第三十六話 暗躍
草木も眠る丑三つ時。城内は静まりかえっており、遠くに見える街の灯もポツポツと消え始める時間帯に、三人の男が一つの小部屋に集まっていた。
中央机に置いてあるランプが揺らめく炎によってうっすらと顔が照らされる。
騎士団団長イェントール、兵士長フック、そしてこの国の王グレンだ。
沈黙が支配する中、一番最初に口を開いたのはグレンだった。
「それで、勇者方の首尾はどうだ?」
その問いかけに、フックが畏まる。
「はい。まだ一ヶ月という短い期間ですが、すでにかなりの技術量を身につけております」
グレンの問いにフックが答える。
それは上々、と王は心の中で笑みを浮かべた。
しかし、報告はまだ続く。
「また、カケル殿が私を打ち負かしました」
その報告にグレンは瞠目し、さすが女神の加護を得た者ぞ、と感心した。
(やはり魔族を滅ぼす鍵となるのは翔殿だ)
一ヶ月。
一ヶ月という速さで兵士長を負かすというのだ。これはこの先も更なる成長を見せてくれるに違いない。
他三人も同じだ。ギンガは彼の娘の中で一番強いと言われるミノリアに勝ったと聞いているし、アズサはレベルが上がれば、確実に最上位魔法を軽々と扱えるようになるとグレンは宮廷魔法長から聞いている。さらに、桜についてはその場にいるだけで、その場にいる全員の起爆剤となる。
魔族との戦いの前に一言二言喋ってもらうだけでもかなり士気が上がるだろう。
「他の者はどうじゃ?」
「ハッ! 他のものも勇者殿に負けず劣らず頑張っており、その中でも何人かの者は、そろそろ私を打ち負かすでしょう」
「それほど……今回の勇者召喚は上手く言ったというわけじゃな」
表面上はとても嬉しそうだ。だが、裏では黒い、欲望にまみれた笑みを浮かべている。
そこで初めて、沈黙していたイェントールが口を開いた。
「王よ、わざわざ勇者の報告だけで呼んだわけじゃありませんよね?」
「ああ。勇者殿については前座じゃ。今から本題に入る」
その言葉で空気がピリッとする。
一枚の机の上に置くと、空気を割くようにグレンは議題を提示した。
「先ほど勇者殿について聞いたのは、どれぐらい使えるようになったかを確認したかったからだ。……そろそろ、ダンジョンの期日が迫っているからの」
その言葉にハッとなった二人は顔を引き締める。
「確かにそうですが、彼らはまだ命のやり取りというものを全く理解しておりません。もう少し時間をかけた方が……」
「イェンよ、奴らは道具。そう思えばなんの心配はなかろう?」
「っ! グレン王! それは聞き捨てなりません! 彼らは私達と同じ人族です! けっして道具などでは――」
「生きる道具(奴隷)じゃ。それも、待遇が良い、何も知らずに走らされる騎竜と同じな」
「王!」
イェントールの怒声が響き渡る。
しかしグレンは悪びれた表情をしなかった。まるで自身が正しいというかのように。
ただ、グレンの中にあるのは道具をどう使って魔王を殺し、世界を掌握するか。そこには異世界人をとても使い勝手の良い道具としてしかみていない、濁りきった感情があるだけだ。
「俺は王様の意見に、といってもダンジョンの期日が迫っているから送り込む、というほうに賛成だ」
「フック!?」
フックの言葉にイェントールは驚愕し、彼を睨みつける。
それに肩を竦めると、袖を捲り上げて腕を灯りに照らす。そこには、生々しい肘から肩にかけて大きな裂傷痕があった。
「俺は兵士という雑兵だから言えるんだけどよ、俺らは四年前の魔物の大侵攻の時に、一日訓練しただけで戦場に放り込まれたんだ」
フックはあの日を思い出すだけで恐怖でいっぱいになる。
民間から集められた兵は三千人。強制的に徴兵された彼らは、魔物が近くに迫ってきている焦燥と、それに増長された過度な訓練。しかも、一日しか訓練されず、隊列や作戦もなしに、ただ突っ込むだけ。その使い捨て扱いで生き残れたのは、二百人いたかどうか……。
隣国からの援軍と冒険者ギルドの大奮闘があったからこそこの国は今も健在し、フックの命もここまで持ち堪えているのだ。袖の傷は、その時助けてもらったからこその、いわゆる弱さの証となっている。
フックはあの時にしか学べなかったことがある。袖を元に戻しながら口を開いた。
「命を失うかもしれない、そんな状況でガムシャラに生き残ろうという闘志はな、導火線に火を付けるようなもんなんだ。本当の強さは、精神力から来る。それを鍛えるのは早々にダンジョンに送り込んだ方がいいじゃないか?」
「しかし……みすみす見殺しになど……」
「時期尚早っていいてぇんだろ? だがよ、騎士団の皆様は着いて行くんだろ? なら守ることはできるんじゃないか? だいたい、もう悩んでいる時間もないぞ。期日は一年だ。予想されている階層は百、そして俺らがたどり着いたのは最高五十六層じゃなかったか? 一年で百層までたどり着かないと、またあの大侵攻が起きちまうんだぞ!」
――――大侵攻。
ダンジョンの周りに生息している魔物が狂い、ヒューマを襲う現象。
昔ではみられなかったのだが、最近頻繁に起こっている。
理由は未だに不明だが、いまわかっていることもある。ダンジョンを制覇すると発生しないということと、その魔物は人が大勢集まる都市を狙うこと、そして大侵攻と言われているが魔物が多い時と少ない時がある。
つまり、そのダンジョンの最奥である百層に到達さえすれば、大侵攻は起こらないというわけだ。
「俺はダンジョンを制覇する方に賛成だ。そこをクリアするだけで彼らは強くなる」
「そうじゃな。ダンジョンは通過点といっても良い。イェンよ、最初は試しに一層を探索するのも良い。あまり悠長にはしておれぬが、それぐらいの時間はあるだろうて」
「……王の御心のままに」
実際にはまだ納得していなかったイェントールだが、ここでイェントールが何を言っても、グレンの心には届かないと諦めた故にでた忠誠の言葉だった。
その心には、落胆。
(グレン王は我ら騎士団の立場をわかってのこの言葉、なのだろうな。クソッ! 頼むような物言いをしているが実際これは脅しだろこれは!)
騎士団は王家直属の騎士団だが、この国は貴族が優遇されており、騎士団はいいように飼いならされている。
そのため力はあまり持っておらず、微妙な立ち位置ということもあって、踏み込みすぎると斬られるのではないかと思うと、二の足を踏んでしまうのだった。
イェントールが唇をかみ悔しさを噛み締めていると、グレンが口を開く。
「ダンジョンの件はここまでにしとくとして、次なんじゃが……」
そこで先ほどよりも緊張した空気が辺りを包み込む。
そして、次にグレンが放った言葉に、イェントールとフックは目を見開いて驚愕した。
「………ヒノキを使っている小僧についてじゃ」
◆
「ヒノキを使っている小僧って……あのひょろっとして妙な魔法を使う小僧のことですか?」
その言葉にグレンは頷く。
実際は魔法ではなくスキルなのだが、それを知る者はここにはいなかった。
「ヒノキって……私は知りませんが、何か問題はあるのですか?」
まだ面識のないイェントールが疑問を提示する。
実際、ヒノキの棒はそこまで強度は高くないが、棍棒系の第一歩として初心者が好んで使うものであり、問題にするほどでもないとイェントールは思ったのだ。
そこでグレンが大真面目に言った。
「それが、問題しかない。その者はこの国に大災厄を呼ぶと言われているおるのじゃ」
その言葉にイェントールとフックは目を張った。特にフックはあの小僧がそんなことできるのかと驚くと同時に疑問が心に棲みつく。聖女と呼ばれている彼女に慕われていたあの男が? まさかと一笑に付したいところなのだが、王の手前、そのようなことがやろうに模することが出来なかった。
「しかし、信じられません。その彼もまた異世界から召喚された方なのでしょう? なのに……」
「ヒノキの棒を持つ者は、いつも異世界から召喚されてくると文献には書かれておる」
小さな引き出しから数冊本を取り出して二人に渡すと、黙って受け取って開く。
「……『ヒノキの棒を操るもの、世界に混沌と革命を行い、世界を滅ぼすであろう』とあります」
「それが、答えであろう?」
「だが、あの小僧は……!」
「三日じゃ」
「はっ……? 三日、とは?」
唐突に告げられた言葉に、二人共思わずきょとんとする。イェントールがおそるおそる問いかけると、表情でグレンに問いかけると、声のトーンを低くし、続けた。
「三日で片付けろ」
「片付けろとは……まさか俺らに殺せというのですか!?」
「そうじゃ。不安要素は残しておけぬからのぅ」
「……私は、自らの騎士道に誇りを持っています。ですので無駄な殺生は……」
「国家繁栄にための贄となってもらおう。国家繁栄は騎士の、何よりの望みじゃろ?」
「それは……しかし……!!」
「俺も反対ですグレン王! あいつを殺すなんて!」
「この国の民の笑顔と、一人の小僧の命。お主らはどちらを選ぶ?」
「「っ…………」」
押し黙る二人。
しかし、答えはもうでている。否、出さざるを得なかった。
なにが大災厄なのか。それすらもわからない。しかし、やらねば、国が滅び、守るものが失せる。
そんな思いをするなら。
「わかりました」
「受けます」
こう答える以外なかった。
「頼んだぞ。国のためにな」
しかして、暗城文の暗殺がここに決定された。
ランプの灯を消すと、それに紛れるかのように王は邪悪な笑みをうかばせたが、二人は気付かずにその部屋から力なく出て行った。
彼の笑みが語ったもの。それは本当にこの国の、世界のためになるのか。彼の腹の奥で、何を抱えているのか、それは、誰にもわからない。ただ、ヒノキの棒の勇者が殺すことに、ひどく執着していた……。
しかしそんな王に、一つだけ誤算があった。
「……これはフミ様にお伝えする必要がありますね」
彼らの密談を、ひっそりと天井裏で聴くものがいた。
最近忍者というものが流行りのメイドさん、ミニスタシア=ミレンドリィ、この人である。
なぜミニスタシアが天井裏にいるのか。
それは暗城文から王が怪しい動きをしたら全部見聞きして教えろと命令されたからだ。
文自身ができれば一番いいが、そういった盗聴技術は知識はあれども体が追いつかない。そこで白羽の矢がたったのがハイスペックなミニスタシアだったというわけだ。
「では、明日の朝にでも報告しましょう」
とても悠長していられる内容ではなかったが、別に今から事が及ぶわけでもない。そう判断すると、全員がいなくなった小部屋に入って先ほどの引き出しを開ける。
その中にはいくつかの公文書が入っていた。
「……これですね」
中身を全部手にとってスカートの中に入れた彼女の笑みは、いままでにみたことのない、何かを予感させるような笑みだった。
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おさらい:暗躍と暗躍




