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ウィーク・クリエイター  作者: 二本狐
第二章 ユナイダート王国編
56/105

間話 必要な関係を築くため

 文が立ち去ったあと、ギルド内に残っていた者は全員唖然とした表情で文が元に戻した壁を見つめていた。

「な、んだ……あれは……」

 呆然とフェルガが口を開く。その言葉は文の所業をみた物全員の気持ちを代弁していた。いや、冒険者を、というのが正しいかもしれない。

 受付嬢をしていたピミュを筆頭に、彼女らはそれ以上の衝撃を受けざるを得なかった。

 フェルガがDランクというのは紛れもない事実。その大木のようながたいや銀の鎧、そして携帯している堂々とした剣を身につけていても誰も文句が言えない貫禄がある。

 彼は明らかに中間層を占める冒険者の一員なのだ。

 そのフェルガに対し、昨日登録したばかりの文。ギルド嬢達は喧嘩を売られた時点で文がヘコヘコするだろうと彼に対し哀れみの視線を向けていた。

 だが、蓋を開けてみればなんとやら。文は確かに逃げ出しはした。が、今回これは所謂(いわゆる)『勝ち逃げ』という結果を残して、である。

 下の者が上の者に勝つ。これほど痛快な話があっただろうか。

 ギルド嬢とは、基本的に戦闘職とは無縁の存在。

 だからだろうか、|自分より弱そうな文の立ち回りを見て(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、これからはもっと余裕を持って強気でがんばろうと気合を入れた。

 そして、ピミュとエレさん──エレノアとギルド嬢以外は『あの子可愛い!』認定をしていた。

 ピミュとエレノアはすでにお気に入り登録をしているため、脳内で《すでにお気に入り登録済みです》と出たはずだ。

 そんなアナウンスが頭に流れたあと、ピミュはハッと我に返って、とりあえず開けっ放しの口を閉じる。

「え、えと!」

 静寂を保っていたギルド内でピミュが声を上げたため、反響するかのようにこの場にいる全員に声が届いた。そうなればもうどうなるかなど火を見るよりも明らかで、全員の視線がピミュに突き刺さった。

 一瞬怯むも、先ほどの文の余裕そうな態度を思い出して勝手に彼から勇気をもらい、息を深く吸い込んだ。

「ギルド条文第ろ、六条! ギルド内ではいかなるときでも戦闘行為を禁止しておりましゅ!」

『………………………………………………』

 相変わらずの静寂。しかし、空気が明らかに変わった。具体的に言うと『噛んだ』という突き刺さる視線から生暖かい視線に。

「かんだ……」「噛んだな……」「おしかったよ……」「本当、ピミュちんかわいいよハアハア」「うわ、ロリコン……」「誰がロリコンだ! あ゛あ゛!?」「あの子、私より胸あるくせに……ロリなのかしら……」「……」「……」「誰かなにか言いなさいよ!」

 途中から胸の話に移行して別の意味でカオスになり始めた空気に、パンパンという音が響いた。

 その音源はどこだと彼らが視線を彷徨わせると、呆れ顔をしたエレノアがいた。

「はいはい、そこまでにしておきなさい。ピミュが言ったことは正しいわ。今回は未遂だったけど、あとでギルドマスターからお小言もらいなさい。それと、ピミュが噛むのはいつものことだわ」

「ふぇぇ……エレちゃん……」

 助けがきたと思ったら思わぬ追撃。

 ピミュの眼から涙が零れ落ちそうになっていた。

「ではみなさん、解散」

 最後にもう一度パンッと手を叩くと、いつもの通常業務に戻った。

 が、ピミュがよって行ったため、完全に戻れずに手が空でわきわきと変な踊りをするはめになった。

「え、エレちゃんありがと~?」

「なんで疑問系なのかわからないけど、どういたしましてよ」

 わきわきとした動きをやめてピミュの方を振り返る。ちなみに、お礼の疑問形の理由は、エレノアがピミュに対して救いの手を差し伸べながら貶めたからだろう。

「私もあれぐらいビシッと言えたらなぁ……」

「ピミュもあれぐらいバシッと噛まずに言えるようになれるわよ」

「む、無理だよ~……」

 ふぇぇぇ……と泣き言を漏らすピミュの頬をムギュリと掴み、彼女の瞳を覗きこんだ。ピミュの翡翠の瞳にエレノアの毅然とした顔が映り込む。

「こわーい冒険者じゃなくて、フミさんに、よ」

「え、フミさん怖いですよ?」

「……昨日、何があったのよ……」

 呆れ顔を浮かべると、ピミュの頭を撫でる。あの顔立ちで実は怖いのかもしれない、と思わずにはいられなかったが、目の前のピミュの人柄上、それは絶対にないとまだ短い関係だが深いところまで分かり合っているピミュを半眼でジトリと見る。

「き、昨日フミさんのお菓子、私が持っていったのにほとんど自分で食べちゃって……」

「そりゃ怒るわよ。それで、フミさんにはきちんと謝ったの?」

「う、うん」

「ならいいじゃない。あの子……」

 なかなか優良物件よ、と付け加えようとしたが、エレノアは言葉を呑み込んだ。

 変わりに、

「冒険者の中でもなかなかいないほど礼儀正しいじゃない。それに、私達を下卑た目で見てこないし」

「下卑た、目……?」

「あ、ごめんね、ピミュ。ピミュが知るにはまだ早いわね」

「ふぇぇぇ……。私とエレちゃんって同じ年齢だよね?」

「え、あ、うん! そうね! でもほら、私はいろいろ知ってるから!」

 焦りながら早口でまくし立てると、空笑いしながら一旦置くへ引っ込む。

(う、うーん? エレちゃんって冒険者さんにも強気でいられるし、なのに冒険者さんはビクビクし始めるし、なんでなんだろ? どこかの貴族の娘、っていうのはエレちゃん否定していたしなぁ……)

 うーんうーんと唸る。

 が、エレノアが数枚の紙とともに戻ってきたため、一旦その思考は頭の片隅へとよける。そんな彼女の鼻に人さし指を刺すと、悪戯笑顔を浮かべた。

「そ・れ・よ・り・も~、どう? どうなのピミュ。フミさんとは上手くいけそう?」

「ふぇ? どういうこと?」

「だーかーら! 仲良くなれそう? それはもう親密に、よ!」

「ふぇ? ふぇえええええ!?」

 さっきの話を聞いていなかったのかと思うほどの発言に周りのギルド嬢は一斉に吹き出した。が、エレノアはそのことに気づかずに更に言葉を続ける。

「昨日お菓子を持っていったってことは少なくとも夜は一緒に過ごしたのでしょ? ほら、お風呂あがりのピミュなんてかなり魅力的だと思うのだけれど、フミさんがなんだかムラって来ることはなかったかしら!?」

「ふぇ、ふぇ……なかったよ……うん……。あ、でもフミさんって色々なこと知ってるんだよ! 昨日も私を怒った後に、色々教えてくれたもん!」

 楽しそうに語りだすピミュに、エレノアは優しそうな表情、ではなくやはり悪戯成功、という表情を浮かべていた。

 ちなみに、この話を聞いていたキンニクオを合わせた冒険者勢は脳内でフミを百回ほど殺している。文多殺地域である。

 エレノアは更に一つ計画を進めるために、先ほど奥から持ってきた紙を一枚ピミュに押し付けた。

「なに、これ?」

「とりあえず読んでみなさい」

 ニヒヒと笑う彼女に小首をかしげながら紙に目を通す。

「……ぇ――――」

 一度最後まで目を通し、顔を半分青く、もう半分を赤く染め上げながらもう一度通す。

「ふぇ……ぇぇ――嘘、うそ、うそぉ……!」

 何度も、何度も。何度も何度も何度も何度も。

 最後まで読み、はじめに戻り。一字一句ゆっくりと読んでも、少し早く目を通しても。

 そこに書かれている文章。そしてギルドマスターの印とサブギルドマスターの印が押してある。

 これが指すこと。つまり、公式決定したことを示す。

「そ、んな! 私が……むり、無理だよエレちゃん!」

「無理じゃないの。これは決定よ。ギルドがピミュのために下した結論。それに、これはチャンスよ? すべてを精算するためのね」

「で、でもぉ……」

 涙目になって俯くピミュの頬にそっと手を添える。

 ピミュはまだ雛鳥。殻から出たばかりの雛鳥で、何もかもが未知。

 だから、少しでも多くのことを知るために。

「――フミさんの専属、がんばりなさい」

「ふぇぇぇ……」

 ギルドについて更に知ってもらおう。まずはそこからだ。

「専属は信頼度が必要なのよ。相手のことを常に思いやり、《依頼》も相手のポテンシャルや体調なども把握して、無茶な依頼を突きつけてきたらきちんと説得して違う《依頼》のほうが良いと諭す。そういう上下じゃない関係性が必要なのよ」

 淡々と語るエレノアは一拍置くと再び口を開く。

「信頼関係を築くにはもう少しギルドに慣れてから、という考え方はダメよ、ピミュ。というより、逆よ。経験値を稼ぐならいきなりこういうことを行うべきなの」

「う、うぅ……私に、できるかなぁ……」

「できるわ」

 ピシャリと言い切ったエレノアにびっくりし、下げていた顔をゆっくりと上げる。

 そこには柔和に笑みを浮かべたエレノアが――

「だって、一つ屋根の下暫く一緒に過ごすのよ? 仲が深まらないわけがないじゃない!」

 ――爆弾発言を落とした。

 ギルドの空気がピシリと固まり、誰一人身動き一つ取ることができなくなった。というか、聞き耳立てすぎだろう。

「そ、そうだけどねエレちゃん! 私……」

「もし断ったらクビ、かなぁ……」

 ボソリと、あくまで独り言のように、しかし声ははっきりと。

 エレノアはチラリとピミュを見ると、まつげをフルフルと震わせながらなにかと葛藤していた。

(……ごめんね、ピミュ)

 心のなかでそっと呟く。

 ピミュのギルド嬢という仕事への思いは知っている。

 しかし、それ以上にこの職場は辛いのだ。

 ただニコニコしていればいいだけの職場じゃない。それは、ここに働いているピミュ以外のギルド嬢は全員知っている。

 この専属は、ただただ信頼関係を築き、ギルド嬢のスキルを磨くだけじゃない。

(そのことに気付き、なおも前に進める人。それがギルド嬢)

 切なげに、それでいて自虐気味に笑みを薄く浮かべる。

 ただ。

(そうならないために、フミさんをピミュに惚れさせないと)

 可愛い後輩のためよと、こっそり気合をいれてピミュにニッコリと微笑んだ。

「大丈夫よ。私もフォローするから」

 恋のキューピットとしてね、とエレノアは心の中で付け加えた。

「……わかりました。エレちゃんが言うなら……」

 しぶしぶといった風にピミュは言ったが、不思議と嫌な気持ちはなかった。

 もしかしたら、どうやったら体調管理とかできるんだろう? と頭を悩ませ始めたせいでそこまで考えることができなかったのかもしれないが。





 して、この会話──特にエレノアの意図にギルド嬢は全員気付き、暫くピミュとその相手である文、その二人の色恋の話が止まらなかったという。


 ついでにだが、色々と策略をたてているエレノアには未だ恋人がいない歴=年齢を日々更新しているのだが、誰も底に突っ込めるものは──否、突っ込める勇気を持ち合わせている人はいなかった。


 お読みいただきありがとうございます。


 おさらい:ピミュとエレノアは同い年。



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