表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウィーク・クリエイター  作者: 二本狐
第一章 カスティリア王国編
49/105

第四十八話 きつね 3

「文君がなんでここにいるのよ……!?」

 理解はできる。

 現状も把握している。

 だが、それでも現状を認めたくはなかった。

 それを面白そうにクツクツと笑いながら文は梓を眺めていた。

「おかしいな、僕が現れることは事前に教えられていたんじゃなかったの? ああ、でも名前は違ったかもしれないね」

 またクツクツと笑う。それが梓に余計な混乱を生み出した。

 梓にとって、文は本当にイレギュラーな存在だ。今日現れるのは盗賊王フェンガーだけ。そいつを撃退すれば良いと思っていた。

 しかし、現状はどうだ。盗賊王の代わりに現れたのはクラスメイトの文で、さらに文が騎士団長であるイェントールを倒す? 仲間なのに?

 しかも、イェントールは何と言っていた? 黒い『なにか』を斬った時、『フミ』の名を呼び、謝っていなかったか?

 その事実がまた、梓の混乱を増幅し、頭がパンクしそうになる。

「ごめんごめん。ちょっと混乱させちゃったね」

 微笑みながら軽い調子で謝った文は、黒い『なにか』の上にヒノキの棒を乗せて修繕すると、んー、と喉を鳴らし口を開いた。

「混乱している梓さんのために、僕がここにいる理由を話してあげるよ。盗賊王フェンガーと僕の関係性。この騎士団長さんが僕を殺そうとした理由をね。あ、勘違いはしてほしくないから先に言っておくと、騎士団長さんは悪く無いから」

 ――だって、僕を殺せてないからさ。

 そう付け加えてシニカルな笑みを浮かべる。その笑みにゾクリと肌が泡立ち、底知れぬ恐怖を感じて、両腕で身を抱き上げる。

「……梓さん、自分の身を抱く行為は、自身に何かしら身に危険を感じている時にやる無意識下の行為なんだけど……。僕、何かやったかなぁ……」

 シニカルな笑みも引っ込めて、困ったように頭を掻く。確かに、現時点で梓に見の危険は降りかかっていない。

 だが、

「こんなにも簡単に騎士団長を下しておいて、よくそんな(ひょう)々と言えるわね……」

「でも、正面からやりやったら、さっきこれがやられたみたいに一瞬で斬り裂かれて死んでたと思うよ」

 そう返されれば何も言い返すことが出来ない。

「ああ、それで説明だったね。ちょっと待ってて。他の人もすぐに来ると思うからさ」

「えっ……」

 誰が、と尋ねようとした時、文の背後から数人程人影が見えた。

 それに気付いているのかわからないがアイテムボックスに手を突っ込むと、とある草を取り出し、少しずつ身体を動かしていたイェントールの顔に置く。すると、途端に少し浮き上がらせていた身体が地につき、ピクピクと痙攣(けいれん)し始めた。

「しびれ草。僕が改良して、ちょっとばかし強力にしたものだよ」

「……抜け目がないわね」

 イェントールに教えるよう口にすると、梓が呆れ半分、警戒半分でそう言葉にした。

「力がないなら知恵と器量で勝負、と言ったところかな。っと、来たみたいだね」

 文が後ろを振り返ると、翔と銀河、そしてさきほどまで意識を失っていたはずのフックの姿があった。全員息を切らせながらも、その顔には困惑の表情を浮かばせている。

 三人の視線が文から、イェントール、梓へと写り、そして再度文に移る。それぞれ状況を把握し、唖然(あぜん)とする。

「な、なんでここに文が……」

 代表して翔が文に問い掛ける。単に一番最初に復活したからかもしれないが。

 文は彼らにも梓と同じようなことを言おうとして、一度口を噤む。別に、そこまでかき回す必要ない。自身に危険が掛かりそうな範囲では、だが。

「僕がここにいる理由はこれから説明するよ。っと、その前に梓さん。そっち側に行っても良いよ」

 何もしないから、と付け加えてホールドアップの体勢を取る。その言葉に警戒しながらも文を機軸に大きく迂回して翔達に合流した。

 文はそれを見届けてから、イェントールから離れるように『なにか』を引きずりながら西門の方へ五歩程後退する。

「じゃあ、話そうかな。と言っても話せることは少ないけどね」

 ヘラヘラと笑いながら四人の反応を(うかが)いつつ、言葉を続けた。

「じゃあまずは、僕がここにいる理由から話そうかな。まあ、これは簡単に言うと、計画通り、だね」

「けい、かく? なにが計画だってぇんだよ」

「そう焦らないでよ、銀河。それも話すからさ。黙って聞くってことぐらい覚えたら?」

「んだとぉっ!」

 いきり立った銀河を翔と梓が何とかなだめつける。そして銀河がなんとか矛をおさめたのを見計らって、再び文が口を開く。

「僕の計画。それは、なにも不自由がない城内に閉じこもってよくわからない訓練をするより、この広い外の世界を見て回りたくなったから、ちょっと旅出ようかなってね。勿論こうして一人でさ。その決行がたまたま今日だったわけ。これでいい?」

「……嘘ね」

 後ろを振り返って歩みだそうとした動きがピタリと止まる。そして、もう一度翔達を、否、否定した梓を見つめる。

「どうしてそう思うのかな?」

「簡単よ。そんな見え透いた嘘、誰にでもわかるわよ」

「「そ、そうなのか?」」

 何故か翔と銀河が動揺した。それを苦々しい表情を浮かべると同時に二人へジト目を送る。

 文は軽く微笑むと、肩を竦めた。

「そうだね。でも、本当のことも混ざってるんだよ? ほら、世界を見て回るなんて異世界ならでは。本当は梓さんも憧れているんでしょ?」

「っ! そ、それは……」

「向こうの世界では押し付けられていた重圧が、この世界に来たことで全部吹き飛ばされたかのように無くなったでしょ? その欲求は押さえつけられていた分、そして神秘的な力を手に入れた分、どんどん膨れあがる」

 ぴしりと文は梓に指をさす。そしてそれはだんだん逸れていき、銀河、そして翔にも向いた。

「そっちの二人は、どうなのさ? 僕は少なくともあの門をくぐり抜けて世界に飛び立ちたいと思ってるけど」

 後ろ指を指す。其の先には西門があり、外の世界が広がっている。

「そ、それはだな……」

「俺は、この国を守りたいと思っている」

 凛とした、心に響く誠実な声。

 翔の信念は、どこまでもまっすぐだ。

「突然異世界に呼ばれて、最初は怒ったさ。すぐに強くなって、それでこんなところ飛び出してやるとも思った。でも、この王宮の働いている人――執事やメイド、それにエンジュと触れ合うにつれて、だんだん考えが変わっていった。この国の人を、世界を守りたいって」

「……たいそうご立派なことで」

 興味なしと言わんばかりに文が呟くと、ヒノキの棒を地面につける。

「世界を守る。良いと思うよ。最初はそういった純粋な思いで人は突き動かされていくからね。でも、最初は最初。そのうちそこの二人みたいに汚れ仕事を引き受けるハメになると思うよ」

 そういって、ヒノキの棒でイェントールとフックを指す。二人は気まずそうに視線を逸らした。

 文の言葉を正しく理解できた者は、イェントールとフックのみ。曰く、『二人の目的は全部知ってるぞ』と。

「まあ、いいよ。さっき言ったとおり、僕は二人を許すつもりだからね」

「だけど……!」

「二人がどういう経緯で僕を陥れようとしたか全部知っている。それを踏まえて、僕は許すんだ。それに、君たちには僕を殺すことは出来ない。ほら、さっきのもわからなかったでしょ?」

「あ、ああ……」

 フックが渋面で頷くと、文はククッと笑い声を上げて、視線をフックから梓に移した。

「梓さんはわかったようだけどね」

「ええ」

 梓はしっかりと頷き、自身の結論を端的に口にした。

「さっきのは〈蜃気楼(しんきろう)〉ね」

「そう、正解。少し改良してあるけどね」

「蜃気楼?」

 疑問を口にしたのはこの世界の住人であるフック。蜃気楼と聞きなれない言葉に鸚鵡返ししたわけだ。ちなみにイェントールは、もはやしびれ草の効果によって言葉を発することすら困難になっている。

 フックの疑問に答えたのは、眉を(ひそ)めた梓だった。

「蜃気楼っていうのは、温度によって遠くの物が目の前にみえたり物が浮いてみえる現象のことよ。でも、改良ってどういうことかしら?」

「……おおかた、蜃気楼で起こる光の屈折の方向を目の前に反射してた、ってところか」

 状況を理解していないであろう翔が状況推察をする。その推察がニアピンどころかピッタリ賞だったため、文は苦虫を噛んだような顔をした。

「……流石主人公。モブな僕には敵わないね」

「ただ蜃気楼の特性をたまたま知ってただけさ」

 そう言って軽く微笑む。

「はぁ……」

 思わずため息を零す文。それはいつもの文が行う行為で、異世界組はなぜかホッとした。

「じゃあ、種明かしも済んだとこだし、そろそろ僕は行くよ」

「待ちなさい」

 振り返って門に向かおうとしたところで、再び梓に呼び止められる。

「まだ文君がここにいた理由を聞いていないわ」

「あぁ、そうだったね。【クリエイト】」

『っ!?』

 急な詠唱。そのため、翔達はわずかに反応遅れ、その場で土の蔦に絡め取られてその場から微動だにすることもできなくなった。

「じゃあ話そうか」

「その前にこの蔓を解除しろよ!」

「無理」

 突然の行動に銀河が吼えるが、文は動じずにあっけらかんにそう答えた。

「なんでだよ!!」

「その行動が答えだよ、銀河。僕の話を聞いたあとにさ、もしも襲いかかられたらたまったもんじゃないからね」

「なんだと……!」

 怒気を膨らませる銀河だったが、冷静な部分も働く。このままだと話は進まないと思い直したからだろうか、ひとまず口を閉じると、文の言葉を待った。

「じゃあ、とりあえずまずはそこに転がっている黒衣の物を紹介するよ」

 指をパチンと鳴らす、とゆっくりとだが『なにか』は立ち上がった。

「これは、『フミ・アンジョウの精密な魔力式自動人形(マギステル・ドール)』っていうんだ。ってそんな説明はいらないよね」

 あはは、と頭をガシガシ掻きながら笑みを浮かべる。

「それじゃあ、僕がここにいる理由を話そうか」

 ゴクリと一同生唾を飲み込む。

 一呼吸置き、みんなを舐め回すようにみると、ゆっくりと息を吸い込んだ。

「でもまあ、基本は一緒で旅をするためだよ」

 文は獰猛(どうもう)に笑った。



 ◆



「一つ、耳よりな情報を教えてあげる」

 獰猛な笑みを浮かべながらそう切り出す。言葉を発するものは文以外いなかった。

「今日、勇者である君達が門に配置されたのはなんだっけ、盗賊王フェンガーだっけ? そいつを捕らえる、もしくは殺すためだよね。それ、嘘だから」

 そこで一度言葉を切り、それぞれの反応を窺う。

 一体どういうことだと困惑する翔と銀河。

 何か考え込む素振りをみせる梓。

 そして、いろんな意味で驚愕の表情をみせるイェントールとフック。

 文は柄になく悦に浸りながらも言葉を紡ぐ。

「少し時間を戻ろうか。僕が旅をしようと思ったきっかけ。それはいくつかあるし、さっき言ったような理由もあるけどね。まあ、あえてはぐらかせてもらうよ。それで、お城からばれないように脱出する算段をたてている時に偶然知ったんだ。とある人物が殺されかけていることにね」

「……それは、誰なんだ?」

「それは、柚原夕花里さんと……僕。そう、僕も入れた二人だ。理由はきっと、犯罪を犯したというのが名目かな」

「そんな馬鹿な!」

「そう、馬鹿な話だ。実際犯罪は行われていないからね。でも、その計画は水面下で着々と準備が進められていた。だから、僕もとある計画を組み込んだんだよ」

「組み込んだって、なにを組み込んだのよ……」

 抜けだそうと身体を捻らせながら問い掛けると、文は手を大仰に開いて答えた。

「罪を被るのは、僕一人で良いから。だから、決めたんだ。――――大罪を犯してやろうってね」

「な、に……!?」

 文の発言に唖然とする彼らを嘲笑うかのように言葉を続ける。

「ほら、今日兵士長さんが僕らを殺す理由はなんだっけ? 確か僕が(・・)異端だから、だよね。娘を(たぶら)かし、まったく違った価値観を埋め込む異端者だって。これは情報戦で制したのが僕だからなんだよ?」

「どういう、ことだ……!?」

「どうもこうも、夕花里さんは巻き込めない。だから、僕が一生懸命情報を回して、僕だけを対象にするようにしたんだ。……結構骨が折れたけどね」

 薄ら笑いを浮かべながら、流暢に語る。

 それはおかしいと、お前が絶対的な悪だからだと訊いたから今日殺すんだと、フックはそう修正したかった。しかし、それはいわゆる大人の事情。それこそ同じ世界出身の者の前で暴露すれば結局クーデターが起きてしまう。だから口を固く結ぶことしかできなかった。

 その時、文とフックの視線が交わる。その間、数秒にも満たなかっただろう。が、フックは文が薄く笑ったのを見逃さなかった。

「そうそう、それに彼らは全貌を知らない。ただの王の傀儡(くぐつ)。だから二人共許すんだよ」

 ここからは何を言われても言い返せない。諦めるしかないと、グッと我慢する。文もそれ以上なにも言うつもりがなかったのか、それで、とアイテムボックスに手を突っ込んだ。

「着実に計画を遂行できるっていう日が、今日だったわけ。ほら、これもきちんと用意したんだよ。盗賊王フェンガーだからきちんと盗んできたし」

 アイテムボックスから取り出したのは、王冠。この国に初代から多少修繕されどもこの世に二つとないはずの王冠が文の手からこぼれ落ち、地面へと乾いた音を立てて落ちた。

「な、なんでそれがここに!?」

「盗んだからでしょ?」

 あっけらかんに文が告げる。これが大罪だと言わんばかりに笑う。

「そして、さ」

 片足を高くまで上げると――――――勢い良く王冠を踏み抜いた。

 その行為は、反逆罪。

「これで、僕は大罪人。この国にただひとつしかない王冠を、しかも代々王に受け継がれるものを壊したんだからね」

 だれも、言葉を発することが出来ない。

 ――翔以外は。

「そんなの、関係ない」

 翔の言葉に、文はピクリと耳を動かす。

「俺は国を、世界を守るって言ったよな? それはなにも王とかこの国に生きる人だけじゃない。梓や桜や銀河、それにクラスメイトも入ってる。それに、お前もだ、文」

「…………」

 文は、何も言わない。

 翔の言葉に黙って耳を傾ける。

「この国がお前を殺そうとするなら、俺はお前を全力で守る。その王冠だって修理すればなんとかなるだろ? それに、小難しい話は梓に任せればいい」

 さらりと重大なことを任された梓は『私っ!?』と叫んだが、翔はあっさりと流してほとんど動かない右手をゆっくりと動かし、文に握り拳を向けた。

「もし俺を信じてくれるなら、戻ってきてくれ。俺が、お前を守るから」

「……その言葉はエンジュさんに言ってあげないと」

 そっと呟き、一度顔を伏せる。

 それを好機とみた銀河と梓が説得するために口を開く。

「そうだぜ、文! 難しい話はわかんねぇし、俺はおめぇみてぇな暗い人間は嫌いだ。だけどな、殺されるっていうんなら話は別だ。その柚原ってのと一緒に守ってやる!」

「そうよ。私達が守るわ。それに、皆協力してくれるはずよ」

 それぞれが違った勇者像を持ち、それぞれの心が悪を倒すための善を体現する。文にとってそれはとても眩しくて――――薄っぺらく感じた。

「さすが主人公だよ……」

 そう小さく呟いた。

 表情は伺えないが、梓にはその姿が悲しそうにみえて、声をかけようとしたとき文が顔をあげて、彼らはぎょっとした。

 表情が抜け落ちていたからだ。

「――ハハッ」

 笑う。

「ハ、ハハッ! アハハハハハハハハッ!!」

 笑う。(わら)う。(わら)う。

 壊れたように笑い続け、やがてぴたりと止まる。

 そして、しっかりと翔達を睨みつけた。

「……ふざけるなよ」

 地が震え上がりそうなほど低い声が文から発せられた。

 明らかに雰囲気がかわり、全員硬直する。

 まるで、二重人格ではないかと思ってしまうほどに。

「お前らの正義ごっこに振り回される俺の身にもなれよ。そんなもの俺に押し付けるな!」

 頭をくしゃくしゃと掻き、なお叫ぶ。

「『俺』を救う? なに言ってるんだよ」

 残忍な笑みを浮かべ、

「俺に救いは不要だ」

 冷酷にそう告げ、

「救いが必要なのはお前らの頭だろうが」

 そう嘲笑した。



 ◆ ◆



 あまりの文の豹変(ひょうへん)ぶりに、一同に目を見張る。

 全員が困惑する中、文は彼らに思考を巡らせまいといわんばかりに言葉を放つ。

「俺に救いが必要だなんて誰が言ったんだ? お前らが勝手に決めつけて、行動しようとして……助けられる側の意思はどうだ? 救いは必要ないと言ってるのに、なお助けようとするのか?」

「必要のない助けなんか、ないだろ!」

 翔が叫ぶ。

「お前や柚原さんが殺されかけているんだぞ! それのどこが不要なんだ!」

「その考えが目障りなんだよ」

 そうピシャリと言うと、翔へ(さげす)んだ目つきで見る。

「お前らは優しい者と書いた“ゆうしゃ”なんだろうな。ただ自身の持論に基づいて人を助けようとする、頭の中お花畑な馬鹿だ。……その身勝手な行動はそのうち人を殺すぞ?」

「な、なにをいって……」

「まだ(・・)俺がお仲間さんであるうちに聞き入れとけよ」

 全く聞き入れようとしない翔と銀河。そして文の言葉の意味が理解できず、思考に浸ろうとする梓。

「おめぇは、どうして助けを必要としねぇんだ? 俺らじゃ力不足だって言いてぇのか?」

「ああ、そうだ。俺を守る? 無理に決まってるだろ? もしお前らが俺を守りきれるって確信を持ってたら、初期段階ですでに助けを求めてるしな」

 正論。言っていることは正しい。

「それに、俺はもうこの国では大罪人だ。お前らの心証も悪くなるぜ? ああ、そうか。俺を斬った方が利得があるのか。ほら」

 ヘラヘラと笑い、手を広げる。

 しかし誰も文を斬れるものはいない。いや、そもそも今動ける者が文しかいないわけで。

 ヒノキの棒で地面をトントン、と二回叩く。

「斬れない? まあそうだよな。動けないんだからさ」

「くそっ!」

 翔や銀河が必死に抜けだそうと身体を捻らせるが、ギシギシと音をたてるだけで全く抜け出せそうにもない。

 翔はだんだんと文に対し怒りが湧き上がってきていた。同郷で、クラスメイトであり、友達だと思っていた相手に、縛られ、馬鹿にされ、プライドを傷つけられる。

 人を守りたい。救いたい。その意志は、間違っていると。おかしいと否定される。

 善に立たされた者が善を行わないなどおかしいはずなのに、それを否定する文が、とても異常にみえて、やがて無意識に“憎悪”へと変わっていく。

「なんで……」

 その呟きは当然文の耳に届いていたが、理解できずに放置する。

「さて、僕はそろそろ――」

「まだよ。文君」

「なに、梓さん?」

 気怠(けだる)そうに梓をみる。

「文君、貴方は……なにを抱えているの?」

「……このちっちゃい王冠を壊した、反逆罪だけど?」

 王冠に一度目をやり、踏みにじる。梓はもう原型をとどめていない王冠には一瞥もせず、文を見つめ続け、考えながら言葉を紡ぐ。

「……言い方を変えるわ。まだ何か、隠しているわね?」

 妙に確信を持った口調に文は眉を潜めた。それを当たりだとみた梓はさらに言葉を続ける。

「そもそも文君、あなたさっきからどうしてきつねのお面を頭につけてるの? 確か、桜がプレゼントしたものよね」

「……どうでもいいだろ」

「きつねの象徴は――」

「【クリエイト】」

 梓が語る前に一瞬早く唱え、土で作った蔦を梓の口に突っ込ませて喋れなくさせる。

「さて、と」

 一度西門をみると、赤い火の玉が一瞬空で光輝くのが見えた。それをどう受け取ったのか、何かの合図だったのか分からないが、翔達の方へ向き直った時、大きく口端を歪ませて笑みを浮かべた。

「そろそろお祭りも終わりだ」

「な、に?」

「どういうことだっ!」

 翔と銀河の叫びを無視し、そこからきっかり五歩下がる。そして仰々しく一礼すると、アイテムボックスに無造作にアイテムボックスに手を突っ込んだ。

「お祭りといえば、わかるだろ?」

 最初に取り出したのは弓と矢。それだけでは何かわからなかったが、続けて取り出されたものに、翔達はぎょっとする。

「ガソリンとマッチ……文、お前……!」

 本物かどうかはわからない。が、ツンとくる特有の臭いがどうしても本物だと翔の脳内が警鐘を鳴らす。

 慣れていると言わんばかりにやじりに布を取り付け、ガソリンを染みこませる。

 そこで文がなにをするつもりなのか理解し、全員を戦慄(せんりつ)した。

「おま、え! 火事でも起こすつもりなのか!?」

 翔が吠える。しかし、文は無視してライターで火を灯した。

 キリキリと矢を引き絞ると、放った。

 少し上向きに曲線を描きながら上手いこと民家に入り、炎上。

 中から悲鳴が聞こえ、上手く言ったとばかりにニヤリと口元を歪ませると、続けて同じように矢を放ち始めた。

 それは民家に突き刺さったり、同じように中へ入ったり。

 時々地面に落ちるが、そこはやはり文といったところだろうか。ところどころガソリンが振り撒かれていたようで、そこから火の手が上がった。

「やめろ、文! やめろおぉぉぉおぉお!」

 ブチブチブチッ! と音をたてながら翔が蔓を振り払い、聖剣を召喚して怒りに任せて文へと向ける。

 そんな翔をチラリと一瞥すると、

「……【クリエイト】」

 一瞬で生成された濃霧は、文を囲むように生成され、文を視認することが不可能となった。

 ――火が無ければ、だが。

 再び文が火を灯し、民家へと火を放とうとしたのだ。

 それが、失策。

「ふみぃぃぃぃぃぃいいいいいいぃぃ!! お前は、おまえはもう、ただの悪だ! クラスメイトでも何でも友達でもなんでもねえ!」

 銀河や梓が翔の名を呼ぶが、それに振り向きせずに濃霧へ突っ込んでいった。

「…………」

 なおも火を放とうとする文。

 しかし、いくら濃霧といえど、明かるいものは目立つというものだ。

 其の光を頼りに翔は聖剣を引っさげて肉薄し、光に照らされた黒いものへ近づいていく。

「最後だ、文! もうやめろ!」

「……やだね」

「こんの、馬鹿野郎がぁ! 【レスピーオ】!!」

 聖剣が一瞬光るとともに、一瞬で右から左へと振りぬいた。

「アッ、ガ…………!」

 文の断末魔とも言えぬ声が、そして一生消えそうもない感触が、翔の心に刻まれた。

「――――ふみぃ……この大馬鹿野郎が!!」


 一つ、丸いものが地面を転がり、


 一つ、頬を伝った涙が地面に着地し、


 一つ、その痕跡を消し去るかのように、火が分断された者の上に落ちて燃え広がった。


 お読みいただきありがとうございます。


 おさらい:――なし――


 活動報告に、第三話後半部分にあった桜さんが入学云々というくだりの部分の、桜さん視点を載せておきましたので、良かったらどうぞ。


 次話は……木曜か金曜までには投稿したいです。

 なるべく早く書き上げます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ