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ウィーク・クリエイター  作者: 二本狐
第一章 カスティリア王国編
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第三十八話 私の名前はアイリーン

 王宮一階に、どこにでもあるような小さな部屋。ベッドに机と椅子、そしてクローゼットがあるが、他に何ひとつもない。一応手入れはされているけど、使われた形跡は全くない。

 だけど、一つだけ使われている箇所がある。いや、この部屋の本来の使い方で僕は使っている、といったほうが正しいのかな。

 さっき渡した装備を身につけているリリルと、何故かメイド服のままの夕花里さんが不思議そうに辺りを見渡している二人を尻目にクローゼットを開く。そこには男性物と女性物の安い服がかかっていて、少し不自然だ。でも、この不自然にかかっている服が目印になっている。

 その服から目を離してそのまま腰を下ろすと、底の板を取り外した。

「……ほら、ここが外への出口だよ」

 その場から数歩後ろに下がって二人に場所を渡すと、恐る恐るその穴を覗きこんだ。

 その穴から届く冷気と微かな水の跳ねる音が耳まで届いた。

「深い、ですね……」

 リリルがゴクリと喉を鳴らす。夕花里さんはというと、耳を澄ませていた。

「でも、下から風の音が聞こえてくるから、そこまで深くはないのかな?」

「うん。大体一分から二分ぐらい降り続けるぐらいなんだけど」

 そもそもここが作られた理由を考えると、もう少し深くても良い気がするんだよね。

 僕はおもむろにその底を指さすと、口を開く。

「ここさ、階段になってるでしょ? 実はこの隠し階段、緊急脱出用のものなんだよ」

「「緊急脱出用?」」

「そう。ほら、もし王宮が襲われたり住民が反乱を起こしたりしたら、どうやって逃げるつもりなのさ? そういうのを想定してお城は作られているんだけど……夕花里さんはともかくリリルは――ああいや、なんでもない」

 王族であるリリルが知らないというのはおかしいって。でも、これを追求するとリリルが王族だっていうのを僕が知ってるってことになるからなぁ。リリルが悲しむと、後々面倒になるし。

「ほら、じゃあ行くよ?」

 二人の間をすり抜けて階段を少し降りると、板を手に取る。

「この板も閉めないといけないんだから、さ」

 そう急かすと、恐る恐る片足を階段につけて足場を確認すると、ゆっくりと二人手を繋いで仲良く階段を降りていった。それを見届けてから、僕はクローゼットと板を閉め、二人の後を追った。



 ◆



 この脱出通路はいろんな所に通じているとメイド長さんは言っていた。それこそ、街のスラム街にある枯れた井戸や、商いをしている倉庫。街の噴水にも通じているし、門のすぐ近くにも通じている。

 今回僕らは、西門から死角になっている地下水路に出た。といっても、きちんと足場はあるから、わざわざ濡れに行く必要はない。少し辺りを見渡して誰も居ないことを確認すると、念の為にリリルにはフードを被ってもらった。

「いい? 僕らは貴族だ。リリルがとある貴族のご令嬢で、お忍びでこれから魔物を狩りに行く。僕はその指導役で、夕花里さんはリリル専用メイドだ。ああ、もし名前を聞かれたらリリルは「アイリーン」って答えてね」

 こういう時名前を聞かれるのは貴族だけ。だから僕と夕花里さんは別に名前を考える必要ない。そもそも、アイリーンっていうのも今適当に考えただけだし。即席(アドリブ)は大切だからね。

 さあ行こう、そう声をかけてリリルを先頭に歩き始める。僕と夕花里さんはその後ろをしずしずと歩く。

 ……まあ、夕花里さんの場合は羞恥心のせいで歩みが遅くなっているだけだけどね。ほら、どんどんリリルから遠くなって行ってる。

「アイリーン様、少しお待ちください」

「…………はわっ。は、はい!」

 ……リリル、完全に忘れてたね。

「アイリーン様、少々お手を煩わせて申し訳ございませんが、このメイドが先程からアイリーン様のとても深い世の知識に感嘆なされて足元がお留守となっております。本来ならばメイドを叱るべきですが、残念ながらメイドはアイリーン様の物。であるからにはアイリーン様に処遇をお聞きしたいと存知いたしますが」

 こんなスラスラと変な敬語が出てきた。まるでまるまると太った無駄な消費をする貴族みたいだ。

「はっ、ゆ、ユカーリよ」

 アドリブ下手だな!?

「私の話をそこまで深く持っていただけることは嬉しいですけど、きちんとついてきていただかないと、お給金をお出しすることはできません、よ?」

「……申し訳ございません、アイリーン様。この不甲斐ないめ、めい、メイド、いかなる処罰もお受けいたします」

 メイドで本気で悔しそうにしてると、結構男性にはグッとくるものがあるんだから。あと、最後のはどこの知識かとても気になるんだけど。

「では、ユカーリよ、貴女には私と手を繋いでもらいましょう」

「そ、そんなっ! お、恐れ多い!」

 何が恐れ多いのさ。

 そんな心の突っ込みは当然聞こえるわけもなく、リリルに問答無用で手を繋がれた。……夕花里さんが女優さんびっくりの演技力は良いけど、そのびっくりした顔はもうやめよ? リリルめっちゃ泣きそうなんだけど。

 とりあえず夕花里さんに演技をやめてもらってから、二人には手をつないだそのままの状態で歩いてもらうこと五分。ようやく西門に辿り着いた。人が多いと前に進むのも一苦労だ。

 夕花里さんとリリルは初めて間近でみるからか、「ほわぁ……」と声を漏らしながら下からゆっくりと見上げた。

 立派に建っている門は、あまりにも巨大だ。メインストリートもかなり広いけど、それに合わせるかのように、いやそれ以上に広いトンネルを作り上げている。

 周りを見渡すと、何人もの常駐している兵士がちらほらと見える。といっても、王宮にいる兵士団の独りじゃなくて、街の仕事の一つである普通の兵士だけど。仕事は簡単、怪しい人を止めて確認することと、街に入り込もうとする魔物の討伐。それと時々手に負えない魔物が現れた時に城まで素早く情報伝達を行う。

 魔物の討伐は本当に(まれ)な出来事だから、ここで働いている兵士はそこまでレベルが高くない。それに、王都だからなのか昼夜関係なく人が行き来するから、魔物を殺すことを専門とする人たちがある程度魔物を狩る。つまり事実上彼らは魔物の討伐をすることが殆ど無い。

 それに……。

「あれ? 文君、簡単に抜けられちゃったんだけど?」

「ここの人たち、平和ボケしてるから質問されることなんて無いんだよ」

「……それはいけませんね。おと――王様に進言して……いえ、ここは王の権力とは別のところですから然るべきところに連絡して……」

 ブツブツとリリルが呟いている。こわい。

 まあ、ここの人たちは一度人をすっぱりと変えてしまうのが一番良い。このままだといざっていうときに何も出来ないからね。……まあ、僕にもそれ以外の方法が見つからないというのだから、こう腐った人は面倒なんだよね。

「まあ気分をかえて、まずは近くの森にいこっか」








 十五分歩いたところにある森。一旦中に入ってしまうと、エレファモンキーやアシッドホーク、バーンドキャンサーとかがいる。はっきりいって戦いたくないし、入りたくもない。いや、でも森の中腹辺りまで行かないといないからいいんだけどさ。僕が行きたいのは森の始めの部分だけ。その周辺だけでいろいろな薬草類が集まるから、そんなわざわざ死ににいくような真似はしない。

 森の周辺にあるのは、ヒュヒュ草やコンコン草。それに青苔やテノリダケと、たくさんある。これら全部自生していると言うんだから、すごい。きっと他の地域に行くと、また別のものが生えているんだろうね。すると、また別のレシピができる。本当に楽しみだ。

 僕がせっせと物を集めている間、リリルと夕花里さんがジィ――――――――――っとみてくる。

 手伝ってくれたりとかは…………まあ、いっか。

 見分けがつかないし、下手に触られたりすると厄介になりかねない。それだったらまだ見られている方がマシだね。

 ああ、そうだ。しびれ草とイザナ草は摘んでおこう。これも多分使えるはずだから。それに、こういう使えなさそうなものが案外使えたりするし。

「あ、フミ様! この花から甘い匂いがします!」

「……それはハチミツっていって、ちゃんとした手順で取らないと蜂が攻撃しにくるんだよ」

 そう伝えたらリリルの伸ばしかけていた手が止まった。まあ、突っつきたくなる気持ちはわかるけどね。

「外って、危険で溢れているんですね……」

「蜂が危険なだけであって、別に魔物相手なら僕でも対処のしようがあるから、そこまででもないけど」

「あ! あれはなんですか!?」

「……あれは梨の木だね。食べたことない?」

「あろうとしてました」

 ……日本語大丈夫か? いや、日本語じゃないけど、これはおかしいでしょ。

 おもむろにヒノキの棒を装備してその木に近づくと、地面に突き立てて円筒を思い浮かべた。

「【クリエイト】」

 自分を上に上げるイメージ。うーん、少し雑に思い浮かべたから綺麗な円筒にはならなかったなぁ。まあ、今回は精密さじゃなくて木になっている梨を取れれば良いから気にしないことにしよう。

 そのまま地面にゆっくりと沈むイメージを思い浮かべて【クリエイト】と唱えると、盛り上がった土はそのまますっと僕を地面に下ろすと、リリルに投げ渡した。

「ほら、リリル。そのままかぶりつくんだ」

「このまま食べられるのですか!?」

「きっと大抵の果物はそのまま食べられるし……それにリリルもそういった食べ物は食べたことあるでしょ?」

「は、はい。ですが、あれは一度シェフが綺麗にしたものでしたので……」

「シェフは飾り付けをするだけであって、別に綺麗にするという作業はしてないはず」

 だから早く食べて。

 その願いを籠めてリリルを、そして夕花里さんにも促すように言ってほしいと視線を向ける。

 夕花里さんはコクリと頷くと、リリルに色々なことを教え始めた。美味しいものは食べてもらいたいという精神を持っている夕花里さんにかかれば、半日もしないうちに目が虚ろながらむしゃむしゃと嫌いなもの食べさせる人が完成するぐらいだから。

 ――さすがに言い過ぎか。

 別に普通の女の子だから、自身の体験談でも語っているんだろうね。

 ……まあ、みてなくてもいいか。

 僕はリリルたちから視線を外して一人で素材集めを再開させると、黙々と集め始めた。

 お読みいただきありがとうございます。


 おさらい:リリルも夕花里さんもアドリブが苦手。ただし夕花里さんは女優顔負けの名演技でリリルを半泣きにさせる。

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