第七十一話 レーリス防衛戦 - 萌芽 1 -
魔物は各方向へ散りながら徐々に南下している。
適当に捕まえた冒険者に戦況を問いただしたらそんな情報が飛び出てきた。
これはまずい。というか、やばい。
いろんな方向、っていうのはきっと細道に入ってる可能性が高いとみてもいい。つまりそれは、北門へ続く大通りから一本細道に入ったところにある鳥のとまり木亭にも十分に危険があるということ。
この事実は痛いところをツンツンつついてきて、無駄に焦りを生む。焦っても意味が無いのに、思考と心は全く別物だって痛感せざるを得ないね。
ゆっくりと深呼吸をすると、またどこかでがらがらと崩壊する音が聞こえた。
音楽を奏でるように、耳を済ませれば何処からでも聞こえてくる音楽も、やっぱり焦りを生む。この音は鳥のとまり木亭かもしれない、とはなるべく思わないようしているけど、それでもやっぱり心配なものは心配。
ギルドの入り口付近から覗けるものは、少なくとも街……だったところ。
圧倒言う間に蹂躙されて、必死になって防衛戦を繰り広げている所。
まだ僕が見た中で中央に辿りつけた魔物は数匹だけ。でも、されど数匹、といったところかな。たったそれだけでも、ところどころに生々しい傷痕をつけられて、建物が破壊されて、食べ物は踏まれて、人が襲われた。
確かに街だった。
でも、今はただの戦場と化してる。
人もどんどん南へと避難しているから、ゴーストタウンとも言えるんかな? ……モンスタータウンが今の現状を評価するのに正しい気もするけど。
今の冒険者の役割は、ギルドまで魔物をたどり着かせないこと。また、辿り着いても速攻抹殺すること。この二点が重要視されている。
理由は簡単。
ギルド陥落はイコールで街の陥落に繋がるから。
情報をやりとりする、いわば頭を壊されたとなったら、この街は防衛どころか避難すらまともにできなくなる。それはもう、確実に。それに、援軍があるとしたら、ギルドの転移陣から来るはずだし。じゃなかったら、他に移動手段がないから、援軍はなし。つまりジリ貧になりつつ全滅もあり得る。
だからこそ、冒険者は全滅を目指しつつ、ギルドを潰させないように頑張っている、と思う。実際に本人の口から聞いたわけじゃないからそんなことわかるはずないけどね。でも、人を単純して考えたら、きっとそうなると思う。
風に混じって聞こえてくる怒号と悲鳴の隙間縫うかのように、今度はこすれあう金属音が聞こえてきた。微かに鼻につく生臭い血の臭いもする。一生懸命戦って、倒して、倒されて。殺して、殺される。それがこの世界を回す一つのルーチンワーク、ということかな。
でも、これはなんか違う。
僕が地球で生まれて、日本という平和な国で生まれ育ったからという理由でそう思うんじゃなくて。きっと、これが僕の運命の一つだと理解しちゃったから。だから、なんか違う。
これは、一つのサイクルじゃない。そう思わずに入られなかったけど、思ったところでどうにもならないし。
僕に出来る事は限られている。
僕自身がこの運命に抗うこと。…………それはまあ面倒だね。
「僕って『運命』っていう言葉が嫌いなのかも」
だったらどういう言葉いいのかな。
なんとなく頭を掻くと、服の裾を引っ張られた。頭を掻きながら後ろを振り向くと、僕のお腹あたりまでしかないウィズがちょこんと立っていた。どこまでも平静で、静かな面持ち。……きっと、僕も鏡を見たらこんな感じなのかも。
ウィズが言いたいことはわかってる。
『文君はボクが絶対に守るから』とか、そんな言葉だよね。
だからウィズに向かって軽く頷いてから、ギルドの中にウィズを引き連れて入った。
中はすでにガラガラ。閑古鳥状態。中で忙しなく動き回るギルド嬢とポツポツと残る冒険者成り立ての人。それぐらいしか残っていない。怪我人は全員すぐ近くにある領主館に運ばれた。領主がいないんだったら最初からそっちに運べばよかったようにも思えるけど、そこはそっとしておこう。
ボッチちゃんも隅のほうに椅子を引っ張り出してきていたのか、ぽつんと座っていた。
確かボッチちゃんは「わ、私は寂しくなんか無い、寂しくなんか無いからパーティに誘ってもらわなくてもいいんだからねっ!」なんて言ってたからそれに僕が了承したら、隅の方にいるようになったんだっけ?
プルプルと震えていたという事実、僕は知らない。
「さて、と」
緊急時だからと片付けられた机と椅子をボッチちゃんみたいに一式だして、その上に腰に申しわけ程度にぶら下げていた袋を置く。
混乱しているであろう情報をある程度仕入れた。
だから僕も準備をしたら行かなくちゃいけない。
悲鳴が聞こえる。どこか遠くから聞こえる。魔物の咆哮が鼓膜を震わせる。
怒号が聞こえる。助けを求める声が聞こえる。
その中に向かって行ったら、きっと死んでしまうと、そう思わせるものがある。
けど、
「僕は、死なない」
服の端を摘んだままずっと離さないウィズの頭を軽く撫でると、そこまで隠す真似もせずにアイテムボックスを展開してそこに手を突っ込むと、ポーション類を取り出して乱雑に机の上に並べた。
「治療はボクにまかせてっ」
「うん。頼りにしてるよ、ウィズ」
ウィズに微笑んで、袋の中にMPポーションを七本詰め込んだ。これが袋の限界。でも、これだけで七回分、MPが枯渇しても気絶しない限り大丈夫。少し動き辛くなるけど、それは仕方ないし。これが人族にとって普通なんだから。……冒険者として普通、なのかな? まあ、どっちでもいいけど。結局どっちでもあるんだし。
僕を殺させないと宣言したのはウィズだ。
それに、僕は死なないと宣言したのもウィズ。短い関係だけど、少なくない信頼を寄せているし、ウィズの実力もここ最近できちんと確認してきたから心から安心できる。
……まあ、勿論使い魔としてだけど。
未だに最初の夢世界の最後でよくわからない空間にほっぽり出されたことを根に持っているわけでは、無いと思う。
袋を腰に付けて少し動いてみる。
「……よし、動きに支障なし、と。じゃあ、いこっか」
「そうだねっ」
明るく答えられたけど、目だけはレーリスの街に――――いや、それよりちょっと上? なんで空をみてるのさ。
ため息をついてウィズの手を引きながらギルドを出ると、すぐ左側にフェンが静かに佇んでいた。
そこはかとなく怒気を孕んだ視線で北口方面を見つめていた。その視線を追うと、さっきまでの魔物の他に数体、たくさんの切り傷を負って倒れ伏していた。
周りには誰もいないから、フェンがやったとみていいのかな。
ちらりとフェンをみると無言の圧力を周囲に発散しながらも、どこか苦しい表情をしていた。
僕に気がつくと、その苦しそうな表情がまるで嘘だったかのように表情を緩めて、それでも無言のまま僕の隣に立っていつでもいけるとばかりに筋肉を少し隆起させた。……なんでさ。
……いや。今のに限ってはわざとなのかも。
どことなく張り詰めていた空気が緩んだというか、毒気が抜けたというか。
フェンらしいね、まったく。
こういう裏表がないフェンだからこそ、僕は少し信じてみようという気になったというのもあるかも。
「フェンは……きっちり僕を守ってね」
「ウヌッ! 任された!」
僕の戦い方をきちんと伝えたから、十全に僕の弱さを理解している、はず。多分。
そして、守って変わる代わりに僕が魔物を倒す効率を叩き出す。……今回は関係ないけど。
「ウィズ……僕は、この選択であってるんだよね?」
「……こればっかりはわかんないよ」
力無げに肩を大きく下ろす。……確証はない、かぁ。せめて確証が欲しかったな。
「でも、それだけ文君の今回の選択がちょっとおかしかっただけだよ」
ニパッ、と笑ったウィズにそう言われると、僕もそれ以上なにも言えなくなる。
だから軽く左手で頭を掻いて、
「特殊だなんて。ただ依頼を受けたからそれを全うする。それだけだよ」
「うんうん、わかってるよ」
「……なにさ?」
「ううん、なんでもないよ♪」
……だったらその隠しきれてない笑いを今すぐやめてもらいたいんだけど。
「フミ殿は最近ウィズ殿が言っているツンデレ、というやつなのか?」
「フェン、それにウィズ。あとでどういうことか詳しく聞かせてもらうよ」
たっぷりジト目を送ると、二人して凍えるような仕草をした。
ため息をついて遠くに目を遣ると、また数匹魔物がこっちにやってくるのが見える。
まだそこまで魔物もやってきてないけど、これからの戦況次第では数匹単位が十匹単位、二十匹単位と増えてやってくる可能性がある。だから、そうならないためにも大将を狩りに行く。……なんてことはしない。
死にたくないし。
これは僕のため。依頼のため。
冒険者は依頼を受けて、それを達成する。
「だから、別にピミュさんは関係ないんだ」
自然と口についてしまった言葉に反応したのか、二人の視線が妙に生温かくなった。……本当に、関係ない。僕がやりたいからやるのであって、ピミュさんは関係ない。
確かにピミュさんからの頼まれ事だけど、それは関係ない。
頭を振ってすぐに考えを打ち切ると、二人より一歩前に出る。
「さあ、行こっか」
鳥のとまり木亭とおばあちゃんの料理を守りにさ。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:増援という手があったっぽい。




