第六十八話 レーリス防衛戦 - 瓦解 1 -
どこかでがらがらと崩壊する音が聞こえた。
もう何度目だろう。
すでに音楽を奏でるように耳をすませばどこからでも聞こえてくる。もう、耳慣れたものだと思ってしまうほどには……もう慣れちゃったのかもしれない。もしかしたら、二日以上も前から予兆があったのもすぐに慣れる要素なのかも。
音に紛れて聞こえてくる怒号と悲鳴も……いや、怒号も悲鳴も昔から慣れてるから違う、かな。崩壊音と怒号と悲鳴。この三つがまざりあったものを聞くのは新鮮だなー、なんて最初は思ってたけど。でも、それも最初だけだった。
僕が立っている場所から覗けるものは、少なくとも街……だったもの。
レーリスの街北方面。
うん、あっているはず。あっているはずだけど、一時間前とは全く姿形を変えてしまっていた。まるで、僕が突然別の場所に転移させられたのかと思うほどには。
今目の前にあるのは――――魔物に蹂躙されつつある街並みだった。まだ中央まで魔物が来たのは数匹。でも、されど数匹だよ。たったそれだけでも、ところどころに生々しい傷痕をつけられて、建物が破壊されて、食べ物は踏まれて、人が襲われた。
確かに街だった。
でも、今はただの戦場と化してる。
人は幸いにもすぐに駆けつけた冒険者の手によってすぐに殺されたおかげで、命に別状はないみたい。運が良かったとも言える。でも、こんなことが何回も起きたら、ギルドまで火の手が上がる。そうなると……この街が陥落したも同然。
そのことを他の冒険者もわかってると思うから、だから必死で今も戦ってる、と思う。実際に本人の口から聞いたわけじゃないからそんなことわかるはず無いけどね。でも、人をを単純して考えたら、きっとそうなると思う。
風に混じって聞こえてくる怒号と悲鳴の隙間縫うかのように、今度はこすれあう金属音が聞こえてきた。微かに鼻につく血の匂いもする。一生懸命戦って、倒して、倒されて。殺して、殺される。それがこの世界を回す一つのルーチンワーク、ということかな。
でも、これはなんか違う。
僕が地球で生まれて、日本という平和な国で生まれ育ったからという理由でそう思うんじゃなくて。きっと、これが僕の運命の一つだと理解しちゃったから。だから、なんか違う。
これは、一つのサイクルじゃない。そう思わずにいられなかったけど、思ったところでどうにもならないし。
僕に出来る事は限られている。
僕自身がこの運命に抗うこと。…………それは面倒だね。
「僕って『運命』っていう言葉が嫌いなのかも」
だったらどういう言葉がいいかな。
なんとなく頭を掻くと、服の裾を引っ張られた。頭を掻きながら後ろを振り向くと、夢世界と同じ容姿をしたウィズがちょこんと立っていた。どこまでも平静で、静かな面持ち。……きっと、僕も鏡を見たらこんな感じなのかも。
ウィズが言いたいことはわかってる。
『文君はボクが絶対に守るから』とか、そんな言葉だってさ。
だからウィズに向かって軽く頷いてから、ギルドの中にウィズを引き連れて入った。
中はすでにガラガラ。閑古鳥状態。中で忙しなく動き回るギルド嬢とポツポツと残る冒険者成り立ての人。それぐらいしか残っていない。
「さて、と」
緊急時だからと片付けられた机と椅子を一式だして、その上に袋を置く。
僕も準備をしたら行かなくちゃいけない。
悲鳴が聞こえる。どこか遠くから聞こえる。魔物が咆哮するのが聞こえる。
怒号が聞こえる。助けを求める声が聞こえる。……断末魔が聞こえる。
その中に向かって行ったら、死んでしまう。
そう思わせるものがある。けど、
「僕は、死なない」
服の端を摘んだままずっと離さないウィズの頭を軽く撫でると、隠すこともせずにアイテムボックスを展開してそこに手を突っ込むと、ポーションを取り出して乱雑に机の上に置く。
「治療はボクにまかせてっ」
「うん。頼りにしてるよ、ウィズ」
ウィズに微笑んで、袋の中にMPポーションを七本詰め込んだ。これが袋の限界。でも、これだけで七回分、MPが枯渇しても気絶しない限り大丈夫。少し動き辛くなるけど、それは仕方ないし。これが人族にとって普通なんだから。……冒険者として普通、なのかな? まあ、どっちでもいいけど。結局どっちでもあるんだし。
僕を殺させないと宣言したのはウィズだ。
それに、僕は死なないと宣言したのもウィズ。短い関係だけど、少なくない信頼を寄せているし、ウィズの実力もここ最近できちんと確認してきたから心から安心できる。
……まあ、勿論使い魔としてだけど。
未だに最初の夢世界の最後でよくわからない空間にほっぽり出されたことを根に持っているわけでは、無いと思う。
袋を腰に付けて少し動いてみる。
「……よし、動きに支障なし、と。じゃあ、いこっか」
「そうだねっ」
明るく答えられたけど、目だけはレーリスの街に――――いや、それよりちょっと上? なんで空をみてるのさ。
ため息をついてウィズの手を引きながらギルドを出ると、すぐ左側にフェンが静かに佇んでいた。
そこはかとなく怒気を孕んだ視線で北口方面を見つめている。その視線を追うと、魔物が数体たくさんの切り傷を負って倒れ伏していた。
周りにはだれもいないから、フェンがやったとみていいのかな。
ちらりとフェンをみると無言の圧力を周囲に発散しながらも、どこか苦しい表情をしていた。
僕に気がつくと、その苦しそうな表情がまるで嘘だったかのように表情を緩めて、それでも無言のまま僕の隣に立っていつでもいけるとばかりに筋肉を少し隆起させた。……なんでさ。
「フェンは……きっちり僕を守ってね」
「ウヌッ! 任された!」
僕の戦い方をきちんと伝えたから、十全に僕の弱さを理解している、はず。多分。
そして、守ってもらうかわりに僕が魔物を倒す効率を叩き出す。……今回は関係ないけど。
「ウィズ……僕は、この選択であってるんだよね?」
「……こればっかりはわかんないよ」
力無げに肩を大きく下ろす。……確証はない、かぁ。せめて確証が欲しかったな。
「でも、それだけ文君の今回の選択がちょっとおかしかっただけだよ」
ニパッ、と笑ったウィズにそう言われると、僕もそれ以上なにも言えなくなる。
だから軽く左手で頭を掻いて、
「特殊だなんて。ただ依頼を受けたからそれを全うする。それだけだよ」
「うんうん、わかってるよ」
「……なにさ?」
「ううん、なんでもないよ♪」
……だったらその隠しきれてない笑いを今すぐやめてもらいたいんだけど。
「フミ殿は最近ウィズ殿が言っているツンデレ、というやつなのか?」
「フェン、それにウィズ。あとでどういうことか詳しく聞かせてもらうよ」
たっぷりジト目を送ると、二人して凍えるような仕草をした。
ため息をついて遠くに目を遣ると、まだそこまで魔物もやってきてないけど、これからの戦況次第では数匹単位が十匹単位、二十匹単位と増えてやってくる可能性がある。だから、そうならないためにも大将を狩りに行く。……なんてことはしない。
死にたくないし。
これは僕のため。依頼のため。
冒険者は依頼を受けて、それを達成する。
「だから、別にピミュさんは関係ないんだ」
自然と口についてしまった言葉に反応したのか、二人の視線が妙に生温かくなった。……本当に、関係ない。僕がやりたいからやるのであって、ピミュさんは関係ない。
確かにピミュさんからの|頼まれ事(依頼)だけど、それは関係ない。
頭を振ってすぐに考えを打ち切ると、二人より一歩前に進んだ。
「さあ、いこっか」
北に向かって、走りだす。
その時、今日この事態が起こるまでのこと自然と思い出していた。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:二日後の、お昼少し前のお話。




