第二十六話 獣道
「ぼ、ボクがここにいるのはね……」
頭をわざとらしく氷で冷やしながら冷やし始めたウィズが、これもまたわざとらしく涙声で口を開いた。
「簡単に言うとここが夢世界だから、だよ」
それはさっきも聞いた。だから次の言葉を待っていると、すぐに言葉を続けた。
「この夢世界がどうして学校なのか、というのは置いておくね。文君が訊きたいのは、ボクがなんで文君の夢世界に現れたの、ということでしょ」
無言で頷くと、ウィズは椅子をくるりと一回転させてにっこり笑った。
「ボクが文君の使い魔、だからだよ!」
「……はっ? 使い魔?」
何言ってるのこの子?
「何言ってるのっていう顔をしてるね?」
おかしそうに僕を笑う。また拳を握り締めると「ひぅっ!」と声を上げてすぐに慌てて口を開いた。
「その、使い魔っていうのはねその、名ばかりなんだけど、文君のそばを離れずに見守るということなの」
「見守る……?」
「うん、文君が《ヒノキの棒の勇者》だから」
最後ははっきりとそう告げてきた。
でも、最後の言葉で余計に混乱してきたんだけど……。
なんでヒノキの棒の勇者だから使い魔がつくんだ? いや、そもそもヒノキの棒の勇者って一体どういう役回りを……いや、今はそこじゃないか。それについてはおいおい聞いていけばいいし、それに調べていけばいい。
ウィズは笑みを浮かべながら、僕が訊いたことに対して淡々と答えを述べているだけ。
混乱する必要はない。
そのまま受け取って、自分の中でそういうものだって理解すればいいんだから。
……だから、そう結論付けたとすると、
「ヒノキの棒の勇者だと使い魔が付くってことは……その対価は僕のステータスってこと?」
嫌な予感がしてそう問いかけると、あっさりと否定してくれた。
「それは別の理由。でも、その理由を話すことは、今はできないんだ」
「できないって……出し惜しみ?」
嫌味っぽく言うと、苦笑いを浮かべて頷いた。
「そう言えちゃうかも。というより、いま話せることのほうが少ないや。でも、話せることは話しちゃうから、訊きたいことがあるならきいちゃって……ユー、聞いちゃいなヨー」
……出し惜しみということは、まだ何回か現れる予定? それとも、話せない理由がある? ……多分、後者かな。
なら、今は僕が最低限知りたいことを質問していこう。
「じゃあ、質問するよ」
「……渾身のギャグが……にゃ、なんでもないよ、文君!」
少し目を細めただけなのに……なんだろ?
まあ、いいか。
僕はいくつか質問したい事柄を頭のなかでまとめてから口にだした。
「じゃあ、話せない理由、っていうのは話せる?」
「んー、と。そうだね」
人差し指を口元に当てて視線を上に上げた。
「ちょっと、ほんのちょっと怖いのが僕を見張ってるんだ。それでね、一応今いるこの夢世界なら監視から逃れられていると思うんだけど、保険としてね」
「じゃあ、僕に話せる日は来ないんだ?」
「そういうわけでもないんだよ。さっきボクはそろそろ頃合いだー、って言ったよね? その頃合いっていうのが、その監視から逃れるための魔法、と言えばいいのかな。それがそろそろ完成するんだ」
完成してから話しかけて欲しかった。
そんな、後ちょっとで完成するという予告をするために、マジックポイントをむりやり減らされて気絶同然にこの空間、夢に連れ込まれたんだから。
そもそも、僕が眠ってから連れだしてくれたら一番良かったのに。
……まあ、百歩譲ってそれは置いておこう。それより、ウィズが恐れる怖い人、っていうのは誰なんだ?
いや、人じゃないのかな? ウィズは使い魔って言ってるから、相手が人とは限らない。それに、夢の中の現象を鑑賞できるなんて、まるで神の所業だね。その神様、趣味悪すぎるけどさ。
僕の脳内にウィズが住み着いているのはあんまり気分が良くない。
でも、得体のしれない“なにか”にウィズごと監視されているかもしれないと思うと、なんか薄ら寒いものがあるね。
「ウィズ、その魔法は僕にも行使可能なの?」
「それはもちろんだよ! 僕が作ったのは複製可能! すごいでしょ!」
「そうだね。魔法は作れるもんなんだね」
「……………………………………あっ」
いいことを聞いた。これならクリエイトで魔法が作れたら、これから僕も魔法を扱えるようになる。
ムンクの叫びのような表情をしているウィズには悪いけど………………いや。
「……根本的に無理だったね。魔法には、素材がない」
「……あっ、そうだね。ふ、ふふん! ボクの凄さを思い知った?」
「全然?」
小さいのに頭は良いと思ったけど。
ウィズダム――知恵者、か。
その名前に負けていない、のかな。一応。
魔法には素材がないから無理というのは、本当に残念だ。
「もう一つ質問するね。ヒノキの棒の勇者って、不遇なの?」
「ん? なんで?」
「僕がこの世界で召喚された時、王様はさも勇者は四人、つまり剣、拳、杖、本の勇者しかいないという言動だったのに、僕という五人目のヒノキの勇者がいるでしょ?」
「…………」
ウィズが一瞬にして顔を怒りの色に染めあげた。その目はさっきまで綺麗な翡翠だったのに、今は赤へと変化していた。
「文君、その話は、本当なの?」
「う、うん……」
「…………そう。あいつめ……」
更に怒りの色を濃くして身体を震わせてる。思わず自分の体が震えだした。……久しぶりに、恐怖というものを感じたのかも知れない。
殺気のようなものを振りまきつつ、徐々に怒りのボルテージをあげていく。が、十秒位経ってウィズが我に返ったかと思うと、すぐに怒り引っ込めた。そして何事もなかったかのように無邪気な笑みを浮かべて口を開く。
それにほっとため息を吐くと同時に、背中が冷や汗でびっしょり濡れていることに気付いた。
「ご、ごめんね文君。そんな扱いをされていたなんて……」
「えっと、どういうこと?」
「……それも、ごめんね。まだ、言えないんだ。これは、本当に」
でも、と付け加える。
「文君、僕が今日ここに来た本当の理由を伝えるね」
さきほどまでの子供らしい雰囲気は消えて、真剣な眼差しで僕を射抜く。僕は自然と背筋を伸ばしてウィズの言葉を待った。
「……文君、ボクが今日ここに来た理由は二つ。ボクのこれまでの進捗の報告がひとつ。そしてもう一つは――忠告」
「忠告?」
「そう、忠告」
ゆっくりとウィズが頷くと、言葉を選ぶような仕草をしながら口を開いた。
「今代のヒノキの棒の勇者は、さっきの文君の話からも読み取れるんだけど、とても辛い道になる……かもしれないの。今までで、一番」
今代? 今までで一番辛い? 一体どういうことなのさ?
その疑問をぶつけようと思ったけど、まだウィズは言葉を続けようと口を開いたから、とりあえず口を閉じたまま耳を傾ける。
「文君は、ううん、ヒノキの棒の勇者は、とある選択に迫られる。これは、ヒノキの棒の勇者が召喚されると、いつもそうなんだ。その最初の選択はね、善に生きるか、悪に生きるか。今回の場合、どちらに転んでも……文君は命を狙われる」
「…………そう」
善か悪。そのどちらにしても僕は命を狙われる。
命を、ね。疑問は多いけど、簡単に纏めるとこんな感じかな。
もし、その獣道を僕が進まなければいけないんだったら……喜んで進もう。
まだウィズは出し惜しみ、言えないことがたくさんありそうだけど、これだけは言える。
「僕の運命がもしそうなのだとしたら、それこそもう一歩先を行くよ」
「……それはどういうこと?」
「……運命を楽しむってことだよ」
ここで運命をぶち破る、みたいなことを言える自身はない。というより、僕にそんな力はないとわかっているんだから。
こういうのは胸の中でポワッと灯しておくのが一番だよね。それに、人は知らない間にそういう|しがらみ(運命)を抱いているもんだしね。そこに、大あれ小あれ。
それにしても、さっきからウィズがぽかんとしたまま僕を眺めているんだけど。
「文君は、いいの?」
「何が?」
「運命を受け入れるって……」
「敷かれたレールを進んでいくこと?」
「うん。確かにレールは敷かれているよ。でも、そのレールは……残酷かもしれないんだよ」
「残酷、ね。確かに死んだらそれまで。でも、その死が僕の行動が原因だったらそれで良いんだ」
「その死も、運命の糸で操られたものだったりしたら……」
「それは……それなら……――」
少し言葉を探す。そして、唯一その運命から離れていると思う人に視線をしっかりと視線を向けた。
「ねえ、ウィズ。僕は弱いんだけど、守ってくれる? そろそろお城を出る予定なんだけど、そしたら、守ってくれる?」
「もちろんだよ! でも、その準備もすると、まだ時間がかかっちゃうんだけど」
「大丈夫だよ」
僕にはその確証があったから優しく微笑むと、ウィズは椅子の上に立った。
「ボクは今代のヒノキの棒の勇者である暗城文の使い魔。この御役目、必ず果たしてみせよう!」
少し仰々しく頭を下げる。
僕はどうしたら良いかわからなかったから、とりあえず、少し頷いた。
瞬間、夕日が一気に沈み込んであたりが暗くなった。
「もう、お目覚めの時間だね」
「……まあ、良いかな」
どうせ今のウィズに質問しても答えが帰ってこない事のほうが多いし。
「最後に文君、プレゼントをしておいたから、ステータス欄をみてね」
そう言ってウィズは椅子を飛び降りると扉に向かう。
「じゃあ、文君。またね」
「ん、じゃあまた」
バタンと扉を閉めてウィズは出て行った。すると、だんだんと視界がぐにゃぐにゃと歪み始めて、最後には全部無くなると暗闇にぽつんと残された。
…………………………え? どういうこと?
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:あえて突き進む獣道。




