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ウィーク・クリエイター  作者: 二本狐
第一章 カスティリア王国編
41/105

第四十話 テイム

 称号『テイマー』。スキル『テイム』。この二つが意味するところは、つまり僕が魔物使いになれる、っていうことだよね。

 ……魔物使い、というのは少し微妙だけど、テイムできるようになるのは、うん、純粋に嬉しい。でも、なんで僕にこの称号がでたんだ、という疑問は残った。

 とりあえずステータスウィンドウをだしてスキル欄を確認すると、『テイム▽ new』とでていた。テイムの隣にある逆三角を押すと、下に説明文が現れた。

[テイムは、魔物とお友達になれます。親密度を一定まで上げて手を差し伸べると、テイムが可能となります]

 かなり大雑把な説明しか書かれてなくて思わずため息を吐く。けど、まあ知りたい情報は……うん、一応書かれてあった。なんだ、このスキルの説明。クリエイトもそうだけど、大雑把すぎない? もう少し詳しく書いて欲しい。

 この世界は異世界であってゲームじゃない。VRMMOでよく流行るデスゲームものとは本質的には同じだけど、きっとあっちのほうがきちんとした説明が書かれているぐらいの説明だよ。

 MPポーションをもう一本取り出して飲むと、また少し倦怠感が消える。しゃがんでいた身体を起こしながらゆっくりと身体を伸ばすと、簡単な椅子を作って座った。

「おいで」

「キュッ!」

 机も作り出してスラゴンを呼ぶと、短く返事をして机に乗っかった。

 すでにこの子をテイムしている様な気もするけど、実際はまだしてないし、きっとテイムすると何かしらの利点があるはず。そこまで詳しく書いてくれないのが、この《ラズワディリア》のクオリティ。いや、僕だけに雑なのかもしれないけど。

 本当、もう少し丁寧な説明が欲しいね。

「とりあえず、君はさ」

「キュゥ?」

「僕に従ってくれるんだよね?」

「キュッ! キュキュッ!」

 ご飯があればね! って言っているみたいで面白い。ご飯なら王宮にいっぱいあるから困らないし、それぐらいで釣られるこの子はかなりちょろい。

 じゃあ、まあ許可も取れたわけだし、ウィンドウにもう一度目を走らせる。



 ――現在スラゴンのテイムで可能です。テイムしますか? Y/N



 そっと、Yに指を乗せる。すると光がスラゴンを包み込んで、今度は僕の右手に巻き付いてきた。まるで回路を作るかのように、その光は数秒間その状態で激しく流動してたけど、その後はゆっくりと収束しはじめると、最後に細い糸の形状から一度強く発光して消えた。

 呆然とその光景を眺めていたら、目の前に新しいウィンドウが現れた。



 ――――現在スラゴンのテイムが可能です。


 ――――スラゴンに名前を付けてください。



「スラゴンに、名前ねぇ……」

「スラゴンの」

「名前ですか?」

 ヒョコリと顔を出してきたのは、さっきまで盗賊に襲われてた夕花里さんとリリルだった。

 あれから大分時間が立っているはずなのに、僕の服を掴んでくる手が小刻みに震えている。

 そっと二人の震えている手を取って軽く握る。人は抱きつかれたりするとストレスが三分の一も減るっていう。今回は抱きついてないしそんなことをする気分じゃない。それに、震えている人には手をにぎるだけで効果大だ。

 現に、二人の震えは止まった。それに気づかないふりをして、ゆっくりと口を開く。

「そう。この子を飼うから」

「スラゴンをですか!?」

「まあ、そうだね。ご飯で釣れた」

「ふぁー……文君すごいねー」

「すごいのはご飯で釣れるスラゴンだよ、夕花里さん」

「それでもすごいよ」

 そう言って僕に微笑むと、口を耳に寄せてきて、そっと呟いた。

「ありがとう、文君。さっき助けてくれて」

「……なんの――」

 とぼけようとしたら、夕花里さんの手が僕の口を塞いで一瞬息が止まる。それと同時に夕花里さんが顔を遠ざけると、なんて言葉に迷う素振りを見せて顔を逸らした。そしてある一点に焦点をあてる。つられて同じ方向を見ると、さっき僕がドーナツ状に穴を作った場所がみえた。

「あれを作ってくれたのって……文君、だよね?」

「あれはリリルだよ」

「ち、違いますよっ!?」

「そうだよっ。あそこであんなことできるの、文君だけだとだと思うよ」

「いや、そう言われても……――」

「文君」

 凛とした追及する声が夕花里さんが僕に向ける。

「文君が私とリリルを助けてくれたんだよね?」

 その真摯な瞳。凛とした声。それに、まっすぐな心。その全てが眩しくみえて思わず、「……そうだよ」と応えてしまった。

「でも、僕は僕のために、利点があったから助けたのであってさ、それだけで動くのが僕。だから、お礼を言われるのはお門違いなんだけど……」

「それでも、結果的にフミ様には助けて頂きました。……ですので、私が勝手にお礼を言うのは、ダメなのでしょうか?」

 勝手にお礼か。それでも、僕はお礼を言われるような人間ではないと思う。

 もともとはクリエイトの実験のためにやりたかったことで、そこにたまたま夕花里さん達を取り囲んだ盗賊たちがいただけのこと。それに、クリエイトをした時の、心の感情――つまり僕自身も実験対象に含まれていた。実験対象(僕自身)にお礼を言うのも、変な話だ。

「ダメとは言わない。でも、もう一度言うけど、お門違いだよ」

「それでも、お礼は申し上げます。ありがとうございました」

 深々とリリルは頭を下げると、夕花里さんがそれにならって同じように頭を下げる。僕としては、本当に頭を下げられる道理は無いんだけど……。

 ガシガシと頭を書いて大きく息を吐き出す。

「わかった。わかったよ。その好意は受け止めるから。

 吐き捨てるようにそう言うと、大きく立ち上がって椅子を消す。「キュ?」と疑問の声を漏らしたスラゴンに視線を戻して、軽く頭を撫でる。

「とりあえず、今はこの子の名前を決めてあげようか」

 スラゴンの名前。名前って難しいよね。特に、ペットの名前を決める時、猫なら「タマ」で犬なら「ハチ」にしておけばいいんだけど、この世界だし。そもそもペットの名前を決める時ってなにか法則性とかあるんだろうけど、そういう本はいらないと踏んで図書館で読んでなかったからなぁ。

 それは夕花里さんとリリルも同じみたいで、僕ら三人でスラゴンを真ん中に頭を抱え始めた。リリルは文字通り頭を抱えていて「にゅ~」って唸ってる。

 うーん……と近づいてくる魔物を夕花里さんに適当に屠ってもらいながら考えていると、リリルがおずおずと小さく手を上げた。

「わ、私が決めてもよろしいでしょうか?」

「あぁ、うん。良いよ」

「ありがとうございます!」

 リリルは少し照れながら手を遊ばせると、ゆっくりと口を開いて発音した。

「『ノナ』というのはどうでしょう?」

 ノナ、か。語呂は良いし、それに音が綺麗だ。夕花里さんも「ふぁー」って唸りながらうんうんと何回か頷いているし。あとはスラゴンか。

「どう、君?」

「キュウ!」

 満更でもなさそうだ。嬉しそうにポクポクと顔を縦に振って身体を小刻みに震わせている。

 きっと僕が考えた『スラスラ―』とか『ゴティンパス』じゃダメだったと思うし。絶対適当に考えたと言われる。

「じゃあ、今日から君は『ノナ』だ」

 この子に刻みつけるように。洗脳するように。新しい道を拓いてあげるかのように。『ノナ』と名付ける。

 すると、さっき消えたはずのノナと僕を結ぶパスが再び光り始めて、僕からノナに向かって一方通行でどんどん光が送られていっている。……別に熱いとか、そういうことはない。ただ、その現象は僕とノナ以外には見えていないようだった。

 リリルは不思議そうに僕を覗きこんでくるし、夕花里さんは「ふぁー?」と唸っているだけ。いや、これはいつもどおりだね。

 光のパスが出来て数十秒。今度は突然現れたのと同じように突然光が消えた。

 それと同時にウィンドウが僕の目の前に現れて、一文。



 ――――『ノナ』がテイムされました。



 それだけ。でも、確実にスラゴンのノナは僕のペットになった。

「これからよろしくね、ノナ」

「キュゥッ!」




 ◆



 ノナがテイムされたことによって僕の魔物を狩る効率は少しだけ上がった、というわけでもない。

 というか、ノナは役に立つかどうかと問われれば、僕はノーって答える。ただ走り回って魔物を引き連れてくるのは良い。そこは認めてあげる。でも……そこでボコられ始めたら意味ないよね? それを助けるのが毎回夕花里さん。そしてその様子をハラハラと見守るリリル。

 さっきからその一連の行動がすでに五回。いい加減やめて欲しい。それに、僕のレベル上げが捗っていない。

 はぁ、と溜息を吐くと、おもむろに「【ステータス】」と唱えてステータスの確認をしてみた。



 ― ―



 アンジョウ フミ

 LV.15 職業:学生・ヒノキの棒の勇者

 HP:340/340

 MP:220/300

 力:71(71)

 守:63

 速:54(64)

 魔力:79

 固有武器:ヒノキの棒

 魔法:なし

 スキル:武器召喚/収納・アイテムボックス・速読・言語マスター・クリエイト▽・テイム

 称号:勇者・本の虫・(ことわり)の精霊に認められしもの・草原の小覇者・ウィズダムの主・運命に翻弄されし者・テイマー



 ― ―



 さっき手に入れた【テイム】と【テイマー】があるのは良い。でも、それよりレベル。レベルが一しか上がっていない。それに、やっぱりステータスの伸びが微妙だ。

 ……本当に、頭で勝負しないといけないのか。

 そういえばメイドさんはルートの確認は出来たのかな? そろそろ戻ろうか。どうせ、レベル上げもそこまで出来ないし。

 二人は、と思って夕花里さん達を見ると、動きが少し緩慢になってきている。特にリリルの頭が船を漕ぎ始めてた。

「二人とも、そろそろ戻ろうか」

「え? あー、うん。そうだね」

 リリルのことが気になっていたのか、少し苦笑気味に夕花里さんが承諾してくれた。

 そして気にしていたリリルはと言うと、すでに半分寝ているからか反応はなかった。

「リリルちゃん、起きて起きて。帰るよー?」

「ふぁい……おきてましゅ……」

 目の端を擦りながら寝ぼけ眼で返事をする。

 まあ、このまま歩かせるのはさすがに酷か。そっとリリルに近づくと、目の前でかがむ。

「リリル、乗って?」

「ふぁ、ふぁい……」

 むにゃむにゃと目を半分閉じてふらふらとしながら僕の背中に乗っかかった。そのままゆっくりと立ち上がると、リリルの位置を少し整えていると、夕花里さんから視線を感じた。

「…………なにかな、その目は」

「文君はやっぱり優しいなぁ、って思って」

「そう……」

 適当に流して、夕花里さんから顔を背けると、王都に向かって歩き始める。その足取りは、前進に来る倦怠感で重い。

 猫ってさ、死ぬ間際に飼い主から姿をくらますんだけど、あれは恩を感じている飼い主に自分の死に際を見せたくないっていうよね」

「うん」

 それがどうしたの、と僕を覗きこんでくるから、すっと目を細めて口を開いた。

「こういう考え方もあるんだけどさ」

 恩を感じて外へ出る。それは違う。

「わざわざ老体にムチを打って外に出るんだ。だったらそれは家を窮屈に感じているわけで、外に出たいんじゃないかな?」

「それは……――」

「まあ、一つの考えとして聞いてよ」

 そう前置きしてさらに言葉を紡ぐ。

「小さい頃は家の中が世界の全て。それは人間の赤ちゃんもだよね。でも、猫は特にそうだと思う。猫の寿命は二十年。いや、十二からが結構危ないんだっけ? まあその半分以上を家の中で過ごす。そこから外を知る猫は……味を占めるわけ」

「味を占めるって、どういうこと?」

「……もし、夕花里さんの世界が犬小屋だけだと思ってたら、実は学校や保育園があった。そうしたら、気分はどうなる? どんどん自分の未知が広がって、楽しいことばかり広がっていったら?」

「気分が……高揚する」

「つまり、そういうことだよ」

 猫達も社会を持ち、色々な猫と会話し、情報を共有する。人間だけが社会を作っているといったら大間違いだ。

「人間がまるで上位種で、自分勝手な生き物だから猫を小さな空間に押し込む。それが嫌になって猫は脱走するんだと思うよ」

 考え方の一つとしてね、と付け加えると、すぐに夕花里さんが反論してきた。

「でも、文君。私はその考え方も人間が上から見た結果だと思うよ」

 思わず耳をピクリと動かす。けどすぐにポーカーフェイスをして耳を傾けた。

「ほら、猫って気まぐれで、好奇心旺盛だって言うでしょ? でもね……愛を与えられた人のことはずっと覚えていると思うの。文君は猫好き、だよね?」

「まあね。でも、なんで知ってるのさ?」

「え? えええっと、その…………ちょっとした風のうわさで……」

「へぇ」

 陰口とかじゃないなら、いいかな。別に知られて困るようなことじゃないし。

 少しずれてきたリリルを背負い直すと、だいぶ近づいてきた王都の門を見ながら口を開く。

「愛は平等じゃないんだよ。それに、猫はその忠誠の証としてネズミとかを捕まえてくるけど、僕らはそれをどうする? 捨てるでしょ?」

「あ、うん……」

「人は相手からの愛を気づかずに愛を捨てる。……まあ、本で読んだ内容だけどね」

「そ、そうなんだ! ……文君の考えじゃ、なかったんだ」

 最後にそうまとめると、沈んだ顔をした夕花里さんは顔を上げて嬉しそうな顔をした。

「僕の考えは夕花里さんよりだから、こういうのもおかしいだろうけど、安心して」

「うん!」

 そっと僕に寄り添ってくる夕花里さんからぬくもりを感じる。リリルもだけど、人は温かい。

 人は愛がないと生きていけない、という幸せな人は、この世界もそうなのかな? それも知りたい。

 その前に。

「夕花里さん」

「なに?」

「僕は猫っぽい?」

「え? う、うーん。確かに文君は猫かなー?」

「そう……ありがとう」

 そっとお礼を言うと、門をくぐり抜けた。



 ◆ ◆



 ようやく西門まで辿り着いた、と思ったら何故か兵士に取り囲まれた。

 皆が皆、僕らを敵のようにみてくるんだけど。

 夕花里さんはすっかり後ろで震えているし、リリルはすやすやと眠ったままだ。

「えーっとどうしたんですか?」

「お前!」

 おずおずと尋ねると、一人の兵士が声を張り上げる。その表情には怯えが浮かんでいて、こっちこそ何事って思うんだけど。

 しばしその人と見つめ合っていると、足早に距離を縮めてきて、あと数歩というところで足を止めた。

「お前、魔物を引き連れているとはどういうことだ!」

「……あ」

 そういえばノナのこと忘れてた。

 どうごまかそうか。普通に言っても信用されないだろうし。適当に誤魔化すのが一番良いのかな。

「こ、これはスラゴ――」

「夕花里さんストップ!」

 素早く口を抑えて言葉を止める。僕でもこんなに速さは出せるもんなんだ……。変なところで確認できちゃったよ。

 もごもごと口を動かす夕花里さんの耳に口を近づける。

「僕に任せて」

 そう言うと口から手をどかす。黙ったまま、コクコクと頷いているけど、別に口を開くなとは言っていない。まあ、いいけど。

 くるりと身体を反転させて、兵士たちにまずは仰々しく一礼。

「申し訳ございません。これは、私の従順なペットでございます」

「キュッ!?」

 ノナ、君は口も開かないで。

「ふざけるな! どこに魔物をペットにする馬鹿者が居るのか!?」

 なるほど。魔物をペットにする人はおかしいんだ。これはまた一つ賢くなった。

 まあ、そのほうがやりやすいか。

「おやぁ? おかしいですね。私にはこのペットはとてもじゃないが魔物に見えないのですが」

「はっ? 何を言って――」

「私にはこれが犬にしかみえないのですよ。おかしいですね……私の目がおかしいのか、はたまたこの魔法を見破れない(・・・・・・・・・・)兵士達のできが悪いのか……。どう思いますかユカーリ殿?」

「ふぁー、まだその設定あったんだ……。えっと、私にもこのペットが犬にしか見えない……ません」

 夕花里(メイド)さんアドリブ苦手だなぁ。演技は上手いのに。

「どれ、兵士殿。あなた達にみえるよう、魔法を解いてみせましょう。……この杖を使って」

 ヒノキの棒を取り出すと、空へと掲げる。全員の注目がそのただのヒノキの棒へと視線が集まったところですかさず地面へと突き刺した。

「【クリエイト】」

 ぼそりと、本当に小さな声で呟くと、みるみるのうちにノナの魔法が解かれていった。……ようにみえたはず。実際には土煙でノナを見えなくしたところに、クリエイトを使った土のコーティングがされていっている。

 まあ簡単に言うと、擬装。

「おおぉ……」

 土煙が晴れると周りから感嘆の声が漏れる。僕も思わず声が漏れそうになった。この人達、大丈夫かな、って。

「これは本当に申し訳ございませんでした」

「いえ。ですが、これからはこのペットを見ても下手に騒がないという約束が欲しいのですが……よろしいでしょうか?」

「も、もちろん。おい、ギアスを持って来い!」

 一人の兵士が他の兵士にギアスという物を持ってこさせた。

「夕花里さん、ギアス、ってなに?」

「ふぁー……知らない。ごめんね、力になれなくて……」

「ううん。知らないならいいんだ」

 そこまで申し訳無さそうな表情をされると、聞いた僕が罪悪感にさいなまれるからさ。

 それから一分後。ギアスを持ってきた兵士が僕とさっきまで話してた兵士に渡すと、ゆっくりと近づいてきた。

「これはギアスです」

 そう言って突きつけてきたのを見て、すぐに僕と夕花里さんはなんなのか納得した。これは、いわゆる誓約書。きっとこの魔法がある世界だ。きっとなにかしらの拘束力があるんだろうね。

「その紙にはすでに俺らの誓いがかかれておりますので、ここにサインしてください」

「…………人はこれだから」

「はっ? なにか……」

 僕のつぶやきが聞こえたのか、キョトンとする。だからといって、彼らの評価が上がることはないけど。

「この紙、僕らから百万エルド徴収するって書いてあるのですが、つまり私達からお金を巻き上げるということですよね? どういうことでしょうか、これは」

「なっ……こいつ、下働きのくせに字が読めるのか……!?」

「今お眠りなられているアイリーン様の家では、文字ぐらい読めるようにとしつけられておりましたので」

 軽くおじぎをすると、挑戦的な笑みを浮かべて兵士たちを見返す。ついでに目だけで周りを確認すると、知り合いは誰もいなさそうだった。


「――アイリーン様は寛大だ」


 これぐらいの意趣返しは許してくれるはず。さっきリリルも怒ってたし、思う存分使わせてもらおう。

「百万エルドなどはした金と渡してくれるだろう。王都ではしていませんが、他地域では慈善事業もしておられる方である」

 リリルがお金の価値を知らないから簡単に渡してくれるだろうなぁ。

 そう思っていると隣で夕花里さんが少しむっとした。さすが女の勘は侮れないや。すぐに変な考えがバレる。

 言い訳、あとで考えて置かなきゃ。

 とりあえず今は兵士たちだ。「だが!」と声を張り上げてこの場全体に(とどろ)かせる。

「アイリーン様は王家と深いかかわり合いがある! その意味がわからないものがまさかおるまい!」

「……それは嘘だろう!」

「ほう! これを嘘と言われる? ではその心意気はどこにあるのですか?」

「しょ、証拠がない……」

「では、証拠をお見せしましょう!」

「ふ、……レターさん!」

 レターさんて。

「しょ、証拠は……」

「ユカーリ殿、もしや今証拠を持ち歩いていないとは思うのですか?」

 訳、リリルの存在自体が証拠でしょ?

 適当にリリルの懐を漁ると、一つのペンダントが入っていた。

 それを取り出して裏面を見る。そこにはしっかりと家紋が刻まれていた。これならいけるはず、と兵士に突き出す。

「これが証拠ですが?」

「ど、どれ……」

 手を震わせて汗を掻きながら僕が持っているペンダントに手をのばす。あと数センチ。僕は急いでペンダントを隠し、更に目を細めた。

「今、ペンダントを盗もうとしましたね?」

「そ、そんなことはけっして!」

「突然掻いた汗と震えている手。そして今は目が泳いでおりますが、いかが反論がなさいます?」

「グッ……こ、こいつらをひっとらえ――」

「ききましたか、住民の皆さん!」

 僕の思うがままに乗ってくれる兵士たちのほうが名演技なんじゃ? そう思いつつ声をはりあげる。

「これが、最近の兵士のやり口ですよ。自分の私利私欲のために行動を起こす。今がそうではありませんか?」

 声はあげずとも反応はある。頷いたり、隣の人とささやき合ったりと。これこそ、僕が狙った所。住民の不安を仰ぐこと。そして……ふっ。

「ふぁー……文君、今ものすごい悪い顔しているよ……」

「そう? ありがとう」

「……ふぁー」

 小声で会話を交わすと、だんだんと周りが騒がしくなってきた。

 どうやら住民と兵士が喧嘩をし始めたみたいだ。

 僕らはそのうちにその場をいそいそと後にすると、王宮に戻った。

 お読みいただきありがとうございます。


 おさらい:文君は猫。



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