第三十二話 お昼時の翔と第三王女
時を同じくした、訓練場。
そこでは朝からずっと詰めて戦う術を身につけている、篠田翔の姿があった。
体中に滲み上がる汗を吹き飛ばすかのように、必死に身体を動かし、キレの良い袈裟斬りをかける。だが、その剣は軽々と受け止められてしまった。
「打ちが甘いぞっ!」
そう言って押し返したのは、兵士より強い、騎士団の団員。その額には汗一つ滲ませずに、次々と襲いかかる翔の猛攻をいなし続けている。
翔は思わず苦笑いを浮かべた。これでも彼は、剣道で全国大会へ進出できるほどの腕前を持っていたのだが、それがまるでお遊びだったと思わされるほど、この世界での命のやりとりが重く感じたのだ。
剣道で学んだ目線での誘導は、騎士団にとって、この団員には無いに等しい物。
兵士団長には実戦でのフェイントを学んだ。だが、それは相手も知っていること。
剣を弾こうにも、まるで大木を叩いているかのように、相手は微動だにしない。
「チィッ」
思わず舌打ちをして、力の限り剣を弾き、後ろに下がると、肩で息をする。
そして汗を拭おうと片手を離した瞬間、
「隙ありだっ!」
「しまっ!?」
ガキィン!
翔が持っていた木剣は空高く弾き飛ばされ、そのままくるくる回りながら弧を描き、地面へと突き刺さった。
そっちへ駆けようとする足は、冷や汗とともに止まる。自身の首筋に、相手の木剣がつきつけられていることに気付いたからだ。
「これで、終わりですな」
にこやかに、最後まで汗を流さずに組手を終わらせた騎士団員に、両手を上げて降参の意志を露わにした。
「さすが騎士団員の座にいるだけはありますね……」
「おうよっ! このゲルトン、まだまだいけるってもんだ!」
豪快に笑い、翔へと手を差し伸べる。その手を握って立ち上がると、刺さっている剣を抜く。
「こんなんじゃ、まだまだ皆を守ることは出来ないな……」
「ほぅ?」
翔の呟きを耳に入れたゲルトンは、ゆっくりと近づき、顔を近くまで寄せる。
「カケル殿、お主の目標はなんだ?」
「俺の目標、ですか?」
「そうだ」
物凄い剣幕で迫るゲルトンの変貌に、目を白黒させてしどろもどろになりながら翔は言葉を紡いだ。
「えっと、俺は、皆を守れるほどの力を手に入れることです」
「……そうか。それで、どうするんだ?」
「どうするって……勿論、みんなを守るんです!」
力強くゲルトンを見返す。だが、それでもゲルトンは目を逸らすことなく、ましてやそこから一歩も動くこともない。そのまま数秒、翔の頭にげんこつを見舞った。
「お前な、一人で守るわけじゃねえだろうが! この国を守るぐらいなら、はっきり言おう、お前がいなくてもいいんだよっ!」
「ッ! な、なら俺は……!」
「騎士団にだって、妻や子供を持ってる奴はいる。だから、あいつらは必死になってこの城を、そして国を守るさ! でもな、そんな姿勢じゃいつまでたってもいつ不安を拭い去ることが出来ねぇ。その不安の原因を取り除くのが、お前ら勇者さまだろ!」
「っ!」
身体を突き抜ける衝撃が翔を襲い、思わず膝を折って地面に這いつくばりそうになる。しかしなんとか踏ん張り、地面に立つ。だが、顔を俯いたまま上げることは出来なかった。
「さあ、もう一回言え。お前の誓いの言葉を!」
別に、ゲルトンは怒っているわけではない。というのも、これはゲルトンの性格に起因するからだ。
ゲルトンも、妻子持ちだ。そうであるから、必死で国を守ろうとしているし、ここまで強くなった。だからこそ、ポッと出の男に国を家族の命を託すというのは、到底出来ないのだ。つまり、戦いの「た」の字も知らない男に、軽々と使命感だけで決意を言葉に現すのはおかしいと諭しているだけなのである。
そんな思惑など気づかずに、翔はさらに落ち込む。
「……俺が、間違ってました。そうです、俺は……俺は魔王を倒して――」
「カケル様ー!」
翔が決意を露わにしようとした時、遠くから翔を呼ぶ声が聞こえ、思わず口をつぐみそちらを見る。
「……カケル殿。決意を固めるときは、俺にじゃなく、お前自身の心に誓え」
声をかけられてまたゲルトンをみると、トンと拳を胸に当てられた。そしてゲルトンはそのまま何処かへと去った。
どういうことだろうと考える前に、再び声がかかったのでそちらを見遣る。
すると、そこにはバスケットを持った見目麗しい女性が翔に向かって駆けて来ていた。その姿をみて、思わず翔の頬が綻んで、軽く手を振った。
「カケル様ー! 訓練のほど、終わりましたか―!?」
「ああ、終わったよ!」
翔は剣を近くにあった籠に放り入れると、その女性へと駆け寄った。それに釣られるように、女性は同じように翔へと近づく足が徐々に早くなる。だから、小さな小石に躓いて、体勢を崩した。
「きゃっ」
「あぶなっ」
ぎゅっと地面を蹴り飛ばし、一気に詰め寄った翔がなんとか抱きかかえることに成功する。そのときに、彼女の綺麗な金髪が翔の顔をふわりと撫でる。
(良い匂い……)
一瞬鼻が伸びかけたが、ぶんぶんと頭を振って顔をのぞき込んだ。
「大丈夫か、エンジュ?」
エンジュと呼ばれた女性は、うなじから徐々に白磁のような白さを持つ肌を朱く染め上げていく。そして、弾けるように翔から離れた。
「ご、ごめんなさいカケル様! はしたないところをお見せしてしまった上に、お手数をかけてしまいました……!」
「そんなことないさ。それより、エンジュに怪我がなくてよかったよ」
イケメンスマイル、とでも言えば良いだろうか。とても爽やかな微笑みをエンジュに向けた。その笑顔をみたエンジュは、更に顔を赤らめる。
これ以上は気がどうにかなってしまう。そう思ったエンジュはどうすればいいかあたふたすると、ちょうど持っていたバスケットが目に入った。
これだ、と言わんばかりにバスケットを翔に向かって差し出す。
「えっと、これは?」
「夕食です!」
「…………え?」
思わず空を見上げる。そこには太陽が、真上から燦々と降り注いでいる。いまだ日が沈む気配を見せていないのに夕飯とはどういった禅問答なんだろうかと、思わず首を傾げた。
そんな翔をみて、どうしたんだろうと首を傾げる。そして、一瞬で自分の発言に気がついて、エンジュはアワアワとし始めた。
「ち、違うんです! 間違えました! これはちょうしょ、じゃなくて昼食です!」
「あ、ああ。お昼ごはんね……。ありがとうエンジュ」
いま朝食、と言いかけたことはあえて受け流し、苦笑いでそのバスケットを受け取る。
「その、昼食をご一緒したいな、と思いまして……」
エンジュは顔を真赤に染めたままごにょごにょと囁くような声で自分の意思を伝える。若干聞き取れなかったが、したいことはなんとか伝わってきたため、微笑みながらそうだな、と口を開く。
「俺もお腹減ったし、一緒に食べよっか。……あれ? そういや、昼食なら食堂があるだろ?」
「そうなんですが……。あの、実はこれ……私が作ったサンドイッチなんです」
「ええっ!?」
「……なぜそんなに驚くのですか? 私が作ったらおかしいでしょうか?」
「いや、まあ、うん。だって、さ」
頬をポリポリと掻きながら、漏らす。
「エンジュは第三王女だろ? だからよく包丁を持たせてもらえたな、と思ってさ」
エンジュ=ヘデンシカ=ド=カスティリア。
この国の第三王女で、その美貌は数多の貴族から求婚されるほどだが、それらをすべて断っている。
そういうことが出来る理由として、今回のようにエンジュは突発的に王女としてどうかと思うほど危険な事を行ったりするのだ。それは、父であるグレン王も手を焼くほどで、現在グレン王の妻達を除くと、唯一王に反抗できるのが、彼女である。
そんな彼女であるから、エンジュが料理をしたいと言えば、誰も彼女を止めることは出来ない。――翔を除いて。
「きちんと料理長の許可は取ったか?」
「いえ、危ないからお願いだからやめてくれと懇願されましたが、全て無視しました」
「あのなぁ」
翔がエンジュの額に軽くデコピンをする。
デコを抑える姿にグッとくるものがあったが、理性でそれを叩き潰し、言い聞かせる。
「料理長も、エンジュが怪我をしたら大変だと思ってそう言っているんだから、少しは聞いてあげなよ。ほら、エンジュってちょっとやんちゃなところがあるのを皆知ってるから、そういうんだから」
「……カケル様も、私が怪我をしたら、心配しますか?」
「勿論だよ。この城の中で一番心配する自身があるぜ?」
「ぇ……あぅ……」
わざとやってるのか思うほど、100%の優しい笑みを浮かべる。飴と鞭、この二つを無意識に行った翔は、真性のたらしなのかもしれない。
「とりあえず、次からはきちんと料理長の話を聞いて、誰かの目にとまるところでやろうな?」
「はい……」
顔を赤らめて翔を直視できずに俯く。それを反省したとみた翔は、「よーっし!」と声を張り上げて、エンジュの手を掴む。
「じゃあ、どっか二人になれるところに行こうか。せっかくエンジュが作ってくれたサンドイッチだ。美味しいに決まってるさ」
「そ、そんな……」
さっきから顔を染めっぱなしで、そろそろ発火しそうだ。
翔が手を引っ張ると、とことことお淑やかに着いていく。
「とりあえず、中庭でいい?」
「はい……」
「中庭の傾斜になってるところがいいかな」
「はい……」
「……呼吸をしている場所は?」
「はい……」
「…………エンジュはかわいいな~」
「はい……はいっ!?」
ボフッ。
びっくりして顔を上げると、そこにはしてやったりと言わんばかりの、翔の顔があった。パクパクと口を開閉すること数秒、ようやくからかわれていたことに気づく。
「も、もう! からかわないでください!」
「ごめんごめん。でも、エンジュがロボットみたいになってて面白くてさ?」
「ろぼっと……?」
「あ……。えっと、こう、同じ動きしかしない人形みたいなやつ?」
「ああ、魔力式自動人形ですか。……言い得て妙ですね」
「マギ……え?」
「魔力式自動人形。私が好きな分野の一つなんです! 少し小難しいところは抜きにしまして、簡単に言いますと、動力源に魔力を送り込むと魔力を送り込んだ人の思うがままに動かすことができる、という仕組みになっているんです」
「へぇ。でも、それだと同じ動きしかできないというわけじゃないだろ?」
「いえ……。それが、一回命令すると、送り込んだ魔力を全て消費するまでその行動しかしないんですよ」
「えっと、ていうことは、歩き続けろっていう命令したとすると、ずっと直線に歩き続けるってことか?」
翔にとって少し小難しい話だったため、必死に言葉を絞りだすと、ゆっくりとエンジュは頷いた。
「なので、現在私はこの人形の改良しようと頑張っているんですよ」
最後にそうまとめると、エンジュの身体からやる気がみえはじめた。
エンジュが王女である次につく二つ名は、〈明瞭なる開発者〉だろう。彼女がそろそろ20歳になる歳だというのにこの国に居続ける事ができるのは、そういう一面があるからだ。技術者としての腕を王すら認め、残留することができている。
実際、第一王女と第二王女は、すでに政略的結婚で、他国へ嫁に行っている。それは、ただ恵まれた美貌しか取り柄がなかったからだろう。
「そういえば、カケル様と一緒に召喚された人の中に、一人こういうことに詳しい方が――」
「あれ? あそこにいるのって銀河?」
エンジュの言葉を遮るように――実際は遠くに見える人影に気を取られて聞いていなかったのだが――口を開いた翔に、少しむっとしたが、すぐに翔の視線を追う。
「あら、ミノリアじゃないですか」
第四王女にして、エンジュにとっては腹違いの妹。真赤な髪をツインテールにしているのが印象的だ。
「ああ、そうだ。ミノリアさんだ」
そう確認するように呟くと、ギロっと睨まれた。結構小さく呟いたつもりだったのだが、聞こえていたみたいだ。まさに、地獄耳。
暫く睨んでいたが、フッと視線を外し、二人を見据える。
「お主ら、ここで食べるつもりか?」
その言動には、とても嫌々しさが混ざっている。それをすぐさま感じ取ったのは、エンジュだった。銀河をちらりとみると、ひっそりと笑みを浮かべる。
「ええ、そう思っていましたが、ミノリアがいらっしゃるなら、別のところで食べますね」
翔に目配せをすると、意図を理解したのか、「そうだな、俺ら二人で食べたいし」とのたまった。全くエンジュの思惑を理解していない上に、エンジュが再び真赤に染めあげるハメになった。
「……コホンッ。というわけですので、失礼しますね」
そう言ってエンジュは握られていた手を握り返し、今度は率先して歩き始める。
そのとき、ふと銀河の視線を感じとった翔は、そっちをちらりと見る。
その視線は、一言も発してはいないが、ここに残ってくれと懇願するような目。
しかし、
「そうだよな。銀河も二人っきりで食べたいんだよな」
全く理解していない。こいつ、なんでもポジティブに受け止める超鈍感野郎か。
「じゃあな、銀河、ミノリアさん」
「ミノリア、頑張ってくださいね?」
「う、うむ……」
エンジュがそう言うとミノリアさんは顔を赤らめた。その表情を見てエンジュはフフッと笑い、私も頑張らなきゃ、と自分にも喝を入れた。
翔はと言うと、
「銀河、がんば」
エンジュが放った言葉とは別の意味合いを籠めてそう言い放つと、二人してその場から颯爽と離れていった。
そこから更に離れた所に、周りには誰もいない、陽だまりになっている場所まで移動した。ところどころ陽光を遮る木々の間に座り込む。翔は早速と言わんばかりにバスケットを開く。
「おぉ! 美味しそうだ!」
形は綺麗な正四角形に、一筋対角線上に切ってある。中には野菜が食べやすい大きさに切ってあったり、いろんな肉も挟んである。
「早速一つ。いただきます」
はむり、と一口咀嚼する。
「ど、どうでしょう……?」
不安そうに揺れる瞳。それを傍目に、もう一口、もう一口。最終的に、ぺろりと全部平らげた。
「……美味い! 美味しいよエンジュ!」
「ほ、本当ですか!?」
「ああっ! といっても俺はそんなに味について語れることはないけどな」
ポリポリと頬を掻く。味を語るほど舌は肥えていない。それこそ、料理長あたりに訊かないと分からないだろう。
「い、いえ。美味しいと言っていただければ私はそれだけで満足です」
誰かに美味しいと言ってもらえる。エンジュの場合、それが翔だと、その嬉しさは倍々だ。
「そ、そうか。もうひとつ貰っていい?」
嬉しそうなエンジュに、なんとなく声が上擦りながら訊くと、満面の笑みを浮かべて「はい」と答え、バスケットからサンドイッチを取り出して手渡しした。
「あ、先ほど食べていただいたのは野菜をメインにしたもので、こちらはお肉を主に使っているんですよ」
「んっ。お、こっちも美味しい! これは……ソースだね。いやあサンドイッチってこんなに美味しいもんなんだなぁ」
「サンドイッチは、組み合わせ次第でかなり美味しくなるんですよ」
「へぇ! エンジュがよかったらなんだけど、これからも時々作ってくれないか?」
「ふぇ? あ、はい……」
まるでプロポーズをされたかのようにはにかむエンジュ。そんな彼女に思わず翔は見惚れてしまい、
「……やっぱり綺麗だなぁ。いや、可愛い、のか」
そうポツリと漏らす。
「ふぇえっ……?」
「あっ……」
時すでに遅し。二人してシュポッと顔を真赤にさせた。
「……あの、その」
「いや、俺、あ、その、ごめん! ついっ! やっぱりあんまり男の人に言われたら嫌だよな!」
「ふぁ、い?」
「ほら、エンジュは確かに可愛いし綺麗だから、恋をすると女性は綺麗になるっていうし!」
「あ、ぅぅ……」
結構当たっていること言葉に、もはや何も言えない。
そして自身の発言とエンジュの反応。それをみて、「ああ、やっぱり」と声を漏らし、自分でもよくわからない痛みが心を抉った。
「エンジュが好きになった人は、かなりかっこいいんだろうなぁ」
「……カケル様…………」
ものすごく残念な視線を翔に送った。だが、翔は自分の胸に感じた痛みの意味がよくわからずに困惑しており、エンジュの視線に気づかなかった。
エンジュは思わずため息を吐くと、言葉をかける。
「……カケル様には好意を抱かれているお方はおられないのですか?」
「好意って好きな人のこと?」
一瞬目の前のエンジュが頭に浮かんだが、何かの間違いだろうと軽く頭を振って霧散させる。
「俺にはいないな。というより、女子に仲が良いやつが少ないんだ……」
少し愚痴っぽくなるよ、と前置きしてから言葉を続けた。
「最初に言っておくとさ、俺は桜と梓には恋愛感情は持っていない。ちっちゃい頃からの腐れ縁だからな。それで、向こうにある学校のことはもう話したよな? あのクラスの中でも桜や梓を除くとあんまり女子と話すことってないんだよな、これが。あと、話せたとしても、すぐに俯いて走り去っていっちゃうんだよ。……いや、少し違うな。最初はちゃんと会話できてたんだ。それでも、暫くすると面と向かって話してもらえなくなるんだよ……」
ため息を吐き、項垂れる。
翔には翔の、悩ましい問題を抱えていた。実際は、好意を向けられているはずなのが、そういった女子の行動によって、友好関係の事関し翔は楽観的な捉え方ができなくなっているのだ。
現に今、こうして話しているエンジュも、実はそういう中の一人ではないかと思ってしまっているフシがある。女子は桜と梓以外は、ある一定以上の仲になると、途端に避けられ始めるのではないか。一旦そう考え始めると、疑心暗鬼になってしまうもので、エンジュとの中を深めることに、足踏みをしてしまう。
その苦しみを聞いたエンジュは、少し考えるそぶりをしたかと思うと、ゆっくりと口を開いた。
「ええっと、そのこれは……言っても良いものなんでしょうか……」
「どういうこと?」
「その……」
しっかり顔をみて口を開いたはいいが、しどろもどろになる。
「言いにくいことなんだろ? だったら言わなくてもいいよ」
「は、はい……ごめんなさい」
「謝ることなんてないさ。ただ、エンジュには俺の友達になって欲しいな。桜や梓や銀河みたいに」
「そ、それはもちろんです!」
その言葉を聞いて安心した。エンジュが一緒に持ってきてくれた紅茶をボトルからコップに注いで一口飲む。
ふと、エンジュをみると、どんよりとした雰囲気が体中から発せられていて、ビクリと身体を震わせた。
「ど、どうした……?」
「いえ……そう、まだこれからですから……」
「お、おぅ……」
思わず顔を引き攣らせていると、エンジュは気分を変えて、新しいサンドイッチを手渡した。
「こちらもまた違った味付けをしてありますので、どうぞ」
「へぇ。それじゃあこちらもいただきます」
その勧められたものを食べながら空を仰ぎみると、そこには朗らかな太陽が燦々と降り注ぎ、綺麗な空を映し出していた。まるで、魔王の脅威など嘘のように。
(こんな平和が、いつまでも続けばいいのに)
翔の願いは、ただそれだけ。
(……違う)
即座に自分の言葉を否定して空に手をかざすと、力強く握りこんだ。
「平和は俺が掴むんだ。魔族や獣人が攻めてきても、大切な人のために、俺は強くなって、この力を使うんだ!」
心に刻むように、空に浮かぶ太陽に向かって誓った。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:マギステル・ドールなどを開発してる第三王女、エンジュ。
次話、銀河。




