第十九話 普通の女の子 3
「さてさて、作ると言っても何を作ろうか……」
厨房の前に佇み顎に手を当てて考えこむ文は、自前の包丁と借りてきたエプロンをきっちりと着込んでいた。
用意周到な文に「ふぁー」と夕花里が感嘆の声を上げる。そういう夕花里も、自前のゴムとシュシュで肩甲骨まで伸びる髪を後ろで纏めており、包丁も自身で選び抜いたものを持って自分の前においている。エプロンは残念ながら一番ちょうど良いものを選んだけだが。
その姿でよぅし、と気合を入れる姿はどこか可愛らしい。が、肝心の文は何を作るか考えこんでいてみていない。
「よし、とりあえず今日は少し暑いし、冷たいものでも作ろうか」
パチンと指を鳴らす。夕花里は口に人差し指を当てる。
「そうなるとー……最初に出てくるのはやっぱりそうめんだよね。あとは冷たいうどんとか、そういえば冷たいスパゲッティもあるなぁー」
「さすが夕花里さん。冷たい料理だけでも簡単に三つもレパートリーが出てくるね」
問題は全部麺類なんだけど、と無粋なことは言わない。ただ、これが夕花里さんの好みなのかとは思ったが。
褒められた夕花里は『褒められた―!』と内心舞い上がり少しはにかんだ。が、それを表に出さずに口を開く。
「ふぁー……このなかで私が一番食べたいのは、やっぱそうめんかなー」
「そうめん? なんで?」
文がそう問いかけると、夕花里の顔が心なしか暗くなった。
「……やっぱり、日本の料理が食べたいから、かな」
「……そう。じゃあそうめん作ろっか」
「え? ええっと、暗城くんはそれでいいの?」
「僕は夕花里さんが食べたいもので良いよ。あ、でも一品だけだとあまり作るとは言わないよね。もう一品ぐらいは僕が決めるってことでいい?」
「う、うん。そうだね。うん、うん」
そうめんは簡単にできる。だから別に作り手が二人もいらないという点がある。が、二品作れば一品ずつ作るということで交換ができるんじゃ!? という思考に至り、ほっぺたに手を当てる。
「じゃあ、料理をしようか」
「では材料を置いておきます」
「あ、うん。ありがとうメイド長さん」
「いえ。では私は仕事に戻ります」
文は料理の材料を受け取り、早速手を洗い……んっ? と夕花里と顔を見合わせた。
「あの、暗城くん……今、なんでメイドさんが……?」
「……………………わかんない」
思いっきりナチュラルに話をして別れたが、この厨房にミニスタシアは一秒もいたことがなかった。なのに、作るものを聞き、決めてから十数秒後に現れる。これは、あまりにも異常だ。
だが、
「これが異世界のメイド、ということなの……?」
「……そうかもね」
とりあえず落とすところに落としておいて、料理を作ることにした。二人とも、気にしてもしょうがない、という性分の持ち主だからかもしれない。似たもの同士である。
ばっと材料広げてみると、麺にネギに醤油。トマトに塩こしょう。何かの美味しそうなお肉などなど。
「これなら……トマトのそうめんが作れるよ!」
「それは楽しみだ。僕は向こうで料理を作るね」
文が視線を向けた先にはもう一つ同じ作りの調理場があった。これでもお城の中では中規模とも言えない大きさであるため、いいなぁと夕花里は心の中で感嘆の吐息をついた。
文がもう一つの場所にいったあと、少し寂しそうな表情をしたがパチンと気合を入れるために頬を叩く。
麺を茹でるためにまずは専用の鍋に水を張って沸かし、トマトのヘタを取って切る。そこにすり潰すとしょっぱい葉を入れて均一にするように混ぜあわせる。
「うん、確か魔法に氷があったはずだから、冷やしちゃおっと。ええ、っと確か……【アイス】」
小さな箱をイメージしながら切ったトマトの周りに氷を張る。こうすることでキンキンに冷えたトマトが出来上がるのだ。
「うん、トマトって麺つゆが合うからねー…………あれ? 麺つゆってあったっけ?」
さっき持ってきてもらった素材をひと通り見渡してみる。が、そこに麺つゆが入っていそうなケースはどこにもなかった。
あちゃー、と頭に手をやる。でも、そこは伊達に家事スキルが高い夕花里。すぐに代替案を思いつく。その思考、まるで主婦のような貫禄があった。
「えと、醤油に砂糖、さっきの葉っぱに水……ん、これだけで良いかな」
「ん? なにを作ろうとしてるの?」
「ふぁああ!? びびびびっくりした!!」
夕花里の真後ろから話しかけられて飛び退る夕花里。そのあまりの飛び退り様に、文は少し暗い顔をした。
すぐに自分のしでかしたことに気づいて夕花里は必死に舌を回す。
「あ、あのね! ちょっと集中してたから純粋にびっくりしただけだからね! うん、そうなの! うん!」
「う、うん……」
あまりの早口に合わせた押しの強さに軽く引いた文は、そっと自分の作業場に戻った。
(あ、あー……。暗城くん、誤解を生んだまま戻っていっちゃった……)
がっくりと肩を落としながらも手は素早く動かして、十分少々で麺つゆが出来上がる。この手際はさすが料理好きと言わざるを得ない。
スプーンで少しすくい取って飲んで見る。
「……うん、これぐらいの濃さだよね」
「どれどれ」
またしても近づいていた文が夕花里のスプーンを奪った。
「えっ」
そのまま文はスプーンで夕花里と同じようにすくいとり、口をつけて飲んだ。
「~~~~~~~~~っ!!」
「んっ、美味しい。って、どうしたの夕花里さん?」
「……う、ううん……なんでも、ないよ?」
「そう。じゃあ僕は作業に戻るよ」
「うん……私、頑張る……」
不思議そうな顔をしてまた作業に戻る文。
夕花里はというと、文から返してもらったスプーンを凝視していた。
(ふぁああああああああああああ!! これってあれだよね! いわゆるか、間接キス、だよね! ふぁあ! ふぁああああ! ど、どうしよう!)
頭の中が料理脳から恋愛脳に変化しかけている夕花里は、どうすることも出来ず、とりあえずポケットに仕舞うことにした。眼に見えないところに置いておこうという恋愛の自己防衛が出たのだろう。でもなんか違う。
とにかく料理。そう割りきって、ようやく沸騰してきた鍋に少し太めの麺を入れてかき混ぜながら全部浸かるように送りこむ。
「っと、お塩、じゃなくてこの葉っぱも入れないと」
ささっとお水へ入れると、なんとも不思議なことにすぐに溶ける塩代わりの葉っぱ。異世界だ~っと目を輝かせながらも次の作業に入る。
といっても今度は簡単。もう一度氷魔法のアイスで、氷と、二人分のお皿を冷やす作業だ。
冷たいものが良い。それは食材に対してもお皿に対してもそう言える。冷えたもののほうがより美味しく感じるのだ。
適度な時間を見計らい素早く麺を取り出すと、氷を入れたボールに麺を入れていく。少し冷水も入れて冷やし終えると、キンキンに冷えたお皿に移し、麺を盛りつけた後に上からトマトをぽつぽつと飾り付けるように置いていく。
「さってと。最後にこのめんつゆを回すようにかけて~……完成!」
ちらりと肩越しに後ろを向く。その視線の先では、まだ料理を作っている文がいるのだが、現在の夕花里は料理脳。文より料理に目がいってしまう。
確かに麺を茹でるという作業があるため、時間は他の料理より時間がかかる。しかし、文は明らかにオーバーワークだった。
まず机の上に乗っているものは少し具材が違うが、ポテトサラダだ。この地方でもじゃがいもがあるらしく、その色をしたものを主にいろんな野菜がある。
続いて、透明なスープ。具は全然入っておらず、飲むに特化したような料理だが、温かいものが主であるスープ系に対し、文が作ったスープはまったく湯気がたっていない。それに不思議に思いながら最後に文が運んできた料理に目を移す。が、
(なんか入っているのわかるけど、見えないなぁー)
お皿の中に寝かされているようで、遠くからでは確認することが出来なかった。少し気になったものの、すぐに分かるよねとポジティブ思考で自分が作った料理を持つと、真ん中にある机に向かった。
「暗城くん、終わった?」
「うん。一品だけって思ったんだけど、流石にお腹が膨れないかなって。だから悪いけどもう少しだけ作っちゃったよ。迷惑だった?」
「ううん! 全然そんなことないよ!」
「そう。なら良かった」
ふんわりとした文の笑顔に、夕花里は思わず顔を赤らめる。
文は料理の方を振りむくと、アイテムボックスを開けて適当な木材を取り出す。
「【クリエイト】」
おぼんのイメージをしてからそう発音すると、ゆっくり木が形を変え始める。それも、無理矢理にかえるというよりは、実はこの形であったといわんばかりに自然に変形を行うため、夕花里はふぁー、と声をもらした。
「暗城くん、今のって魔法……?」
「いや、スキルだよ。とりあえず隣の部屋に机があるらしいからそこで食べよっか」
「ふぁー、そうなんだー。でも、誰に聞いたの?」
「…………さっきのメイド長さん」
「…………そうなんだ」
あのメイドって何者なんだろう。そう思わずにはいられない二人。だが、深く考えこむと頭が痛くなりそうだったため、夕花里はすぐに思考を捨てた。
文はもう一つ木を使っておぼんを作り上げると、おぼんに料理をのせて運ぼうとしたところに急いで夕花里が待ったをかけた。
「私も持って行くよ」
「そう? じゃあ、お願い」
片方のおぼんを渡す。さりげなく軽い方を渡した文は紳士と言えるだろう。そんなことお首にも出さずに料理を運び終えると、向かい合うように席に座った。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:メイド長さん……何者……?
ちょっとしたことで一喜一憂する夕花里さん。次回実食。




