第五十一話 シークレット・プロローグ
――きこえ、ますか?
……だれ?
――よかった……聞こえますね。私はフォルチュナーといいます。
ふぉるちゅなー? あ、フォルチュナーさん。
――はい。どうか、お願いします。我が子のあやまちに断罪の刃を。
え? どゆこと?
――今は、理解しなくても大丈夫です。ですが、いつかきっと……!
う、うん。わかったよ。あ、ねえそれよりフォルチュナーさん。ひとつだけ質問してもいい?
――……なんでしょう?
お兄ちゃんは、暗城文は生きてるの? 今どこにいるの!?
――生きております。そしてあなた方にもこれからその方と同じ世界に行っていただきます。
――本当に!? やった! あ、じゃじゃじゃあ! お兄ちゃんの居場所がわかるようなものってある?
――あります。特別に差し上げましょう。
ありがとう!
――では、そろそろお送りいたしますね。
うん! いろいろありがとね、フォルチュナーさん!
――……お願いします。できれば暗城文とともに、世界を――――――!
◇
光が収束すると同時に、二人の少女がその場に現われておしりをつく。が、すぐに活発そうな少女は立ち上がってゆっくりと周りを見渡した。
二人の周囲の景色は、ついさっきまでいた場所とはガラリと姿を変え、現代的な平ぺったい家々や電信柱が消え去り、代わりにとレンガなどを組み立てたような壁が見受けられる。すぐにここが地球で言うヨーロッパのようなお城なのだろうと見当をつけると、少し困惑顔をした。
もう一人の髪の毛をおさげにしている女の子もふらりと立ち上がり、足元を見る。そこには複雑な幾何学的図形が描かれており、サッと周囲に目を走らせると怪しい集団が目に入り、怪しい集団に捕まってしまったのだろうかと身を震わせた。
最後に、二人は自然と視線を上に運んでいく。荘厳な建築物の中、一人だけ少し階上にどっさりと座り込む女性が座っていた。四十代ぐらいだろう。少し年老いたようにも見えるが、それでも彼女が放っている雰囲気からはとても気品を感じ取れた。
「……あの人が一番偉そうだね」
「……そうですね」
「あ、しおりん!」
「澪さん」
お互いの存在に気づき、手を取り合った。そうすることで自然と恐怖に苛まれていた心が安心感に変わっていき、一気に緊張がほぐれる。
詩織が大きく深呼吸をすると、もう一度辺りを見渡す。怪しい集団はどことなくがやがやし始めたのは気のせいではないだろう。そしてその顔に笑みが浮かび上がっているのも、気のせいではないだろう。
澪と詩織はどうすることもできず、ただ困惑するだけだ。ただ、澪はただ困惑するのはつまらないと、そう思い口を開く。
「ここどこなんだろ? しおりん、わかる?」
「わかりませんよ……。ただ……」
そういって澪の視線を真正面から受け止める。
「フォルチュナーさんがおっしゃっていたことが本当なら、ここは違う世界で――」
「――お兄ちゃんが、いる」
そう口にすると、それが本当のことでなんとも言えない感情が湧き上がってくる。その感情の元は、きっと“嬉しい”なのだろう。
一度息を吐き出すと、澪は足を思いっきり上げて、振り落とした。
ドォン! と大きな音が反響する。すると、水が引くように彼らは話し声をやめて静かになった。
「すみませーん! ここどこですかー?」
ニコニコと笑いながらこの場にいる全員に問い掛ける。しかし、それを怒っていると勘違いしたのだろうか。怪しい集団が腰を抜かして後ろに後退し始めた。その場に残ったのは、巫女と数人の少女。それに騎士の青年。最後に上の階から降りてきた気品を兼ね備えた女性だった。
「申し訳ございません、異世界人よ。ご説明させていただきたいのですが、少々お待ちいただけないでしょうか?」
気品ある女性が澪を伺いながら問い掛ける。
「あ、はい。大丈夫ですよ」
咄嗟に澪ではなく詩織が受け答えをした。澪はこういう立場の人との受け答えが苦手だというのは詩織も重々承知。もし長時間話していたら必ずボロがでて、意図的だろうと無意識だろうとボケ始めるからだ。
女性が一礼すると後ろを向いて、全員を見渡して、大きく口を開いた。
「召喚は成功した! 巫女殿、よくぞ成功させてくれた! 礼を言うぞ! みなも今日は休息を与えよう!」
声高らかにそう言い終えると、くるりと身体を反転させた。
「異世界人よ、ご説明いたしますので私についてきてください」
「わかりました」
澪の口を塞ぎながら詩織が答えると、二人して女性の後ろをついていった。その間、ずっと詩織は澪の口を塞ぎっぱなしで息ができず、『ギブッ! ギブギブだよしおりん!』と言っていたのだが、伝わることはなかった。
◇
無言で長ったらしい廊下を歩き続けること数分。「どうぞ」と彼女たちを招き入れられたのは、質素な造りをした部屋で、廊下と比べると窮屈な感じがする広さしかなかった。
ソファが二脚、向かい合うように設置されており、棚が三架程度。他にはソファの真ん中に机があるぐらい。
「なんか思いっきり会議室だね、しおりん」
「そうですね……」
二人して同じ感想を耳打ちしあっていると、女性は奥のソファにそっと座り込んだ。
「どうぞおかけになってください」
「は、はい!」
「わかりました!」
詩織と澪が慌てて返事をすると、詩織は対面に、澪は女性の隣に慌てて座り込んだ。
「…………なんで私の隣に座っているのかしら?」
「はわっ!」
「話辛いのでそちらの方の隣にお願いしたいのですが……」
「すみません! そうだと思いましたけどついっ!」
なんで思ったのに隣に座ったのか。澪にしかわからない。澪もなんで座ったのかわからなかった。なんでだよ。
澪が詩織の隣に座り直すと詩織がジト目で澪を睨む。その目は『下手なことをするな!』と物語っている。
えへへ、と澪が苦笑いを浮かべていると、女性が場を取り持つために一度咳払いをした。それだけでピリッとした空気にさせたことに関しては流石と言わざるをえない。
「……では、ここがどこなのか、何が起こっているのか、そして私が誰なのかを全てお話しをさせていただきます」
鋭く目を細め、一つずつ、細かく説明し始めた。
この世界が澪達がいた世界とは違う世界、《ラズワディリア》であること。
異世界から来られる方はとても素晴らしい力を携えてやってくること。
澪と詩織は勇者に選ばれているかもしれないこと。
「ステータス、と唱えてみてください」
そう促されてそれぞれ〈ステータス〉と唱えると、二人の前に半透明のウィンドウが現れた。
― ― ― ―
アンジョウ ミオ
LV.1 職業:学生・魔剣の使い手
HP:450/450
MP:80/80
力:90(130)
守:45
速:157
魔力:64(104)
固有武器:剣
魔法:ファスト・バイト
スキル:武器召喚/収納・ボックス・言語マスター
称号:勇者・スピード王・お気楽者・兄を求めし者・女神に認められし者・女神の祝福(+30)
ユズハラ シオリ
LV.1 職業:学生・賢者(見習い)
HP:200/200
MP:500/500
力:14(44)
守:45
速:37
魔力:200(230)
固有武器:魔本・魔杖
魔法:アイズン・フローズン・アイスツック・ヒール・ヘイトン
スキル:武器召喚/収納・ボックス・言語マスター・MP回復増加・自然回復量増加
称号:勇者・巻き込まれし者・魔杖の操者・天使の微笑み・女神に認められし者・女神の祝福(+30)
― ― ― ―
「うわお!お兄ちゃんの好きそうな展開だ! あ、じゃなくて、これすごいね! 本当に異世界なんだ!」
ツンツンとウィンドウをつつきながら嬉々として言う澪。
「それがあなた達のステータスなんですが、称号に『勇者』と『女神に認められし者』がありますか?」
「「はい!」」
二人が返事をすると明らかにホッとした表情をした。やはり呼び出した人が勇者でなかったら二人に申し訳ないのは勿論のこと、国民に対して示しがつかなかったのだろう。
「よかったです」
そう呟いた後、申し訳無さそうな表情を作って頭を下げた。
「突然貴女方を召喚してしまい申し訳ございません。この謝罪はこの国による貴女方を全面的に支援するということで変えさせていただきたい思っております」
「あ、はい。それでお願い致します。それに、私達もこちらの世界に呼ばれてよかったことがありましたから」
「え、それはどういうことでしょうか……?」
「それはおいおいお話いたします」
詩織がそう切り返す。この国ではないだろうが、どこかに詩織の想い人あり、澪の義兄がいるという事実は、まだ完全に心が許せていない人に話すような内容ではないと判断したからだ。
「そういえば、私達を召喚した理由ってなんですか?」
澪が手を上げてそう質問すると、女性はスッと目を細めてゆっくりと息を吸い込む。
「それが、今回の主題です」
そう前置きをして、口を開いた。
「今回、私達はとある危機に立たされています。それは……端的言いますと、世界が滅亡する、ということですね」
「滅亡、ですか……!?」
「はい」
彼女らをジッと見つめる瞳には全く揺らぐことがなく、女性が嘘を付いている可能性はないと物語っており、澪と詩織は絶句せずにはいられなかった。
「これは、必ずこの数年でやってくると、私の未来予知がキャッチいたしました。しかし、どういったものなのかはまだ十パターンほどしか絞れておらず、またまだ未来が不安定なためまだお伝えできることが少ないのですが……。もし最悪の事態に陥った場合、私達を是非助けて頂きたいのです……!」
「モーマンタイですよ! 私はさっきもしおりんが言ったとおり、この世界へ呼んでくれたことに感謝してますから!」
真面目な雰囲気からそれを突き破るようにハイテンションで元気に了承した澪に、思わず女性はポカーンとした。
どこまでもブレない澪に微笑みつつ、女性に向かって手を差し出した。
「わかりました。事情が事情だけに、私達も是非お手伝いさせていただきたいと思います」
「ありがとうございます、勇者方!」
女性がお礼を言いながら詩織の手をとると、澪が「ノンノン」と人差し指を左右に振った。
「私達は勇者、という名前じゃないですよ。私は、澪。そしてこっちが……」
「詩織です」
「「よろしくおねがいします」」
最後は二人揃って頭を下げた。
すると、女性はスッと音もなく立ち上がった。
「ミオさん、シオリさん。こちらこそよろしくお願いします。私にはいつもどおり、自然体で良いですよ」
「……わかった!」
「私は年上の方にはどうしても敬語を使ってしまいますので」
気を許すようにと言うと、すぐに性格の差が現われてクスリと笑う。
女性はスカートをちょこりと掴んで軽く広げながら頭を下げると、自己紹介をした。
「私はこの国の女王をしております、ティトシェ=エレンニクス=トハ=ユナイダートと申します。ティトシェとお呼びください」
そして、と一度言葉を区切ると、スゥッと息を吸い込む。
「私が統治しておりますこの国は、他の国では類を見ない女王制が成立している《ユナイダート王国》です。ここではお力を付けていただくと同時に、それ以上にあなた方を拘束するものはありません。やりたいがままに、気が赴くままにお過ごしください」
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:未曾有の危機……。




