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ウィーク・クリエイター  作者: 二本狐
第二章 ユナイダート王国編
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第七十四話 レーリス防衛戦 - 氷獣 1-

「ラァアアアアアスゥウウウウウウウ!!」

 中央方面に向かって走っていたら、気持ち悪い音に次いでどこか聞き覚えのある叫び声が建物を挟んで聞こえてきた。

 誰かが死んだみたいだ。

 この混戦だし、よくある話だ。誰か大切な人が死んじゃった時なんか、叫びたくなるのが人だし。

 ……僕は違うけど。

 そっと息を吐き出したとき、おばさん達の死に顔が脳裏を過ってブンブンと首を横に振る。

「……ねぇ、フェン」

「ウヌ?」

「何回も悪いんだけど……本当に、本当にさっきの話は本当なの?」

「……ウヌ。吾輩もできれば信じがたい話だが……」

 沈痛な面持ちで言葉尻を濁した。それがフェンが調べがより正しいと証明している。

 僕はフェンの話を聞いてから何回目かのため息を零す。

 《鳥の止まり木亭》だけが全壊していた理由。それは――――フェンリル、もしくはそれに近い大型の魔物がちょうど着地した所が《鳥の止まり木亭》だった、というものだった。

 確かにそう言われてみればそうかもしれない。

 レーリスの街は城壁に囲まれている。そして、《鳥の止まり木亭》は城壁からかなり近い。接しているほどではないけど、道一本、家一つ分を間に挟んだ程度しか離れていない。……もし壁に寄り添う形で建っていたなら、おばさん達が死ぬこともなかったのかも。

 今さらそんなこと言っても遅いけどさ。

 首を軽く振って周りを見渡すと、ふと何かが凍りついているのが目に入った。

 大体大人と同じぐらいの大きさだけど……。

 一人方向転換してそっちに駆け寄ると、何が凍っているのかすぐにわかった。

 大人と同じぐらいなんじゃない。

 大人が凍りついているんだ。

「うわぁ。物凄い冷気」

「ん? 文君どうしたの?」

 後ろからひょっこり顔を出したウィズが凍りついた大人を見た瞬間、「ほわぁー」というよくわからない声を出した。

「文君、ボク初めて氷の造形アートみたよ」

「いや、造形じゃないから」

「ウヌゥ……これは、どうやらフェンリルの仕業かもしれんな」

「「ああ、やっぱり」」

 何故かウィズとハモった。

「でも結構フェンリルも優しいね。だって、これなら溶かせば元通りになりそうだし」

「あ、そっか。【ファイア】!」

 今の思いつきなんだけど、まあいいか。

 ウィズが楽しそうに鼻歌を歌いながら【ファイア】を蝋燭代わりに溶かしていく。

 でも、全然溶けない。

 焦れったくなったのか、ウィズが火を青白くすると、凍りついた大人をまるごと包み込んだ。

 みるみると溶け続けること、二分。

 見事に全部溶けた。

 そう、人間ごと、全部。

「「「…………………………」」」

 何もかも残っていない。

 あるとすれば、溶けた時にできた副産物の水ぐらい、かな。

「ま、まあこういうこともあるよねっ。テヘっ?」

「………………」

「………………ウヌッ」

 これ以上これに関してものを言うのはやめておこう。

「と、とりあえずフェンリルの凍りつかせる攻撃はやばいから、なるべく受けないようにしよっか」

「ボクなら火の魔法で止めちゃえるけど。フェンはどう?」

「ウヌゥ……吾輩は――」

「筋肉だね。頑張って」

「ウヌゥッ!?」

 フェンなら本当に食らっても『筋肉、フンッ!』でピンピンしてそうだ。……本当に。

「さて、溶けちゃった人の冥福を祈りつつ、追いかけ――」

 ――よっか。

 そう言おうとした口は背伸びしたウィズに抑えられた。

「文君……向こうにいるよ」

 何が、と訊かなくてもすぐにわかった。

 ウィズが目を向けた先。そしてフェンが視線を向けた先に、氷のカーテンがかかったのだから。

 そして今もじわじわと僕らの方に向かって氷が侵食中。

「……フミ殿、これは少しやばいかもしれん」

「ふぉぐもふぉふぉうふぉふぉふ」

「ウヌ……」

 あれ? 今の通じた?

 さすがフェン。パーティ組んでるだけ――

「フミ殿。なんと言ったのかもう一度だけお願いしたい」

 ……通じてなかった。

 ていうか、さ。

「ウィズが手を外せば良かったんじゃない?」

 ウィズの手をどかしながらそう言うと、何故かにっこりされた。

「ボクには文君がなんて言ったかわかったもん。これは愛だねっ」

「動物愛かな」

「違うよっ! もー!」

 猫を飼ってると思えば可愛いもんだと思うけど。

 ……ウサギは色々いるからなぁ。

 ウサギ代表、コリス。…………あれはまた違うか。

「って、こんなことやってる場合じゃないって!」

「そうだよー! ボクと文君の愛は友愛の更に上位互換した――」

 変な超理論を生み出そうとしているウィズの頭にチョップを見舞い、脇に抱えてなるべく遠くへと逃げる。

 ある程度離れたところでウィズを地面におろすと、今も侵食している氷に身体を向けさせる。

「ウィズ、あの氷に中級以上の魔法を打って」

「ゔー……わかったよ。【イフリート】」

 三つの魔法陣がウィズの目の前に展開されると同時に、両腕と身体らしきものが解き放たれた。

 燃える音とか全く聞こえない。けど、【イフリート】っていう魔法名とその青い炎をみただけで、その魔法がどれだけ高熱なのか簡単にわかる。

 【イフリート】は一回空高く飛び上がったかと思うと、勢い良く地面に吸い込まれていった。

 それが大体十秒ぐらい。

 【イフリート】が収まると、水蒸気で地面がみえなくなった。

 ということは成功、かな。

「上手く溶けたみたいだね」

「ウヌッ」

「でも……」

 でも?

 なにか言いかけたウィズを見ると、微妙な顔をしていた。

「ちょっと、フェンリルってあんなに大きかったかなーって、おもっちゃったりー……」

 たはは、と笑いながらゆっくりと指をさした先を追う。

「……フェンリルってあんなに大きいものなの、フェン」

「…………ヌゥ、吾輩も見るのは初めてだからな。だが、あれほどの巨躯、吾輩もみたことないぞぃ……」

 まあそりゃ、あんな四足歩行の状態で軽く五メートルもあるフェンリルなんか、見た事ある方がおかしいと思う。

 ……目が赤く充血してるし。ぎょろぎょろしてるし。

 家を凍りつかせて足場にしながらやってくるフェンリルを、僕は頭を空っぽにして眺めていた。

 でっかい胴体はもちろんのこと、爪や牙も、全部でかい。

 それに加えて、冷気がフェンリルの周りだけ物凄く吹雪いてる。

 だけど、それでも。

 僕は冷静でいられた。理由はわからない。

 ……ああ、でも。

 一つ今さらのように思い出した。

 そういえば、こいつがおばさん達を殺したんだっけ。

 だったら、僕はその復讐をしなくちゃ。

 そう思うと、心の内から純粋なやる気が湧いてきた。

 さてと。

「やろっか」



 ◆



 ヒノキの棒を右手に持って土を纏わせる。

 僕が一番後ろで、フェンが真ん中、一番前にウィズが立つ。

 このスタイルが一番僕らの戦闘スタイルから導き出される最適な配置だった。

 まあ僕、フェン、ウィズと全員後衛ポジション何だからしかたないといえば仕方ないんだけどさ。

 特に僕。

 僕なんて、前衛に行けば横に真っ二つ。中衛なら縦に真っ二つ間違いなしだし。

 紅い瞳が僕らを見据える。

 そしてフェンリルの口がカパッと開いたのを皮切りに、戦いが始まった。

 真っ先に躍り出たのはやっぱりというか、ウィズだった。フェンリルの口から吐き出された冷気を飛んで避けると同時に、雷魔法を数発放つ。

 確かに雷なら凍らせることはできない。

 さすがの判断。

 でも、フェンリルもすぐに氷の壁を作って直撃を避けた。

 そしてそのまま第二射を放つ。けど、今度はフェンがウィズを風魔法で吹き飛ばした。

 ナイス連携。

 ウィズの着地しそうなところに【クリエイト】を使って高台を作る。

 そこに着地したのを見てから、今度はフェンリルのお腹を突き刺す感じで地面から針を伸ばした。

 けど、さすがというか、硬い。でも少しは効いたっぽい。僕のヘイト値が一番高くなったみたいだ。

「フェン、左に回り込みつつ首もとをザクザク魔法で切ってみて」

「ウヌッ!」

 指示を出すだけ出して、僕は後ろに下がる。

 あの巨躯と違って、フェンリルは身軽みたい。歩くときに足音が全く聞こえないぐらい。地面が少し揺れてるなー、って思うぐらいだ。

「せいやー!」

 ウィズがせっせと雷魔法を放つ。さっきより放つ量が増えてるのは、きっと興味を自身に向けるためだと思う。

 ウィズはきちんと約束を果たそうとしている、ってことかな。

「ま、なんでもいいけど」

 ある程度後退してから、どう攻めようか考える。

 氷で足止めでもしようか?

 ……いや、さすがに向こうは氷の使い手だし、効果ないか。

 向こうがエキスパートしたら、僕なんかマジシャンだよ。手品ありまくりだし。

 うーん……まあ僕にやれることなんか数える程度しかないんだし、やっていくしかないか。

「とりあえずはー……ウィズ!」

 ちょうど屋根に乗って休憩していたウィズに声を掛ける。

「そっから思いっきり飛んで!」

「えっ?」

 ウィズには通告した。

 だからあとは、ヒノキの棒を地面に刺して、想像する。

 今回が初めてだから上手く行くかわからないけど……やるしかない。

 大きく息を吸い込み、

「……【クリエイト】」

 ちょうどウィズが大きく後ろに飛び上がったその瞬間、ウィズが乗っていた家が綺麗に折り畳まった。

 結構綺麗に想像はしたけど、まあちょっと形が形だからそこまで時間がかかる代物ではない。

 簡単に言うと、遊園地にあるバイキング。

 ただ、バイキングの船の部分に先端を鉛筆の先っぽのように尖らせている。

 ぐっさり刺さってくれるといいけど。

「さあ、お手並み拝見っと」

 天高くあった鉛筆もどきが、重力と鉛筆もどきの質量も合わさって物凄い勢いでフェンリルに振り落とされた。

 フェンリルもただそれを見ているわけがない。……まあ見ていてくれてた方がやりやすかったけどさ。

 お得意の氷の壁を何重にも精製して、さらに僕が作ったバイキングもどきをも凍らせようとした。

 ……まあ、バイキングもどきが凍ったところで勢いが収まるわけもなく、思いっきりフェンリルが作った氷の壁にぶつかった。

 一応衝撃はあったみたいだ。数枚氷の壁が割れたし。

 でも、それぐらいだった。

 ……まあ、陽動はこれぐらいとして。

「ウィズ! フェン!」

「あいあいさー♪ 【サンダーレイン】!」

「任されよう! 【ウィンドブラスト】!」

 二人が中級か、もしくは上級の魔法を両端から放った。

 右からは何重もの雷がフェンリルを襲い、左からはフェンが唸りをあげる風が渦を巻き上げながらフェンリルにぶつかった。

「やったか!?」

 フェン、それはフラグっていうんだ。後で教えておこう。

 はぁ、とため息を吐きながら袋から一本目のMPポーションを取り出して飲み干すと、端の方に投げ捨てる。

 妙な沈黙が続くこと十数秒。

 捨てたMPポーションのビンが風に吹かれてカラカラと転がった。

 その瞬間、フェンがいつの間に建物に叩きつけられていた。

「フェン、大丈夫!?」

「う、ウヌ!」

 さすが筋肉!

 ってそんな場合じゃない。

 今、一体何があった……?

「と、とりあえずフェンは回復魔法を。それでウィズは――」

「危ないっ!」

 そう叫ぶと同時に、ドンッとウィズが思いっきりぶつかってきた。

「ウィズ、なんでぶつかって……」

 ウィズを抱きかかえながら完全に身体を起こす。

 そして目の前にそびえ立つ巨大なつららをみて、思わず言葉を失った。

 もしウィズが僕にぶつから――いや、押し倒してくれなかったら、今頃串かつが出来上がってたね。人間の串かつ。誰得なんだろ。魔物しか得をしない。

 売れ残り在庫処分が行われるまで頭の中で繰り広げた後、ウィズの頭を優しく撫でながら立ち上がる。

「ありがと、ウィズ」

 そう囁いてから、しっかりと握りしめていたヒノキの棒を地面に突き刺す。

 ちらりとフェンを見ると、HP回復薬かそれに近いものを口にしていたフェンと目があった。

 やることは変わらない。

 その意味を籠めて見つめると、ゆっくりと頷いてくれた。

「よし、じゃあウィズ。いってらっしゃい」

「ほぇ?」

「【クリエイト】!」

 エレベーターよろしく勢い良く空に送った。

「文君文君! これ斜めってるんだけど!?」

「大丈夫、仕様」

「落ちてるんだけど!? しかもフェンリルの真上なんだけど! さすがのボクもやばいと思うよっ!?」

 そう叫びながらも、風魔法を器用に使ってフェンリルの攻撃をかいくぐりつつちゃっかり火系統魔法でダメージ加えているんだから、まったくもって問題ない。

 フェンも、僕がさっき言ったことを忠実に守って正確に首もとを狙いにいってるから、まだまだ大丈夫そうだ。

「フェンリルも、少しずつダメージは溜まってきていると思うんだけどなぁ」

 雷系統から火系統の魔法に切り替えたフェンを一瞥しながら呟く。

 さっき二人の魔法を食らった。それに、相手も生き物。体力は確実に消耗するはずだし、ダメージも確実に蓄積しているはず。

 でも、まだ足りない。

 このまま戦っていても倒せない。どころか逆に僕らがやられる。

 四足歩行の体力は僕らの遥か上をいくし。

 ……決め手が足りない。

 このままやってもジリ貧は目にみえてる。

 フェンかウィズ、どちらかの上級魔法が直撃できればいい。……いや。

 それだけじゃ決め手にはならないかも。

 確実を目指すなら、そのさらに上をいくダメージを与えないと。

 だったら、何が必要?

「グルァ!」

「つめたそ~!【ファイアブレス】!」

 フェンリルのブレスとウィズの火魔法がぶつかり、水蒸気が辺り一帯を包み込む。

 素早く自分が立っている地面を盛り上げて状況把握に徹する。

 水蒸気がもうもうと立ち上っているせいで、全くもってどうなってるかわからない。

 微かに見えたのは、ウィズが飛び上がってフェンの方に移動したぐらい。あ、ちゃっかり魔法は撃ってる。

 未だにフェンリルがどうなっているか確認できない。

 前に城を抜け出すときに作った霧みたいだ。

「とりあえず今のうちに二人は移動して」

 多分ウィズとフェンからも僕は見えていないはず。

 だから二人に声だけで指示を出しつつ、水蒸気を睨んで考える。

 ……――――水蒸気?

 あ、そうだ。

 霧も水蒸気も、一つの分子から形成されている。

 それを逆手に取って、カスティリア王国から抜けだしたんだ。

「氷も水蒸気も、もとは水。だったら――できるはず」

 城にいた時読んだ本に、『魔法は一に術者の意志、二に打ち消し合う属性の魔法、三に術者が意識を失えば消せる。もしくは自然に消滅するものもある』と書いてあった。

 つまり、術者が消えろと望むか、火と氷のような真逆の属性がぶつかり合った時に消える。意識を失うというのは、きっと死んだり気絶したりした時。

 でも、実際はこの三つじゃない。

「……と思うけど」

 一つの可能性を心に留めて、ヒノキの棒をギュッと握りしめる。

 ただ証明されていないだけ。というか、証明する事態きっとこの世界の人は馬鹿らしいと思ったんだろうね。

「クリエイト研究所インレーリスの街、ってところかな」

 ウィズにこの計画の算段を話そう。そう思って下に降りようとした時、漂う水蒸気に突然、爛々と光る二つの赤い瞳が浮かび上がった。

「――ッ!!」

 咄嗟にガードの構えをとる。

 瞬間、重い衝撃と共にふっとばされた。


お読みいただきありがとうございます。


おさらい:紅い目をしたフェンリル。

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