第七十八話 関係
ウィズに早く来るように呼びかける。
僕の仕事はそれだけで、それだけを理由にしてメガホンを作っただけ。他は全部コリスの仕事だった。
コリスのステータスは物凄い事になっている。特に『速さ』なんてとんでもない数値だ。確か、『652』、だったかな。称号にスピード王なんてあるぐらいだし。
だから、コリスには壁に沿って建物を壊すように伝えた。それも、北から南に。
フェンに頼まなかったのは街に愛着を持っていると思ったから。既に壊れているわけだけど、更に街を壊していくっていう作業だったからね。だから詳細な作戦も伝えなかった。言ったら反対されると思ったし。
でも、ピミュさんを守ってもらいたかったっていうのも本心。さすがに寝ているピミュさんを門の付近で一人にさせるわけには行かなかったからね。簡単に言えば、適材適所っところかな。
ああ、それとだけど。街、というより家を壊したのには二つの意味がある。
一つはただ単に場所が割れるのを防ぐため。ああやって壊していったら北と南、どっちに行けば良いかっていう迷いが生まれるからさ。
もう一つは時間稼ぎ。僕のスキルは絶対の万能性じゃないし、遠い所に何かを作るのは初めてだったからさ。だから、クリエイトを絶対に成功させるまでの集中する時間が欲しかったんだ。それに、副産物として魔物が侵入しているかもしれないっていう猜疑心、って言えばいいのかな? そういうのも勇者に植えこむこともできたと思うし。
「それでその後は、冒険者ギルドの前でコリスに拾ってもらってここに着いたわけだけど、なんか質問ある?」
ウィズが来るまでの間、馬車の中で腕を組んだフェンと、目が覚めた瞬間僕に擦り寄ってきたピミュさんに一通り今回の作戦を説明して二人の顔を交互に見る。
魔導具の淡い光に照らされて浮かび上がっている二人はきょとんとしていた。……ピミュさんはともかくとして、なんでフェンもきょとんとしているのさ。
「ピミュさんの件はあとで個人的に教えるとして、さ。フェンは理解できていないの?」
「できないわけではない、のだが。……一つ疑問がある」
「何?」
「ウィズ殿は吾輩らがおる位置を知っておるのだろうか?」
「ああ、そのことなら」
距離が近すぎるピミュさんを少し手で押し離しながら伝える。
「僕とテンプレ勇者のキャラ性をしっかりと把握しているウィズならきっとわかるよ」
「その根拠はどこにあるのだ?」
「あ、あー……そっか。うん、まずフェンの勇者の認識はどんな感じ?」
「ウヌッ、きんに……ゴホン。真面目に言うとだな、どこまでも己の心に真っ直ぐな者、という認識だ」
「うん、あってるよ。というよりそこなんだ。勇者はまっすぐなんだよ。だから、本当に僕を殺そうとしているんだったら、僕の馬鹿みたい伝達を信じて絶対に『南門』に向かう。――そう、今僕達がいる北門とは真逆にね」
本当に僕を殺そうとしているなら、だけど。
カスティリア王国とユナイダート王国はあまり仲がよろしくない。だから敵対国同士、お互いに手助けをする義理はないし、さらにユナイダート王国の勇者が僕を殺そうとする動機はそれこそ無くなる。
でも万が一、億が一の確率でカスティリア王国とユナイダート王国が手を組んだとしたら……あり得る。
……まあ、そもそも僕の位置をどうやって特定したかっていう話になるから、そもそもの話で絶対にそれはないだろうけど。
あり得るとしたら……ウィズが何か吹きこんだ、ぐらいだけど……。そんなことをしても意味が見いだせない。
「あの~」
そろぉっと控えめにピミュさんが手を上げた。
「えっと、とりあえず私はなんでここに――」
「僕が守るからとりあえずついてきて。詳しい話はあと」
「ふぇぇぇ……説明はそれだけですかぁ……。ふ、フミさんと一緒に入れるから良いんですけど……」
『えへ、えへへ……』とピミュさんが急ににやけ出して怖い。
そのままにしたら何時戻ってくるか……。
ため息混じりにピミュさんの頭を軽く小突く。
「ふぇぇぇ……痛いですよ~……」
「……僕がいる現実と、僕じゃない何かがいる幻想ならどっちがいいのさ?」
「フミさんがいる現実ですっ!」
「なら現実に踏みとどまってて」
「はいっ」
ふみゅっ! と小さく握りこぶしを作った。……自分で言っておいてなんだけど、『僕がいる現実』って……きもちわるっ。
「と、とりあえずさ。ピミュさんには本当にあとで説明するからさ」
さっきの気味の悪い感じの僕が。
「フェン、何か他に質問ある? 無いなら次に進むけど」
フェンを見ると、無言でしっかりと頷いた。だから僕も頷き返して次に進む。
本当は次に言うことは僕の中でもあんまりまとまっていないけど、それでもまずは口にする。
「僕の目的は変わらない」
二人には何も言っていないからまたきょとんとした表情をする。まあ、それはいいや。これは自分自身に対する確認なんだから。
運命に負けないだなんて言ったけど、そんなの目的じゃない。僕にとって運命に勝つというのは、ウィズに話を聞いて、そして決断した時からずっと〝過程〟に入ってる。
だったら〝目標〟なにか。
答えは簡単。
「僕は、世界を見て回りたいんだ」
……ん、なんかこれだと語弊があるかな。二人共よくわからないと言った顔してるし。
「あー、と。世界を見て回るって言っても、美味しいものを食べたりとか、珍しい体験をしたいってことさ。獣人族にも会ってみたいし、魔族にも会ってみたい。それに暗黒大陸にも行ってみたいと思ってる」
「……フミ様」
僕を『様』づけする時、ピミュさんはギルド嬢モードになっている証拠だ。僕から少し離れてまっすぐ目を向けてくる姿はこの一ヶ月そこらでかなり様になっていた受付嬢そのものだ。
……まあ、肌が白い分赤くなってる頬が悪目立ちしてるけどさ。
「フミ様はこの世界の情勢には疎い方なのでしょうか?」
情勢、か。
「うん、まったく知らない」
……なんで今、二人揃って肩を竦めたのか。
「……だからなんですね。そのようなことをおっしゃれるのは」
いいですか、とピミュさんは人さし指を立てて語り始める。
「現在この世界は国、もしくは大陸を基軸にみつどもえの状態となっています。人族・獣人族・魔族ですね」
「あ、あーうん。そこまでなら知ってるよ。獣人族は人族の《亜人排他主義》を制定したから仲が悪くなったって。ここのユナイダート王国ともう一つの国だけは《亜人排他主義》をとってないらしいけど」
「はい。そして人族と魔族は、単純に魔王が人族を排除しようとしています。これはここ十年から数十年と歴史を見れば比較的新しく、理由はわかっていませんが」
「……へぇ」
そういえば、なんで魔族って人類を滅ぼしたがるんだろ? 勇者の方にばっか目を向けてたけど、よくよく考えたらそっちも結構問題かも。理由ありきの召喚だからね。あんな愚王の「魔王が攻めてきているから召喚した」とか取ってつけたような理由じゃなくてさ。そもそも、その背景を教えて欲しい。
実際悪いのは人族かも知れないじゃん。……あの愚王ならやってそうだ。
「そういえば獣人族と魔族ってなんで仲が悪いんだっけ?」
ど忘れしたフリをして訊く。そもそも情勢なんて獣人族と人族の事ぐらいしか知らないし。
「えっとですね、たしか……」
「獣人族と魔族は信じる神、そしてとある場所の小島を火種に争っている」
「神に……小島?」
「ウヌッ。吾輩も詳しくは知らぬが、獣人族と魔族では信じる神が同じ、だと言われておるのだ。そして、聖域である小島もちょうど二つの大陸からほとんど距離が変わらぬ場所に存在する」
「小島が聖域、か」
地球で言うイェルサレムみたいなものかな。あそこも確か小さくて、それでいて進行する神は違うけど同じ聖域だっていって戦争起こしてたから。
「獣人族も魔族もそれぞれ神の存在は違うのだが、古い文献を探ると何故か行き着く神が同じとなるが、しかし特性が違うらしいのだ。『鈍らざる光』と『黒き光』というのは知っておるが……詳しくは知らぬ」
「そう。わからないものはしかたないとして、さ。今はどうなのさ? 獣人族と魔族が戦争を頻発に起こしている、なんていう情報は全く耳にしないんだけど」
「ウヌッ。それは今、膠着状態となってかなり経っているからだ」
「かなり、ってどれくらい?」
「ざっと……二百年ぐらいだったか」
「あーうん。なるほどね。もしかして獣人族と魔族ってあれかな。長寿なのかな?」
「そんなことないぞぃ?」
「……あれ?」
てっきりそういうことかと思ったんだけど。
……というか、これはちょっとやばいかも。今の発言は僕が思っていたのとこの世界の常識のずれ。つまり、僕が怪しまれる。
「ご、ごめん。ちょっと疲れてて。変なこと言っちゃったかも」
「ヌッ、そうだったか」
「びっくりしましたよぉ。で、でも大丈夫ですかフミさん。疲れているのでしたら、そ、その……私、膝貸しますよ?」
「とりあえずもうちょっとだけ。……まあとにかく、今は膠着状態ってことだね」
強引に話を戻すと、フェンが少し呻いた。
「少しいざこざは起こっておると訊いたことはあるが、大体それであっているはずだ」
ならそこまで問題はないはずだ。向こうにも渡る方法ぐらいあるはず。
それに、神への信仰は薄れるはずだ。……この世界の人達はステータスがあるからそれは無理、なのかな? 思いっきり女神なんたらっていうのがステータスに現れるぐらいだし。
でも、いざとなれば大陸なんだし忍び込めるはず。……多分。
さて、と。
まとめよう。
「三カ国の仲が悪いのはよくわかった」
「だったら――」
「なら、上手く立ちまわる方法を考えれば良いだけだよ。すぐに思いつくものなら、人族だってばれなきゃいいんだ。あとはすぐには思いつかないけど……まあうん、必要に迫られたらその時適当に頑張るよ」
「ウヌッ。さすがフミ殿!」
きっと不安しか残らないようなことしか言ってないのに、何が『さすがフミ殿』なのか微小微細に教えて欲しいんだけど。
……ピミュさんなんてキラッキラした目で見つめてくるし。『フミさんはなんでもできるんですね!』っていう視線が本当に辛い。
あまり期待に答えるようなことはしたくないんだけど、でも結局やらなきゃいけないことだし……。
なんて遠い目をしながら考えていたら、
「ふぅ、疲れたぁ~」
ウィズが帰ってきた。それもかなりお疲れな感じで。
「お帰り、ウィズ」
「ただいま文君。待っててくれて嬉しい!」
「……あ」
「『あ』ってなんなの!?」
「いや、ウィズなら別において行っても良かったのか、って。すぐ追いついてこれるし」
「ウヌッ」
「そこは『ウヌッ』じゃないよぉ! ボク大変だったんだから!」
「頑張ったんだね、ウィズちゃん。よしよし」
「うんっ。ボク頑張ったよ! ……うん? ねえ、ねえ。ピミュお姉さん。なんだか文君と距離が近くない?」
「これが近いという表現であってるなら、やっぱりウィズダムっていう名前は名前負けしてるね」
こういうのは〝密着〟っていうんだよ。
「え、ええと……あ、わかった! ご懐妊おめでとうございますだね!」
……。
…………。
………………違うと思う。
「ふぇ、ふぇえええええ!」
ほら、ピミュさんが顔真っ赤にして物凄い勢いで首を振ってるし。
「密着だよ、密着。ご懐妊は子供が生まれた時に言うんじゃない?」
「……う、ウン。シッテタヨ」
知らなかったみたいだ。
「そうなのか!?」
ここにも馬鹿が一人いた。馬鹿は馬鹿でも筋肉馬鹿だけど。
「ふぇえええ……た、確かにフミさんとの子供は欲しいけど、でもまだ気持ち伝えてないし伝わってないからまずお付き合いからしないとですからぁぁぁ……!!」
……大丈夫、全部伝わってるから。
思わずピミュさんに哀れんだ視線を向けていると、躊躇いがちに、それでいて恥ずかしそうに僕の目を覗きこんできた。
「フミさん」
「そうだね。そろそろ行こっか」
「ふぇっ? ち、ちが――」
ピミュさんから離れて御者台に移動すると、コリスの背中を一撫でする。
「コリス、出して」
「ウサッ!」
一鳴きすると、ゆっくりと足を進め始めた。そのままどんどんスピードは増していくのを確認してから中に戻ると、ピミュさんから順にフェン、そしてウィズを見渡す。
「とりあえず、さ」
椅子に座りなおして、にこりと口元を緩める。
「成り行きだけど、これからよろしく」
ピミュさん、そしてフェンの順に見てそう言うと、最後にウィズを見る。すると、なんとも言えない表情をされた。
嬉しそうだけど、どこか申し訳無さそうな、そんな顔。
まあ、そうだろうね。
本当ならこの二人と僕の運命は全く縁がない。だけど、僕と行動を共にする限り、僕の運命に巻き込まれ続けるのは必至だ。特にすでに巻き込まれて家族を失ってしまったピミュさんは、すでに僕より運命を恨んでもしかたないぐらいだ。
だけど、それでも街を出ることがわかっていてもこの馬車から降りることはない。それはフェンも同じことだ。
だったら、
「これは二人の選択だし、これから先は二人の自己責任になる」
ウィズに話しかける。けど、狭い空間だ。だから僕の言葉はしっかりきこえているはず。
「まあ、ピミュさんは僕が守ることになるだろうけど、その僕達を助けるのはウィズだよ」
「ボク……」
「そう、ウィズだ。僕を助けるというのなら、必然的に二人の助けにもなるってことなんだ。だから、さ」
ウィズの頭に手を置いて、ゆっくりと撫でる。
僕が何か一つ、ウィズにかけるとするなら、さ。
「ウィズはいつも通り、笑ってればいいさ」
この言葉だけで充分だと思う。
下げていたウィズの顔が徐々に上がってきて、僕と目が会った瞬間、
「……うんっ!」
ぱぁ、と花が咲くような笑顔になった。
こうやって純粋な笑顔を浮かべるウィズがいればなんとかなる気もするし、ね。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい1:同じ神に行き着く不思議と同じ聖域。
おさらい2:異様にベタベタするピミュさん。




