第二十三話 ファミナの宝物
ファミナちゃんと出会ってから数日が経った。
今日はちょっとした用事を終わらせてから夕暮れ時の城内を歩いていたら、ファミナちゃんが前から歩いてきた。
「こんにちは、ファミナちゃん」
「あ、フミおにいちゃん! こんにちは!」
「ぐふっ! ふぁ、ファミナちゃん、それは新しい挨拶、なの?」
なぜかお腹に思いっきりタックルしてきたファミナちゃんに問いかけると、もぞもぞと顔を動かして僕の顔をみて、満面の笑みを浮かべた。
「うん! ミニスーさんに教えてもらったの!」
ミニスーさん。ミニスタシアさん。メイド長さんか。
あの時、やっぱりというか現れたメイド長さん。
ファミナちゃんはミニスタシアさんをあまり知らなかったみたいだけど、すぐになついた。やっぱり、メイド長さんにはなにかあるのかな。甲子園のあの人じゃないけど、持ってる?
……変な思考を繰り広げても、お腹にじんじんときてる痛みの現実逃避にはあんまりならなかった……。
「ファミナちゃん、この挨拶は他の人にやったらダメだからね?」
「うん! ミニスーさんも、おにいちゃんだけっていってたもん! ファミナ、やくそくはまもるもん!」
なんで僕だけなの? 新手のイジメ? いや、考え過ぎだよね、うん。
僕が考え込んでいると、ファミナちゃんは「ねえおにいちゃん」と笑顔のまま言ってきた。
「これから、ファミナのおへやにきてほしいの!」
「今から? ………………いいけど」
この時間帯ならまだほとんど人がいないから食堂に行きたかったんだけど、まあ、ファミナちゃんの頼みを無下にすることはできないからね。
僕はファミナちゃんを引っぺがすと、手を繋ぐ。
「ファミナちゃんの部屋はどこ?」
「あっち!」
元気に指を指すと、少し小走りで僕の手を引いた。いきなりペースが変わったから転びそうになったのはばれてないみたい。良かった。
ファミナちゃんの小走りは、多分ドレスのせいかな。きっと元々もっと活発な子だと思う。それは、だるまさんがころんだで証明されているし。
小走りで駆けるファミナちゃんの後ろ姿、ぴょこぴょこと揺れるリボンを眺めていると、階段を上ったり下ったりした。なんで上ったのに下ったのかよくわからない。多分、ファミナちゃんだし一緒に走りたかっただけかも。
「着きました!」
そう言ってペカっと笑う。
どことなくファンシーな飾りが付けた扉にかかった札をみると、『ファミナ』と書いてある。
「ここだね」
「うん! ファミナのおへや!」
ファミナちゃんはそう言いながら扉を開ける。ファミナちゃん用なのか、他の扉より少し軽めだ。
なかを覗くと、真ん中に天蓋ベッドがあった。なんだったかな、確かお姫様ベッドともいうんだっけ。結構大きめだ。多分ファミナちゃんがもう少し成長しても継続して使えるようにだろうね。
そのベッドの中には可愛いぬいぐるみが結構ある。というより、部屋中に大小様々なぬいぐるみがある。
もう少し部屋を見渡すと、大きめの窓からは温かい日光が入り込んでいるし、その近く、ちょうど日が当たらないところにある机には絵本らしきものやファミナちゃんが描いただろう絵などが置いてあった。
「おにいちゃん、ベッドに座って!」
先に中に入っていたファミナちゃんがベッドをポンポンと叩く。僕は微笑んで部屋に入ると、ベッドに座り込む。すると、ファミナちゃんは僕の膝の上に座った。
「ぎゅ~、ってして!」
「はいはい」
ぎゅっと抱きしめると、えへへとファミナちゃんは嬉しそうに微笑んだ。今までこうしてもらうことが少なかったからかな。多分、リリルとお母さんぐらい?
そう思ってると、少し寂しそうな声が聞こえた。
「ファミナね……おかあさんとリリルお姉ちゃん以外にギュってしてもらったこと、ぜんぜんないの」
予想的中でした。思わず言葉に詰まる。
僕が言葉を探していると、ファミナちゃんが「でもね」と声を明るくして僕に完全に寄りかかって腕にしがみつく。
「ファミナ、さびしいけど、フミおにいちゃんがこうしていてくれれば、さびしくないよ」
上を向いて僕を覗きこむ。その綺麗な瞳、そして表情は、本当にそう思っているようだった。
「だからね、またファミナをギュッてしてくれる?」
その約束に僕は、逡巡する。
だって僕は、この城を出るつもりなんだ。だからこの「また」がいつになるかわからない。少なくとも、この城にいる間はできる。でも、出たあとは? 物理的な距離とかがあってできないね。
それに、寂しさの穴を埋めるなら僕じゃなくて夕花里さんでもできる。つまり僕だけじゃなくて、ファミナちゃんのその寂しい気持ちを埋める人はいくらでも代替がきくんだ。だから、ここで無理に約束するのは、ファミナちゃんを余計に寂しがらせるだけかもしれない。
僕はそう言おうと口を開こうとしたとき、それより早くファミナちゃんが小さな声で呟いた。
「おにいちゃんじゃないと、や、なの」
それは、代替がきかないってこと? ファミナちゃんの中で僕がいつのまにかそこまで高いところまで優先順位みたいのが高くなったってこと?
それは、恋愛系でいくと、最初に声をかけた異性が僕だったから、とかいうしょうもない理由とか、じゃないよね?
ファミナちゃんの視線を振り払うかのように一度部屋を見渡す。
ぬいぐるみが溢れるこの部屋。確かにファンシーで女の子向けの部屋だ。手元にあった小さなぬいぐるみを顔の近くまで持ってきてじっくりとみる。多分、牛に近い、というよりきっと牛なんだと思うこのぬいぐるみは、とても精巧に作られていた。なんとなく裏返してみて、僕は目を見張った。
「……ファミナちゃん、これは誰が作ったの?」
「おかあさん、だよ?」
「……そう。ファミナちゃんは、おかあさんのこと、好き?」
「うん。でも、でもね、おかあさん、いつもおしごとがたいへんって、ファミナ、ほとんど会えないの…………」
涙声になりながらも必死に声を絞りとったみたいだ。そのまま泣き出しそう。でも、うん。
僕はもう一度このぬいぐるみをみる。この牛のお腹の部分には、『ファミナ』と刺繍がしてあった。公務に忙しいファミナちゃんのお母さん。その時間の合間と、睡眠時間を削ってまでこのぬいぐるみを作ったんだろうね。
そのぬいぐるみをファミナちゃんに手渡す。
「ファミナちゃん。僕はファミナちゃんが寂しいと思った時、いつもファミナちゃんのところにいるわけじゃない」
「……うん」
「だから、ファミナちゃんの頼みは、ごめんね、きけないんだ」
「…………うん。ファミナも、ごめんね。少し、よくばりさんだったよね……。ファミナ、大丈夫だよ。がまんできる子だって、お母さん言ってたもん!」
そう言ってるけど、肩は震えてるし、今にも泣き出しそうだった。
ファミナちゃん。僕はまだ言葉の途中なんだよ。
「だからね、僕もファミナちゃんのお母さんみたいに、ぬいぐるみを作ってあげるよ」
「ぬいぐるみ……?」
「うん。それも、ファミナちゃんが絶対気に入るものをね」
僕がそういうと、肩の震えが止まって、また僕を覗きこむように上を見上げた。その瞳は、さっきまで涙目だった声とは全く別の、とても輝いた目をしていた。
「おにいちゃん、ほんとう!?」
「うん」
ファミナちゃんの頭を優しく撫で付ける。どうも僕は小さい子には優しくなってしまう。
嬉しそうに頬を緩めながらされるがままに頭を撫でられるファミナちゃんを尻目に、僕はどういったぬいぐるみを作ろうか考えた。
といっても、すでに構想はできている。簡単だ。本で吸収した知識はあるから、それで作れるはず。
クリエイトを使うのは今回ばかりはなしにしておこう。じゃないと、ファミナちゃんのお母さんみたいに、想いを乗せることが出来ないと思うから。
想いといっても、特別何かをのせたいとかじゃない。
謝罪の気持ちをのせたいだけ、だね。
◆
ファミナちゃんと約束して一週間が経った。
重たい足を引きずってファミナちゃんの部屋の前にようやく辿り着いた。この城、広い上に、寝不足気味な僕には少しハードルが高かったみたいだ。足が疲労と眠気で震えている。
まあ、今日はこれ渡して、自分の部屋で寝よう。
コンコンコン。
三回ノックすると、中から声が――
「ファミナです!」
ドォン!
物凄い勢いで開けられて、扉のすぐ近くに立っていた僕は扉にたたきつけられた。
ふらつきながらなんとか軽く手をあげる。
「うぐ……や、やあファミナちゃん」
「あ、フミお兄ちゃん! おはようございます!」
朝はまだ早い。なのにこの元気具合。
「ファミナちゃんは早起きなんだね」
「いつも七時に起こされるの!」
朝からいつもと変わらないテンション。寝不足の僕には少し堪えた。
ヒリヒリとくる痛みに耐えながら、袋を渡す。
「これ、ファミナにくれるの?」
「うん。ほら、ぬいぐるみ作るって言ったでしょ? 約束通り作ってきたよ」
開いてみて、と促すように手を動かす。ファミナちゃんは少し不思議そうな顔をして、僕の手を引っ張った。
「おへやでみるね」
ファミナちゃんはそう言って僕をベッドに座らせると、膝の上に座ってきた。
このフワフワとしたベッド。だめだ、睡眠を誘ってくる。
頭を振って少し眠気を飛ばす。
「ほら、あけてみて」
そう囁いてあげると、大きく頷いて袋に手を突っ込んで中に入ってるものを取り出した。
「これ……リリルおねえちゃん?」
「そうだよ」
ファミナちゃんが取り出したものは、リリルを模したぬいぐるみだ。といっても、かろうじて分かる程度でしか作ることが出来なかったけど。これでも精一杯頑張ったほうだ。
ファミナちゃんは目を輝かせて暫くその人形に魅入ってたけど、まだ中になにか入ってることに気付いたみたいで、また袋に手を突っ込む。次に取り出したのは、僕自身を模したぬいぐるみ。その次は夕花里さん。そして、最後は――
「これ、ファミナだ……」
そう、ファミナちゃんだ。
僕が作ったのはその四人。ファミナちゃん、僕、夕花里さん、リリル。簡単にいえば、あの時遊んだ四人だ。
理由は、そう、ファミナちゃんと親しい人物。ファミナちゃんのお母さんは顔とか知らないから作ることは無理だったけど。
「どう、気に入ってくれた?」
僕がそう問いかけると、ファミナちゃんはぬいぐるみをギュッと胸に抱きしめながら、膝の上でくるりと回った。
下を向いたままでわからない。
「おにいちゃん……ありがとう!」
勢い良く上を向いて僕をみた。その瞳には涙がたまっているけど、表情はとても嬉しそうに笑っていた。
「ファミナ、宝物にするね!」
嬉しそうに、大事そうにより胸に抱きかかえる。
宝物、か。そこまで気に入ってもらえたなら僕も作った甲斐があったよ。
「っと……」
やばっ、物凄い眠気が……。
「ごめん……ちょっと寝かせて」
そのまま後ろ向き倒れると、暗闇に落ちるように一瞬で意識を手放した。
次に目を覚ましたのは夕日が射す時間帯だった。
「けっこう、寝てたなぁ」
身体を起こして座ったままグッと身体を伸ばす。王女だからか、ベッドがふかふかしてて、結構ぐっすり眠れた。寝ながら少し汗を掻いてたみたいだから喉が乾いてる。
「ふぁふ~……」
ふぁふ?
声が聞こえた方、膝辺りをみると、ファミナちゃんが寝ぼけ眼を手でこすっていた。僕の膝を枕にして寝てたみたいだね。
「ファミナちゃん、おはよ」
「おふぁようございましゅ……」
そういったものの頭はまだ働いていないみたいだ。ボーっと僕を見つめている。
ファミナちゃんは多分お昼寝かな。朝は結構元気で健康そうだったし、渡したぬいぐるみが机の上においてあることから寝たのは少しあと――
「おにいちゃんは、おむこさん?」
「――――ん?」
いま、ファミナちゃんはなんていった? おむこさんって言わなかった?
「ファミナ、おにいちゃんと寝ちゃった……。おかあさん、言ってた。男の人と寝たら、ふーふだよ、って」
きっとファミナちゃんは寝ぼけてるんだ。うん、きっとそうだ。しっかりした目をしてるけど、きっとそうだよね。
ゆっくりと立ち上がって、黙ってとびらに近づく。
「ファミナ、おにいちゃんの、およめさんになる!」
あ、これはもう目が覚めてる。
僕はくるりと身を翻してファミナちゃんの肩に手を置いた。
「ファミナちゃんはさ、お嫁さんの意味、知ってる?」
「うん! ちかいのきすをするんだよね!」
いや、そうじゃなくて。それは結婚式だよ。この世界の結婚式が地球のと同じなのかは知らないけど。
「およめさんはね、ファミナちゃんが好きな人と、ずっと一緒に暮らすってことなんだよ」
小さな子には上手く説明できないね。でも、多分この意味で合ってる。
これで上手く誤解してくれれば万々歳なんだけど。
ファミナちゃんは一生懸命考えてる。
「じゃあファミナ、ちかいのきす、する!」
「えっ――」
ちゅっ
ファミナちゃんの柔らかい唇の感触が、頬から伝わってきた。
「ちかいのきす、だね!」
えへへ、と無邪気な笑顔を向ける。これってもしかして、変な解釈しちゃった?
「……とりあえず、ファミナちゃん。結婚とかおよめさんとかは、リリルに聞いて」
「うん、わかった!」
やけに素直だね。でも、素直なことは良いことだよ。これからもそのまま成長してもらいたいね。
「じゃあファミナちゃん。じゃあね」
「ばいばーい!」
嬉しそうに笑うファミナちゃんをみて思わず頬を緩む。
外に出て扉を閉める時もう一度中をみると、笑顔で手を振ってきた。それに微笑みで返すと、ゆっくりと扉を閉めた。
さて、と。
「ご結婚、おめでとうございます」
「…………………………ご冗談を」
もう結構聞き慣れた声が聞こえた方にジト目を送ると、やっぱりメイド長さんことミニスタシアさんだった。いつものすまし顔で、なんという冗談を。
「それにしても、フミ様はなかなか罪深い人間なのですね」
「ねえ、それって恋愛関係だったら、内心穏やかじゃないね」
「……そうですか。それは失礼をいたしました」
……わかってくれたならいい。…………だいたい、僕なんかよりよっぽど、篠田……翔や銀河の方が罪深い人間と思うよ。クラスでも度々どっちかが好きっていう話は聞いたし。きっとこの世界でもそういうのが起きているんじゃないかな。いや、起きていると思う。
「っと、一応訊くけどさ。どこで僕とファミナちゃんのことみてたのさ?」
軽く睨みつける。けど、やっぱり飄々した態度で「メイドですから」と少しずれた解答でかわされた。
「はぁ……」
もういいや。部屋に戻ろう。今日はもう何もする気が起きないや。
…………あ、そうだ。
「メイドさんってもしかして、僕の計画には気付いてるよね?」
「……なんのことでしょう?」
とぼけなくていいよ。
「それだけの情報収集能力があるのに、僕の計画を知らないわけがない」
「…………………………はぁ」
観念したようにメイドさんはそっと息を吐き出した。
「そうですね。確かに私はフミ様のご計画を知っております。だからといって私は止めはしませんが……」
やっぱり知っていた。止めはしない。なら、
「だったらさ、手伝ってくれない?」
「と、言いますと?」
「それだけの情報収集能力があるんだから、少しやってほしいことがあるんだ」
「わかりました」
「……随分簡単に受けたね」
そんなにすんなり了承されると、逆に疑ってしまう。
訝しげな視線を送ると、メイドさんは微笑を浮かべて言った。
「メイドですから」
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:メイドですから……




