第六十六話 過去を遡る夢
「どう? 文君」
「どうもこうも……」
目の前にいるウィズを軽く睨んだ後、ゆっくりと立ち上がりながら辺りを見渡す。
「あんまり気分が良いものじゃないよ、これは」
目の前に広がる景色には見覚えがあった。
ヘデンシカ城。僕が召喚された国で、一ヶ月以上過ごした場所。結構うろちょろしてたから、だいたい何処にいても見覚えがある。
でも、今回見覚えがあるのはそういう場所じゃない。
目の前に広がる召喚された時の光景に、見覚えがあった。
僕が周囲に目を忙しなく動かしてどうなっているか理解に努めようとしているし、他のクラスメイトが呆然と尻餅をついている。そこから少し視線を離せば……ほらやっぱり。リリルが倒れている。あの時のメイドさんはメイド長さんだったのか。
「リリルちゃんが気になるのは別に良いけどー」
ふとウィズに視線を戻す。
――とても真剣な眼差しをしていた。
何を見ているのか気になってその視線を追いかけると、出入口に視線がいっていた。
「ボクはもう知っていることなんだけど……」
そう言ってパチンと指を鳴らすと、今度は墓地があるところに出た。日の傾きと言動から、召喚された日っぽい。
「あそこ、みて」
指を指された場所を目を細めて見ると、黒い何かがゴソゴソとお墓のところで動いていた。
「あれ、何? ゴキブリ?」
「ううん。……あれはね」
そこで言葉を区切ったウィズが、ゆっくりと発音した。
「魔族」
「……なんで?」
驚きすぎてそれだけしか言葉が出なかった。しかも、それに対しての返答がなかったし。
見て考えろ、ってことかな。
はぁ、と軽くため息を吐いて肩を竦めると、ゆっくりと彼に近づく。それに対するお咎めはなかったから、いいんだろうね。
それにしても、なんでこんなところにでているのか。夢の世界だって言ったけど、過去を見れるだなんて、本当におかしなことだ。
ラズワディリアに呼ばれた時点でおかしな話だけどさ。
そう考えながらも意識は目の前の魔族に向ける。
「さて、これはこれは……」
目の前にいるのは男の魔族。メイド長さんと違って明らかに魔族だということを隠していなかった。……魔獣、という言葉が適切かな。鱗のような肌に頭から生える大きな角。筋肉はフェンに負けず劣らず太い腕と足の筋肉。でも、顔は普通だ。青年を通り越したぐらいの老け具合。うん、きっと魔獣みたいにならなかったらモテるかも。
この人がごそごそとやってたのは、ひたすら石版に書かれた文字を読んでは首を振る簡単なお仕事。一体何をやっているんやら。
少しの間見守ってると、どうやら当たりを引いたみたいにガッツポーズをした。案外子供みたいな性格をしているのかも。
「ここから右に五歩……奥へ三歩。さらに左へ十歩……ここだっ!」
この魔族がブツブツと呟きながらついた墓石は、どうお世辞を言おうとも『汚い』という言葉が前に来るほど、汚かった。
でも、この魔族がこんなにも喜んで――
「みつけたぞ、『初代ヒノキの棒の勇者の墓を!」
思わずぎくりとなって身体が硬直した。
とても信じられなくて、魔族と墓の間に視線を何度も走らせる。
だって、どうみてもこの墓は……他のどの墓よりも汚らしいんだから。
「ウィズ……これはどういう――」
「みていればわかるよ」
妙に突き放すような言い方をされたから、肩を竦めて視線を戻す。
「ククッ」
うわ、この人一人で笑ってるよ。大丈夫かな。
笑いながら墓石を持ち上げる。墓石と言ってもただの苔が生えまくった岩だ。簡単に持ち上がる。その持ち上がった岩を適当に投げ捨てる。するとその下から現れたのは……土だった。
「ここを……」
メキメキッ、と拳を握るだけで音が出てる。怖い。
握力検査をするあの機械が壊れそうなほど握りこんだ拳で、何故か墓石をあったところを殴った。と同時にその部分が陥没した。
地面がめり込む、じゃない。ちゃんと何かが折れる音がしたから。そしてそのまま土と割った何かを巻き込みながら下に落ちていく。
「ここが……ここなら……この国も滅ぼせるっ!」
「……ねえ、ウィズ。一つだけ質問していいかな?」
高笑いする魔族を尻目にジト目でウィズみる。自分の顔が今どうなっているかだいたい分かる。『呆れ顔』だよ。
「魔族って、メイド長さんもこの男もそうだけど、全員国を滅ぼしたがってるの?」
「ううん。そのメイド長さんって呼ばれている人はボクもわかんないけど、この人みたいに国を滅ぼしたがっている人は少ないはずだよ」
「……まって。メイド長さんはわからない? ならこの人とかかわり合いはないの?」
「そうなんだよね。あのメイド長さんとあの男が接触したー、という過去はないんだ」
ウィズがパチパチ指を鳴らしてどんどん場所と時間を変えていくけど、確かに接触した形式はない。なら、面識がただ単にないだけか、メイド長さんはあの男とは別口での王の暗殺を目論んでいるのか。まあ、どちらにしても王が死ぬのは良いことだよ。
最後にパチン、と指を鳴らして一番最初についた墓に戻る。……途中で桜さんとメイド長さんの着替えるシーンがでてきたのは気のせい、なはず。
「さて、この人があの場所の入口を見つけたのは結構驚いたんだよね」
「ここに何があるの?」
そう訊くと、ウィズが近くにあった墓石に「よいしょ」と声を出しながら座り込んだ。不謹慎極まりない。いくら僕が座っているからといって、他人の真似をしていると悪い癖になってしまうのに。
「ここにはね――――昔使われていた転移装置があるんだ」
「転移……装置……? ギルドと同じようなもの?」
「うん」
でも、とウィズは困った笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「魔族と人族間を結ぶ、結構大掛かりなものなんだけどね」
「……笑おっか。あはは」
「あははは……はぁ……」
ウィズが肩をがっくりと落としてため息を吐く。僕が吐きたいぐらいだよ。
つまりここを使えば、魔族が簡単にカスティリア王国に攻め入れるってことでしょ。大問題じゃん。
「愚王以外が死んじゃうっていうのは僕もあんまりいい気分じゃないから、どうにか……ってあれ? これって僕らが召喚された時のことだよね? だったらすぐにでも国を滅ぼせたんじゃないの?」
「壊れちゃってるんだ、ここの転移装置」
パチンと指を鳴らしたかと思うと、なんかジメジメしてそうな研究室っぽいところについた。ウィズの後ろにはさっきの男が地面に手をついて叫んでる。うるさいなぁ。
「この転移装置が壊れてるから、今まで魔族が攻めて来なかったんだ。でもね……」
今度は時間が飛んだみたいだ。
天井は光の玉がぷかぷか浮いて周りを照らしだし、転移装置のところではカチャカチャという音が聞こえる。きっと色々いじくりまわして直しているんだね。
最後にパチン、と音が鳴ったかと思うと、今度はテラスに躍り出ていた。
「さっきのように、あの魔族は直してる。昔の物だから今より機械っぽくて複雑だし、直し辛いっていうのはあると思うけどね」
「なら、まだ勇者が出る幕でもないってことになるね。ならよかった」
そう言葉に出すと、急にウィズがニヤニヤし始めた。
「よかったー、よかったってなにがよかったの、ふーみーくーん?」
「……うざっ」
うざったらしい聞き方をしてきたウィズを無視してテラスに近づいて、手すり越しに空を見上げる。
これは、一体どれぐらい前の夜なのかな。ラズワディリアの空はこんなにも綺麗に星が瞬いている。どれもこれも地球の星座には組みはまらないけれど、それっぽく目を追いかければできなくもない。オリオン座、さそり座、ペガスス座。点と点を目で結ぶだけの簡単な話なんだから。
「こんな大きな空をみあげていると、さっきまで観ていたものが全てどうでも良くなってくるよ」
魔族がカスティリア王国に居たり、転移装置が墓の下にあったり、そこで転移装置の修復をしたり。あれの修復が終わったら、きっとカスティリア王国はすぐに滅ぶ。
いや、それまでに勇者達も成長しているはずだし、暫く持ち堪えてくれる、とは思うけど。それでも滅ぶことは免れない。
「それで、僕にあれを見せてどうしてほしいの?」
肩をすくめながら振り返る。
そこに立っていたのは、ウィズじゃなかった。
「リリル……」
憂いを浮かべたリリルが、翡翠の瞳でジッと僕を見つめていた。
◆
その双眼から視線を切ろうにも切れずに、息をするのも忘れて見つめてしまう。
……いや、見えないはずだから、僕じゃない。でも、そう思わせるほどまっすぐ僕を見つめていた。
無言のまま僕の方へゆっくりと近づいてくる。そして、僕のちょうど隣の手すりに手をつけて夜空を見上げた。
……やっぱりここにいる僕は自分の夢世界から飛び出た精神体だから。だからリリルから僕はみえていないし、声も聞こえない。それに、僕の匂いを感じ取ることも出来ないし、もしここで抱きつこうとしても、ぬくもりを感じることはない。
本当、今の僕は霊体だよ。
空を見上げるリリルにならって、僕もまた空を見上げる。
「フミ様……今何処におられるのでしょう?」
精神体なら隣に居るけどね。
くつくつと笑うと、リリルをみつめる。
「思わず撫でてしまいたくなるよ」
触れることは出来ないけど。でもやるだけならタダ、ってね。
リリルの頭がある位置に手を持っていくと、撫でるように手を動かす。そうしていると、リリルが苦悶の表情を浮かべた。
「フミ様がお消えになられてから、めまぐるしく私達の周りが変化しています。カケル様含めたお三方は、お目覚めになられた後、ダンジョンへの攻略を始めました。それはもう、破竹の勢いです」
「なら、なんでリリルはそんな辛そうな表情を浮かべるのさ」
「……私はフミ様が遠くへ行ってしまってから、寂しいです。ですが、いつか必ず戻ってきてくださると信じております」
「それはまあ、信じるだけならタダだし」
僕とリリルの繋がっているようで繋がっていない会話っぽいのが続く。
リリルは本当に僕に話し聞かせるように色々なことを話してくれる。自分のこと、ファミナちゃんのこと、さっきもでてきた勇者三人のこと、メイド長さんのこと。それに、夕花里さんのこと。
でも、きっとリリルにとって楽しかったことばかり。だというのに……
「なんでそんな辛そうな表情を浮かべているのさ」
リリルの言葉が途切れたところで、そう口にする。
聞こえていない。伝わらない。
それでももう一度言いたくなるほど、リリルは一貫して辛そうな表情を浮かべていた。言わなきゃ伝わらない。独り言でも、言えばスッキリする。僕はその情報をたまたま手に入れる、というような形なんだから。
「私は……」
ぎゅっと手すりを握る手に力が入る。
「私は、不安なのです」
その瞳から見据えられる眼差しの方向は、街中に向けられている。きっと、誰にも聞かれていないから、という理由なんだろうね。喋るに連れて心にしまっていた感情を吐き出してしまうかのように声が囁くようなものから大きな声へと変わっていっている。
「あと一年もしないうちに大侵攻が起こってしまいます。勇者様方は事の次第を説明いたしましたらとても協力的に手伝って頂いてくださることになりました。……だからといって魔族がいつ王都へ侵略してくるかわかりませんので、そちらの警戒も必要です。ですので遅々として進みません。進まないんです……!」
泣けばいいのに。
泣きたければ泣けばいいのに。
僕みたいに心が死んでいるわけじゃない。王族だからといって精神が育っているわけじゃない、普通の歳相応の精神年齢だ。
怖いなら、辛いなら、悲しいなら、惨めなら。
泣けばいい。
そんな簡単なこと……僕が言うことじゃないかもしれないけど、すればいい。
「……私も、なにかできればいいのですけど……」
そんな簡単な事をせずに、立ち向かおうとしている。
自分でもなにかやれることはないかと探す。そういうところが、リリルの強み。心が強かだから。だから、涙を流さずに立ち向かう。
僕だったらさっさと逃げ出して終わり、なんだからさ。
それにしても、
「魔族が何時来るかと、ダンジョンの攻略、か。この国もなかなか大きな問題をよく抱えてられるね。良くも悪くもあの愚王のおかげ、っていうのがちょっと癪だけど」
さて、でも。
リリルの口からまだ一つだけ聞いていない情報がある。
「――――桜さんはどうなっているのさ?」
「……サクラ様は、未だ深い眠りへとつかれております」
……なるほどね。
「おおかた、僕が死んだと聞かされたとか、だろうね」
「父様が、『フミ殿が死んだ』という噂を流したため……私とファミナとユカリ様は後ほどフミ様の生存をお聞きしましたが、それでも聞いてすぐに気絶してしまいましたサクラ様に真実は、まだ……」
それで寝込んじゃっている、ってことか。
それはなんというか……しょうがないといえばしょうがないのかも。心というものは脆いから、だからこそ守るためにこんこんと眠りにつくときがある。今回桜さんにはそれが起こったと見て間違いない。
原因は、僕だから。僕を好きっぽい桜さんだから。
リリルに背を向けてテラスから城内に入る。すると、それを待っていたかのようにウィズが右腕をあげていて。
「今日は次で終わりだよ」
「次って、まだあるんだ。もう色々お腹いっぱいだよ」
頭を掻きながらそう呟くと、目を瞑る。と、同時にパチンという音が聞こえた。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:お墓の下には古い転移装置。




