第二十七話 夢の後に
なぜか暗い空間から這い出る事ができない。
普通の流れだったら、今頃自分の体とこんにちはしているはずなのになぁ。もしかして変な空間に入り込んだとか? それはちょっと勘弁してほしい。
そう思いながらも一生懸命辺りを見渡す。本当にこの空間から出れないとは思っていないからね。必ずどこかに出口はあるはず。なかったら文句言わないと。誰に文句言えばいいんだろ? とりあえずこの身体の持ち主かな。……僕か。
くだらない思考は一旦置いておくとして、僕は本当にどこに向かえばいいのかわからないんだけど。地に足が付いている感覚はない。身体は伸びている感覚があるし、自分の身体だけは見えるから良いんだけど、その原理もわからないから、お手上げ状態。いや、本当にそうなのかな?
さっきのウィズのお話を思い出せば、きっとなにかヒントがあるはず。
ここは夢世界に近い。その夢世界は時間切れでウィズが飛び出ると同時に消えて、今のこの状況。自分の身体は認識できる。
いや、もっと前だ。僕があの世界に降り立った後。そう、ぼやけた空間から始まった時、僕は――
「そうか、認識だ」
あの世界も、ぼんやりとした空間はあったけど、僕が認識した瞬間、急激に学校が精巧に形を成した。
じゃあ、一気に崩れ落ちた夢世界の中で僕の身体がはっきりしている理由は身体があるから、じゃない。自分の体は無意識にもどうなっているかわかっているから。
だったら、同じように考えよう。夢から醒める。この感覚を思い出せば、夢を覚ませるはず。
目をぎゅっと閉じて、想像する。想像は僕の得意分野だ。出来ないわけがない。
ゆっくり、イメージをする。
すると、目の前に微かな光を感じてゆっくりと目を開くと、ぎりぎり人が通れるぐらいの五十センチ四方の小窓が現れた。そこから溢れる光がちょっと眩しい。
泳ぐようにその光に近づき、その格子に近づく。僕はその先は光で溢れてて、何があるのかわからない。でも、目が覚めるという想像をしたから、いけるはず。
そう信じて、覚悟を決めると一気にそれをくぐり抜けた。
◆
「っぷはっ!」
一気に身体を起こす。うわ、かなり体が重い。いや、でもマジックポイント枯渇した後に気絶するといつもこんなかんじだったかな。
それにしても、今は現実世界に戻れたことを単純に嬉しく思わなきゃ。下手したらあそこで迷子になってたかも。今度ウィズに会ったらげんこつを落とそう。あの世界で二回も恐怖を感じたよ。
外を見ると、月明かりが窓から入り込んでいた。……そういえば、今ここってどこなんだろ?
ゆっくりと重い体を使って辺りを見渡す。窓がある時点でここが部屋だというのはわかっているから、どこの部屋なのかが知りたい。
……それよりも、本当に体が重たい。
「よっこらせ……えっ?」
グッと身体をのばそうとして、ようやく気付いた。僕は自身への呆れと、二人の存在におもいっきりため息を吐いた。体が重いといっていた割に全然自身の体をみようとは思わなかったからか。
「桜さん、リリル……なんで僕の上で寝てるのさ?」
上から毛布がかけられているけど、きっと足を伸ばされてこのベッドに寝かされたんだ。でも、だからって、人の足を枕代わりに熟睡されるのは困るんだけど。ああもう、気付いたらだんだん足が痺れてきた。
「……残念だけど、僕はそこまで良い人間じゃないんだ」
そう呟いて、二人を軽く小突いて起こす。二人共「んにゅ……?」と声をたてて僕をみる。見つめる。そして見開いた。
「ふ、文くん!?」
「フミ様! 気づかれたのですね!!」
「うん」
二人の近くの机の上にあったものをちらりと確認する。桶とその中にある水。それにタオル。それだけ見れば分かる。
「二人のおかげだよ。ありがとう」
ニッコリと笑みを浮かべて二人から視線を外す。
二人のおかげ、っていうのもあるけど、一番は僕が自分の力で戻ってきたし、それに、ウィズのせい(・・)というのがあるから。いや、それはあの情報で一応帳消しにしておこう。
少し考える時間とかほしい。だから、片腕ずつにしがみついてきた二人には悪いけど、離れてもらいたい。
「ねえ桜さん。ここは誰の部屋?」
少し上を向いたまま問いかける。
「ここは、私の部屋だよ」
「……さいですか。じゃあ、もう体調も良くなったし、部屋に戻らせてもらうね」
「「ええー!」」
「なんでそこで不満の声が上がるのかな?」
しかもリリルまで。
「わ、私のベッドならいくらでも使っていいから、きょ、今日はもうここで眠っても良いんだよ?」
ん? なんか桜さんの様子がおかしいような? ……気のせいかな?
まあそれは負いておこう。
「桜さん、心配してくれるのは嬉しいけど、僕のことは僕が一番わかってるからね。その僕が調子が良くなってるって言ってるんだから、大丈夫だよ。それより完治おめでとうって言ってくれたほうが嬉しいな」
「う、うん! 文くん、完治おめでとう! ……んん?」
疑問符を頭のなかで連発してそうな
リリルさんや。コアラ化しそうになってるけど、僕が困るよ。とりあえず適当に振り払って、立ち上がる。
「二人共、近いうちに看病してくれたお礼としてプレゼント渡してあげるから、それで今日は帰らせてもらえないかな?」
プレゼントはきっと地球もこの世界、ラズワディリアも目を輝かせて頷いてくれるはず。その予想は外れることがなくて、異なる世界同士の二人は目を輝かせて頷いてくれた。
「ありがとう。じゃあ、お休み」
「おやすみ、文くん!」
「おやすみなさい、フミ様」
二人の声を後ろで聞きながら、僕は部屋を後にして自室に戻る。
……何気に、桜さんの部屋に行ったのは初めてだったなぁ。
部屋に戻ってアイテムボックスから取り出した寝間着着替えると、ベッドにダイブした。
「……まったく。あの世界でのメリットっていったら、ウィズからもらったヒノキの棒の勇者についてのことしか無いじゃん……」
はぁ、とため息しか出てこない。デメリット、睡眠がとれていた気がしない。気絶はもともと眠った気がしないんだけど、それは眠るという視線をとっていないだけだから、そう思えるだけ。今回は意識がずっとあったから、それより酷い。
精神を休ませるために睡眠を取る。これやってないからねぇ。ずっと精神体でウィズと話をしていたし。
このままもう眠っちゃいたいけど、まだやらなきゃいけないことがある。一旦思考をまとめないと。
ウィズが言う善悪の選択。
僕がすべき、これからの事。
見えない敵が待ち受けるという、なんとも大義名分めいた、害。
運命は受け入れよう。それでいて、あやつられようとは思わない。弱いからといって、死に急ぎたくはないからこうして準備もしているんだから。
……その準備も、実は誰かの操り人形だったり、というのはない。なんとなくだけど、そう思えた。
でも、一つだけ確信が持てる。
僕はこれから何回も死にかける。だから……やっぱりウィズの力も欲しいし、同じように僕を守ってくれそうな仲間が欲しい。
僕自身が弱いことは、もう開き直らないと。僕は卑怯な力で生き残ることしか出来ない。そう思い込む。うん、いつもどおり。
「さて、と。ここらへんで難しいこと考えるのはやめよう」
言葉に出して、区切りをつけると、思考を切り替える。
確か、ウィズがプレゼントあげるからステータスをみて、って言ってたっけ。
「【ステータス】」
アンジョウ フミ
LV.14 職業:学生・ヒノキの棒の勇者
HP:330/330
MP:250/280
力:70(80)
守:60
速:48(58)
魔力:73
固有武器:ヒノキの棒
魔法:なし
スキル:武器召喚/収納・アイテムボックス・速読・言語マスター・クリエイト▽new
称号:勇者・本の虫・理の精霊に認められしもの・草原の小覇者・ウィズダムの主・運命に翻弄されし者
「……うわぁ。魔法が増えてないのはもう諦めるとして、称号に〈ウィズダムの主〉と〈運命に翻弄されし者〉が増えてる……」
思わずしかめっ面してしまう。このステータス自体、よくわかないけど、あんまり嬉しくないや。
ステータスの伸びも、少しおかしい。HPやMP伸びが異常なんだけど。……もしかして。ゆっくりと〈運命に翻弄されし者〉を押すと、すぐ下に〈HP・MPが小アップ〉と書かれていた。
つまり、運命は厳しいけどHPとMP上げてあげるから頑張ってね、ということ? これは酷い……。
……そうだ、プレゼントってなんだろ? …………多分、あのクリエイトに出てる『new』なんだろうなぁ。
ゆっくりとステータスのクリエイトの部分を押すと、別ウィンドウで説明文が現れた。
[スキル【クリエイト】で作成できるものが増えました。薬・衣服の作成が可能です]
……微妙だなぁ。でも、薬作って売ると多少は自分にお金が入ったりして良いかも。懐が暖かくなるね。衣服は、まあなんだろ。汚れてもいい感じの服の作成?これも作って売る?
とりあえず、この二つの考察は明日にしておこう。
プレゼントのことも、明日考える。そろそろ眠たくなってきた。
ステータスを消して、目を閉じる。
これからどうしようか。僕はヒノキの棒の勇者について知らないといけない。
だけど、『ヒノキの棒の勇者』という記述は、結局この城じゃ見つからなかった。もう、ほとんどの本を読み終わったと思ってもいいというのに。もしかしたら、この国じゃみつからないのかも。
だったら、隣国か。確か、この大陸は人族が住んでいて、楕円、とまでは綺麗にいかないけど、そんな形をした大陸だったはず。それで、五つの花びらのように、真ん中から伸びる形で今の国が出来上がっている。この国は、ちょうど北に伸びているんだっけ。
もうすぐこの世界を楽しむための旅ができると思うと、心が踊るね。
地図でみて左に行くとユナイダート王国。右に行くとガズバハト騎士帝国。どっちも面白そう。
でも、ユナイダート王国は、この世界で唯一獣人奴隷化を廃止している所で、僕としても好感を持てる国。ガズバハト騎士王国は全員紳士な態度を持っている。
……でも、僕の中で行きたい場所は決まってるから。
そこで思考を打ち切ると、一気に睡魔が襲ってきた。
その眠気に身を任せながらふと、文芸部の後輩と、自称妹のことを思い出した。
きっと、通っていた高校の夢をみたから。
きっと、僕は少しの罪悪感に縛られているから、かな。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:西はユナイダート王国、東はガズバハト王国が隣接しております。




