第六十二話 奇術師 3 -キョウトウ-
「キィィィィィィッ!!」
体格からは想像できないほど甲高い鳴き声に、思わず一瞬変な顔になった。あれだね、ヘタしたらゴブリンより声が高いよ。
でも、この魔物はなんだろ? 頭に骨で組み上げられた王冠が載ってるけど……。
そう思ってフェンをみると、困惑した表情をしていた。
「フェン……?」
「ウ、ウヌゥ……! フミ殿、あの魔物が何か知らないわけはなかろう……?」
「何って……、……何?」
「フミ殿は知らない、のか? ウヌゥ……」
そこで、スッと目を細めると、しっかりと緑の魔物を見据えつつ、杖を前に掲げると、僕を後ろに隠すように前に立った。
そして、さっきまでとは違う、とても冷静な表情になってどこか底冷えするような声を響かせながら僕にあの魔物の正体を教えてくれた。
「……《ゴブリンキング》。それがあの魔物の名前だ」
「なるほどね……。納得した」
ゴブリンキングか。
情報だけは本で読んだ。物凄いデカくて、物理と魔法のどちらにも耐性がある。だからゴブリンキングの討伐はある程度場を踏んできた人か、一般的な知識がないと死に繋がる。
ゲーム用語でいう初見殺し、って言ったところかな。
「だったら逃げる……っていう選択肢はすでに消えてるよね」
あの構え、絶対背中を見せた瞬間、手に持ってるでかい棍棒を投げつけてくるだろうね。
それに、コリスはすでに臨戦態勢だし。
思わずため息をつく。
「フェン、どうする?」
「ウヌ……やるしか、ないだろう」
「そっか」
ヒノキの棒を肩に担ぐと、頭の中で倒す算段を一瞬で組み立てる。
「よし、じゃあ」
ニコリとゴブリンキングに笑いかける。相手も「グフェッ」って笑ってくれた。臭そう。
「フェン、コリス。僕が命令するから、その通りに動いてね」
「ウヌッ? ウヌッ!」
「うささ!」
二人から肯定の言葉を貰うと、すぐに僕はヒノキの棒を地面にくっつけてひきずりながら後ろに下がった。
「僕は後ろからフォローしつつ指示を出す」
きちんとゴブリンキングから離れてないと、あの棍棒でグシャリ、だろうし。
さて、と。
僕の考えた通りに物事を運ぶとしよう。
「まず、フェン」
フェンが今まで見せてくれた魔法は風と火。だから……
「ゴブリンキングの周りを風魔法で渦を描く感じに放てる? あ、切り裂くようなものじゃないやつ」
「ウヌッ、いけるぞぃ! 【ウィンド】!」
のそのそと地味に近づいてきたゴブリンキングに放たせると、強めの風が周りを囲む。けど、それで決して止まるわけじゃない。
「コリス、風に乗るように撹乱!」
「うさっ!」
物凄い勢いで振り下ろしてきたところをフェンとコリスが間一髪とばかりに避ける。それと同時に、コリスが物凄い勢いでゴブリンキングの周りを疾走し始めた。
……フェン、その『これに何の意味があるのだ?』って言うような視線を送ってくるの、やめてくれない?
いや、口に出してないだけまだ少し信用はあるの、かな? まあ、出会い頭に共闘した、程度じゃ信用とはまだほど遠いかもしれないけどさ。
「……【クリエイト】」
お城を脱出するときに、一つクリエイトの性能を確かめることができるものがあった。
翔達と兵士長、そして騎士団長。あの人達に僕が死んだと錯覚させる。その時使ったものは《蜃気楼》と《霧》。でも、その大元は……
「水、だと……!?」
フェンの驚く声が聞こえた。その視線の先はみなくてもわかる。ゴブリンキングの足元だ。
空気中に含まれている水分は、イコールで水になり得る。それを無理矢理クリエイトを使って合成、もとい作り出した。
でも、この知識が有る無し関わらず、急に水が現れたらやっぱり誰でもびっくりするだろうね。
まあ、そんな知識をフェンに今説明していたら、いわゆる『プチュン』されちゃうから、フェンに命令を出す。
「フェン! 足元に火の魔法をお願い」
「う、ウヌッ!」
「コリス、一回離脱!」
「うさっ」
弾かれるかのようにトンッと跳ね上がると、僕の横まで飛んできた。……もう少し着地点がズレてたら、僕の死因はコリスによる圧死だったなぁ……。犯人、あいつです、みたいな。
「……なんて、馬鹿な考えはやめておこう。コリス、撹乱お疲れ様。でも」
横薙ぎに払われたゴブリンキングの棍棒が、ギリギリフェンの頭を通過した。一瞬判断が遅れてたら、というか反応が遅れてたらきっと、フェンの頭は今頃サッカーボールになってたかも。こわっ。
「コリス。今度はゴブリンキングの前で挑発して。その場から一歩も動かないように」
今回の重要な要素はコリスとフェン。
コリスが撹乱してくれるから、僕は水を作れた。
フェンが風と火を扱えたから、計画が上手く運ぶことができる。
コリスとフェンがいるから、僕はそこまでのストーリーを組み立てることができた。
つまり、二人と一匹がいないと成り立たないような、そんな計画をたてた。僕一人だったら、とりあえず落とし穴をしかけて逃げる、ぐらいで終わってたと思う。
今回落とし穴を使うという手段は禁止されていたわけだけど。
――ウヌゥオオオオオオオ!! こんなところに落とし穴がぁ!?
そう叫びながら僕が作った落とし穴に落ちていったのは、共闘して初めて出会ったゴブリンを討伐しようとした時だったか。あの時は思わず顔を覆い隠したね……苦々しい。
「フミ殿! 次はどうすれば良いのだ!?」
真剣な表情でさっきいた位置から少し後退したところでそう叫ぶ。
コリスが一生懸命ゴブリンの棍棒攻撃からかいくぐりつつ、さらにそこから一歩も動かさない。きちんと命令通りに動いてくれていた。
なんとなくゴブリンキングの上空をみる。
「……【クリエイト】。よし、もう一回同じところに火の魔法をお願い」
「ウヌ、任されよう!」
さて、僕はどうしよ――
「キイイイィィィィィィィィィ!!」
「――――フェン、危ない!」
近くにあった木を引っこ抜いてフェンに投げたっ!?
「う、ウヌッ!?」
警告はすでに遅い! クリエイトは……ダメだッ! 間に合わない!
「ウヌ、オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
ガシッ!
杖を捨てて目の前に手を構えたかと思うと、直線上に飛んできていた木をひっつかんだ。え、どういう原理!?
そのまま勢いが殺しきれずに後ろ向きに物凄い勢いで滑っていく。
「ヌ、ォオオ、オオオオオオオ……!!」
大体十秒ぐらい。
ずっと後ろに下がり続けたけど、なんとか停止することができた。
「フンヌッ!」
木を捨てて、駆け足で僕らのところまで戻ってきた。
でもローブはボロボロだし、なぜかいい笑顔をしているし……よくわからない。
「フミ殿」
ああ、そうだ。まだいけるか聞かないと。
「あの、フェン? だいじょ――」
「これが筋肉だ!」
「――…………えぇぇ……」
ごめん。そんな汚れ一つ無い綺麗な歯を見せながらそう言われても、全く理解できないんだけど。というか、余計にわからなくなってきた……!
この場で頭を抱えたいレベルだよ……。
「うさっ! うささっ!」
「あ、そうだ。戦闘中だった……」
「ウヌッ。吾輩はもう一度ファイアを撃とう!」
「そうだね。じゃあ僕は……そろそろ最終工程の準備でもしようかな」
またゴブリンキングの上空をみると、大体雲ができ始めていた。
「さあ、コリス。最後のお仕事だよ。もう一度、今度はさっきより少し離れたところを同じ向きでグルグル走って。攻撃したらダメだよ?」
「うさっ」
コリスのステータスは飛躍的に上昇している。特に速さが。そのスピードを活かすこと。
それに、フェンの魔法。風と火があれば、勝てる材料は揃っているし。
物理も魔法もダメ?
なら、自然の猛威に任せれば良い。
レベルが高かったり力があったりするなら普通に倒せば良いけど、無理だったら強いものに頼る。自然も、味方にさえなれば強いしさ。
「さ、仕上げにフェンは外からウィンド。コリスはもう離れていいよ」
「ウヌッ!」
「う、うさ……うさ……」
……さすがにコリスを酷使させすぎたかな……。あとでご飯を奮発してあげよっと。
フェンが風魔法を放つと、物凄い轟音を轟かせながら雨を降らし始めた。
「……ハリケーンの完成!」
ハリケーンの機能。
それは、巻き上げと切り裂く。その二つの役割をきちんと果たしているみたいだ。ちょっとずつゴブリンキングの体が浮き始めてる。
「……まあ僕の目的は飛ばすことじゃないけどね」
ハリケーンの機能のうち、切り裂く方を使いたいだけ。
だから。
「【クリエイト】」
クリエイトでゴブリンキングの足に蔦を巻き付けると、そのまま渦巻いているハリケーンの中に突っ込ませた。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:フェンは今のところ風と火の魔法を扱える。しかしキンニク。




