第三十四話 鈍感
夕花里さんとファミナちゃんと一緒に昼食を食べたあとは、三人で中庭に移動して遊んだ。
夕花里さんはスピード特化型。だからステータスの『速さ』をフルに使って、ファミナちゃんをおんぶして走り回っている。まるでジェットコースターみたいな感覚かな。楽しそうな悲鳴を上げながら夕花里さんに抱きついていた。抱きつかれた本人も楽しそうだったのは、きっとファミナちゃんが楽しんでくれているからだろうね。
暫くして僕のところにきたとき、かなり疲れたご様子だったけどさ。
ファミナちゃんをおろした後、選手交代と言わんばかりにハイタッチをすると、倒れ込もうとした夕花里をお姫様抱っこする。
「ええ? ええええっと……!?」
「ほら、ちょっと待ってて……」
上手いことヒノキの棒を指の間に挟み込んで地面に立てると、頭の中で作るものを想像する。
「【クリエイト】」
数秒かけてつくりあげたのは、屋根付きのソファだ。ちなみにふんわり仕様。そこにそっと赤くなってる夕花里さんを寝かせると、今度はファミナちゃんの手を引く。
「ファミナちゃんって、何が好き?」
「おにいちゃん! けっこん!」
「しないよ。それに、僕が聞いたのは、物のこと。なんでも良いよ。ぬいぐるみとかね」
「え……。うーん……。あ、ファミナ、ユカリおねえさんのつけてるそれ、すきだよ!」
元気に指差すその先には、夕花里さんのチャームポイントの一つになってる半月の髪留めがあった。指された本人は、驚いた声をだして、その髪留めにそっと触れる。
「そっか。じゃあ僕が作ってあげるよ」
そう言うとかなりファミナちゃんは目を輝かせた。その純粋な眼差しを一身に受けながら、アイテムボックスから一つの純度が高い鉱石を取り出す。何回か外に行った時、たまたま見つけた綺麗な深緑の鉱石だ。もしかしたら宝石かも。まあ、どっちにしろ使うことには変わりないけど。
その手のひらサイズの鉱石をギュッと握って【クリエイト】と唱える。
中でグニュグニュと動く感覚はかなり気持ち悪いけど、その気持ち悪さもすぐ終わりを告げた。そっと手を開くと、そこには寸分違わない夕花里さんの髪留めがあった。成功だ。
「はい、プレゼント。気に入ってくれた?」
「うん! ありがとうお兄ちゃん!」
そういって抱きついてくる。……うん、何回も食らってくるから身構えたけど、結局溝尾に食らった……。
それでもある程度痛みに慣れてきてはいるから、すぐに痛みも引く。どちらかと言うと少し物足りなくなって切る感じもするし。嬉しい事だけど、スキンシップとしてどうなのか……いや、こんなこと考えてたら変態じゃん。
柔らかいファミナちゃん髪の毛の感触を楽しみながら頭を撫でていると、背後に気配を感じた。
「夕花里さん……?」
「え? 別にいいな~とかそ、そそそんなこと思ってないよ!?」
手を前に出し、首を横にブンブンとふって否定してるけど、声が上擦りすぎ。そんなの、プレゼントが欲しいって言ってるのと同じだよ。まあ、夕花里さんの元々の性格を知ってるから、きっとファミナちゃんに遠慮しているんだよね。お礼も兼ねてあとでこっそりとプレゼントをしておこう。一緒に料理とかしてくれたり、ファミナちゃんと一緒に遊んでくれているから。
僕はなんでもないよ、と首を一度横に振ると、ファミナちゃんをゆっくりと離す。
プレゼントといえば、桜さんとリリルにも作ってあげないと。
「文君?」
「ああ、ごめんごめん」
少し考え事をしすぎた。ちゃんとファミナちゃんをかまってあげないと。
「じゃあ、ファミナちゃん。その髪留め付けてあげるよ」
夕花里さんは前髪を左側に流す感じでつけている。だから、ファミナちゃんにも同じようにつけて上げた。
「ユカリおねえさんと同じ場所! ユカリおねえさん、おそろいだよおそろい!」
「ふぁー。おそろいだね~」
和やかに笑みを浮かべる夕花里さんから、未だプレゼントがもらえなくて残念というオーラが出てる。いや、あとで渡すから。
さて、と。
後ろに数歩下がる。
日が暮れるまでまだ数時間ある。こうして三人で過ごすこの時間は、僕は好きだ。一人でいるのも好きだけど、元気なファミナちゃんに、普通の、そして僕のことを何も知らない上に普通に接してくれる夕花里さん。この二人は僕にとってとても過ごしやすい時間を提供してくれるから。だから、不思議そうな表情を浮かべてくる二人に、軽く微笑んだ。
「じゃあ、次は何して遊ぶ?」
◆
その後も、夕日が沈み込むまで遊び、夕花里さんと一緒にクタクタになって食堂までやってきた。ファミナちゃんは疲れすぎてそのまま眠っちゃったから、近くを通り過ぎたミニスタシアさんじゃないメイドさんに運んでもらった。
食堂を見渡すと、三人ほど疲れきった顔をして机に突っ伏している人がいた。というか、見知った顔だった。
顔を背けて逆方向に進もうとしたら、
「……あ、文くん!」
突っ伏していた中のひとりに声を掛けられた。立ち去ろうとした足が、ピタリと止まる。
「文くん、こっちこっち! ここの席がちょうど空くよ!」
そっと桜さんをみると、さっきまでの疲れ顔はどこへやら。物凄い健康そうな肌色をしている。バンバンと叩いている机には兵士さんがいて、めっちゃ気まずい雰囲気だ。しかも、全然空くとか予定はなさそう。その人達、まだ全然食べている途中じゃん。
「…………」
「…………はぁ。聖女様のためだ」
二人の兵士は自分の食器を持つと、別の場所に移動をした。
……きっと、たまたまの偶然だったんだろうね。桜さんは兵士たちにもかなり人気だってちょっとした噂を聞いたことがある。盗み聞きだけど。
その桜さんがたまたま隣に座った。もしくは座れた。だというのにあの仕打ちはかなり可哀想だ。
……だからといって、同情も、ましてや桜さんの行動を咎めることもしないけど。面倒だし、それに、被害が一周回ってやってくるのは桜さんだからね。
とりあえず桜さんの隣に僕、その更に隣夕花里さんが座った。
そこでようやく突っ伏してた残りの二人も気づく。梓と銀河だ。翔はなぜかいない。おおかた、ご執心のエン……なんだったかな。エンジニア? ……エンさんと一緒にどこかで夕飯を摂ってるんだろうね。
それより、と銀河の隣にいる人に視線を移す。ずっとパクパクとご飯を食べていた人物は僕らに視線を移すと、ゴクリと飲み込んだ。
「おおっ! ユカリと目が昏い人ではないか!」
「目が……」
「昏い人……?」
夕花里さんと僕が揃って疑問の声を上げざるを得なかった。
確かにこの人、確かミノリ……ミノリア? は先週辺りに二人で料理をしてたら乱入してきたけど……まさか名前を覚えられていないとは。しかも、変な覚え方されてる……。
「ああ? お前が言ってたのって、文のことだったのか?」
「そうかそうか。そういえばお主、フミと申しておったの」
悪びれもなくそう言ったミノリアに、呆れしか出ない。少なくとも、怒りは湧いてこないほどの豪快な人物だ。まったく、銀河にお似合いだね。
「銀河は、なに? 大量の魔物にでも襲われた?」
全身傷だらけ、土埃だらけの銀河にそう問いかけると、明らかに不機嫌になった。
「違う! こいつよりはぼろぼろじゃねぇぞ!」
「いや、まあ確かに」
ミノリアは銀河よりももっと酷かった。汚れの他にもところどころ破けた衣服は、どれほどのことをやらかしていたのか想像が容易い。それはもう、スプーンをクリエイトするよりもだ。傷が見当たらないのは、桜さんが回復魔法を掛けたからかな?
そう思って視線を送ると、顔を赤らめて照れたように頷いた。
銀河に回復魔法をかけていないのはよくわからないけど、なにか理由でもあるのかな。
「まあ、二人の汚れている理由と銀河が突っ伏している理由はわかった。銀河はただの体力切れだね」
「グッ……そう言われちゃそうなんだけどよ……!」
銀河はこういうところをすぐ認めることだけは好きだ。単純明快ということでね。それ以外ははっきりいってあんまり関わりたくない。特に、桜さん関係が。
視線を移して桜さんのところから適当にご飯をとって夕花里さんに回しながら口を開く。
「梓さんはどうしたの?」
「……魔法暗記盤って知ってる?」
「僕に縁遠いものなら……」
「あ、私使ったことあるよ、文君」
隣から夕花里さんが眉を潜めた状態で顔を出してきた。
「初級魔法ぐらいしかないんだけど、あれかなり頭痛くなるんだよね……」
「そうなのよ……数字が暗記できるのはいいのよ。でも、頭痛がひどくて……。それで食欲もわかないのよ」
「それは大変そうだ」
「……他人事ね」
「他人事だもの」
「そ、そうだけど……私あの痛さ知ってるから……」
夕花里さんも梓さんも知ってるとして、僕は知らないから。
……それにしても、おかしい。
夕花里さんって、たしかずっと訓練を積んでいたはずなのに。それに、訓練を積んでいない日は、僕らと遊んでいた。……なんか、引っかかるな。
ちらりと夕花里さんをみる。だけど小首を傾げるだけだった。
そういえば、今日は妙に突っかかってこない桜さんも変だ。
逆方向に視線を向けると、頭を机にくっつけてた。
はぁ、と溜息を吐いてから桜さんのセミロングの髪を土で即席で作ったゴムで纏めた。
「ふぇえ?」
「ほら、髪の毛が料理に入るでしょ?」
僕は人の髪の毛が入った料理を食べるのは嫌だし、それを人が食べるのも不衛生で自分が気持ち悪くなる、とまでは行かないけど、不衛生だと思う心はあるから、それを眼に入るところでは許容しない。
「それで、桜さんはなんでそんな項垂れているのさ?」
そう問いかけると、うぅっ、と呻いて涙混じりにゆっくりと言葉を発した。
「私……本嫌いなのに、読んだら頭痛くなったよ……」
「………………あっそ」
「文くんつめたーい」
ビターンってビンタされた。いや、ビンタって言うよりぐにょっと頬を押された感じで、首がグキッと変な音が鳴った。……いつもの覇気がないようにも思えるのは気のせいか?
何回か首を回して、桜さんを視界の端にも入れないようにしてから夕花里さんに話しかける。
「最近、夕花里さんは訓練どんな感じなの?」
「え? えええ? ええええっと……」
「うん?」
「えっと……双小剣で風魔法を飛ばす訓練だよ。斬る動作中に風を刀身にまとわせて斬るとね、風の刃が五メートルぐらいに膨れ上がるんだよー」
「ちょっと危ないね」
「うん、でもこれも平和のため? になるなら、私は――」
「世界の平和より、夕花里さんの方が心配だよ」
「ふぁ!? な、なんでかな?」
「そうだよ! この桜さんは心配じゃないの?」
桜さん、とりあえず胸をはるのはやめよ? 銀河は桜さんにたいするガン見をやめて隣の赤い猛獣をどうにかしようか。
数十秒後にはまた銀河の生傷が増えることを予知し梓さんは、対面から移ってきて桜さんの空いている隣に座り込む。
「相変わらず、鈍感な男たちね」
「まったくだね。なんでこんなに鈍感なんだろ」
「「文君の言うことじゃないと思う……」」
梓さんと夕花里さんが揃って口にすると、お互いに顔を見合わせて微笑みあった。……僕をダシにして楽しむのは良いけど、鈍感ってどういうこと?
まあ、いいか。
それよりも、と訝しげ視線を夕花里さんにこっそり投げつける。
夕花里さんに変わったところはみられない。でも、だったらいつ、魔法暗記盤を使ったんだろう? しかも、あれはかなり高価なのに。
「文君、あなた本当に夜の魔王になるつもりなのかしら?」
「……え? どういうこと?」
急に話題をふられた、のはいいんだけど、ヨルノマオウ? どういうこと?
僕が疑問を投げつける前に、梓さんが悪戯な笑みを浮かべて、口を開いた。
「桜に、柚原さん」
ゆっくりと発音しながら二人を指さす。
「リリルに最近は小さい子もいるわね」
嫌な予感がする。
桜さんはよく理解していないみたいだけど、隣をみると夕花里さんは正しく理解してしまったらしい。顔真っ赤だ。うわぁ、もう。最悪じゃん。
どうするのが正しいんだろう。本当の事を言ったほうがいいのか、それともわからないふりをするのが正しいのか。
「それで」
なんだ、この感覚。スッと刃を首筋に当てられている感覚は……――
「文君、貴方は誰が一番お気に入りなのかしら?」
「「「ブッッ!」」」
僕と桜さんと夕花里さんが同時に吹き出した。
そして、同時に両方から僕を恐る恐る視線が向けられる。しまったなぁ……ちょうど挟まれているから、逃げようにも逃げれない……!
「ねえ、文君。誰が一番、お気に入り……いえ、違うわね。誰が一番異性として意識しているのかしら?」
……僕がどうであれ、梓さんは僕から本音を聞き出そうっていう魂胆だね。しかも、よりにもよって、恋愛話か……!
「ははは……梓さんも面白い冗談を言うね。みんな異性として意識しているよ」
そういうと、周りがにわかに騒ぎ始めた。どうせ、字面通り受け止められないバカ達が騒いでいるだけだ。……だからホモとか言わないでよ。なんで皆異性って、女性陣勢だけだから!
「みんな夜の魔王の餌食になるってわけね。私の貞操も危ないのかしら」
「大丈夫だよ、梓さん。異性としてみているだけだから。逆に同性としてみてたら、梓さんも傷つくでしょ?」
ヘラヘラして、ごまかそう。それが一番の逃げ道かも。
「……ねえ、文君。わざと?」
「わざと? なにが?」
「わざとでしょ? そうやって誤魔化すつもりかしら?」
「僕にはどういうことなのか、全くわからないね」
「そう……」
ふぅー、と息を吐き出した梓さんをみて、あっさりと引いてくれたと安心する。だからそろそろ部屋に戻ろうとした時、
「このロリコン鈍感野郎」
梓さんにとても似た声がそう僕を野次ったことに、背中が薄ら寒くなったのは、気のせい……だ。
「……夕花里さん、後で僕の部屋来て」
誰にも聞こえない程度に夕花里さんの耳元でそう呟くと、その場を素早く離脱した。
後ろから三つの視線、特に一つは射殺そうとする視線を受けながら、その場をあとにした。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:梓こわい……




