論外じゃん。この世界の住人だから何かしら身を守る能力はあるだろうけど、パーティとして役立つことは無いかもしれない。
まあ、いいけどさ。
だって、ピミュさんが戦力外だっていうのはわかっていたことなんだから。
それに、僕も言っちゃえば無能だ。実戦的なところではまったく役に立たない。確かに裏を掻いたりすればなんとかなると思うけど、でもそれだけ。
……まあ、そこはいいや。
それよりパーティの編成だ。
僕は指示を出すいわばパーティリーダーというものだとしよう。
ウィズはどちらかと言うと魔法メインだったから、後衛。
フェンは完全に魔法使い……うん、筋肉は関係ないから魔法使い。だから後衛。
ピミュさんは論外。あえて言うなら馬車でブルブル震えている係りかな。
……だから、僕とウィズとフェン。
全員後衛だ。
「……本当に、編成が悪い」
御者をやりながら――実際はコリスが勝手に走ってくれてるから意味ないけど――ぽつりと呟いた。
これだと誰が前衛をやるのか。
無理矢理組ませるんだとしたら……難しいところだけどウィズが前衛にして、フェンが中衛。僕が後衛、かな。一番弱い僕こそが後衛にふさわしいと思うし。
まあ、つまりだ。
こんだけ編成が悪い僕らは街道なんて通っていたらすぐに魔物の群れに襲われて動けなくなってしまう。
だから、少し足場が悪いし視界も悪いけど、水辺を進む。
少しなだらかになっている道には小川が流れている。その小川はこの周辺にいる動物や魔物の飲み水。ということは、自然と彼らの『神聖な場所』という認識が生まれる。
だって、そんなところで争ったら血で小川が汚れちゃって飲めなくなっちゃうし。
だから僕らも見逃してくれる、はず。
まあ、全部『世界の歩き方:快適な旅路編』に書いてあっただけで、確証は無いんだけどさ。今のところ走ってて何もないのだから本当のことだと信じれるし。
「さて、と」
全体的に重くなってきている身体を捻ってちらりと中を覗く。
僕が前に改造した馬車の中は完全に極楽スペースだ。
最初、カスティリア王国を出た時。僕は一日ずっと座っているだけでお尻を痛めるという事件が発生した。そう、もう事件だ。【クリエイト】で作ったクッションもまるで役割を果たそうとしなかった。
もう、あれだね。
二日目で村がみえてこなかったら馬車を捨てるところだった。
なんとか辿り着いたその村で劇的ビフォーアフターを遂げたこの馬車は、なんと走っている時に熟睡もできる。目覚まし時計代わりのコリスの『うさああぁっ!?』っていう声がない限り魔物や盗賊に全く気付けないぐらい。
そういえばこの馬車の作り方を教えてあげた村の人達は今どうしてるんだろ? 僕が出る頃にはものづくり中毒みたいな人が何人もできていたから……変なことになって無ければいいんだけど。
……思考がズレてた。
気が重くなっているわけじゃないし、罪悪感に苛まれているわけでもない。どっちかっていうと、ピミュさんがいるというのは所謂ウィンウィンの関係だし。冒険者である僕からみれば、ギルド嬢がパーティにいるというのは何かしらの利点がついて回りそうだし、ピミュさんも精神安定剤代わりの僕がいるからこそ今は落ち着いているんだ。
ウィンウィンの関係。イコールで利害関係だ。
うん。実にシンプル。こういう関係って大事だと思うんだ。
でも。
なんというか……気まずい。
「ピミュさん、ちょっといいー?」
「はい!」
中で僕が教えたトランプをやっていたピミュさんが嬉しそうに返事をしたかと思うと、カードを置いて僕の隣に座った。
ピミュさんに気付かれないように二人に目配せをする。
……うん、『スピード』をやれって意味じゃないよ? お話するから空気読んでねってことだから。
…………まあ、いいや。
そのままカーテンみたいなのを閉めると、ピミュさんが僕の裾を引っ張ってきた。
「えっと、何でしょうか……?」
「そうだね……何から話そうかな」
色々話さなくちゃいけないことがある気がする。
あの日。ピミュさんが家族を失った日。
とりあえず、おばさんのことからかな。
ぽつり、ぽつりと語る。
急いで《鳥の止まり木亭》に向かって、でも間に合わなくて。
ピミュさんの両親が死んでいるのを確認してから埋めて。次におばさんを埋めようとした時、虫の息だったけど生きていたから少しだけ最期の会話を交わしたこと。『ピミュを頼む』という願いは、今ピミュさんがここにいる理由の一つになっているのだから。
それで、その後僕が感じた感情について語る。今思い出すと不思議な感情について。
そのあとフェンリルを倒して、ピミュさんとお話をする。
そこはピミュさんも知っていることだったから簡単に。
そして、ピミュさんが眠った後。
その後ピミュさんが僕専属のギルド嬢になった、という解釈で合っているはずだって、そう伝える。
「簡単にまとめると、僕はピミュさんを二人から、いやあの街から『託された』という言葉がピッタリと当てはまるのかもしれないね」
「……そう、なんですね」
そう呟いたピミュさんの声には感情がこもっていなかった。
なんだろ。
怖いけど、でも、感情がないという事自体が感情な気がしてならない。
「まあ、ピミュさんは結局のところ、僕とあの街を天秤に取った時、昨日は僕を取った。でも、今は? 僕がこの話をした後の選択は――」
「勿論フミさんだよっ!」
「え……? あ、あー、と。一応理由を訊いても?」
「だって……フミさんの傍にいたいからっ。それだけ、だけど……でも、私にはもう、フミさんしか頼れる人がいないから……」
さらりとエレさんが除外されててびっくりだよ。
それにしても、ピミュさんってやっぱり感情が高ぶると敬語口調がなくなるんだ。
年齢もそこまで違わないし、いいけどさ。どちらかと言うと推奨。
「まあ、そういうことなら」
しょうがない。
だから、僕はピミュさんに手を差し伸べる。
「改めて、これからよろしくね、ピミュさん」
「……うんっ!」
そういって僕の手をと……らずに抱きついてきた。
………………えっと。
どういう状況なのでしょうか?
女の子って抱きつくのが好きなのかな。
そういえば桜さんもリリルもファミナちゃん……ファミナちゃん? あの子は抱きつくって言うよりタックルだったなぁ。僕の弱点を抉るようにタックルする技術は僕が育てたと言っても過言ではない。
…………じゃなくて。
「あのさ、熱いから離れてくれない?」
「…………」
なんで無言なのさ。
なんて言ってから、そういえばと思いだした。
依存しちゃえば、って言っちゃったんだった。
ピミュさんをみるとなんだかとても幸せそうだ。僕から勝手に愛情か何かを受け取っているのかな。ああいうのって渡しているつもりはないのにね。
「…………はぁ」
そっとピミュさんの頭に手を置くと、優しく撫でる。
僕に依存するのもいいけど、ずっと一緒に居られるのは困る。トイレとか、着替えとか。あとは、うん。僕がちょっと一人でふらふらしたくなった時とか。
だから依存の矛先を拡散させないと。
「ピミュさん」
ぴくりと身体を動かしたの感じて、言葉をなるべく優しい口調を心がけて続ける。
「僕だけじゃなくて、さ。ウィズを家族だと思って、妹だと思って、心を許してあげてよ」
依存はつまり心を許して、自分の全てを任せても良いと思える事。だから僕にべったりするんじゃなくて、ウィズにもべったりさせよう。
「僕がいるときは僕に依存すれば良いけど、一緒にいれないときもあるからさ」
「……………………だったら」
「なに?」
「……だったら、一緒にいれるときはいてくれ、ますか?」
僕に今さら上目遣いはきかない。
だけど、
「ピミュさんがそう望むなら」
今はキザっぽいセリフを吐いてピミュさんを安心させると、ピミュさんはゆっくりと力を抜き始めた。
それから。
ピミュさんは僕によりべったりしてくるようになったけど、それを受け止めつつ御者についた。
そして、四日後。
《ケットルの街》がみえた。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:全員後衛だった事実。
次話は近いうちにすぐ投稿したいと思っています。




