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ウィーク・クリエイター  作者: 二本狐
第二章 ユナイダート王国編
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第五十九話 おばあちゃんの愛情

 レーリスの街にきて二週間が経った夜の《鳥の止まり木亭》。

 そこで食事をしつつ冒険者やここを訪れたファミリー、そしてなにかひとりごとを話すボッチちゃんから情報収集をする。

 例えば森で最近ゴブリンが多いだとか、魔物が暴れているとか。それに、勇者が急速に強くなってきていたり、家族間で温泉の話をしたり、とか。

 温泉といえば、少し前にこの国の女王御用達の温泉がどこにあるか、という話を聞いたなぁ。

 もしわかったら、是非行ってみたい。なにか効用があるのかも。

「ぴぃぃぃぃみゅううううぅぅぅ!!」

「ごめんなさいいいいいいぃぃぃぃ!!」

 思考を突き破るかのように轟いた怒声と悲鳴。

 パクパクと夕飯を食べながらチラリと肩越しに覗いてみた。

 ピミュさんがまた何かやらかしたのか、と思うぐらいにはこの宿に居着いてから時間が立っているから、時間の流れというものは本当に早いね。昔だったら考えられないや。

 周りの人も、新規のお客さんが呆然とするだけで、他の人はその光景をまるで劇を楽しむかのように観てニヤニヤと楽しんでいる。

 そんなどうでも良い光景にため息をつくと、鞄の中にアイテムボックスを開いてお金を取り出してみる。

 ここ二週間、毎日欠かさずに依頼を受けていたおかげでお金も溜まってきた。といっても、生活費等々で一万か二万エルドぐらいしか増えていないけど。それでも、少しずつ増えてはいるから達成感がある。

 でも、こんなちまちまとお金を集めるのも、面倒だ。それに、そろそろ街の依頼も面倒になってきたし。

「どうするかな……」

「なぁに難しい顔してんだい?」

「あ、おばさん」

 顔を上げると、さっきの般若顔していた人とは思えないほど優しい表情をしたおばさんがいた。

「ちょっとばかり考え事をしていただけですよ」

「そうかいそうかい! まあ若いうちはとんと悩みな。悩んで悩んで、そして答えをだす。若いもんの専売特許さ」

 悩みと考えごとはちょっと違うような気もするけど。

 でも、うん。

「そうですね」

 なぜかおばさんのいうことはすんなり受け入れることが出来る。

 これが母性愛。もしくは祖母から受ける愛なのかな。

 僕の中で、どうしても守りたい人のリストに上げられているぐらいだし。この世界で、だけど。

 だって。

「そんで、今日の料理はどうだい?」

「もう本当に美味しいです!」

 グッと親指を突き出しながらそう言うしかなかった。

 このおばさんの料理、本当に美味しいんだから! だから守らないとね。

 おばさんの料理が美味しいのはもともとわかっていた。初日に食べた時から、ずっと食べ続けているぐらいだし。

 じゃなかったらずっとここにいないし。カウンター席にわざわざ指定席を作らない。カウンター席の真ん中。

 僕が美味しいって言うと、おばさんはしわくちゃな顔に笑みを浮かべてくれる。祖母がいたらこんな感じなのかなって、なんとなく思ってしまうのだから、なんとも僕らしくない。

 だから、心の中で頭を振るように気分を切り替えてサラダにフォークを突っ込んで口に入れた。

 ……あれ?

「これは……おばさんが作ってない……?」

「おや? わかるのかい?」

「それはだって、ここ二週間ずっとおばさんの料理をたべていますからね。おばさんが作る味の濃さぐらい覚えていますよ」

「アハハッ! なんとも料理人冥利なことを言ってくれるね! でも、だったらまだまださね、ピミュ!」

 ピミュ? もしかして、この料理って、

「ふぇぇぇ……おばあちゃん、なんで言っちゃうの?」

「作った人が名乗りを上げないでどうするだい!」

「そ、そうだけど……」

 もじもじと顔を赤らめながら調理場から現れた。

「フミさん……どうですか、私の料理」

「美味しいよ。ちょっと味が濃いけど」

 この世界にしては、だけど。

 でも。

「おばさんより濃い、っていうだけで、僕はこのぐらいの濃さも好きだよ」

「そ、そうですか! ありがとうございます!」

 顔を輝かせて頭を下げられた。いや、なんで僕にお礼をいうのさ。どっちかっていうと僕が言うべきなのに。

「この子にはね」

 そう思っていると、おばさんが柔和な笑みを浮かべながらピミュさんの頭をポンポンと叩き、口を開いた。

「私が直接料理を教えているのさ。最終的にはこの子にこの店を継いでほしいと思ってるぐらいさね」

「じゃあピミュさんは後継者か。……だれか、支えてあげないと無理だね」

「いんや」

 僕の言葉を否定するかのようにピミュさんの頭をまたポンッと叩く。

「この子はすぐに立派になるさ」

「期待大だね、ピミュさん。なれなかったらおばさんの顔に泥を塗ることになるよ」

「ふぇぇ……で、でもおばあちゃんが期待してくれ――」

「ということでフミ、この子を支えて上げてくれないかね?」

「「……うん?」」

 僕とピミュさん、二人して声をあげる。

 おばさんの言葉の意味がまったく理解できなかったんだけど。この子、ってピミュさんのことだよね? それでさっきおばさんは『すぐに立派になるさ』と言った。……ああ、そうか。

 言外に婿に入れと言っているのか。

 ……なるほど。

 ここは、ごまかそう。

「なるほどなるほど。つまりおばさんはピミュさんの料理をどんどん食べろと、そういう意味ですか。良いですよ、食べます食べます。どんどん食べます。だからピミュさん作ってきて」

「ふぇ? は、はい?」

「返事したね、じゃあ早く行って」

「は、はい!」

 物凄い勢いで厨房に戻ったのを一瞥して、おばさんに視線を戻す。

「僕は……婿に入るつもりはないですよ?」

「おや? 気付いていたのかい?」

「そこまで馬鹿じゃないもので……。考える脳ぐらいありますよ」

 なんか試された気分だ。

 そもそも僕が冒険者で、この場にいるその他大勢の一人に違いはない。だというのに、なんで婿になれだなんて言えるのか。

 僕が弱いから、冒険者になれってこと? ……いや、さすがにそれはないか。

「おばさん、ピミュさんが大切なら軽はずみにそういう言動はやめておいたほうが良いですよ」

 ため息混じりにそういうと、「おや?」とおばさんの眉があがった。

「大切だからこそ、あんたに頼みたいのさ」

「……どういうことですか?」

「私もこうみえてもう年なんだ」

 いや、知ってるけど。

「だからこそ、孫の幸せを願う。年寄りってのはそういうもんさ」

「ぽっくり逝っちゃう前に晴れ姿の一つでもみたい。そんな感じですか?」

「まあ、そういうあるけどね」

 おばさんは穏やかな表情でピミュさんをみたから、同じようにそっちに視線を移す。

 一生懸命料理に励むピミュさんの姿がある。

 ……きっと、その姿がおばさんにとってなにか特別なものとなって映っているんだろうね。

「ただね。私も本当にあの子の婿に来てくれ、だなんて思ってはいないさ」

 僕に向かい直ると、真剣味を帯びた表情を僕に向けてくる。

「私になにかあったら、あんたに任せたい」

「……なんで僕なんですか?」

 もっともな疑問をおばさんにぶつける。なんでもかんでも僕に任せようとするもんじゃない。

 例えば、エレさんだって時々ここに来るし、おばさんともかなりフレンドリーな会話をしていたのを覚えている。だったらエレさんでもいいじゃん。そう思わずにはいられない。

 でも、

「私は、あんたのその黒くてドロッとした瞳。自分に馬鹿正直なところ。そして……あんたと一緒にいる時が一番幸せそうにしているんだよ、あの子は。だからあんたを信用して、任せたいと思ったわけさね」

 ちょっとまって。

 最初の黒くてドロッとした瞳って…………それ暴言じゃん! 任せたい理由に含める理由がわからない。

 それに、僕を信用するのはお門違いだ。

「僕は冒険者ですよ? あと二週間、もしくは一ヶ月ぐらいしたらこの街から出るつもりです。ですから――」

 任されることはない。

 そう言おうとした口を思わず噤んでしまうほど――――おばさんはまた穏やかな笑みを浮かべていた。

 その理由は、わからない。でも、なにか僕の中で嫌な予感がするのは確実だった。

 だから。

「わかりましたよ……」

 渋々受け入れた。

「でもその代わり、僕がこの街にいる間に事が起きたら、ですよ?」

 そう、条件付き。じゃないと要らない荷物が変なところでひっつくかもしれないのだから。そう、極端に言えば大陸渡った頃におばさんに事が起きて引き返す、なんてことはしたくない。

「僕は各地を見て回りたいって思っているんですから」

「わかってるよ、フミ。約束さね」

 どちらからとも無く手を差し出すと、しっかりと握手する。おばさんのぶあつくてカサカサした手が僕の手を包み込む。

 大きくて、安心する手だ。

「フミ……頼むよ」

 その声は、どこかはかなげに聞こえて、本当に嫌な予感がした。

 ――おばさんのご飯が、食べられなくなるような、そんな予感が。

 いや、ない。

 そんなことはない。

 そう思い頭を振ると、ゆっくりと手を離す。と同時にピミュさんがお盆を持ってこっち向かってきた。

「お待たせしました、ってあれ? フミさんもおばあちゃんもどうしたのですか?」

「……いや。なんでもないよ」

 そういってお盆を受け取る。これは、うどん?

「今回はシンプルにえっと……ス・ウドゥンを作ってみました。えっと、どうぞ」

 そういって手渡しで受け取ったのは……箸? え?

「このハッシの使い方は知ってますか?」

「ハッシじゃなくて箸だよ、これは」

 ハッシって……。まあいいけど。素うどんがス・ウドゥンになっているぐらいだし。

「結構使ったことがあるから知ってるよ」

 かれこれ十七年の付き合いだ。つまり、生まれてからずっと目に見て、使ってきたのだから。

 木工職人でもいるのか、なんとも手にしっくり来る箸を綺麗に持ってみせ、「いただきます」と唱和する。

「うどんも、久々だなぁ」

 本当に懐かしくてそう声を漏らすと、チュルリと一本。

 うん、美味しい。

「ありがとう、ピミュさん」

 そうお礼を言って、更にうどんを食べる。

 料理に愛情。

 孫に愛情。

 この家は本当に家庭的で、どこまでもアットホームだ。

 だから、おばさんにはいつまでも健康でいてほしい。

 それだけで、いい。

 お読みいただきありがとうございます。


 おさらい:女王御用達の温泉。

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