第七十七話 溢れる想いと空回り
更新が遅くなって申し訳ございませんでした!
最新話です。長くなっておりますが、よろしくお願い致します。
うささ、と鳴くコリスを宥めるように撫でてから、馬車の中にピミュさんを慎重に下ろす。
「ウヌゥ……」
「なに? フェン」
「まさかこのような形で街を出ることになるとは……」
「……別に、出るのが惜しまれるって言うなら、フェンが僕達に付き合うこともないし残ってもいいけど?」
街を出るというのはフェンにとってかなり辛いものがあるはず。人に愛着を持っていた僕と違って街全体に愛着を持っているフェンだからこそ、そこまで苦悩して――
「街の修復こそ吾輩の筋肉の本領発揮できるのだが……うぬぅ……」
「……割と本気で残ってもいいよ」
「ウヌゥッ!?」
僕の言葉でショックを受けたフェンを放って、街の方へ目を向ける。
「ウィズ、大丈夫かな」
フェンが言っていたウィズの言付けを思い出しながら呟く。
――勇者はボクが引き受けるよ。
確かにこう言ったらしい。
さっきエレさんから訊いた情報によると、プリンオークを倒したのはフェルガ、つまりキンニクオで、実際は勇者二人。さっきエレさんがプリンオークを倒した手柄をキンニクオではなく勇者二人だって言ったのは、勇者達がいなかったら簡単にこの街は陥落していたから、ということらしい。
まあ僕もそう思う。
ちょっと前に僕が作った落とし穴から抜け出せないぐらいだし。
ただ。
勇者が魔法を付与するだけで勝てるんだから、そこのところは一応評価しておこう。だからといって、テンプレな筋肉さんという印象が消えることはないけど。……ここにもいたよ、テンプレな筋肉さん。
まあでも、つまりだ。実質僕とエレさんはプリンオークを勇者が葬ったというのが共通の見解だ。だから、その圧倒的な強さを持つ勇者二人をウィズが相手取るということになる。
その構図はまるで熊と狐だ。
そう、勇者二人が熊。ウィズが狐。
そこまで考えて思わずため息を吐く。
「ウヌゥ……ウィズ殿、無事だと良いのだが……」
「そうだね。――――ウィズより勇者の方が心配だよ」
「ウヌッ? どういうことだ?」
訝しげに視線を向けてくるフェンに、質問されたこととは違うことを言う。
「ウィズは僕のことをよく理解している」
この世界にウィズがやってきてから、僕のことを第一に考えてきてくれていると思う。だから今回も勇者をおびき出して僕と会わないようにしてくれたと思うから。
それに、ウィズには秘密が多い。狐っていう表現は本当にぴったりだ。フェンリルと戦った時もだけど、なんか隠している気がするし。僕にそこまでの被害があるということもないし良いんだけどさ。
「ウィズの心配より僕達ができることをしよう」
「ウヌゥ……わかったぞぃ。……だが、心配だ……」
そう言ってフェンは人気のない通りを走り始める。とコリスはフェンの後ろを追いかけるように走り始めた。
僕はそれを少しの間見送ってから、ある一点をなんとなしに眺める。けれどすぐに視線を逸らして後ろを振り向く。
「じゃ、また会いましょう……エレさん」
そう言って再び視線を戻すと、僕は僕の仕事をするためにヒノキの棒を取り出した。
◆
魔物による災禍の爪痕がまだ新しいレーリスの街を疾駆する、三つの人影。
辺りには幾つか球体状の球が浮いており、うっすらと周りを照らしだしている。幻想的な雰囲気が辺り一帯に流れているが、時折不自然に煌いては流動し、甲高く響く鉄のぶつかり合う音が台無しにしていた。
その三つの影が動く事によって起こる被害は尋常ではない。いや、魔物による被害をさらに上乗せする結果となっていた。
半壊から全壊。
氷土から焦土。
地崩れから地割れ。
その余波は留まることを知らない。
今また、剣と剣がぶつかり合うことによって数軒家が吹き飛んだ。
波紋のように広がる被害の中心にいるのは、勇者二人と――ウィズダムだ。
『クハハッ! なかなかやるな、あの嬢ちゃん!』
「だねっ!」
魔剣であるエネティに元気よく頷く快活な少女――澪は、必死に魔剣を切り結ぶが、内心かなり焦っていた。その証拠に、額には大粒の汗が滲んでおり、剣を一閃する度に大量の汗が飛び散る。持てる力は最大限に引き出しているのは、すでに息が上がっているところからも見て取れる。しかし、それでも一度としてウィズに刃が掠ったことはなく、そのことがまた焦りを加速させていく。
袈裟斬りしては受け流され、魔法を放てば同等の魔法で相殺される。しかも、剣戟など、相手がわざと自分に合わせてくれているのではないかと勘ぐってしまうほど余裕そうである。実際、相手は息切れはしていないし、一筋の汗すら掻いていない。
小さい躯体に秘められた言い知れぬ強さに、無意識にその懐を探ろうとする。
――その一瞬の邪推な思考が生死を分かつときだってあることを忘れて。
『ねーちんあぶねえ!』
「っ! しま――」
気付いた時にはもう遅い。
それはこの世界にきてから何回も体験した。だから、その経験が物をいう。
――死ぬ。
真っ二つに。正中線をなぞるように。スイカ割りのように。綺麗に半身が二度と合わさる事のないように、死ぬ。
その想像に駆られて顔を青くし、死を受け入れまいとギュッと目を瞑った。
「――――【アイス・リフレクト】」
澪の目の前に薄い氷が張られてカコンと軽快な音が鳴ったかと思うと、その斬撃は直接相手の顔へと向かっていた。が、余裕の表情で躱し、空中で一度地面を蹴りだすと後ろに下がって幾つか魔法を打ち出す。が、魔法を放った少女によって無力化された。
「【ファスト】、【バイト】。――――澪さん、一旦落ち着いてください」
おさげの少女――詩織は抑揚のない声でそう告げた。
彼女のその視線ははっきりと〝敵〟を射抜いており、その手には彼女の身の丈とほぼ同じぐらいの杖が握られていた。先端には三本のドラゴンの爪でしっかりと水晶握られており、そこから溢れ出る薄紫のオーラは、詩織が少し歩くと怪しく尾を引くほどの光量を保っている。
澪の傍らに立つと、杖を空に浮かぶ〝敵〟――ウィズに向ける。
「その先へ……通させていただけませんか」
お願い。懇願。請う。
どの言葉をとっても、今詩織がしている行為は言い表せるだろう。
だが。
「え、やだ」
その想いは簡単に踏み躙られる。
ウィズはスッと音も立てずに地面へ降り立つと、小柄ながら道を塞ぐように手を大きく出す。
「こっから先には行かせられないなー」
「なんで……!」
「どうしてでしょうか?」
澪が激情のままに吠え立てようとしたのを手で制し、詩織が悲しそうに視線を向ける。
「どうしてそこまで、私達を行かせてくれないのですか?」
澪と詩織が向かおうとしている先。そこは冒険者ギルドがある。
そもそもの話、詩織は未だに〝敵〟と戦い始めた理由がわかっていない。
冒険者ギルドでこの後どうしようか澪と話していた時、突然目の前の子が『怖いから』と一緒に北門へ行こうと誘ってきた。そこまではわかる。まだ街全体の確認が終わっていないため、魔物が潜伏している可能性も否めないからだ。
しかし、北門への道を中腹まで来た時、突然ウィズと名乗った子供が澪に耳打ちをした。その瞬間澪が弾かれるようにギルドへ走ろうとしたところをウィズが斬りかかったのだ。しかも、何もない状態から突然武器を召喚して。
まるで、そう。自分たちのように。
「どうして?」
ウィズは笑う。
そしてまるで当然のように、言う。
「さっき暗城澪に言ったとおり、君たちにはまだ会わせられないからだよ」
「えと……誰に――」
「君の先輩で、暗城澪の兄、と言えばわかるかな」
その言葉は。
澪はともかく、詩織にはあまりにも衝撃的で。
この戦いが始まって、初めてはっきりと感情を前に表した。
「ま、さか……文、先輩が……!?」
口をわなわなと震わせ、確認するように澪の方を見遣る。その視線を感じ取った澪はゆっくりと頷き、魔力をエネティとレレインに流し込む。
「お兄ちゃんがいる」
小さくつぶやき、
「私達がさっきまでいた冒険者ギルドにいる」
逸る気持ちを抑えながらウィズを睨みつけ、構える。
「だから――」
「――会いたいです」
詩織が澪の言葉を引き継いだ瞬間、澪が構えた二つの剣からそれぞれの属性を吐出させると、綺麗な紅と蒼の尾を引きながら一瞬でウィズに肉薄した。
「通してよっ!!」
殺さず、吹き飛ばす。
それが人相手への対処の仕方だと、ユナイダート王国の女王ティトシェに教わったことだ。必ず人を殺さなくてはいけない時がくるとも教えてもらった。どちらも正しい。だからこそ分別が必要である。だが、少なくとも今この時ではないことは明白。故に、澪自身が編み出した合成剣技【不殺】を無意識に放つ。
『『だらっしゃああああああああああああああ!!』』
最初に峰打ちとばかりにウィズの身体を上空に打ち上げると、追撃するように流動する炎と氷がウィズの身体を襲い、更に高く飛ばさんとする。澪のようなチート能力者じゃない者が放っていたら相手は確実に死んでいるといっても良いほどの破壊力も持ちあわせており、澪の力量と潜在能力が相当だということも実力があるものが見ていればすぐに分かるだろう。
「へーえ」
しかし、【不殺】はウィズを中心に爆散した。キラリと一瞬闇夜に光が煌めいた瞬間、澪はゾクリと悪寒が走ってその場を飛び退る。その瞬間、彼女が立っていた場所には深々と雷槍が突き刺さっていた。
「――っ! 殺す気ですか!?」
顔を青褪めて何も言葉を発せない澪の代わりに詩織が叫ぶ。が、ウィズはどこ吹く風と、先程より多少小型化された雷槍をいくつも振らせるが、さすが勇者といわんばかりにそれは軽々と防いだ。
「……でも、弱い」
ウィズは冷淡にそう告げると、一瞬で巨大な水の鞭を生成。
「会いたい、会えないんじゃないよ、お姉ちゃん達」
まだ。そう、まだあえてウィズは『姉』と敬称を付けて笑う。ウィズの純粋な笑みは傍から見れば純粋無垢、まるで外で元気に走り回る子供のような笑みに見えるが、 澪と詩織はまるで悪魔を見たかのようなゾッとする思いに駆られた。
その真意は。
「会ったらダメなんだよ」
心底背筋が凍る声に多分に含まれていた。
曰く――簡潔に〝邪魔〟なんだと。
何が邪魔なのか。その答えはウィズしか知らないが、二人に向かうのは言葉の意味ではなく、軽々と振りぬかれた巨大な鞭だった。
ウィズのあまりの言葉に呆然していたのもあって、まともにその攻撃を食らい、強い衝撃とともに鞭の中へ取り込まれてしまった。
「…………!!」
「――」
一瞬白びやかな光があふれたかと思うと、澪と詩織の周囲が文字通り凍りつく。
次いで燃え盛る蒼い炎が氷の中で浮くとピキピキとヒビが入る。そして数秒後、巨大な鞭は崩壊して二人は何とか脱出し、その勢いで大きくウィズと距離を離す。
「あっっっっぶなかった!! ありがとう、レレインにエネティ!!」
『ふふっ。今回は私のお手柄ですわ!』
『全部がおめえのじゃねえだろうがっ! おめぇは四割、俺が六割。これが妥当だろうが、ああん?』
「逆じゃないの! 私が六割、貴方が四割よ! こんな簡単なこともわかんないの? これだから血の気の多い剣は嫌いなのよ……!』
『おうおうおーう! 言ってくれるじゃねえか! 凍らせることしかできねぇんじゃ今のは死んじまっぶふぇ!』
喧嘩腰の二人の柄をぶつけ黙らせると、空に浮かんでいるウィズを睨みつける。
「【アイスショット】」
詩織が高速回転をきかせた氷を放つ。が、それも一瞬で霧散する。次いで、まるで跳ね返すように炎の塊をウィズが放つ。
そう、まるで遊んでいるかのように。
「会うには!」
ウィズに斬りこみながら澪が、溢れんばかりの想いを叫ぶ。
「会いたい気持ちだけじゃダメなの!?」
「うん」
ウィズは冷静に、冷淡に、冷酷に。いともたやすく澪の連撃を受け流しながら。
「そういう気持ちは軽いんだよ」
気持ちを踏みにじるように、言葉を放つ。
「ボクはね、軽い気持ちで文君の歩む道に立ってほしくない。……そもそもね。そういうの、文君が許さないと思うから」
ウィズは知っている。
文も理解している。
でも。
澪は知らない。
そして、詩織も知らない。
故に、ウィズは二人にあえてこの世界のアメと鞭を与える。
剣を振りぬいて一気に澪を詩織の方へ突き落とすと、悲鳴を上げることもできずに二人まとめて地面にめり込む。
絶対的強者には、更に上を行く強者を。
地面に降り立ったウィズは、見下すように言葉を投げ放つ。
「君たちは、弱いよ」
「――ッ! そ、んな……!」
「私達は……努力してますから……だから……」
「だから何ってボクは思うよ。ボクが言いたいのはそんなことじゃないもん」
ウィズはあえて無邪気な笑みを浮かべて、紅炎で辺り一帯を包む。
「その魔剣も……いや、君たちはいいや」
『…………』
『…………』
ウィズが声を掛けられたエネティとレレインは、一瞬震えた後何も喋ることが無くなった。あのお喋りなエネティですら、まるで眠ってしまったかのように一言も喋らない。そのことに疑問を持つべきだったが、そこまで思考を回すほど心に余裕があるわけではなかった。
その二本の剣にまるで興味が無くなったかの如く、二人を無表情に見つめる。
「魔剣とかに頼るとか、無詠唱魔法ができるようになるとか、そんな努力とか訓練とかじゃないの。わからないの? ……うん、普通わからないよね。だから、文君の前も後ろも任せられないし、隣を歩くことすら許されない。だから、ボクは二人の邪魔をするんだ」
二人には決定的に足りないものがあると、そう暗に告げる。
その答えは二人にはわからない。
だが、それがわからなくても立ち向かわなくてはいけない。会いたいという想いは立ち向かう決心となる。
(……だから、だめなんだよ)
鈍らないその決意した瞳は、ウィズを落胆させるのに十分だった。
文は十分思い知っており、またその文を十分に理解しているウィズだからこそわかる。
そう、それは――
(自分の弱さを認識すること)
勇気と無謀は紙一重だとよく言う。しかし、ウィズが言いたいのはそこでもない。
では何か。
自分の力でどこまでやれるか。
そこをしっかりと見極め、考え、行動する。
それができた上で勇気か無謀か両者択一、と少なくともウィズはそう考えている。
だが、わざわざそんなことを教えるわけもなく、ウィズは紅炎を強くする。
「貴女と先輩がどういう関係かわからないです。でも……少なくとも文先輩はそんなこと言いません!」
真っ向から対立するかのように自身を中心として吹き荒れる吹雪は、火を止めるという結果でウィズに勝った。
だが、依然と余裕そうな表情で二人を見下し、小さな雷を手のひらに生成してパチパチと音を鳴らしながら回転させ始めた。
「ねえ、知ってる?」
豆の子みたい……と二人が揃って同じことを思いながらも、決して警戒心を緩めることなくウィズを見据える。すると、ウィズは突然口端を歪めて雷を地面に投げ放つ。だが、二人からは少し離れた位置に、だ。
ふよふよとゆっくり下降する雷を傍目に、今度は澪が余裕のある表情を浮かべる。
「あれれ? 疲れちゃったのかな? 私達はここなのに――」
「――水は雷をよく通すんだよ」
――ポチャン。
澪が軽く踏み出したのと同時に聞こえたウィズの声はとても良く聞こえて。
詩織が足首まで浸かっている水に今更ながら気づく。
そして、最後にウィズが口角を上げると同時に、雷球は最後に強く光ってから地面へと着地した。
「なんちゃって【ライトニング】!」
「「きゃああああああああああああああああああ!!」」
侮る無かれ。
この雷はただの雷にならず。ウィズが生成したものだ。
ウィズは文の友人、ましてや妹を殺すわけがない。というのは、文が生きる糧としてきたものを簡単に奪うわけがない、ということで。
つまり、結論をあげるとそこまで雷の威力はないのだ。
水を通して彼女たちを電流が襲うが、服やスカートが黒焦げにするだけで、直接的なダメージといえば痙攣してその場に倒れ伏してしまうぐらいだ。
「う、ぅ……」
「くっ、ひ、ひーぅ……」
指をピクピクとしか動かせない澪に、舌が痺れてうまく回復魔法が唱えられない詩織。
そんな二人の近くにスッと降り立ったウィズは、やはり澪と詩織を見下ろす。
屈辱的だった。
小学四年生ぐらいの女の子にひたすら追い込まれ、挙句の果てには自分たちが地面に伏している。
殺せるのに、とまでは思わない。生命があるだけマシであり、奪われない状況に助かっていると心から思っている。しかし、やはり心中穏やかではないのは確かだ。現に澪も詩織も揃ってウィズを睨みつけているのだから。
だが、睨みつけることしかできない。
そんな二人をウィズは嘲笑うかのように、いつもの無邪気に振舞う彼女では考えられないほど残忍に口端を歪めた。
「ねえ、知ってる?」
また、問いかける。
反応はない。
否、することができない。
「この世界について」
((世界……?))
二人の頭に浮かんだのは、この世界がラズワディリアで、大陸は四つで、そして人族・獣人族・魔族の三つの種族が存在していて……というような基本的な情報ばかりだった。だが、ウィズが質問していることは少し違うということなんてすぐにわかった。故に、沈黙する。舌が痺れて動かないというのもあるのだが。
「……うん、まあ知らないだろうとは思ってたけどね」
少し経ってからウィズがそう呟き、
「教えないけどね」
なんて言って、神経を逆なでするように、嘲笑う。
「く、き、君ねぇ……!」
澪が力を振り絞り、麻痺した体を必死に起こす。
口もおぼつかないながらも、ビシッとウィズを指差した。
「そもそも、なんで君がお兄ちゃんを知ってるの! それに、なんでお兄ちゃんに会う許可を守らなきゃいけないの!!」
「……」
「君は、一体何者――」
そのとき。
突然澪と詩織の視線の先にある建物が――音をたてながら突然崩壊した。
「「なっ!!」」
澪と詩織は揃って驚愕し、すぐに原因であろうウィズを鋭く睨む。が、すぐに目の鋭さは緩和していった。
ウィズも同じような表情を浮かべていたからだ。
まるでドミノ倒しをするかのように建物が倒れていく方向は南。ギルドから南門へと流れるように崩れて行った。
一瞬、魔物がまた入り込んできたのかと思ったが、それもまた違う。
「一体、何が……」
必死に頭を回すも、澪には状況の判断がつかず、一番理解できていそうな詩織を振り返る。
すると、杖を使ってようやく起き上がれた詩織は【キュアル】と【ヒール】を使ってまずは状況を改善する。
「しおりん! いったい何が起こってるかわかる?」
「わかりません……私たちと、あの子の予想の範囲を超えていることは確かなのですが……」
いつのまにか浮かび上がっていたウィズは呆然と壊れていく家々を眺めている。澪はそれを見てコクリと頷く。
「でも、すぐにわかると思います」
「わかるって、なんで?」
その問いかけには答えず、詩織も壊れていく建物を眺める。
滑らかに、滑るように壊れていく建物はずっと街の壁を沿って勢い良く倒れていき、ようやく止まったのは半周をした南門だった。
しかし、止まったのも束の間。
今度はその場から天に向かって勢い良く細長いものが突き上げられ、そこからメガホンみたいなものができあがった。
『あー、あー』
「「っ!」」
メガホンから響く声。
その声は紛れもなく、聞き間違えることのない――――――――文の声だ。
「おにい……ちゃん……!」
「文、先輩……」
どこから聞こえてくるのかはわからない。だが、この街に文がいる、その確証を得られた今、二人は歓喜に身を震わせた。
対して、ウィズは変な顔をする。
あまりにも愚行で愚策だと、今すぐにでも文句を言いたいぐらいだ。
だが、文がいるところに飛んでいこうにも、目の前の勇者二人組をどうにかしない限りにはどうしようもなく、仕方なくため息を吐き頭を抱えながら地面に降り立つ。
『えー、テステス……え、何? これ? 別になんでもないよ。ただの様式美。っと、そうじゃなくて。ウィズ、聞こえてるー? 聞こえてるよね。自分の声って妙に恥ずかしいから簡単に要件を言うと、そろそろ出るから早く南門に来てよ。あ、勇者は連れてこないように。勇者って面倒なのしかいないからさ……』
面倒なのしかいない。文のその言葉にウィズは思わず噴き出してしまう。
確かに|面倒なの(澪と詩織)しかいないからだ。
「まったくもう、流石文君だよ。ボクの予想なんて軽く超えちゃうんだから」
そう言って屈託もない笑顔を浮かべ、その状態のまま、澪と詩織に対して無詠唱で【ライトニング】を放った。
「っ!?」
「【ボッシュシールド】!」
詩織がギリギリのタイミングでシールドを発動させる。軽く衝撃でのされるがなんとか受け止めると、そのままはるか遠くへ弾き飛ばす。
「澪さん、南門はこの後ろです! さきほど建物が崩壊したあたりの!」
「わかった! いこっ、しおりん!」
「はい!【ウィンドスラッシュ】!」
風を文字通り切り裂きながらウィズのもとへ走る魔法は、上下左右から幾重にも張り巡らされているため、流石のウィズも幾つか魔法を放って止めるほかなかった。その間、欠伸をしながら片手間と言った様子で魔法を放っていたのだが、すでに南門に向かって全速疾走をしていた澪と詩織が気づくことはない。
二人の気持ちはすでに文に何を言おうか。それだけだった。
希望。生きる希望と活力と言っても過言ではないほど澪と詩織の中で文の存在は大きい。
故に。
あと少しで冒険者ギルドが見えたところでウィズが立っているという事実と。
「はい、どーん」
なんていう可愛らしい声と同時に、突然現れた雷球に当たった。
「「きゃあああああああああああああああああああ!!」」
と可愛らしい声と同時に地面に倒れ伏した。ときおり不自然に痙攣している姿は到底文には見せられない姿だ。
「――――……どうして」
「ん?」
「どうして、そこまで私達の邪魔をするのですか……」
【賢者見習い】の称号を持つ詩織は、必然と魔法耐性を持つ。初見の魔法ならいざしらず、二回目の魔法であれば耐性も対応策もいくらでも思いつく。というより念のため防魔の魔法を自分にだけかけていたのだ。が、心の準備はまた別問題で、あの一瞬で現れた雷球に精神的に絶えられなかったのだろう。だが、今こうしてダメージを受けつつも杖を使って立ち上がることはできているあたり、さすがというべきだ。
詩織は澪に【ヒール】だけかけて、ウィズを睨む。
すると、ウィズはそっと息を吐き出した。
「……運命、だからだよ」
「うん……めい……?」
詩織がウィズの言葉を復唱するように呟く。
〝運命〟という言葉は詩織にとってとても壮大めいていて、理解するまでにきっかり十秒程の時間を要した。
「そ、その……運命って……」
呟くぐらいしか出来ない彼女と、ただただ痺れながらも呆然とウィズを見上げる澪を無視するかのように声のトーンを上げて饒舌に語りだす。
「運命。これは女神フォルチュナーが定めた、いわば完結した本。ボクは――いや、この先を言うのはまた今度。弱い君たちをボクのシナリオに、そして文君の物語に介入させるのは……まだできないんだ」
「だから……」
「うん?」
澪がよろけつつ立ち上がりながら口を開く。
「だから、女神さまが私たちをお兄ちゃんと合わせるのを禁じているの? 私達がお兄ちゃんに会えないという運命は、避けられないということなの?」
「……当たりなようで、不正解♪ っと、そろそろ僕は向かわせてもらうよ」
そう言って手をかざすと、突然二人がいる地面が陥没した。
「――――っ!?」
「【落とし穴】だっけ?」
まさに文の十八番と言っても良い魔法を使って二人を落とす。
「じゃあね、二人とも。ボクはそろそろ南門に向かわせてもらうよ。というより、文君だったらボクを置いてもう出発しているかも……」
はぁ、と肩を落としてため息を吐くと、その場で飛翔する。
「まっ――!」
「じゃあね~♪ また会えたら会おうよお姉ちゃんたち」
そう言うと、南へと駆け出し、薄暗いのもあってすぐにウィズの姿は見えなくなった。
◆
ウィズが逃げて、数分。
澪と詩織は陥没した地面から這い出て並んで立っていた。
お互いに言葉はなく、その場から動くこともなく、月も雲の向こうに隠れてしまった。
目と鼻の先には冒険者ギルドがあり、そこから人が何人か出てきてはいろんな方向に去っていく。きっと被害の確認をしているのだろう。死人・怪我人・住人の安否・街の被害確認などなど、確認する事柄は山積みだ。
実際、勇者である二人もその作業に参加すべきだろう。街を助けることは二人が望んだことだ。そして、その大元は街のためになにかやりたい、その思いである。だから、彼らの手伝いもしなくてはいけないというものだと、澪も詩織も理解している。しかし、色んな複雑な想いが胸中で渦巻き、結局何もできずに突っ立っていることしかできない。
「……私たち、負けちゃったね」
俯いたままの澪が呟くと同時に、ぽとりと雫が滑り落ちる。
これまでひたすら城と王都の周りでひたすら研鑽を積んできたため、かなりの自信があったというのは否めない。しかも、研鑽と同時にレベルもしっかりと上がっていた。
だというのに、突然現れた女の子一人に対して押されるだけではなく、二人がかりでも圧倒的な力によって為す術もなかったのだ。
蹂躙。そう呈しても過言ではないほどだ。
しかも――――――本気じゃないことは明々白々であった。
その事実は二人に重くのしかかる。しかも、兄であり先輩である暗城文の居場所がわかる、重要な人物とも言える。だというのに、倒せず、圧倒され、最後にはこんなにも惨めな気分を味わっている。
言い直そう。
二人は己の弱さを噛み締めている。
それは偶然にも先ほどウィズが二人に足りないと言った部分である。
二人共認めたくはないが、頭の片隅ではしっかりと理解しているのだ。ウィズがいつでも自分たちを殺せたことぐらい。だというのに、ウィズは二人を殺さなかった。この意味を澪と詩織は『フミの大事な人』、つまり『関係無かったら殺してた』とも言い換えられ、結局のところ間接的に文に助けられているということになる。
ただただ、弱い。その一点に限れよう。
「おにい……ちゃん……!」
ついに澪が涙をポロポロと零し始める。
突然の行方不明からようやく会えると思った最愛の人。それが一人の女の子に邪魔をされたのだ。
詩織もまた、そっと涙する。
色恋沙汰を置いて、涙する。
文と澪。血は違えど兄妹として強い絆を持っている二人が、奇跡的に同じ異世界にたどり着いたというのに、近くにいるのに――――会えない。
その澪の心情を強く想い──その気持ちは詩織自身でもあるが──思わず涙した。
流れ出した涙は頬を伝い、地面へと、落ちる…………。
「────澪さん」
グッと袖で涙を拭い、澪の名を呼ぶ。澪は涙を地面へと幾つも落としながら詩織を見る。
「澪さん。まだ、行けますか?」
「行くって……?」
困惑気味に問いかける。
詩織はそれに応える代わりにMP回復ポーションを飲むと、【ファスト】を二人分唱えた。
「まだ、追いつけるかもしれません」
「追いつくって…………お兄ちゃんに?」
「はい」
詩織は肯定して微笑む。だが、澪の表情は暗いままだ。
「無理だよ……追いつこうにも、きっとまたあの子が邪魔しに来る。……また、やられちゃう……」
すっかり弱気になっている澪。もし今一人になったら、そのまま地に伏せて嗚咽を漏らし続けていただろう。
だが、今は二人だ。
「それでも、です。まだ追いつける可能性があるなら、私は追いかけたいと思います。女神とかの話はこの際忘れましょう。そして、私たちの運命は、私たちが決めましょう」
にこりと笑いかける。しかし、澪は俯いたまま。だが、
「もし行かないと言うのであれば……私一人で行って、文先輩を一人占めにします」
「えっ!?」
がばっと詩織をみるが、澪とは反対の方向を向いていて、その顔を見ることはできない。
「私一人追いついてその、い、いちゃいちゃしてきます。はい、いちゃいちゃく、くっついて……!」
必至に言葉を紡ごうとしている詩織に澪はプッと思わず噴き出す。だが、それも仕方ないだろう。詩織の耳は真っ赤に染まっているのだから。
同時に詩織の言動を理解する。
文を独り占めにするという発言で、嫉妬心と独占欲を刺激しようとしたのだろう。そうすることことによって澪は着いてくるだろうと。
しかし、それは失敗。澪は気づいたのだから。
だけど、と今度は頬を緩ませる。
──一人で悩まないで。
そう言っているように思えたから。
一人だったら確実にふさぎ込んでいた。しかし、今隣には親友がいる。
「……だったら、しおりん一人で行かせるわけにはいかないなぁー」
立ち上がりながらそう呟き、詩織の隣に立つ。詩織は未だ顔を赤らめたままで澪を見ることはできずにいる。また澪も決意の表れか、冒険者ギルドをしっかりと見据えた。冒険者ギルドは街の造り上、中央に位置する。そして、そこから南へと折り返せば追いつけるかもしれないだろう。
詩織が恐恐と澪の表情を見ると、吹っ切れた表情をしていた。
「私も、お兄ちゃんに甘えたいからね!」
「……はい」
「心配しなくても、ちゃんとしおりんの分も空けておくから!」
「…………ふぁい」
少し引き始めた赤みが再び差す。夜の冷えた風が涼しい。
「【ファスト】【ファスト】【ファスト】」
詠唱破棄で三回唱える。それは、詩織の決意の表れ。絶対追いつくという決意の表れ。
「行きましょう、澪さん」
「うん。いこ、しおりん!」
二人は顔を見合わせて頷きあうと、同時に足に力を込めて駈け出した。
「……ごめんね。暗城澪さん、柚原詩織さん」
そっと建物の影から現れたのは小さな子供──否、ウィズダムことウィズだった。
先ほど南へと飛び去ったはずのウィズだが、なぜここにいるのか。
ギルドを飛び越えて南へ向かった澪と詩織の背中をどこか悲しげに見つめながらポツリと呟く。
「ごめんね、本当に。……でも、今君たちを文君に会わせるわけにはいかないんだ。それこそ、君たちと──文君が強くならない限り」
その言葉の裏にはなにが隠されているのか。それは、ウィズにしかわからない。
「……行かなきゃ」
ウィズはしばらく二人が去って行った南街道を悲しげに眺めていたが、そっと視線を外して一度にこっと無理矢理笑顔を作ったあと、大きく跳躍した。
──────北に向かって。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい1:勇者相手に翻弄するウィズさん。
おさらい2:運命。
おさらい3:勇者は南へ、ウィズは北へ。
おさらい外伝:しおりんは初心です。
何処か拙くなっているかもしれませんが、これからもよろしくお願い致します。
今回の字数はちょっとどころかかなり多くなってしまって……。




