第六十五話 夢世界
「……ん、ここは……」
うすぼんやりとした景色が目の前に広がっている。
なんとなく、見覚えが……って、ああ。
「ここ、夢か」
確か《鳥のとまり木亭》で気絶まがいなことをしたはずだからね。それでこのピンぼけしたような景色。間違いないや。
すぐに現状理解して、それを踏まえてもう少し周りを見渡しながら近くの壁っぽい物に触れる。
手触り的にはコンクリート、なのかな?
もう少し引っ張るように触って靄を払っていく。……こういうところも前と一緒だ。
どんどん触って鮮明にしていったらなんとなくこの壁っぽいのがなんなのか把握できた。
塀だ。
家と道路を隔てる物。
ということは、今は外にいるのか。夢の中で最初に出た場所が外。なんだか微妙だね。前みたいに屋内だったらよかったのに。
少し視線を上に向けると、太陽っぽいのが見える。それこそぼんやりとしてるからみえるんだけど。
「とりあえずそこらへんぶらぶらしてみようかな」
言葉に出してから実行に移す。
とことこと歩いて行くと、足を置いた矢先に地面が鮮明になっていく。こういうのも同じ。本当、前回と違うのは出た場所だけ、だね。
道すがら色んな所に触れて鮮明な状態に持っていく。ぼんやりとした空間を塗り替えていく感覚はちょっと楽しい。
というのは表向きで、実際はここがどこなのか探しているわけだけど。
前は高校だった。それはもっとも縁深かったから。ということは今回も縁深いところに出ているはず。……いきなり外に出されたけどさ。
前回の導き先も僕に縁深い所、『文芸部』も部室だった。今回は導いてくれる声が聞こえないから適当に進まなくちゃいけないけど。これはこれでなんだか面白いからいいかな。
そんなことを考えながら暫く進んでいると、ちょっとした広いところに出た。といっても、せいぜい普通の家四つ分ぐらいしかないところだけど、小さな子供が遊ぶには少し大きいと思えるぐらいかな。
ところどころ遊具っぽいものがみえるから、たぶん公園。
まあ関係なさそうだし、そのまま素通りでもしようか。
そう思って過ぎようとした時、公園の名前が書かれた大きめ石があった。なんとなく興味本位でその名前が読めるように屈んで触れる。
「-ーーーッ、……そういうこと」
身体を起こして公園をみる。
「うらうみ公園……か。本当、ウィズは皮肉というか、こういうの好きだね」
ゆっくりと目を閉じると、公園の元のイメージを思い出す。
ここにはいろんな小さいこどもが居て。
僕も一応その中の一人だったけど。
僕は皆が遊ぶの眺めているだけだった。
いや……違う。よく年上のお姉さん、だったかな。その人が僕と遊んでくれていた気がする。結構髪色が明るかった気がするけど……誰だったかな。
まあ、いいか。
まだ無邪気というか、ませていたというか。いまの僕とは全く間逆だった。
それが、小学校入ってすぐまでだけど……。
そこまで思い出して、ゆっくりと目を開く。
そこには僕の記憶通りの公園があった。鮮明に、綺麗で、無邪気だった頃と同じようにキラキラとして見える。
「……本当、小学校あがる前までいた街に呼び出すなんて、ね」
ある意味岐路。分岐点。
良い意味でも悪い意味でも、僕が僕になったところ、か。
……となると、僕が行くべき――いや、戻るべきところは、あそこしか無い。
少し気を引き締めて後ろを振り返る。
「-ーーー行こうか」
なんとなく、誰かに声を掛ける。
……きっと、声を掛けた相手は。
今よりもっと弱い、昔の僕だ。
◆
「あ、文君おつかれー」
気を引き締めて入った割には、なんとも軽いノリでウィズに声を掛けられたから拍子抜けしてしまった。
「ほらほら、あがってあがって」
いやまあ、軽いノリなのはいいけどさ。
奥の方から出てきて僕の腕を引っ張ってくる――前に顔を勢い良く掴んだ。
「ふ、文君……?」
「ねえ、ウィズ」
なるべく平常心。なるべく落ち着いて質問する。
「なんでこの世界に呼ぶために僕を気絶させたのかな?」
「え、えっと……ボクのおちゃめな部分?」
「そう……」
「うん、そう! そうなんだよ! えへへ」
そう。
ウィズににっこり笑いかける。
「でも、次はきちんとする約束だったよね」
「そんなのボク知らバフェッ!」
おもいっきり頭を叩いた。
虐待じゃない、教育的指導だ、なんて言い張る教師の気持ちが少しわかった気がするよ。
「ハァ……」
ため息を吐いてウィズから手を離すと、この家をぐるりと見渡す。
どこにでもありふれた廊下だ。花瓶があって、花をあしらったフロアマットがあって、完成したパズルが飾ってある。
本当にどこまでも普通の家。
「本当、普通の家なのに、なんであんなことがあったのやら……」
「文君……」
ぼんやりと過去を想起させて呟くと、ウィズが憐憫の情を含ませた目で見てきた。
「ウィズ、別に憐れみとかいらないよ」
「……うん。わかってるよ」
わかってるならその悲しそうな目をやめてよ。
その視線を切るかのようにリビングまで歩く。勝手知ったる我が家、というほどでもない。本当に感覚出歩いているんだから。
「文君の両親は、ここで死んだんだっけ?」
「……んー、確かね。まあ、死んだ時間は別々らしいけど」
リビングの扉の前で一回立ち止まって自分でも淡白な答えを述べてから入ると、椅子に座り込む。ウィズは僕の対面に座り込んだ。
「……文君はここで一回死んで、生まれ変わった」
唐突にウィズのトーンが変わったのもあるけど、どちらかというと発言の方にどきりとして一瞬身体が硬直した。
「……まあね」
なんとか返せたけど、若干声が硬い。
コホン、と軽く咳払いをして、ペラペラと口を開く。
「離婚話がこじれていたところに強盗……あれ、テロだっけ? 僕の親って結構凄い人だったって新聞で読んだけど。どっちだっけ?」
「んーっと、確かどっかの地主と大手の社長令嬢、だったかな」
「ああ、そうだ」
思い出した。
二人共かなり資産を持っていたんだ。
だからといって、今その二つの家系と僕が関わりがあるかと言われれば、無いと答えざるを得ない。僕自身関わりたくないから別にいいけど。
「そしてどっかの輩が馬鹿だったから、その二人を人質に取ればよかった、と。……ほんと、馬鹿げた話だね」
「……文君も死にかけたんだけどね」
「それも身体に残る傷の一つだよ。他にも死にかけたことは良いこと一割、悪い事九割であるからさ」
なるべく明るくそう答えて、一度伸びをする。
「さて、僕のつまらなくてどうでもいい過去話はいいから、今日のウィズの話を聞かせてよ」
「……わかった!」
ニパッと笑う。それだけで暗い雰囲気がどっかに飛んでいったように空気が軽くなった。
さすがウィズ、といったところかな。
小さいだけある。
「さて、まずは明日から僕は文君と一緒に冒険します!」
「……まあ、僕の警護をするっていうのがあるからいいけど……得体のしれない何かのための対策魔法はできたの?」
「もっちろん♪」
椅子のに立ち上がると、陽気に指をくるくると回してビー玉ぐらいの小さな球を作り出した。その指を僕に向けると、ふよふよとゆるやかに上下に揺れながら僕の中へ向かてきて、身体の中に吸収された。
仄かに暖かいものが身体中を駆け巡り、全身に回り終えると徐々に熱が冷めていった。
「これで終わり?」
「うんっ。これだけで文君は監視対象から欺けるようになったよ」
『ちなみにボクはもうやったから』と嬉々として報告してきた。使えるか使えないかという確認は本人が確認しないといけないから、当然といえば当然なんだけど。
「さすが使い魔」
「えへへ」
とりあえず褒めておく。
「一旦これで一段落着いたから、なんか飲もっか」
ウィズがパチンと指を鳴らすと、机の上に紅茶とクッキーが出てきた。
紅茶に手を伸ばして口をつける。
「うん、美味しい」
「でしょー? えへへ」
幸せそうに笑うウィズ。
紅茶を飲みながら静かに過ごす時間も結構好きだ。本来、そういう時間は部室で過ごしていたけど。
そういえば、最近そういう時間を過ごすことがめっきり無くなったなぁ。
大体朝起きたらギルドに行って、適当ご飯取りつつ依頼をこなして、夕方には鳥のとまり木亭に帰る。そういう生活パターンが出来上がってるから、ゆっくり過ごすのはベッドの上で寝転がってる時ぐらいか。
「こういうまったりした時間も、ラズワディリアだと全然過ごせないや」
「うーん、まあね。もう暫くは無理かも、だよ」
「うん? なんで?」
「明日も明後日も、監視してくる人抜きでも文君はそういう運命にあるんだから」
「……諦めるしかない、か」
僕の平穏は生き残れたら、っていう感じかな。
……いや、絶対にどこかで見つけよう。一日だけでも平穏があればいいんだから。
「獣人族のところはどんなところか、今から楽しみだよ」
「そうだねっ。でもまずは目の前のことから片付けないと」
「というと?」
紅茶のおかわりをポットから注ぎながら質問する。
するとウィズは手に持とうとしていたクッキーを一度止めて含みのある笑みを浮かべた。
「カスティリア王国の脱出を含めると二つ目。二つ目の選択に今文君は迫られているんだよ」
「……え」
思わず変な声が出た。
いや、でも。
いつの間にそんな選択に迫られるような事になってるのさ?
「まあ、数日以内にわかるよ」
フラグ立ってたし、と最後にウィズがつけ加えてクッキーを放り込んだ。いや、フラグって。
おばあさんの死亡フラグしか思い当たらない。
「……まあ、その時になればいいけど、とりあえず明日か明後日にはレーリスの街を出ようと――」
「文君」
思っている、そう言おうとした口はウィズのちょっとした威圧ある口調で閉ざされることになった。
「レーリスの街に今出ると、かなり危険だよ?」
「……多分街中のほうが危険に脅かされるような気もするけど」
「ううん。今町の外は息を潜めているだけで魔物がたくさんいるんだ」
「……ほんと?」
「うん、本当だよ」
物凄い断言してくるけど、何処でその情報を手に入れたのかものすごく知りたい。
……どうせ聞いてもはぐらかされるだけだろうけど。『まだ話せないから』とか言ってさ。
「じゃあ、僕は街から出なければ安全ってこと?」
「あ、でも薬草採取とか、適当な魔物対峙なら大丈夫だと思うよー。魔物がいるのはもう少しはずれのほうだからね」
「了解」
あとは北口方面にも行かないようにしておけば死ぬことはない、か。
「さて、そろそろ僕は夢からでるよ」
そういって立ち上がると、「待って!」とウィズが静止を呼びかけてきた。
「なに? これ目を覚ました後辛いから二度寝を敢行したいんだけど」
寝た気がしないっていうのはほんとうに辛いんだからさ。
「ええっと、その、ね」
ウィズが椅子から降りたかと思うと、床をつま先でぐりぐりしながら言葉を濁して僕をチラチラ見て来る。
ジッと見つめると、言葉を選ぶように何回か口を開けたり閉じたりした後、意を決したかのように僕をまっすぐみてきた。
「文君」
ウィズが右手をゆっくりと上げながら、悪戯するかのような笑みを浮かべた。
「前にここが“夢世界”だって説明したでしょ?」
「まあ、そうだね」
夢世界。つまり夢の中――
「ここは夢の“世界”。つまり、もう一つの世界、と言ったほうが正しいかな」
「――はっ?」
「ごめんね。前はちょっと説明できなかったというのも合ったんだけど……。えっとね、確かにこれは脳内で起きていることなんだけど、でも……」
パチンと、ウィズが指を鳴らした瞬間。
「――……きっかけさえあれば、自分の夢世界から抜け出せるんだ」
目の前の景色が一転していた。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:ちっちゃい頃の文君の遊び相手はおねえさん。
これからもよろしくお願いします。




