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ウィーク・クリエイター  作者: 二本狐
第二章 ユナイダート王国編
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第七十話 レーリス防衛戦 - 瓦解 3 -

 耳を塞ぎたくなる轟音と遠吠えが聞こえてきた後、依頼主に断りをきちんと入れてから冒険者ギルドに向かって急いだ。

 音源だと思われる北門に行かなかったのは、死のリスクを回避するため、というのもあるけど、この世界も地球も情報がものを言う。そして、今回情報が一番集まってくるところは冒険者ギルドという判断をフェンが下してくれたから。

 ……でも、皆考えることは一緒だったみたい。いや、それ以上冒険者ギルドの中をのぞき込んだ時、呆然としてしまった。

 一番最初に目に入ったのは、ごった返す人。そして、地面にところ狭しと並べられている見るからに重傷を負った怪我人。テーブルも椅子も、一箇所に邪魔だと言わんばかりに積み重ねられている。

 入り口に突っ立ってると、後ろから罵声とともに横に軽く押された。その人もまた、怪我人を引き連れて入ってきて、端の方にとてもじゃないけど丁重とは思えない置き方をして去っていく。

 多分、ここが怪我人の一時的な置き場になっているのかもしれない。

「でも、なんでこんなにも怪我人が……?」

 状況が把握できない。

 いや、僕はなんとなくわかる。

 だけど、現状だけみるなら僕もフェンも『北からの轟音と遠吠え』という情報しか持ち合わせていない。

「文君」

 ウィズに裾をぎゅっと引っ張られてギルドの中に引き込まれた。といっても、端の本当に邪魔にならないところに、だけど。

 そこでウィズが僕を壁に軽く押し付ける。

 壁ドンかな。

 なんて少しおかしなことを思ったけど、ウィズが真剣味を帯びた表情でみてくるもんだから、『壁ドン』だなんて言葉は飲み込まざるをえない。

 じゃないと、何言われるかわかんないし。

「文君。始まったよ」

「始まったって……」

「魔物の侵攻がね」

 くりくりした瞳で覗きこまれながら、ひどく冷たい声でそう告げられた。

 だから、思いっきりため息を吐く。

「……やっぱりかぁ」

「うん……。ここからはね、文君がどういう選択をとって、どういう結末を迎えるか。全部文君が決めるんだ。数多ある、とまではいかないけど……でも、どういう選択をしたとしてもいろんな事が起こるよ」

「……なんていうギャルゲなんだろうね、まったく」

 ウィズの肩を掴むと僕の方へ抱き寄せた。

「ふぇぶっ」

「ウィズ」

 少し強く抱き寄せすぎちゃったから、少し力を弱めながらギルドに視線を彷徨わせつつ、ウィズの耳元に口をよせる。

「運命でもなんでもいいけどさ、何をやるにしてもまずは情報を集めないと。だから、少しだけ単独行動、もしくは僕に黙ってついてきて」

「……わかった♪」

 途端に嬉しそうな顔になったウィズをみて、そっとため息をつく。

 きっと、ウィズは僕に『怖気づいたんじゃないのか?』という問いかけでもしてきたところだろうね。

 だから、『微妙』と答えたというところ、か。本当に微妙なところだし。

 とりあえず、移動しよう。

「フェン!」

「ウヌッ! なんだ!」

「情報集めてくる!」

「わかった! 吾輩も集めるぞぃ!」

 フェンもやっぱり同じこと考えていたっぽい。まあ、身体は大きいしフェンの方が先に情報が集まりそうだけど。

 もし集まらなくても、筋肉ムキッ、で終わりそう。

 フェンから視線を外してギルドを一通り見回しながら、どこから奥に入れば探す。

 やっぱり一番この中で有力な情報を持っているのはギルド嬢。そう思って受付カウンターに目を遣る。すると、何かに登っているのか、少し高い位置でエレさんが険しい顔をしながら一生懸命あらゆる場所に指示を出しているのが目に入った。

 エレさんのあれほど厳しい顔は今までみたことがない。ということは、現状がそれほどやばい状況、なのかも。それとも、指示系統みたいのが乱れていたりするのかな? ……まあ、基本電話もメールも無いこの状況で、記録媒体が紙と自分自身の記憶力っていうんだから、仕方ないといえば仕方ない、か。

 ひとまず忙しそうにしているエレさんからは視線を外して、入りやすそうなところを見定めてから割って入る。もみくちゃにされながらどんどん奥に進んでカウンターに近づくと、ピミュさんの姿がチラリと目に入った。けど、ピミュさんはピミュさんでかなり忙しそうだ。

 だから、とりあえずカウンターまでいくと、

「ピミュさーん」

 呼んでみた。忙しい? そんなこと僕には関係ない。

 遠慮なんてしていたら、何時までたっても情報が得られることなんて無いんだからさ。

「ふ、フミさん! 今行きます!」

 物凄い勢いで持っていた紙束を同僚の人に渡してこっちに来た。……いや、呼んだのは確かに僕だけど、それはないよピミュさん。

 そんな心の突っ込みに気づくわけもなく、物凄い血相をして慌てたように身を乗り出してきた。

「ふ、フミさん! あの、そのいま物凄いことが起きて、それで私達、今、あれでして、ですから、その!」

「……一旦落ち着いて。じゃないと伝えたいこともまったく伝わらないからさ」

「は、はい……」

 焦りすぎていることは自覚していたみたいで、ゆっくり深呼吸をすると、このうるさい喧騒の中、おかしいほどピミュさんの声が耳に入ってきた。

「今、北門にたくさんの魔物が集結しているみたいです」

「……数は?」

「物見の方の報告によりますと……約千体。それも、今現在も増加中とのことです。それで、フミさんも見たと思いますが、ここに運び込まれている怪我人は街を守ろうとして……それで負傷した方々です」

「なるほどね。それで、街の中には?」

「すでに入ってきている魔物もいます。それで今、エレちゃんが指示を飛ばして使える衛兵や領主の私兵に指示を出しながら、ギルドの防衛布陣が出来上がるまで耐えてもらている状態です。それでも、間に合うかどうか、といったところらしいです……」

 なるほど。

 なんとか持ち堪えられそうって思えるけど。

「これ、最悪この街を捨てかねない状態になる、かな……」

「……一応、南西にある村を通して南にある街へすでに住民の避難も始めています」

 ついさっきでのこの対応は流石というべきだね。日本でもこんな素早い対応はできない。ということは、最初からこういうシステムを組んでいた、とみたほうがいいか。

「そうなると、ここにいる人達はどういう人?」

「えっと、怪我人と冒険者が大半です。怪我人は臨時として置かれております」

「……えっと、さ。冒険者はなんでここにいるの?」

「どう行動すればいいのかわからない、という方が大半かと思われます」

「……こればっかりは、しかたないで片付けられないよ」

 まずやるべきことは、ここの整理だ。

 じゃないと、この街を守るにしろ放棄するにしろ、指示系統が混乱するのは当たり前じゃん。

 そんな単純なことが思いつかないほど冒険者もギルド側も混乱している。

 エレさんはやろうとして、でききれていない。

 だったら、やってもらおう。

 話すより行動。

 こういう時は兵は迅速を尊ぶという言葉が一番正しい。

 ピミュさん側の方へ回って羽ペンをピミュさんからもぎ取ると、近くにあった依頼書の裏側にやるべきことを書いて、エレさんのところに持っていった。

「けが人はそう、そこにおいて、それで兵の編成は……ってフミ君? なんでこちら側にいるのかしら? ……って今そんなことどうでもいいわ。見ての通りいま忙しいから――」

「エレさん。今やるべきことは、この場で戦う意志のある冒険者を全員北方面へ送り出して防衛線を張ることです。病人は違うところに放り込まないと。ギルドが今回の防衛戦の本部として機能させるためにはこの場は連絡が取りやすい状態にすることも先決です。あとは……」

 すべて本で読んだような知識。それに僕が今回必要だと感じたものを次々と列挙して伝えていく。ちらりとエレさんをみると、それを少し呆けた顔をしていたけど、徐々に真面目な顔つきになっていって何度か相槌をうっていた。

 そして最後に、

「わかったわ」

 エレさんが短くそう告げた。

 なにもメモを取らなかったけど、本当に……ってエレさん、いつの間にか僕がさっき書いたメモを持ってるし……。

 さっきより意気揚々と高台にしている所に昇ったかと思うと、ポケットから小型の拡声器を取り出した。


「静粛になさい!!」


 大気がピリピリと震えるほどの一声を放ち、ギルド内にいた人たちを全員が一斉に口を閉じる。そしておもむろに発声源であるエレさんに注目するのを感じ取ったのか、エレさんは一度離していた拡声器を再び口元に当てた。


「今、この冒険者ギルド内にいる冒険者よ! ギルドマスター不在のため、この私、エレノアが代行して緊急依頼を発布する!」


 一度そこで区切り、当たりを見渡すと、最後に出入口の方向を見つめながら再度口を開く。


「依頼内容は『レーリスの街防衛戦』。報酬は……名誉! 街を守り切ったという名誉!」


 冒険者側の熱気が一気に膨れ上がった気がした。

 街を守るという栄誉、名誉。

 この街で育ってきて、自衛団の役割を果たそうとしていた人もいるぐらいだし、本当に誉れ高いんだろうね。そういうところをわかってるエレさんも、どう人を使えばわかっている分、凄いと思う。人心掌握術でも身に付けてるのかな。


「この名誉を、そして誇り高きレーリスの街の住人よ! 準備が出来次第北方面へむかってほしい!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 闘気が爆発的に膨れ上がって周りと同調しながら、次々とギルドから北へと繰り出していく。

 怒涛の勢いで飛び出していく冒険者を見送った後、ざっくりギルドを見渡すと、だいたい七割ぐらいの人がいなくなっていた。本当にガラガラ状態。残りの三割中二割は怪我人だし。

 エレさんはその怪我人に対しての指示をギルド嬢に休みなく与え続ける。それもすぐに終わりそうだ。

 これでなんとかなるはず。

 ピミュさんのもとへ戻りながら、今度はギルド内に残っている冒険者をみる。

「フェンとウィズと、それにボッチちゃん、かぁ」

 もう少し残っているけど、あまり頼りにならなさそうな体型をしているから、多分冒険者成り立てか、もしくはそういう格好をした一般市民なのかな? ……どっちでもいいけど。

 それに、僕も頼りにならなさそうどころか頼りにならないだろうし。

「ピミュさんもこれで仕事に集中……ピミュさん?」

「ふぇ? な、なんですかフミさん?」

「……いや、なんでもない」

「そ、そうですか。おかしなフミさんですね」

 ……おかしいのは、ピミュさんの方なんだけど。

 明らかに『無理しています!』て言ってるような笑顔を作ってるし、動きが挙動不審みたいになってる。そんなことをしている人に『おかしなフミさんですね』だなんて言われたくないんだけど。

「ピミュお姉さんはね!」

 ピョコリと顔を出してきたウィズが口を開く。

「鳥の止まり木亭にいる皆が心配なんだよ」

「あっ……そっか、北だもんね……」

 北は鳥の止まり木亭がある場所だ。しかも、あそこは少し小道に入ったところだけど、魔物が侵入したときに十分に辿り着いてしまう可能性がある。

「……今すぐ」

 ピミュさんの掠れる声で僕もウィズもピミュさんをみる。

「今すぐ、安否を確認しに行きたいです……」

 顔を伏せているから髪に隠れてどういう表情をしているのか全くわからない。声調も平坦だし。

「緊急時の集合場所は、ここだったんです。でも……いないから……」

 確かに、ここだったら動けなくなるピミュさんも安心できるからね。

 でも、いない。

「……私は弱いです。ですから……ですからぁ……」

 顔を上げたピミュさんは……やっぱり泣いていた。顔をくしゃくしゃと歪めて、ぽろぽろと涙を零す。

 その姿を見て、

「なんで涙を零すのさ?」

 なんて口についてしまった自分が少し、久々に、後悔した。ピミュさんもびっくりした顔をしているし、目の端に映っている他のギルド嬢も同じような顔をしている。こんなようなところで問いかける質問じゃなかったな……。

「ごめん、今の質問は忘れて……失言だった」

「はい……いえ。いえ、忘れません」

「……いや、忘れて――」

「私は」

 僕の言葉を押さえ込めるように少し大きな声を出したピミュさんに、肩をすくめながら見つめる。まだ涙はほろほろ流してるけど、口調だけはしっかりとしていた。

「私は、フミさんが好きです」

 その瞳、表情はとても真剣で、身体は微動だにしていないし、いつものへたれているようなピミュさんの影は微塵にも感じさせない。

 でも、その『好き』は……

「ウィズちゃんも、エレさんも、ここにいる同僚のお友達も、お父さんもお母さんも、それにおばあちゃんも。みんな、みんな好きです。好きなんですっ!」

「うん。わかるよ、そういうの」

 本でよくある話だから。

「ですから……だから、好きな人には死んでほしくないのっ!」

 心の底から出すような、切実な願い。その願いは、人がほとんど居なくなった冒険者ギルド全体に響いた。建物じゃない。きっと、いろんな人の心を打った、と思う。

 誰にも死んでほしくない。

 そんな願い、到底敵うようなものじゃない。

 そんな願いが叶うんだったら、僕はもっと違う僕だったはずだし、感情ももっと豊かで、現実味より夢見がち。そんな性格になっている。

「運命は残酷だよ、ピミュさん」

 今回の運命は僕が引き寄せて、僕が皆を殺すようなもの?

 それはきっとあるだろうけれど、実際運命は色々な要素が組み合わさるものだと思ってる。今現実に僕に降りかかってるものから現実逃避するような考えだけど。

「運命は僕のように目に見えるようなものもあれば、目に見えないものもある。今日、魔物がやってこなかったからといって、明日馬車に引かれて死んでしまうかもしれない」

「…………」

 また顔を伏せて今度はだまりこんじゃった。

「文君……」

「わかってる。わかってるよ、ウィズ」

 大きくため息を吐くと、少し頭を切り替えてポンッとピミュさんの頭に手をのせて努めて明るい声を出す。

「ほら、ピミュさん。ここに冒険者がいて、君はギルド嬢、の前に一人の女の子だ。そしてここは冒険者ギルド。だったら、ピミュさん。やることは一つだよね?」

 僕の声にゆっくりと顔をあげる。

 その顔には「いいんですか?」と書いてあるみたいで、不安そうに瞳が揺れている。それに答えるように頭にのせている手をゆっくりと撫でると、囁いた。

「僕には僕を守ってくれる子がいるから」

 ねっ? とウィズにウインクをすると、ウィズしっかり頷いて胸をドンッ、と叩いた。

「ボクは文君を助けるから! それに、フェンもいるよっ!」

「ウヌッ! 吾輩もこの筋肉にかけてフミ殿を助けると約束するぞぃ!」

「いや、普通に約束してくれればいいんだけど」

 なんて、冗談を言い合ってると、「フフッ」という笑い声が聞こえてきたから、そろって笑い声を漏らしたピミュさんをみる。

「す、すみません……少しおかしくて……」

 申し訳無さそうにするピミュさんに、軽く微笑みを浮かべる。

 少し気持ちが落ち着いたならいいけど。

「前にも言ったでしょ? ピミュさんは笑顔でいればいいって。だから、僕らに言ってくれないかな? 泣き笑いでも、作り笑いでも、思い出し笑いでもなんでもいいからさ。ほら、やってほしいこと言っちゃってよ。僕らは冒険者で、ピミュさんは今、依頼者なんだから」

 ……あー、うん。なんてらしくないんだろう。

 僕がここまで舌が回るだなんて、まったくもっておかしな話だ。

 ここまで言ったらもう後には引けないじゃん。

 ……なんて、こんな子供染みた理由付けなんて少し恥ずかしいけど、こうするしないと僕は逃げてしまう。

 それに、泣かれてしまうと、それこそ僕はこの場から脱兎として逃げる。

 だから、笑ってほしい。

 そして、

「皆さん……私の家族を助けて下さい!」

 ピミュさんはずっと笑っていてほしい。

 これは運命でもなんでもない。

「「「わかった!!」」」

 僕の意志だから。

 お読みいただきありがとうございます。


 おさらい:ちっちゃい子から文君への壁ドン。

 エレさんもピミュさんも、真っ先に思い浮かんでもよいことを、テンパりすぎて忘れてるっぽいです。


2015/03/02 追記:『暗城文観察日記』という短編を別で投稿しました。

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