第五十三話 ギルドとギルド嬢
ご飯を食べ終わったあと、おばさんに木札を渡された。[三〇八番]ということは、三階かな。
「そこがあんたの部屋さね。その木札はずっと持っておくこと。じゃないと罰金とるよ!」
「わかりました。では、おやすみなさい」
その調子で上まで上がっていこうとすると、チリンチリンと扉にある鈴の音が軽快に鳴り響いた。
「ただいまー……」
んっ? この声は……。
「ピミュ、帰ってきたなら仕事を手伝いな!」
「ふぇぇ……おばあちゃん、それは辛いよぉ……」
「あんた、ギルドと家の仕事、両立するって言うからギルド嬢の仕事も認めたってんのに、もう泣き言かい?」
「ち、違うよおばあちゃん! 私ギルド嬢で働きたいって……それに今日も一人、ここの店のお客さん、捕まえたんだよ!」
「……あそこにいる子かね?」
「あ、うんそう……あ」
あ。
目があった。
なんとなく見つめられたから見つめ返してると、一気にまっかっかになって僕の方に走り寄ってきた。
「さ、先程は本当に申し訳ございませんでしたぁ!」
勢い良く頭を下げてきて、コケた。
「ふぇぇぇ……いたいよぉ……」
「一体何がやりたいのさ……」
というか、どうすればいいの、これ。解決案が全く思いつかないんだけど。
「と、とりあえず食事の席だから、立ち上がろっか」
ピミュさんに手を差し伸べると、僕の手を取って恐る恐る立ち上がった。
「は、はい申しごじゃ……」
「…………うん」
「う、うぅ……申し訳ごじゃ……」
…………………………どうフォローしたらいいんだろう。
二回連続で噛む子、フォローのしようがないんだけど。スルー、スルーすればいいのかな?
うん、とりあえずスルーしよう。それが、一番ベスト。
適当に話題出してあげるのが一番だよね。
「ピミュさんってギルド嬢しているんだよね?」
もはや敬語は無し。無理、この人には。
だけどピミュさんは気にせずに話し始めた。さっきまで涙目であぅあぅと口をパクパクさせていた人とは思えないほど饒舌に。
「はい! ギルド嬢ってなかなかなることができないんですよ! なんでも冒険者ギルドの看板となる人だからだとかで。面接で受かっても必ずしもなれるってわけじゃないんです。選定条件が分からないんですけど……。だって私、気が弱いから……」
なんか勝手に自ら地雷を踏みに行ったんだけど……。なにこの子、面倒くさいんだけど。
メソメソ泣いてるし。
……ああでも。
その分面白い。
それにしても、ギルド嬢の選定条件って、絶対美男美女、もしくは美少女だと思うよ、ピミュさん。まあ、きっとピミュさんは気が弱いところに面接官がグッと来たんだと思うけどね。
「ピミュさん……」
優しい笑みを浮かべる。
「えっとフミ、さん……?」
ぽーっとしてるけど大丈夫かな?
まあ微笑んでおこう。
だってさ……
「後ろでおばさんが激昂してるよ?」
「ふええええええ!? フミさんなんで言ってくれないんですかぁ!?」
「いや、気づこうよ……かなり殺気立ってるんだけど……」
あまりの殺気に周りがシンッと静まり返っている。その中で騒げるピミュさんはある意味大物かも。
「こおおぉぉぉらあああああ!! ピミュウゥゥゥゥゥ? あんたなぁにお客さんと話し込んでるんだい!? 話がしたけりゃ仕事が終わった後にしな!!」
「は、ははははははははははいぃぃぃぃおばあちゃん!!」
ドタドタと音を立てながら奥へ引っ込んでいった。
残された僕たちお客さん。
先ほどまでの騒々しさが耳に残ってる分、余計に静かに感じる。
けど、
「まあ、いつものことよね」
さっきからかまってちゃんオーラを出していた子が呟くと、
「そうだな、いっつもピミュちゃんは怒らってからなー」
「そうだそうだ。もう怒られ慣れてるかもな!」
それに便乗するかのように皆が大笑いし、ピミュさんのネタで賑やかな雰囲気に戻っていった。
……かまってちゃんはボッチのままだったけど。なんか肩震わせてるし。…………泣いてるのかな?
「すまんねあんた」
おばさんに話しかけられてそっちに視線を向ける。おばさんは苦笑気味にピミュさんが去っていった方を見ていた。
「あの子もおっちょこちょいでね。……そういやあんた、フミ、って呼ばれたね」
「あ、はい。そうですね」
そう答えると、僕の瞳を覗きこんできた。
「あんなおっちょこちょいでビクビクしてる子だけど、これから頼んだよ」
頼んだって、どういうこと? なに、僕がお世話するの?
「ともだち、として」
「あ、はい」
よかった、そっちだった。でも、妙に強調されたような気もするけど……。まあ、面倒ごとは放置しておこう。
「もちろんですよ。おばさんも、これからご飯をよろしくお願いします」
「お、気に入ってくれたんかい?」
「あんな美味しいもの、気に入らないわけがないじゃないですか」
「あっはっは! 最近の子は礼儀がなってるね!」
バンバンッ! と強く背中を叩かれた。最近のおばさんは礼儀がなってないね!
「さ、今日はもう部屋でお休み! ……あとであの子が行くかもしれないから、少しは起きててもらいたいけどね」
これぞ老婆心、と言ったところかな。
「わかりました。その代わり、明日の朝も美味しい朝ごはん、おねがいしますね?」
「腕によりをかけてつくってあげるよ!」
おばさんが笑いながらそう言うと、僕に背を向けて厨房に戻っていった。
「さて、と」
僕も行こう。
トントンと音を立てながら緩やかな階段を登って三階にいくと、綺麗な廊下に踊り出た。
いくつかある内の、一番奥の所が三〇八号室っぽい。
上に付いているタグと木札を二回確認した後、ガチャリと扉を開ける。
中は、やっぱりというか、殺風景としか言い様がない内装だった。
シングルベッドに机椅子のワンセット。本当にあとは寝るだけ、というような感じだ。まあ、実際そうなんだけどさ。
荷物、と言っても適当にクリエイトで作った鞄ぐらいしか邪魔になるような物がないけど、それを机の上に置く。
アイテムボックスはこの世界の中でもかなり貴重だというのは本に書いてあった。このスキル、特定の民族と勇者しか持ち合わせてないらしい。しかも、その民族もある一定の重量までしか中にしまえないらしいね。無制限にしまえるのは異世界人と勇者に選ばれた者のみだとか。
勇者は……なんだっけ。たしかこの世界でも信託を受けた人が勇者になる、という事例はいくつかある、だったかな。
この街に辿り着く前に寄った村でも勇者の伝説を幾つか聞けた。
でも、聞けたのは四人の勇者であって、五人の勇者じゃなかった。いや、違うか。
四人の勇者と二人の敵、だったかな。
よくわからないけど、魔族に寝返った二人の人族が四人の勇者と死闘を繰り広げたとか。詳しく聞きたかったけど、あの人次の日ぽっくり逝っちゃったからなぁ。
また振り出し戻った気分。
でも、ユナイダート王国ならまた違う話が聞けるかもしれない。
特に海側なら違った話が聞けそうだ。
だから暫くはこの村でお金を稼ぎつつ、情報収集かな。
たしかこっから北西の方向に行くと王都があるらしいというのはちらりと聞いたけど、行く予定はない。というか、もう王家と関わるのはこりごりだ。
ああ、でも。
この国はまだ大丈夫かも。もし、万が一関わることになっても、『亜人排他主義』を取らなかったところは大きな功績だったと認めざるをえない。
……あれ? そういえば確か、この国の人達はそのことを違う呼び名で読んでいたような…………――
「……そうだ、『女神狂信者』だ」
これも、この街にたどり着く一個前の村で聞いた話だ。ただ『亜人排他主義』を取ったわけじゃなくて、王家とそれに関わる一部の人たちが信託を受けたとか言い始めて作られたんだっけ。まったく、馬鹿らしい。
「そういう人とは関わりたくないね」
そう呟いて、椅子を窓際まで持っていって外を覗く。
まだ日が沈んでからそこまで時間は立っていないからか、外は依然として賑やかだ。商人はもちろん、冒険者も仲よさげに街なかを行き来している。
治安も良さそうだ。これなら幾分か過ごしやすいかも。
こうしてみていると、なんだか気が抜ける。
この街に、ユナイダート王国まで来るのに三週間、か。メイド長さんが言ってた二週間という期間は『どこにもよらずにまっすぐ向かったら』ってことだったんだね。さすがに無理でしょ。食料とか補給しないといけないんだからさ。
まあ、それでも早馬を王都から飛ばされることもなく、安心して旅が終えられたから良いんだけど。きっと飛ばそうとしてもメイド長さんが邪魔してたんだろうけどさ。アフターケア万全だね。
コリスは《レーリスの街》に着いた時に、適当に遊んでてっていったけど、大丈夫かな……? 遊びすぎて魔物を駆逐しすぎなければいいんだけど……。正攻法なら僕より確実に強いしね。
ベッドにゴロンと寝転がる。するとすぐに睡魔がやってきた。
「まあ、すぐに起きればよいか」
そう呟いてそのまま睡魔にされるがままに意識を沈めた。
◆
コンコンコンと、三回ノックされて目が覚める。時間をみると、かなり遅い時間帯だった。
一回グッと身体を伸ばして固まった筋肉をほぐすと、扉に身体を向けた。
「どうぞ……とは言わない」
「ふええ!?」
「あ、やっぱりピミュさんか。いいよ、入っても」
ゆっくりと扉を開かれると同時に、甘い臭いが漂ってきた。
次いで視界に入ってきたのは、すでに寝間着に着替えていたピミュさんんだ。
さっきまで明るい栗色の髪を二つにくくって前に流していたけど、今はほどいて後ろに流している。
やっぱり、髪型一つで女の子って変わる。ピミュさんでさえ、なんか大人びた感じがするぐらいだから。
「あにょ……あのぉ……お菓子、持ってきたので、一緒に食べませんか?」
「……僕は少しお話したいな」
「は、はい!」
ランプを床に置いて、椅子をベッドの横まで持ってくると、そこにお菓子を置く。
ピミュさんがベッドに座り込んで、何かを期待するかのように僕に視線を送ってくる。
まあ、わかってるけどさ。
ゆっくりと身体を起こして隣座り込むと、ピミュさんは嬉しそうな顔した。
「これおばあちゃんが作っておいしいんですよ~!」
「ピミュさんは作れないの?」
「私はまだちょっと……」
料理が下手だから作ってもらったのかな。でもすぐに上手になると……
「包丁を持たせてもらえなくて……」
「そのレベル!?」
「ふぇええ……私ちょっと危ういところがあるらしくて、包丁持つと人が死ぬかもって…」
危なすぎる!?
自分の指を切るとかともかく周りの人が、死ぬって……。
「ま、まあ人には得手不得手があるからね。ほら、給仕は結構できてたと思うよ」
全く見てないけど。
「そ、そうですか? フミさんに言っていただけると嬉しいです…」
嬉しそうに頭をかくピミュさんだけど、もう片方の手はどんどんお菓子に手を伸ばしている。
クッキーみたいな一口大のお菓子を一口食べてみると、ホットケーキを思い出させるような甘味でおいしい。
「そういえば、です!」
うまうまと味わいながら食べてると、突然声を張り上げて僕の方を見た。
「一週間前にとある噂を聞いたのですが、知ってますか?」
「噂? いや、知らないけど」
そもそも一週間前はまだこの国にいなかったし。というか、閉鎖的な村だったから噂なんて井戸端会議ぐらいだったよ。
「そうなんですか? では私が教えてあげますね」
「う、うん……」
ちょっと面倒だねこの子。気が強いのか弱いのかよくわからない。
僕の微妙な心境をよそに、ピミュさんは得意顔を作って口を開いた。
「実はですね、一週間前に勇者が召喚されたらしいんですよ」
「……えっと、それはカスティリア王国でってこと?」
「カスティリア王国じゃないですよ? ここ、ユナイダート王国で行われました」
「え、えええ!? そうなの!?」
僕らいらなかったじゃん! 勇者ってここでも召喚できるんじゃん。……もしかして、あの愚王の私利私欲で? ……うわ、ありえるかも。
それより、召喚ってことは異世界からだよね。僕たちと同じ地球からだったらご愁傷様、だね。帰れないんだから。そんなところに気付くかもわかんないけどさ。
「それで、どんな人かは聞いた?」
「それがですね、きれいな黒髪を持った私と同じぐらいの女の子二人って噂です! 顔の感じもフミさんに近いものらしいですね。会ってみたいです!」
「へぇ……」
やっぱり同じ日本人か。ご愁傷様っと。
でも、なんで召喚したんだろ? カスティリア王国では魔王からなんか侵略されてるから、的なことを愚王が言ってたけど。
「この国ではなんで勇者は召喚されたのさ?」
「え? それは知らないです……申し訳ございません」
「いや、いいけど」
そこはやっぱり噂。そこまではわからないか。
……なんか、ひっかかる。とりあえずこれも情報収集するもののリストに加えておこう。
それにしても、
「召喚されたのって一週間前なんだよね? 召喚されたのも、聞いたのも。召喚されたのが王都だとすると、どう頑張っても物理的に無理だと思うんだけど」
この街と王都って馬で飛ばしっぱなしにしても五日位かかるはず。
パリッともう一枚頬張りながらそう訊くと、ピミュさんはキョトンとしておもむろに口を開いた。
「あの、ギルドに転移陣があるのは知らないのですか?」
「転移陣?」
「はい。世界に点在する冒険者ギルドは彼ら特有の転移陣を所持しております。もちろん、使用する場合はギルドで認められた人しか使えません。この転移陣を使って私達はいつも鮮度と速さを持って情報を共有しているのです」
「そこに国の介入は?」
「ほとんどありません。きっとすでにご存知だとは思いますが、冒険者ギルドはどこの国にも所属しない団体です。言い換えますと、『国』ですね。ですので、ユナイダート王国などの国が介入する場合は、王都のギルドマスターの総まとめ役の親分さんとお話をして許可を頂かないといけないんですよ」
「なるほどね。それで、今回は許可をもらったパターンということか」
「そう、ですね。……あれ、なにか忘れているような……」
パクパクとお菓子を食べながら首を捻ってるピミュさんを傍目に、少し微笑む。
確かカスティリア王国にも冒険者ギルドはあったけど、もし愚王が尽力を尽くして僕を討ちにかかっても、ギルドが転移陣を使わせることはない、ということか。だって、愚王だし。それに、メイド長さんいるから大丈夫だね。
だから僕が亡命よろしくこの国に逃れた理由も、カスティリア王国で火を放ったこともこの国には伝わっていないし伝わる可能性は皆無。うん、大丈夫そうで安心安心。
それに、
「ありがとうピミュさん。そんな機密事項みたいなことを話してくれて」
「ふぇ!? ……あ、ああああああ!! そうでしたああああああ!!」
思い出したように叫んでゴロンゴロンと転がり始めた。少しうざったい。
アイテムボックスに手を突っ込むと、土を一握り取り出した。
「【クリエイト】」
唱えると同時に土が不自然に動いて収束し、ピミュさんに絡みつく。そしてそのまま動けないように縛り上げた。
「ふぇええ!? なんですかこれぇ!?」
「ごめんねピミュさん。君が悪いんだ。恨むならお菓子を落とそうとした自分自身を恨んで」
「ふぇええ……」
お菓子を頬張ろうとお皿に手をやると、掴もうとした手が空を切った。
何回やっても空を切る。
おかしい。
ピミュさんから視線を外してお皿を覗きこむと、すでにお皿の中は空っぽだった。
……………………僕、二枚しか食べてないんだけど。
「…………ピミュさん?」
「は、はぃぃぃいいいい!」
「食べ物の恨みは、この世で一番恐ろしいんだよ?」
にっこりと笑いかける。
「ふぇえええええ!?」
ピミュさんから持ってきておいて殆どピミュさんが食べたみたいだ。……うん、これはオシオキが必要だね。
「い、いやあああああ!! こわいですぅぅぅぅぅぅぅ!!」
この夜、《レーリスの街》にピミュさんの叫び声が夜遅くまで響き渡った、ということはなかった。魔導具の一つ、《サイレント・フィールド》を張っておいたからね。
いろんなところで魔導具とかを集めておいてよかった。こういう使い道もあるし。
何があったかは、一応ピミュさんの名誉にかけて黙秘を貫いておこう。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:ふぇぇ……。
ビクビク+ふぇぇ+ギルド嬢=ピミュさん
……私的にかまってちゃんが可愛く見える。




