第六十話 奇術師 1 -カリ-
おばさんが変なフラグっぽいのをたててから一週間。つまり、この街についてから三週間が経った。
男子三日会わざれば刮目して見よ。昔のお偉いさんは言った。まあ、今回は三日じゃなくて三週間だけどさ。
とにかく、この街に来てから僕も成長した。
知識面で、だけど。
人は日々成長する。いや、この世界で生を貰い、脳がある生き物は全員成長する。
……多分。
実証データがないからなんとも言えないけど、少なくとも人族は変わる。変わっていく。
こうして手続きに無駄がなくなったピミュさんも然りだ。
「お疲れ様です、フミ様。今日もゴブリンを狩るのですか?」
「そうだね。まだFランクに上がって日が浅いし」
「そうですね。でも、フミさんが最近街の依頼を受けてくれないとどうしてかギルドに苦情が来ておりまして……」
「それだけ街の依頼を受注しない冒険者と呼びかけないギルドが悪いんだよ」
呆れ混じりにそう言わざるしか無い。
こればっかりは僕のせいじゃない。確かに街の依頼は面倒だけど、それは困っているからだ。
雑用ではない。しかし見返りがある限り依頼を受注し、最終的に人々を助ける。それが冒険者としてのあり方、という客観的な考え方を冒険者登録時にギルド嬢が伝えるべきだと思うんだよね。
じゃないと、こうして街が急募と呼びかけても、どうせ低レベルだと鼻で笑って受けない。そういう人が多くなるし、実際多い。
だからといって、僕にしわよせがくる、というのはおかしな話だ。
それに、やりたいことがあるし。
きっと、まだピミュさんはそこのところがわかっていない。きっとエレさんあたりなら『そうね』と返してくれたと思うけど。
「じゃあ、そろそろ僕は行くよ」
会話している間にも着々と手続きを進めているのだから、本当にピミュさんは成長した。
この街に来たばかりだったら無理だっただろうね。
「お気をつけてくださいね」
「卑怯に卑怯を重ねてくるよ」
適当に返しつつ、ふと思う。
ここ三週間、ずっと僕を応対してきたのはピミュさんだった。おどおど、ビクビクしていたピミュさんが、あえて僕に応対する。
それはただ同じ屋根の下で過ごしているから、という理由だと少しおかしい。あの《鳥の止まり木亭》には他にも冒険者がいるわけで、右のカウンターを見ると、その同じ宿にいる人が違うギルド嬢とお喋りしている。なんだったら担当の受付にするならその人でもいいわけだ。
仕事を覚える際に僕になら迷惑をかけてもいい、という解釈? そういう考えはいくらピミュさんでもしないはず。
それに、ピミュさんにそんな脳があるとは思えない。基本アレな子だし。
……なら。
答えは簡単なのかもしれない。
後ろのほうでニヤニヤしているエレさんが、なにか裏を回そうとしているのかも……。それも、あの人のことだ。良し悪し関係なく、両方の意味で。
でも、その裏はなんなんだろ? おばさんは婿とかなんとか言っていたけど、エレさんは……いや、わからない。
わからないから、エレさんとは慎重なお付き合いをしないとなぁ。
「はぁ……」
「ふぇぇぇ!? なんでため息を吐くんですかぁ!?」
いくら手際が良くなっても、今回はそんなつもりがなかったとしても、少しおちょくるとあわあわと困りだす。こういうところは変わっていないことが単純に嬉しい。
からかいがいがあるし。
「なんでもないよ。お互いがんばろう」
「………はい!」
森に差し込む零れ日のような笑顔を浮かべた。まるで、励まされて過剰に喜んでいるかのように。ギルドでたむろっていた男性陣がほとんどピミュさんの笑顔に見惚れている。
僕は含まれないけど。
「さて、次こそ……あ、そうだ」
出口に向かおうとした身体を翻してピミュさんのところに戻る。
情報はいろいろ揃い始めている。
だからそろそろ違う街に移動するのもありだ。真っ先に一番西に向かうのもありだし、色んな所に寄り道していくのもあり。
でも、そんな情報はこの開放的にみえて閉鎖的なこの街では、なかなか入手することはできなかった。だから、ここ冒険者ギルドなら簡単に情報が収集できる、はず。
「ピミュさん、獣人族の大陸に出航している港ってどこにあるのかな?」
「ふぇ? え、えっとですね……」
流石にこういった質問にはまだ慣れていなかったのか、少しおどおどとしながら地図を取り出した。
それをカウンターに広げる。それを逆さまから読み取っていこうとすると、ピミュさんがひとつの点を指さした。
「これは、ユナイダート王国の地図で、ここがレーリスです。そして……」
地図をピミュさんからみて西南西の方向に動かしていくと、森を越えて一つの街に出る。
「この《リアトルの森》を越えたこの街は《ケットル》と言い、ユナイダート王国でも三本指に入るほど治安が良い国となります。といいましても、比較的にユナイダート王国は全ての街が比較的に治安が良いんですけどね」
国自体に誇りを持っているかのように胸をはった。でも、ふと幻術士ウッツのことを思い出したからなんともいえない。あの人のせいで結構物騒だった気がしたんだけどなぁ。
まあ、それはいいや。
それより早く道程を教えてよ。そう思いを籠めてピミュさんを見つめていると、顔を赤らめながら地図に再び視線を落とした。
「えっと、それでですね……このケットルのすぐ傍にあるこの《セセトト山》。この山が一番の難所となっております」
「難所……?」
「はい。この山は文字通り越えないと行けないのです」
「越えるって……山を横から円を描くように歩いて越えるんじゃないの?」
「……違います。いえ、できますし、あるにはあるのですが……フミ様、数ヶ月単位で時間がかかりますが、それで――」
「よし、どうやってこの山を越えるのか教えて」
「……はい」
ピミュさんに苦笑いされた。……なんだろ、なんだか複雑だ。
だからとりあえず頬をつねる。
うん、柔らかい。
「ふ、フミ様?」
喋れないということもないらしい。
「ほら、続けて」
とりあえず手を離して何事もなかったかのように話すよう促す。
「は、はい。この山の標高はそこまで高くはありません。しかし、途中で現れる魔物との交戦と登山の疲れ、その両方がどんどん精神を追い詰めていき、とても辛い行程となっております。行商人が山越えをする際は必ずギルドにて募集して一緒に越える、というのが行商人の流れ。いわば鉄のルールみたいなものとなっております」
「つまり、冒険者が一人、特に僕だけだったら絶対に越えられない、ということか……」
これはちょっと面倒だなぁ。
いくら僕がコリスを連れていたとしても、必ずどこかでボロが出て最悪死ぬ。その事態だけは避けたい。
ということは、
「だれかと一緒に行かないといけない。つまり、そういうことだね。なるほど」
ピミュさんに聞こえないように呟いて頭の隅にメモをする。
「それで、越えたらどうするの?」
「はい、セセトト山を越えたらここをまっすぐ、多分街路が引かれてあると思いますので、その道に沿って行けば《ズゥミ》という街にたどり着けます。ここでお金を払うと、船で獣人族の大陸へと渡ることが可能となります」
「じゃあ、本当に難所はセセトト山か」
「そうなりますね。それに、今のこの時期は……」
「ん? なにかあるの?」
「……実は、その……」
真剣に資料を取り出して目を通していく。その表情は、とてもじゃないけど『ふぇぇぇ』といつも泣き顔を作るような女の子にはみえなかった。
板についてきた、というべきなのかな?
その表情を見つめていると、視線を下に向けたまま口を開いた。
「フミ様はきっと、この世界の月の数え方はくわし――」
「一月にウーヌス、つまり新年で十二月にドゥム、つまり年末。一月三十日となっている。これであってるよね?」
「は、はい! さすがフミ様、です……」
いや、流石なのはこの世界だ。
僕、以外のクラスメイトにはチートを与えているし、 この世界は地球と同じ太陽暦を使っている。
特に暦なんて、本当にそうだ。楽だからいいけどさ。
でも、他世界から来た僕らにとって、あまりにも住みやすい。それこそ、異常なまでに。
……それにこしたことはないけど、さ。
「それで? その暦がどうしたのさ?」
「ええっと……その、簡単に申し上げますと、その……降るんです、この時期には」
「何が?」
「雪、です」
雪?
……でも、なんで?
「今日は十一月の後半。つまり、山のほうでは雪が降り始める頃となっております」
「……ああ、なるほどね。そういうことか。簡単に言うとつまり、この時期は渡るのが極端に危険になるから東と西で分断されている、っていう状態ってこと?」
「ある意味そうです、ってええ!? フミさん、どうしたんですか!?」
受付に伏せた僕の頭上からピミュさんの声が響く。耳が痛い……。
はぁ。
てことは、つまりだけど。
「暫くおあずけ、ってことかぁ……」
これはもう溜息つくしか無いね。はぁ……。
そう思っていたら、
「い、いえ」
ピミュさんがおどおどしながらも資料に目を通して口を開いた。
「通れない、ということはなさそうです」
「……それ、本当?」
少し顔を上げると、ピミュさんが胸を隠すように資料をたてた。
「どうもそうらしいです。えっと……ここですね」
指でどこにその文があるかを指し示してくれた。
「去年のものですが、ここに雪が降った時期に通過してきた荷馬車、または入ってきた荷馬車が確認されたという記載がしてあります。ですので、行けないことはない、ということです。ですが……私はおすすめしません」
真面目な、しっかりとした表情できっぱりと言い切って僕の目をまっすぐ見つめてくる。
僕とピミュさん。
ここに生まれた小さな空間はとても静かで、より鮮明で、ピミュさんがとても綺麗に見える。
でも、ピミュさんが段々と目を見開き、顔を赤らめていくのはさすがにまずい。
というか、なんで?
赤らめるのは何となく分かる。異性で見つめ合うというのは案外恥ずかしいからね。
でも。でもさ、ピミュさん。
その段々目が見開いていくのは何なのさ。僕も目を見開けばいいの?
ジッと見つめる。
だんだんピミュさんの口が開いてゆっくりと唇を突き出し始める。
「ふ」
「ふ?」
「ふ、ふふみ、フミ様……」
なに、瞳に涙を溜めて、まつげをフルフル震わせてさ。
結構近いしみえるから、わかりやすいけど……――
「フミ様!!」
「は、はい!」
「フミ様は、この街を出られるんですか!?」
…………あ。気づいていなかったんだ……。
◆
「はぁ、ピミュさんには参ったもんだよ、まったく」
「うさぁ」
レーリスの街を北に抜けたところにある林に向かってとことこと歩きながらコリスの背を撫でてぽつりと漏らす。
あのピミュさんはなに、物事に鈍感なのか、仕事熱心なのか……。
さっきのことを思い出しながらもう一度ため息をついた。
「僕は冒険者で、世界を渡り歩ける人。対してピミュさんはレーリスの街という受付嬢。ここに決定的な違いがあって、ピミュさんが僕を止めるような要素は一つもない」
「うささっ」
そう言ったらコリスに頭を振られた。
「え、なに? 他に何かあるの?」
「うさっ!」
今度は縦に一回。……いや、反動で二回、三回した。
他の要素、ね。
あの街には定住冒険者もそこそこいる。それこそ、あの……だれだっけ? ハイキンニクさん……じゃなくて、そうフェルガ=キンニクオみたいな人が。
それは受付嬢の人望だったり下心だったり、もともと街で育ってきたという帰属意識やただただ街でお金を稼ぐための人もいる。
だから実際僕を止めるような要素は……ない。
そもそも、僕は弱いのだから。
まだまだ全然弱い。ダイタイキン……じゃない、フェルガ=キンニクオですら、卑怯と大親友だったからこそ勝てたようなもの。
強くはなく、正々堂々とした力も得ようともせず、ただただ今を生き残る技術を磨いているだけ。
「こんな僕にさ、執着する意味がわからないね、本当に」
最後にコリスの背をポンポンと叩くと、ヒノキの棒を召喚した。
「さて、考えるのはここまで。今日もゴブリンを狩るよ」
「うさぁっ! ……うさぁ?」
大丈夫? そう言われたみたいだったから一回頷くと、林の中に周りを警戒する訓練も兼ねながら入っていった。
林と言っても、森との違いは多分木の密集度だと思う。
実際、ここはそこまで鬱蒼と生い茂っているわけじゃない。それに、ギルド情報だとここには強い魔物や個体は存在してなくて、動物も怖がらずに住むことが出来る。
確かに魔物と動物は共存しているけど、さすがに怖い魔物とは一緒に痛くない、というところかな。
だから、結構動物も見ることができるし、それで魔物の位置も人族は特定しやすくなる。
「こっち、だね」
「うさ」
コリスの嗅覚ですぐにゴブリンを見つけることはできる。けど、あえてそうしない。
これは人間ではなく人族である僕の意地といったところかな。
こういった探索方法はギルドや鳥の止まり木亭で集めた情報の通り。動物が多い、少ない。歩いてそういう場所を見つけることで魔物を見つけることが出来る。
ただ、二つだけどうしようもない問題はある。一つは自分が追い求めている魔物と出会うことは必ずしもないし、それに……
「……くるっ」
「キシャアアアア!!」
――動物がいても、魔物は突然現れる。
「うさっ!」
キシャァ、ってゴブリンは鳴かない。
この個体は、たしか……ボア・ボア? 大きなお鼻から息をフンスフンス鼻息が荒い。それに、どうみても使う場面がなさそうな獰猛な牙をむき出しにしている。
そして……このボア・ボアのお肉は美味しい。
「よし……コリス、こいつは食べるよ!」
「うさぁっ!!」
コリスの目が光った、気がする……。
そこまで食べたいのかな? 僕はそこまで食い意地はらないけど、コリスって結構食べる気がするなぁ。
確か雌だっけ?
「まあ、僕も少し食べられるなら良いから……コリス、僕が縛るから木に叩きつけるように蹴って」
そう言い終わると同時にボア・ボアが僕に向かって突進してきた。
ギリギリまで引きつけて一気に右へ跳躍して転がる。
と、同時に【クリエイト】を唱えて足を土でボア・ボアの足から徐々に身体を縛り上げていく。
「コリス!」
「うさっ! うささっ!!」
気合一蹴。
コリスの多分半分ぐらいの力でボア・ボアを蹴りつけた。
魔物が「ギシャッ……」と断末魔を上げると同時にそのまま地に沈んだ。コリスが蹴りつけた時にクリエイトで作った拘束具が全部ちぎれたし。
「お疲れ、コリス」
ねぎらいの言葉をかけて面倒だからそのままボア・ボアを回収する。
……うん。勢いが強すぎたのかな? 白目向いて鼻から血をぼたぼたたらしてた。
「さて、さっさと移動しよ――」
その時。
たまたま遠くにいたものが目に映り込んできたのは、ちょうどゴブリンだった。
そう、薄汚れた服っぽいのを着て、緑っぽい肌に大きなおめめ。それでいて全員小型。
……そう、全員。
そこにいるのはゴブリン五体だ。
そして、もう一つ数えるのならば……
「魔法使いが、一人…………!?」
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:セセトト山は登山と下山で越えるもの。
魔法使い……?




