第二十四話 戦闘実地訓練
召喚されてから一ヶ月が経った。
リリルやファミナちゃんとの出会い。夕花里さんと郷里料理作り。クリエイトの研究。
一ヶ月でいろんな出来事があったし、その間に他にも僕はいろんなことをしてきた。今振り返ってみるとかなり濃密な時間を過ごしているのがわかる。戦闘訓練なんてもう行ってすらいないのに、かなりのハードスケジュールな気がする。
……でもまあ、嫌ではないけど。どっちかっていうと、戦闘訓練するほうが嫌だね。
それに、お陰でメイド長さんとある程度心的な距離を縮めること出来たし。
あの人にはいろんな意味でお世話になった。桜さんの保護者からちょっとしたことまで。あのスペックの高さにはびっくりだね。さすが、というしかない。
ここ数日は、僕も落ち着いてきたほうだと思う。生活リズムが決まってきたというのかな。
……リリルと桜さんが部屋に押しかけてくるのは、生活リズムの内には入れたくないけど。リリルと桜さんが初めて顔を突き合わせた時以来、一日置きぐらいで来るから、段々生活のサイクルに入ってきている事実はあまり嬉しいと思えることじゃない。
それにきっと桜さんはなんとなく対抗心で僕の部屋に来てるっぽいから、それはそれで迷惑だし。
生活リズムが崩れるといえば、今だってそうだ。
ため息を吐きながら辺りを見渡す。そこに見えるのは僕の部屋、でもなく中庭でもない。
そもそも王宮内でもなければ、王都内でもない。
目の前に広がっているのは、平原だ。
王都を南に出た平原にまで出てきている。
しかも、強制参加ときたものだ。
なんでも初めての実戦をするんだとか。僕は前に木こりと翔に言ってあった手前、後方で待機だ。兵士や戦闘職のクラスメイトに守られた感じだね。実際に闘うところを見ておいたほうが良い、という方向性なのかも。
兵士はともかく、クラスメイトはあまりあてにならないと思う。いや、僕よりは強いからあてにはなるのかな。
目を少し細めて遠くを見つめると、なんとか森が見える。たしかあそこから弱い魔物が平原に出てくるんだっけ? まあ、単純に考えると森の中腹とかは強い、ってことだね。あまり森へは近づかないようにしよう。
平原の魔物は結構繁殖力が高くて定期的に討伐されるらしいけど、今回はその依頼を勇者様が行う、というのが体裁、かな。実際は訓練っと。
「ではまず、ゴブリンだ。ゴブリンは……」
ゴブリンは棍棒と布の服を纏っていて、身長百三十センチぐらい。二足歩行で知能はあるけど、ほとんど本能で動く。
ただし、下の上。弱いというくくりの中で上位に入る。森では追われてしまうけど、平原ではトップ、みたいな。
これで合ってるはずだ。
「――だから、ゴブリンは今日のところは闘わない。今日はウサリンと戦ってもらう」
ウサリン……名前は可愛いけど、れっきとした魔物だ。でも好戦的で角を生やしているから魔物に分類されているだけであって、他は動物と変わらない、らしい。
肉は美味しいらしいし、毛皮を剥いで繋ぎあわせれば防寒用のコートにもなる。
さらに、かなりの子供を産むので狩りすぎに困ることはないのだ。
「じゃあ、三人グループの八班に……いや、七班に分かれてくれ。一つだけ四人になるが、まあいいだろう。サクラ様こっちへ。……ボウズもこっちに来い」
ボウズ、か。確かに子供だけどさ。桜さんと随分扱いに差があるな。……聖女で勇者だからかな。僕は木こりだから扱いが雑……なるほどね。
「サクラ様はこちらで待機していてください。ボウズ、お前は俺がアシストしてやるからウサリンを狩るぞ」
マジですか……。木こりは非戦闘要員じゃなかったのかな?
この世界では木こりはれっきとした戦闘要員? あ、もしかして森とかで木を切るから殺されないように身を守れるようになれ、っていうことか。今更修正は……無理だよね。ききそうにもないから潔く諦めるしかないか……。
桜さんが心配そうな目でみてくる。
それをチラリとみて、兵士長さんに頷いた。
腰に携えてあったヒノキの棒を手に持ち、戦闘準備を完了する。それに呼応するかのように三メートル先までウサリンが走ってきた。タイミング良すぎるよ、まったく。
兵士長さんがアシストする構えをとったのを目の端で捉える。
「大丈夫です。僕一人でやってみます」
「ほぅ……なら、やってみろ」
剣を鞘に戻し、見定めるような視線を僕に送る。
「文くん、頑張って!!」
桜さんの声援が飛ぶが、半分聞き流した。
この世界での戦闘は、命に関わる。
どんどん集中力を高めていく。そして視界にはウサリン以外の人や騒音を切り取っていく。
地面は土。だから冷静に、しっかりと頭の中でどうするかを頭の中で想像した。
「【クリエイト】!」
ウサリンを囲むように四方を土壁で囲みこむ。
その壁に驚いたようで「キュア!?」と鳴く声が聞こえてきた。
もう一度【クリエイト】と唱えて、今度はウサリンが逃げられないように土壁をそのまま網目状に張って取り押さえる。
そのまま集中力を途切れさせないようにしてヒノキの棒の先端部分を地面につけると、さらにもう一度【クリエイト】と唱えて野球のバットの形にした。強度はガッチリと固めてある。
「ほぅ、なかなかやるな……」
弱いなりの、僕の生み出した方法で、他の人と比べると結構卑怯な方法だと思うけどね。そう兵士長の感嘆の声に心のなかで突っ込みながら微かに笑みを浮かべる。でも、それもすぐに顔を引き締めると、バットを大きく振りかぶった。その状態のままウサリンとの距離を縮めると、力の限り殴りつけた。
「キュァ……――」
一声あげるとともに、ウサリンはピクリとも動かなくなった。
首の骨が折れて死んだようだ。
安堵の息を吐き出すと兵士長さんをみる。なんだか難しそうな顔をしていた。
「……坊主、名前は?」
「フミ・アンジョウですけど」
「フミか。お前、かなり冷静だったな」
「冷静に対処しないと、こっちがやられてしまいますからね」
それに、僕のスキルは冷静でいないと全然使い物にならないし。
僕は【クリエイト】の技術を使いこなし始めている。最近はそんなに集中しなくても、頭で思い浮かべればできるようになってきた。今日は戦闘だったからいつも以上に集中しなくちゃいけなかったけど、ここまでできれば及第点を自分にあげたいぐらいだ。
さすがに複雑なものはまだ一瞬とはいかないけど、それも時間の問題だと思ってる。大体……あと一週間ぐらいかな。それぐらいあればマスターできそうだ。
「それにしても、だ」
少し声を低くした兵士長さんが僕を鋭く睨んでくるのは、なんで?
「フミ……魔物とはいえ立派な生き物だ。それなのに躊躇いもなく殺せるとはな……。しかも、顔色ひとつ変えずに」
ハッとなって周りを見渡す。
「他の奴らは生き物を殺すということに大小あれど抵抗を感じる。なかには吐き気を覚えて地面にえずく奴が出るくらいだ。だっていうのにお前さんはそういうのがまったくみられねぇ」
確かに皆顔を青くしていたり、逃げに徹したりして、殺せている人がぜんぜんいない。
「……気のせいですよ。僕も少し気持ち悪いですよ」
「…………まあそういうことにしといてやるよ」
そこで僕の方に近寄ってきた。
「…お前、なにをみたんだ?」
「っ!?」
小声だったけど、確かに、はっきりと、そう告げた。
「サクラ様は気付いておいでではなかったようだがな……お前の目は、そう――冷酷な目だった。何十回と人が死ぬさまを目の当たりしているかと思えるほどにな。ま、この世界じゃそんなこと日常茶飯事だ。だがな、あそこまでいくと――――異常だぞ?」
まるでスラム街に住んでる餓鬼みてぇだな。最後にそう耳打ちをして兵士長さんはその場を離れていった。
異常、か。僕はもう小さい頃から異常者なのかもね。……親が死んだ時から、ずっと。
「――文くん、大丈夫?」
顔を上げると間近に桜さんが心配そうに立っていた。
「……うん。ちょっと疲れただけだから」
微笑んで安心させる。それでもまだ不安そうな顔をしていた。
「僕のことは気にしないで。少し休めば元気になるから」
「うん……あ、そうだ! 【ヒール】」
パァッと光粒子が飛びその光が染み込んでくる。怪我を治す魔法だけど、体力も少しだけ回復するようだ。
精神的な疲弊を回復するようなものではないけど、暖かい光の粒子を観ているとさっきの暗い気持ちが軽減されていくように感じられた。
「ありがとう桜さん」
今度はニッコリと笑みを浮かべる。
「はふぅ……」
今度はなぜか桜さんがフラフラし始めてしまった。なんでだろ?
……なんでもない。
「とりあえず、僕が守っているから休んでて」
「ふぁ、ふぁい……」
そのまま寝転んでしまった。
兵士長さんは他の人の指導に当たってて近くにいない……。まあ、いいか。
僕も座り込んでステータスを確認して見ることにした。
― ― ― ―
アンジョウ フミ
LV.12 職業:学生・ヒノキの棒の勇者
HP:220/220
MP:50/160
力:60(70)
守:54
速:41(51)
魔力:55
固有武器:ヒノキの棒
魔法:なし
スキル:武器召喚/収納・アイテムボックス・速読・言語マスター・クリエイト
称号:勇者・本の虫・理の精霊に認められしもの・草原の小覇者 力・速さ+10
― ― ― ―
今日が初実戦と兵士長さんは言っていたけど、僕は違う。メイド長さんと初めて対面した次の日、外への抜け道はないかと聞いてみたから。計画を進めるために。
そしたら簡単に教えてもらえた。今思えばその日にはもう僕の計画はメイド長さんにバレていたんじゃないかな。
まあそれはおいておこう。今更な感じがするし。
それから日を決めて草原で魔物を狩ってレベリングとスキルの修練をする。それが生活リズムの一つになっていた。
……草原の小覇者って、きっとあらかた草原の魔物を狩ったから出たんだろうなぁ。金色に光るスラゴンとか、金銀銅のスラゴンタワー。
ゴブリンはまだ戦っていないけど、他にもコミカルなブタっぽいブーフォー。イノシシの縮小版みたいなディーター。キノコに手足を生やした感じのキノポンなどなど。
いろんな魔物を見て、倒してまわった。
その結果が草原の小覇者。はぁ……。
数字がカッコで囲まれているのは、草原の小覇者の効果で、力と素早さが10ずつ上がるらしいし。
MPのほうに目を向けて、MPの消費具合を確認する。
【クリエイト】は一回使うごとに定量消費する、というわけじゃない。しっかり想像できているか否か、大きいか否かで決まる。
少し前に細かなところはMP消費が激しくなるのかなと思ったけど、どうやらそれはしっかり想像できているか否か、ところに入るみたい。だから、細かい細工も細部まできちんと想像できていればMP消費も抑えられるというわけだ。
それにしても、レベルが十二になっても魔法を覚えないって……道具使わないとダメなのかな?
一応目星はつけてあるんだけど、やっぱり自動で覚えたい。あ、でもあの道具って結構高価だし、僕には無理か。
「文くーん!」
不意に桜さんに呼ばれる声が聞こえたのでそちらを向くと、五メートル先にウサリンがいた。
……十匹ほど。
「ヘルプ、ヘルプ!!」
「ご、ごめん桜さん!」
慌てて立ち上がってぶどう味のMP回復ポーションを一気に飲み干す。
一瓶でだいたいMPが百回復する初級ポーション。味は美味しい。
「よしっ」
桜さんを守るように前に立つ。個体の一匹一匹は小さい。けど、危険なことには変わりない。兵士長さんも戻ってこないし……。
しょうがない。運良く全員かたまっているからから、バラけないうちに一気に倒そう。
「…………【クリエイト】!」
ウサリンを囲うように五メートル四方の大きな箱を作り上げた。MPがごっそり抜け落ちた感覚がするけど……。いや、それより今は集中だ。
すぐにもう一回【クリエイト】を唱えて網目状に捉える。またごっそり消える。……なんで? おかしい……けど、今はそれよりも、
「さい、ご……」
倦怠感がやばい……MPがもうほとんどない気がする。
ステータスと唱え、MPを確認すると……よかった、まだ30はある。でも、こんな急激に無くしたらそれこそ意識が持たないし、大体僕はきちんと頭の中で想像ができていたはず。
「文くん、それ以上は……」
僕の様子に気付いたのか、桜さんの静止の声が聞こえた。けど、どうせこのままでも意識がずっと保てるかは怪しい。だったら、経験値にした方がマシ。次の物こそ、きちんと想像はできているんだ。
「【クリエイト】!!」
網目状になっているところから針を精製してウサリン串刺しにしてやった。
「よ、し……!」
うまい具合に全滅したようだ。
これでもう大丈夫だよ、と後ろにいる桜さんに言おうと振り返ろうとした。
――けど、急に身体から力が抜け落ちていつの間にか地面と沈み込んでいた。
「ふ、文くん!?」
「だ、大丈夫。いつもの……」
魔力切れ。
そう言おうとしたけど、僕の意識は途切れた。
◇
「文くん! ふみくん!!」
桜が倒れ伏した文の身体をゆさゆさと揺らす。が、一向に目を覚ます気配がなく、それが桜の不安を助長させて目に涙が溜まり始めていた。
「聖女様」
そこに、すぐさま異変に気付いた兵士長――フックが二人に駆け寄った。
「兵士長さん! 文くんが!」
桜の焦りを制するように少し離れるよう身振りで示し、呼吸と心音を慣れた手つきで確認していく。大方、兵士として応急措置の技術は必須なのだろう。
体調面で問題はない。そう判断してふむ、と考える仕草をすると、一つの結論を出した。
「大丈夫、ではありませんが死にはしません。ボウズはきっとギリギリまでMPを使ったのでしょう。サクラ様を守るために」
それがフックの出した結論だった。
彼が魔法――実際はスキルだが――を行使する度にかなりMPを消費していたのだろう。それに加えて初の実戦による緊張。この二つを合わせると、MPの配分を間違えた、もしくはそれほど桜を守るのに必死だったという思考に至ったのだ。
実際は原因不明のMPの消費で、文はまったく初実践ではなかったが。それに、最後に意識を失うまでMPを消費したのは、ここで殺さないと経験値がもらえないという、全く私利私欲なものである。
しかし、そうとは知らない二人は勝手にそうだと思い込んでいた。
「私を、守るため……」
桜はぽつりとそう漏らす。すると、不意にドクン心臓が高鳴った。それを不思議そうに自身の胸に手を当てる。
妙に早鐘を打つ心臓。胸に手を当てながら文をみると、その早鐘はさらに早くなり、よくわからない感情がどんどんこみ上げてくる。さらに、頬も火が直に当てられているかのように熱い。
いったいどうしたのだろうか。文が無事だと分かり安心したからだろうか。
よくわからない感情に振り回されていると、フックがそれをまだ不安そうにしているだと思ったのか、「数時間もすれば目を覚ましますよ」と付け加えた。
フックはそのまま文を背中に担ぐと、全体を見渡す。
「お前ら! 俺はこいつを城まで運ぶ! シューダー、後は任せた!!」
そこまで言うとフックは城に向かって歩き始めた。文の重さなど微塵にも感じていないようで、顔色一つ変えない。
が、少し歩いたところであっさりとその顔色が変わり、困った表情をしながら後ろを振り返った。
そこには、渋面顔をした桜が立っていた。文が心配で一緒に戻ろうとしているのだ。
「……聖女様…………いや、なんでもないです」
桜をみて、その後に文を見ると、わざとらしくため息を吐いて首を大きく振ると、そのまま黙って城へと再び歩み始めた。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:文くんがいつのまにか12レベルに。そして、桜の高鳴る鼓動。




