第四十五話 デート日和3
「あれは……」
今度はアクセサリー店に行きたいとか言い出した桜さんのために、いろいろと話をしながら東に向かって歩いていると、人混みに紛れて翔とエンジュさんが仲睦ましく歩いているのが見えた。
というか、目立つ。目立ちすぎている。
十人が十人振り返るほど絵になっている二人の佇まいは、男女関係なく魅了しているみたいだった。
野次馬って言うより騎士みたいになってきている取り巻きをみると、男性はエンジュさんから視線を離せずに緩みきっているし、女性は翔に釘付けだ。
この世界の住民は、さすが異世界ということもあって容姿に優れている人が多い。だけど、あの二人はその一線を越えているみたいだった。
でも、さ。
エンジュさんって、王女だよね? 第三王女で、つまりお姫様だよね。そんな簡単に出歩いていいのかな。
…………もしかして、翔が無理矢理? それともエンジュさんが翔に頼み込んだ可能性が高い。というか、そっちのほうが可能性が高いや。
まあ、僕もリリルに頼まれたから外に一回連れだしたし。それと同じ。
…………それでも、きちんと変装はしたけどさ。
まあ、いいや。それより早くここから離れないと。翔のことだ、僕らに気付いたら必ず近づいてくる。エンジュさんはデートのつもりだから、気づかれると殺気に近い何かを飛ばしてくるに違いないし。
これだから鈍感系主人公は好きじゃない。
「桜さん、こっち行ってみない?」
「え? でもあそこにお店があるよ?」
小首をかしげながら指を指す。その指先を伝っていくと、確かにアクセサリーの絵がうっすらと見える。……桜さんの視力ってどんだけいいんだろ? 看板があるの、かなり先なんだけど。
とりあえず、このまま真っ直ぐ行くと必ずぶつかる。
「桜さん」
肩を掴んで真っ直ぐ桜さんの瞳を見る。
「え、ぅ……?」
見つめ合うと、頬を赤くした。周りからちょっとしたヤジが飛んでくる、のは無視。
「えっと、私……――」
「あそこの店、安物しか無い上に値段がかなり高いんだ」
「……ふぇ? そ、そうなの?」
「うん。一回入ったことがあったけど、僕が唾を吐いてすぐに出てくるほど」
「よほど酷いんだね!!」
驚きながらも「そっか、文くんがそれほどやるぐらい酷いところなんだ……」って納得してくれた。僕のこと、信用しすぎなような気もするけど。
それと、周りからあの店の評判がガラガラと落ちていく囁き声が聞こえてくる。僕、一度も入ったこと無いんだけどさ。
さすがに悪い、と思ったけど僕には関係ない。それより人間関係のほうが大事だし。
それに、エンジュさんに魔力式自動人形を教えてもらった貸しもあるから。こう回避しただけでも、恩を返しきれていないと思う。
桜さんの手を掴んで、今度は西に向かう。人が多くて歩きづらいけど、きっと時間帯が時間帯だからなぁ。すれ違う人の中に剣や杖を携えている人が同じ方向に歩いていたり、買い物袋を携えている人もいる。
きっとこの賑わいは、人は減るけど夜まで続いて、夜中にようやく落ち着きを取り戻す。
でも、今日だけは違う。
これだけ活気があっても《這禁令》が出されているのだから数時間後には閑古鳥が鳴いた状態になるんだろうね。
「……っと?」
ふと、目の前でやっかみの視線を浴びせている集団が目に映る。
「あれなんだろうね、文くん?」
そう言いながら明らかに服屋さんに目がいっている桜さんは無視して、目を凝らして耳も傾けてみた。
「――なあ、ミノリア。俺ぁ門の近くに行ってみてぇんだが」
「ええい! 妾は今! この店の! シュークリームというものが食べたいんじゃ! 少しぐらいまてんのか!!」
「そう言ってさっきからどんだけ食ってんだよ! さっきクレープも食べてただろうが!」
「デザートは別腹じゃ!」
「量に問題があるんだよ! てか、そんだけ暴食だってぇのに、その胸の小ささは……――」
「フンヌッ!」
「ぐふぁあ! お、おめぇ……ふざけた真似を……!!」
「フンッ! あ、シュークリームこやつの支払いで十個欲しいのじゃ」
「お、おめぇ……」
……さっさとミノさんに引きずりこまれるようにして婚姻を結べばいいのに。桜さんを体裁的に側室にしてさ。そうすれば愚王の策略にはかかるけど、銀河達にはあずかり知らぬところってことで、幸せなのに。
「あれ? あそこに銀河と――」
「あっ! あそこに良い店があった気がするなぁ!」
なんでそう見つけちゃうかな!
手を取って人をかき分けながら全力であの二人から遠ざかる。
「ぬっ? あそこにいるのは根暗じゃ――――」
聞かぬ存ぜぬ。ミノさんの声が人の合間を縫って聞こえてきたけど、聞こえなかったふりをすれば。
走る、走る。ギュッと桜さんの手が繋がっていることを確認しながら。桜さんのことだから、きちんと掴んでいないといつの間にか店の上に登ってました、なんてことになりかねないし。
「あれ? あそこにいるの文君じゃ……?」
「あんた、ついに暗城君の幻覚を見始めたのね……」
「ふぁっ!? ち、違うよ美羽! ほら、あそこに」
「……この人混みよ? 似てる人ぐらい一人や二人いるわ」
「……ふぁーふー…………」
…………こっちには夕花里さんと筒見さんか。なんでこんな人をみかけるんだろ? 王都って結構広いし、こんな人混みだっていうのに。不幸? それとも桜さんの類まれなる才能?
「桜さん、こっち」
「ふぇあわにゃ!」
ぐいっと引っ張ると、変な声を上げた。まあ、変に引っ張った僕も悪いけど。
そのまま夕花里さんを避けるように上手く隠れてとにかく西の門へと向かう。
その時、前にちょっとしたいざこざを起こした兵士さんとすれ違った。門を守る仕事はどうしたのか気になったけどすぐに氷解した。あの人、鎧の胸の部分にあった、警備兵の紋章である印が無くなってる。住民たちに向って悪評を広められたから解雇されたのかな?
本当、酷い事件だった。誰だっけ、あの根も葉もない悪評を広めたの。……僕か。
反省はしないけど。
「えっと、【ヒール】」
あっ。いらんことを……。
「っ!」
思わず顔を片手で覆う。なんで桜さんはそんな面倒になることを……。
ガシッ! と桜さんの手を持つと、頬を染め上げながら桜さんの目を覗きこんだ。気持ちわるい……。
「せ、聖女様……ぜひ、結婚してくださいっっっっ!!」
「「…………はい?」」
「貴女の優しさと美貌に惚れ込みました! 名前も、ましてやただすれ違っただけである私に回復魔法をかけていただけるなんて……感激です!」
「えっ、えと……」
「ですから、ぜひ結婚を――!」
「え、えと……ご、ごめんなさい!」
かなり大きな声で兵士に謝って僕の後ろに隠れた。……ああ、桜さん。僕を巻き込みたいわけか。
「私には、その……心に決めた人が……」
ちょこんと裾を掴むのやめてくれないかな。ほら、「ぐぬぬ……こやつか、こやつかぁ……!!」って僕に殺気を投げつけてきてるじゃん……。
「……そうか! こいつより強いことを証明できればよいのだな!」
なにが『そうか!』なの? 僕全く理解できなかったんだけど。
「えっ? ふぇあ!? そ、そうなの文くん!?」
僕が訊きたいんだけど?
はぁ、と溜息を吐くと、ヒノキの棒を手に持つ。この時点ですでに野次馬ができているし、なぜかこの短時間で賭けも始まっている。『いまんとこ、あの兵士が勝つと賭けてるやつが百パーセントだってよ』って聞こえてくるし。
確かに、兵士は剣で僕はヒノキの棒。勝てる気がしない。
「…………正攻法だったらね」
ニヤリと笑うと、桜さんがポーッと僕に視線を浴びせてきた。
「……かっこいい」
……ん? なにか言った? まあいいや。それよりも……
「ボーっとされるよりかは、後ろに下がってもらえているほうが嬉しいんだけど?」
「え、でも……」
「大丈夫」
桜さんに向き直って微笑むと、言葉を選んで口を開いた。
「ボーっとしてなければそこにいてもいいから。……そのほうがすぐに逃げられるし」
「……策略があるんだね! こう、『ヒャッハー! 丸焼き丸焼きぃ!』みたいな感じ?」
「なんでそんないきなりテンションが上がったのかよくわからないけど、まああるよ」
相手に向かい直すと、桜さんに少しだけ下がってもらってヒノキの棒をトンッ、と地面につける。はい、完了。
「ほら、かかってきなよ」
僕らしくない挑発。瞬間、足元が爆発したかのように砂塵を巻き上げて僕に突進してきた。大体の兵士はこういう戦い方するよね……。
「じゃあ、行こっか桜さん」
くるり身体を翻し、桜さんの手を掴む。
「ふぇ?」
桜さんが変な声が出た瞬間。疑問符を頭上で巻き上げただろう瞬間。
ドオオォォォン!! と物凄い音が聞こえた。
「僕の勝ち、ってところかな?」
ちらりと肩越しに後ろを振り向くと、そのまま桜さんの手を引いて野次馬の方へ歩いて行く。皆が唖然とした表情をしていた。
まあ、いいけど。
野次馬から視線を歩く先へと向けると、肩をむんずと掴まれた。
「おい、兄さん。あんた、一体何したんだ?」
髪の毛が残り数本しか無い、いかにも強いと虚勢を張ってそうなおじさんにそう問われた。
それを振り払って行きたいところだけど、他の人からも視線が集まって、どうも行き辛い。
「……別に、ただ落とし穴を作っただけだよ」
ほら、そろそろ砂煙が収まってきて、半径二メートル、縦に十メートルぐらいの大きな穴が見えるはず。その底を覗けばいるはずだから。
「じゃあね」
結構力を入れて振り払うと、桜さんを連れて底から脱出して走る。
「わ、わわわっ!」
「こっち」
野次馬をかきわけて、野次馬以外の人もかき分けていくと、一つの看板が目に入った。
そのとき、
「覚えてろよくそがきいいいぃぃぃいいいいいぃぃぃ!! 俺の恋路を邪魔した報いを! ぜっってぇ!! うけさせてやるからなああああぁぁあああ!!」
…………なんか、こわっ。
◆
「よし……!」
店の扉を開け放つと、転がり込むように店へと入った。
「ふぅ……」
「はぁ……ふぅ……。文くん、体力あるんだね……、ふぅ」
「体力は付けておいて損はないからね」
「『こいつ、ただの文系じゃなかったのか……!』だね!」
「……それが桜さんの素直な感想なんだね」
「ふぇ? そうですん?」
「どっちなのさ……」
はぁ、とため息を吐いて店の中に目を向ける。
「確かにここがアクセサリー店だったはずなんだけど……」
なんというか、目の前にある光景に思わず引いた。
筋肉の塊。
そう思えるほど筋肉隆々の男たちが四人もいた。
揃って僕らを見てくる。冷や汗がやばい。気持ち悪くて。
スッ、と。彼らが同じ動きをする。腕を動かして、親指を上に突き出すと、一気に下へ向けた。
「イチャイチャカップルは帰れ!!」
『帰れ!!』
「……はっ?」
なぜか、この筋肉四人組から罵倒を食らって、思わず変な声が出る。
「い、イチャイチャしてませにゅ」
桜さん、噛んでるから。それに、赤くなって否定しなくても、きちんと真顔で言えば通じるし。
……とりあえず、フォローしておこう。
やれやれと大きく肩を落とすと、手を広げて大きく首を振る。
「そうですよ。僕たちは全く、一センチも、一ミリも、付き合うの『つ』の字もない、清く健全な友人関係ですよ? なんでそんなことが言えるのかわかりませんね」
『じゃあその手はなんだ!!』
手? あぁ、これか。
繋いでいた手をぱっと離すと、なるべくにっこりと笑みを浮かべて口を開く。
「これはただ、彼女と離れないように……」
『かーえーれ! かーえーれ!!』
「…………うざい」
僕は極めて冷静。ほら、にっこりと微笑んで筋肉たちの罵倒を華麗に受け流している。
だから別に、彼らの言葉を真っ向に受けているわけじゃない。
『かーえーれ! かーえーれー!!』
「……クリエイト」
手を地面に置いてそう唱えると、作った物の柄を持った。
「話、聞こうか? おっさんども」
僕がブオンッと音を立てておっさんたちに向けたものは、エビを真っ二つにする例のアレだ。
笑顔でできるだけ和やかに。僕は争い事が苦手ながらね。仕方ない時しか戦わない。だからさっきのは仕方がなかったということ。うん、そう。
『……はい!』
良い返事をもらった。ああ、そうだ。
「聞いていなかったと思うからもう一度言うけど、僕らは付き合うの『つ』の字もない、清く健全な友情しか持ち合わせてないからね?」
「う……ん……。そうだよ、私達は付きあ、つきあって……グスッ……」
……桜さん、なんでそんな泣いているんですか?
◆ ◆
「こいつらがすまんかったなボウズ。……いや、こっちの嬢ちゃん」
「い、いえ……私は、はい、所詮お友達以上にはなれないただのお友達ですから……ううぅぅぅ……」
「おう……。元気だしな。まだチャンスは有るんだからよ」
「ありがとうございます……おじさん」
「お、おう……」
いい年したおじさんが照れないでよ、気持ち悪い。
何故か僕ではなく桜さんに謝られたのは釈然としないけど……。ただ、こうやって桜さんの交友関係が少しずつ広がって確かなものになって行くのだったら、そこに口出しする必要はない。
桜さんには、きっとこういう損得なしで守ってくれそうな人との関係が必要だと思うから。
「とりあえず、少し品物見せてもらうね」
「はい! 是非見ていってください、フミ様!!」
……店長さん、なんで敬語なのさ? ……ああ、まだエビを真っ二つにするあれ持ったままだった。
クリエイトで元に戻すと、店の奥へと進んでいく。地球の小物店のみたいにたくさんの髪留めやネックレス、ブレスレットなどが綺麗に置かれてる。店長があの筋肉なのに、なんでこんな細かな芸が……――
「あの、あなた? なにか騒いでおりませんでしたか?」
トトト、と近くの階段から降りてきたのは、とても小柄な女の子だった。身長は一四〇センチぐらいかな。それに、少し活発さを現すかのようにその深い茶色をした髪をポニーテールにしていた。
そんな女の子の近くにいた僕は、必然的に目があった。ぱちくりとこの子がすると、にっこりと微笑んだ。
「あら? お客さん、ですか?」
「そうですが……?」
「そうなんですか! いらっしゃいませ。私、この店で店長をしております、テトラです。以後お見知り置きください」
て、店長……!?
じゃ、じゃああの人は店長じゃないのか。それで、この女の子……もしかしたら女性が店長、っということ? ……この世界、奥が深い……。
「は、はぁ……。僕は、文、です」
「フミさん、とお呼びしますね。えっと、それでー……」
店の中をきょろきょろとすると、とある男の人でぱぁっと咲くような笑みを浮かべてトトトっと走り寄った。
「あなた、先程から騒がしかったのは何だったのですか?」
「あ、ああ。なんでもないよ、テトラ。ちょっとこいつらが馬鹿やってさ。それであのフミってぇのに怒られただけだから」
「そうだったのですか! それは申し訳ありません!」
慌てて僕と桜さんに向って交互に頭を下げ始めた。どうしよう、別にもうどうでもいいんだけど。
というより。
「あの、テトラさん。さきほどこちらのきんに……男の人に『あなた』と呼びかけていたのは……?」
「はい! 私、このアーチバルさんの妻なんです!」
とても嬉しそうに、でもどこか恥じらいを持った笑みをテトラさんは浮かべた。
僕はこのアーチバルっていう人の評価を一気に底辺へ持っていった。
「つまり、アーチバルさんはロリコンってこと?」
………………………………桜さん。
なんで十人が十人思うだけで留めるようなことを平然と言えるのさ?
「ロリ、コンですか?」
テトラさんが首を傾げる。あれ? よく見れば他の人も小首を傾げていた。……筋肉むきむきの人が可愛く見せようとすると、気持ち悪いだけなのに。
でも、そういうことか。
この世界ににはロリコンという言葉は無いんだ。なら、この場を上手く……
「えっとね、ロリコンっていうのは――――」
「桜さんストップ!」
今の、風より素早く動いていたかもしれない。少し離れていた桜さんの口を抑えると、皆に向ってヘラヘラと笑う。
「ロリコンっていうのは、独り身ではないんですね、の略ですよ」
「んー? んんんん?」
えー? そうなの?
そう言っている気がしてならない。桜さんも騙されてる。まあ、そのほうがいいんだけど。
「えっと、そろそろ見て回っても良いですか? マジックアイテムとかもいろいろあって気になっているんですよ」
「そうですか! 是非見て回ってください!」
桜さんからそっと離れると、もう一度同じ所から見直していく。
アクセサリーはマジックアイテムを装備するもっともなところ。それは身を守るためのものだったり、ちょっとした牽制になる物、また友達や仲間同士でコンタクトを取るためのアイテムだったりもする。
勿論お店で売っているものにそこまで危険なものはない。けど、それこそ呪われたマジックアイテムもあるらしい。
置かれている物の一つを手にとって見る。ティアラみたいなもので、値段は八五〇エルド。触り心地的に、おもちゃっぽい。
それを置いて次の物に手をのばす。華美って言う程でもないけど、パチッと止めるようなイヤリングだ。『遠くにいる人でも、会話が可能』か。でも、三七〇〇エルドな上に、回数に限りがある。……買っておくにはこしたことないか。
それを手に取ると、
「女性用ばっかだね」
ポツリと心情を漏らした。すると、脇に備えていたアーチバルが言いにくそうに口を開いた。
「男性用は右だ、です」
「…………そう」
何故か僕の耳が真っ赤になった。それを隠すように手に持ったイヤリングをアーチバルに渡して足早に右の方に歩いていくと、確かにそこは男性用のアクセサリーがあった。ちょっと極端なような気がするけど。
「あ、これ良いかも」
色々見て回っていくと、一つ良さそうな物があったから手にとってみる。手作りしようのコーナーにあったものだ。
骨。動物の骨、だ。ちょっと創作意欲が沸いちゃうね。
そういえば、魔力式自動人形を初めて作った時、あまり人間っぽくなかった。何かが足りないのかも。
そう思ってバッとそこにあるものを見渡すと、いいものがあった。
――潤滑油。機械などの滑りを良くするものだ。この世界ではあまり需要がないのか、ひっそりしたところに置いてある。
エレさんから教えてもらった時は、どうしてそんなぎこちない動きをするのか不思議だったけど……この油を塗ればより人間らしい動きができるのかもしれない。
そう思った時、ウィンドウが急に展開された。
― ― ― ―
――――魔力式自動人形
フミ・アンジョウの精密な魔力式自動人形
動物の骨 0/206
なめした皮 0/40
潤滑油 0/適量
― ― ― ―
動物の骨はここにあるから出た、ということかな。動物の骨は持ってないからなぁ。魔物で代用、というのも難しそうだ。
なめした皮は、あるといえばある。だから、これに関してはスルーしても構わない。
とにかく買うべきは動物の骨と潤滑油。それをまたアーチバルに言ってとっといてもらう。
お金のことを心配されたけど大丈夫。
メイド長さんに王のお金を盗んでもらったのがあるから。
「よし……」
これぐらいでいいかな。あとは自分用の役立ちそうなマジックアイテムでも買おうかな。
「さて……」
「フミ様、お決めになりましたか? あの嬢ちゃんにプレゼントするものを」
「プレゼント……?」
ちらりとみると聞き耳をたてていたのかササッと視線を逸らして、あからさまに口笛を吹き始めた。隣ではテトラさんがあらあらと微笑ましそうにコロコロと笑っている。
はぁ……。
「しょうがないなぁ……」
もう一度女性用のところに戻ると、ジッと桜さんに似合いそうなものを品定めする。
こういうのは、はっきり言ってよくわからない。ただ似合えばいいのか、機能性を選べばいいのか。
澪には……――いや、いい。ブンブンと頭を振って、違うところを覗く。
桜さんは素朴なものが似合うと思うから、あまり派手で華美なものは却下。あと、首につけるものは桜さんにとって本当に危険。でもそうなると自然と限られてくる。腕輪は論外だし、イヤリングも、穴を開けるタイプじゃなくてもそういうのは嫌がりそうだね。
ということは、この中で身につけられるもので、かつ危なくないものとなると…… 無難に髪留めかな。
ざっと見て回ったところ、髪留めにも色々な種類があった。
桜さんだから桜、と思ったけど、それだと前に上げた物と被る。だったら、リボン、かな。普通の、細長いリボンを二本。赤にしておこう。
……一応、リリルとファミナちゃん、それに夕花里さんの分も買っておこう。リリルとファミナちゃんには色違いのシュシュ。夕花里さんはちょっと変わったゴムを。《火や水などに強い!》って書いてある。戦闘職の夕花里さんにはちょうどよい。
「……ん?」
荷物持ちになっているアーチバルさんにまたそのアイテム類を渡すと、一つの場所に面白い見出しとともに髪留め型のマジックアイテムが置かれてあった。
《――これさえあれば相手の生存状態がわかります! 赤は死、黄は瀕死、青は生存! 使用方法は自身の一部をこの用紙に置くことです――》
なるほど、ね。なかなか使えそう。
もし、これが予想通りの物なら。計画はより確実なものになる。
「フミ様、そろそろお会計を――」
「これも頂戴」
このアイテム、〈バイタルアクティ〉を二つ取る。猫と狐。この二つだ。
そのアイテムをみて、アーチバルさんはなんとも言えない渋い顔をした。
「それは……」
「こっちの猫っぽいのは、桜さんが二回目にここにきたときに渡してあげて」
少し影になっているところに行くと、ナイフを取って指を浅く切る。そして猫の方に垂らした。
そして狐には、アイテムボックスから取り出した、小さく折りたたんである魔物の皮を取り出して、おもいっきり突っ込んだ。
「このことは、黙っててね」
一連のことを唖然とした様子で観ていたのは、アーチバルさんだけ。だから、アーチバルさんにそう頼み込むと、ゆっくりと頷いてくれた。
「ああ、勿論桜さんがもう一回ここに来た時、このことは話してもいいけどさ」
スゥッと吸い込まれていった魔物の皮は、まだ鮮度として活きがいいから、青色へと徐々に変わっていった。
「これで完了、っと」
ニッコリと笑いかけると、顔を青くされた。
「一つ、答えてもらっていいか?」
「答えられる範囲でなら」
小声で、あくまで明るくそう伝えると、アーチバルさんは言い淀むように口をパクパクと何回かさせると、ゆっくりと首を振った。そして、しっかりと僕を見つめてくる。
「……またこの店に来てくれるかい?」
「僕はかなり先になるかもしれないけどね。一緒に来た桜さんは頭が良いから、真実を追い求めて必ず来るよ」
「そう、か。来てくれるんなら良い。……こっちの髪留めを預かれば良いんだよな?」
猫の方を手に持つと、大事そうに胸ポケットへと仕舞いこんだ。……この人、ロリコンの毛があるみたいだけど、いい人だ。
……でも、こういう善人がいても。
この国の王は悪人だし、その取り巻きたちも悪だ。
――――それに、僕がこれからやることも、それ以上の『悪』かもしれない。
でも。それでも。僕は自由を求める。
だからごめんね、桜さん。
「……桜さんが来たら渡してね」
再度確認するようにもう一度頼むとしっかりと頷いてくれた。
さてと、これで布石は揃った。
さあ。
化かしあいといきますか。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい1:兵士さんあわれ。
おさらい2:アーチバルはいわゆるロリコンの毛がある。
おさらい3:アクセサリーには①普通の物 ②ご信用などのマジックアイテム③呪われた物 の三つの種類がある。




