第五十二話 鳥の止まり木
「ここかな?」
ピミュさんに描いてもらった地図を頼りに何とか「鳥の止まり木」に辿り着いた。
まったく、ピミュさんに地図を描いてもらったまでは良かったけど、まさかここまでこの地図が頼りにならないとはね……。
“ギルドから北に伸びた大通り”というのはわかる。ギルドが大体真ん中にあるからね。そっから、中央広場からちょい上に印が打ってある。けどさ……。
「ぜんぜん違うじゃん……」
中央広場より少し北? そんなことはなく、門から少し南が正解だったよ、ピミュさん……。もう少し地図は正確に書こうよ。しかも、あたかも大通りに面しているかのように描いてあるけど、小道に入ったところじゃん。これは詰んでる。誰がもらっても百パーセント迷う。まだ通りすがりの人に訊いたほうが早かったね。
「……はぁ」
まあ、いない人のことを言ってもなにもならない。ただ、気疲れするだけだし。
気分を変えて扉を押し開けると、一気に騒々しい声が耳に入ってきた。
入ってすぐに横にずれて周りを見渡すと、いろんな人がいた。
ごついオッサン同士がジョッキを力強く打ち鳴らしていたり、ジョッキ持って乾杯しているおじさんや、熱意で妖艶な雰囲気を持った女性を口説こうとしているマスクを被った兄さん。カウンター席の角にはかまってオーラを発してる寂しそうな僕と同じぐらいの女の子。
普通の席の方に目を向けると、僕より幼そうな女の子たち五人組が楽しそうに会話に花を咲かせている。他にも、ボーっとしている人や、無心にご飯にありついている包帯巻きの人もいる。包帯巻きの人、顔も巻かれてるのにどうやって食べるんだろ……?
あ、あそこにいるのって明らかに家族つれじゃん。
「へぇ……いろんな人がいるんだ……」
「驚いたかい?」
「うわっ!?」
いきなり話しかけられて思わず身構えた。
「あっはっは! なーに身構えてるんだい!」
「い、いえ……」
そこにいたのはなんでもない、普通のおばさんだった。かなり快活な感じで……僕とは絶対そりがあわないタイプっぽい。
まだ確定じゃないけどさ。
「あの……――」
「あんたは食べていくのかい?」
「あー……ここって泊まることも出来ますよね?」
「ああ、そっちの客かい。変な時間に来るもんだからてっきり食べに来たんだと思ったよ! どんぐらい泊まるんだい?」
「えっと、とりあえず一ヶ月ぐらい、になるかと思います」
「一ヶ月なら九千エルドだよ。ちなみに一日は五百、一週間は三千エルドっっていう感じさね」
明らかに安い。
「ああ、でも食費とお湯は別だからね!」
あ、そういうこと。日本で言う付属品といえるものがほとんど別料金になっているんだね。
まあ、お金はこれから作る予定だから大丈夫、かな。まだミニスタシアさんにもらった王から盗んだお金もあるし。
「それで、お前さんは冒険者かい?」
「はい。先ほどなってきました。冒険者ギルドでこの店の紹介と場所を教えていただいたんです」
迷ったけどさ。
「そうかいそうかい! なら、あんたらピミュにあったんだね!」
「ああ、はい」
「あの子は私の孫でね。かなりびくびくしてたろ? 私にも、親にも似てなくてね。一体誰に似ちまったんやら」
確かに、少なくともこのおばさんには似てないね。
妙にビクビクしてたし、こっそりカンペ隠してたし、多分まだ入ってまもない、のかな。それなのに全部先回りして悪い事したかも。反省はしないけど。
「まああの子が紹介するぐらいだ。よっぽど気に入られたみたいだね!」
え、うそでしょ? あれで……?
おばさんの言葉にびっくりしてると、背中をバンバンと叩かれて少しよろけた。おばさん、自身に力強いんだけど……。絶対今のでHP少し削られたね。
このおばあさんの言い分にびっくりしてると、背中をバンバンと叩かれた。
「ほら、とりあえずまずは腹ごしらえさね! ほら、席に座りな!」
「は、はぁ」
適当にカウンター席に座り込むと、おばさんも厨房の方に回った。
ここからだとよく厨房の中が見通せれる場所だ。だから料理人も自然と見ることが出来た。
料理してるのは……二人、かな? 無言で黙々とフライパンを振ってる男性に、サラダをものすごい手際で作ってるおおらかそうな女性。
僕もあれぐらい……いや、無理だ。あんな手際よく作るよりは、もう少しゆっくり作ったほうが美味しいと思うし。自炊なら、だけど。
「それで、何を頼むんだい?」
「あ、はい……」
おばさんに話しかけられて我に返った。
すぐにメニュー表に目を通す。けど、はっきり言って全部美味しそうだし、どれ食べても同じなような気がしてきた。
うん、なんでもいいや。
「あ、と。千エルドぐらいで簡単に食べられるものをお願いしたいんですけど」
「あいよ! 私に任せな!」
あ、あの二人じゃなくておばさんが作るんだ。まあいいけど。
スッと奥に引っ込んだおばさんから視線を外すと、時間を確認るためにポケットから携帯電話を取り出した。
『十九時三十六分』。夜も程よい時間帯だ。今日はもう疲れたし、ご飯食べたらすぐ寝れるかも。
携帯電話をしまおうと思った時、ふと左上の『圏外』という二文字が目に入って、胸がズキンと傷んだ。
澪と、詩織。
あの二人との繋がりもプッツリと切れてしまっているんだと思うと、ここが異世界で憧れていた場所だというのに、どこかやるせない気持ちになる。未練はないかって転移直前に質問されたら、きっと『有る』と答えてしまっていただろうね。
それほど、あの二人との関係が僕の中で大切なものだった、ということか。
それに、
「詩織はいいとして、澪は……」
あいつは、暴走するからいつも僕が止めに入っていたから、そのストッパー役がいなくなった今、暴走している可能性があるし。
……して、なければいいんだけどなぁ……。詩織は内向的な性格だからストッパーにならないと思うし。
…………自殺するとか、してなければいいんだけど。
考えればするほど考えがネガティブに転がっていく。
「はぁ……」
「ため息すると幸せが逃げちまうよ」
「うわっ! びっくりした……」
いつの間にかおばさんがいろいろ料理を持って僕の前に立っていた。カウンター席だから前から渡せるのはわかるけど、いつの間に……いや、僕がぼんやりとしてただけか。
「ため息で幸せが逃げるのは嘘ですよ?」
僕的には逃げるのは幸せじゃなくて心労。
だけどおばさんは首を振って否定してきた。
「いーや、違うさね!」
テーブルに一通り美味しそうな料理を並べると、僕のほっぺをぐにっと押しつぶしてきた。
「ため息一つしてこの宿を出て行った人は高確率で返ってこなかった。それも、冒険者がね」
パッと離されたかと思うと、おばさんの顔が暗くなった。
「ため息は、縁起いいもんじゃない。だから……ため息するぐらいなら笑顔になりな!」
「いひゃい、いひゃいれす!」
ぐにゃぐにゃと動かしたあとにパッと離される。……うわ、ひりひりする……。
「ため息よりはだめさね! 笑顔の方が上向きの気分になれるさ」
「……そうですね」
ため息をするぐらいなら、笑顔。澪もそうだった気がする。
でも。
「笑顔になったからといって、その心は……空っぽかもしれませんよ」
「……あんたは……」
思わずおばさんから視線を外すと、何泊か空いた後に、頭にポンッと手を置かれた。
「別にそれでいいんだよ」
優しい声音に少し視線を上げると、おばさんが微笑んでいた。
「今が空っぽでも、そのうちその笑顔が本物になる日がくる。今日明日じゃなくていい。時間をかけて、ゆっくりと満たしていけばいいんだよ」
「……はい」
騒がしい喧騒。
その中でもはっきり聞き取れたおばさんの声に、少し心が暖かくなったのを感じた。
心で重石となっていた重圧が、少し軽くなった、気がする。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:心がからっぽ。




