第三十五話 桜の気持ち
夕食の席から一時間。全ての準備を終わらせてから部屋で本を読んでくつろいでいると、コンコンとノックをされた。
「どなたでしょうか?」
「夕花里、だよ?」
なんで疑問形? まあいいや。
「どうぞ」
ゆっくりと開けられた扉の音を聞きながら、また読書に戻る。
「適当に腰掛けて」
「う、うん」
「わかったよ」
夕花里さんと桜さんの声を聞いて、あと少しで理解できそうな馬車の造りを…………桜さんの声?
バッと顔を上げると、そこには困った笑みを浮かべている夕花里さんと、ニコニコと笑みを浮かべている桜さんがいた。……いや、あと一人、リリルも困った笑みを浮かべながらベッドに腰掛けている。
大体予想はつけるけど。一応夕花里さんに説明を求める視線を送った。
「え? えええっと……えっとね、夕食食べ終わった後に、文君のお部屋行こうと思ったら、梓さんが今からどこいくのか訊かれちゃったからつい文君のところって答えちゃって……それで、東雲さんもついてきたの」
「……梓ちゃんが、私の抱えている気持ちがわかるかもって」
気持ち? なんの気持ちなんだろ?
「えっと、私は、フミ様のお部屋の前でちょうどお二人に会いまして」
「リリルは別口か。……まあ、この部屋に夕花里さんとふたりきりというのは、夕花里さんが挙動不審に鳴ってたかもしれないからいいけどさ。……それに、二人にも明日渡そうと思ってたから、ちょうどいいし」
はぁ。面倒事になりそうだったから避けたのになぁ。
さっさと渡そう。
本をパタンと閉じると、机の上に置いてあった護身用兼包丁をホルダーにしまうと、夕花里さんに渡した。
「はい、その髪留めと同じ半月を模した護身用の短剣。包丁としても使えるから、できれば使ってほしいな」
「ふぁー……あ、ありがとう文君! 大切に使うね!」
「大切に使われなかったら、僕も少し泣くよ。まあ、ちょっとぐらい雑に使っても壊れないコーティングはしておいたけど」
とくに、柄頭の半月は、触っても痛くないように柔らかくしてある。まずは短剣を硬いイメージでつくり、その後にその短剣をクリエイトで半月を作る。その二段工程。
嬉しそうに笑みを浮かべて頬を上気させる。満足してもらえて何よりだ。
「……ちゃんとあるからさ」
だからそんな二人共そんなに物欲しそうな視線を送らないでよ。
あるって言った瞬間に目を輝かせたのは、この際目をつぶってあげるから。
はぁ、と溜息を吐いて二つのペンダントを机からとった。一つは桜の花を模したもの。もう一つは、絵本を模したもの。
「はい、お礼のプレゼント」
桜は桜さんに。
絵本はリリルに。
それぞれ嬉しそうに受け取ってお礼を言ってくれた。
「あ、リリルは首からかけていいけど、桜さんは手首に付けて。調整できるから」
「え? なんでなんで?」
「危ないから」
桜さんのことだ。しょうもないことで引っ掛けてそのまま首を締めたり、首がちょん切れるかもしれないからね。老婆心かもしれないけど、少なくとも桜さんはあぶなっかしいからやめていただきたい。
でも、そういったとしてもまだ悩んでる。しょうがない。
「それとも、僕に付けさせて欲しいの?」
「え? う、うん……」
……桜さんって、こんなしおらしい人だったっけ? まるで恋しているみたいだ。…………まあ、いいか。
それよりささっと手に付けてあげると、
「【クリエイト】」
「「「えっ?」」」
「はい、これでいざっていうときでも外れないよ。腕を斬られない限りね」
それに、ペンダントで腕をちょん切ることもない。これなら安心だね。
「さ、リリルはどうするって、もうつけちゃったか」
「フミ様、怖いです……。一生取れないです……?」
「ふぁー……私も、今の文君は怖いよ……」
「一生、このまま……」
二人になぜか怖がられた。一人だけポーッとしてるというのに。
「僕か、それか物凄い土魔法を使える人に頼めば取れるから大丈夫だよ」
まあ、もしやれたらその人が世界救えば良いだろ、って思えるぐらいの硬さにしてあるから、絶対外せないだろうけどね。
「プレゼントも渡せたことだし……」
そのまま帰らせるのは、少し罪悪感も感じるからね。
「さっきこういうの作ってたんだけど、やる?」
そういって左ポケットから取り出したのはスマホだった。
「……間違えた」
スマホは、作ってない。
逆のポケットに手を突っ込んで出したのは、
「ふぁー、トランプだぁ」
「トランプ!?」
久しぶりに地球のものをみたからか頬を緩ませる夕花里さんに、トランプと聞いて一気に元気になった桜さんは、ふんすっ! と鼻を鳴らす。見た目可愛いのに、何この残念少女。わざとやってるとしか思えないよ、まったく。
「とらんぷ、ってなんなのでしょうか?」
「あ、そういえばリリルちゃんは知らないよね」
夕花里さんがそう問いかけると、軽く頷いた。とりあえず、みたほうが早い。
「トランプっていうのはね、こうやって――」
面倒見のいい夕花里さんが僕からトランプを受け取って説明を始める。その間に桜さんに隅の方に連れだした。
「ふぇ、えっと……?」
顔を赤くするのはいいけど、別に僕もやましいことをするわけじゃない。
「一つだけ訊きたいんだけど、桜さんって攻撃魔法は使えるの?」
「攻撃魔法? ううん、使えないよ」
「じゃあ、このお城で王様に絡まれたとかある?」
「え? ないけど……遠くからは何回もみられてて……変な視線を感じはするよ」
なんだろうねあれー? って変な表情をする。
……やっぱり、王様は危ないかも。魔王どうこうという世界のことを考えてなくて、勇者を利用して国の優劣関係を考えている気がしてしょうがない。……憶測の範囲をでないけど。
はっきり言って僕には関係ない。この国がどうなろうとね。でも、桜さんや夕花里さんに被害がいくのは見過ごせないし、リリルやファミナちゃんにも被害が行った場合、それを看過することは出来ない。
まあ、リリルとファミナちゃんは今回関しては関係ないか。問題は、桜さん、か。
「桜さん」
「ひゃい!?」
「……桜さん、さっき梓さんが言っていた話ともかぶるんだけど、僕がこうやって襲いかかった時、自衛できる?」
「……文くんはそんなことしないし、それに……」
「わかった。じゃあ、だれかチャラチャラしているおっさんに襲われたら?」
「あ……」
何故か嬉しそうな声を漏らす。え?
「その時は文くんが守ってくれるもん!」
「……ああ、そう」
守ってくれる存在がいつまでもいると思ってくれるから、こうやって桜さんは笑えるのか。でも、違う。
「だから、自衛できるかどうかを聞いてるんだ」
「……できない、かな」
「なら、これを渡しておく」
アイテムボックスから取り出したのは、スタンガンだ。
「これ、少し弄ってかなり強力になってるから、これから携帯して」
「えっ? でも文くんは?」
「僕がいつも、傍にいるとは限らないでしょ? それに、周りに人もいない時もある。……本当は、ナイフの方が良いんだけど、そういう日本には無い刃物を持つのは嫌いなんでしょ?」
そう問いかけると、こくんと力なく頷いた。
「だって、ナイフを持つってことは、相手を傷つけちゃうもん。それに、傷つけられる……」
「いくら傷つけられそうになっても、どんなに嫌いな人でも、相手を思いやるのが桜さんの良いところだよ」
そういうと、桜さんが僕をみて、顔を朱に染めながら心臓を押さえる。
「だから、それならだれも傷つけることがないから、安心して」
「……ありがとう、文くん」
とても自然に微笑んだ桜さんの表情は、とても綺麗だった。
「この気持ち……ようやくわかったよ、文くん」
ぎゅっと心臓の前で手を組むと、そっと目を閉じる。
「……梓さんにわかるって気持ちのこと?」
「うんっ! でもね……」
桜さんが立ち上がると、そろそろ説明が終わりそうな二人の方に数歩歩くと、立ち止まって振り向いた。
「ひ・み・つ、だよ!」
そっか。
でも、桜さんの笑みは、さっきまでのしおらしい笑みとは違って、いつもの元気な桜さんに戻っている。それを意味することは、何もない。ただ、桜さんが一つ、心が成長したという事実だけだ。
「それに比べて、僕は……何が成長したんだろう」
そっと呟いた言葉は、この部屋の誰の耳にも届くこともなく、霧散する。
「文くーん! トランプ、やろー! ヒャッハーゲームしよー!」
「そのひゃっはーげーむというのは、一体何なのでしょう?」
「ふぁー、そんなトランプゲームは存在しないよー」
「そうなんですか?」
「ないよ」
僕に向けられた質問に苦笑いしながら答えると、ゆっくりと歩み寄った。
僕が成長したことは、なにもない。
ふと、窓の外を見る。そこから覗ける月は、欠けていた。まるで、僕の心を表しているかのように。
なんてね。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:桜さんは狙われてるかも……?




