第二話 よくある集団
朝のホームルームが始まるあと少しという時間帯。僕は読書して時間を過ごすのが好きだ。まあ、暇を見つけては本を読んでいるから朝に限った話じゃないけどさ。
基本は雑食。
名作でいくとホームズシリーズ、司馬遼太郎、太宰治など有名人のものからライトノベル。それにあとは雑学系。
最近読んでいるのはファンタジーが多い気がする。やっぱりつれづれなるままに読む本の傾向は変わっていくし、その本に感化されていく。
「憧れるなぁ……」
暗く鬱々したこの世界より、こんなふうにパッと輝きがあって生き生きとした異世界の方が魅力的で眩しくみえる。
そんな世界になぜ僕は生まれなかったのか、本当に残念だ。それに、異世界に行く時に使われる転移陣も、こんな世界で出てくるわけがないと悟ってしまった僕にとって、本当に憧れの存在でしかない。
「――何に憧れるの、暗城くん?」
澄まされた聴き心地の良い綺麗な声に、思わず身を強張らせた。
ゆっくり振り返ると、その美声の持ち主がきょとんとした表情を浮かべて立っていた。
ぱっちりとした目に、肩甲骨まで伸ばされた黒髪。それに無邪気そうな整った顔立ちをしている。そんなクラスメイトのいわゆる美少女具合に、じゃなくて早くも疲れがでたようなため息を隠さずに零すとぽつりと彼女の名前を呟いた。
「東雲さん……」
「もう、いつも言ってるでしょー? 私のことは桜、もしくはさくらちゃんって呼んでって。あ、チェリーでもいいよ?」
「い、いや……遠慮しておくよ……」
というか、チェリーって……。さくらんぼって言いたいのかな……。
「ええぇ、なんでー……」
「いや……勇気がないからさ」
「勇気? なんで勇気が必要なの?」
「そりゃあ……――」
そこで思わず口ごもる。そりゃだって……教室にいる男子が一斉に殺気を僕に飛ばしてくるからだよ。
最近の高校生って、なんでこうも殺気を飛ばすことができるんだろ……。
まあ色々ね、と遠い目をしながらそう答えると、ぽくりと小首を傾げたけど、物凄い勢いで首を振って笑顔を浮かべてきた。
「それで、何に憧れるの?」
……忘れてなかったんだ。気のせいか目を輝かしているようにも見える。
ため息を吐いてしぶしぶ答えた。
「異世界、だよ」
「なんで?」
「……言いたくない」
ぷいっと顔を背けて――――だめだ、回り込まれた……。
「なんで?」
そしてまた同じ質問をしてくる。
僕はまた「言いたくない」といっても「教えてよぉ~」と断固として僕の傍から離れようとしなかった。
「桜はまた文に絡んでいるのか?」
不意に名前を呼ばれて声がした方を見ると、呆れたようにやれやれと首を振っている、篠田翔がいた。イケメンクール。簡単に言うとそんな感じ。
「なんでまた文なんだよ……! そんな根暗なやつより俺……らと話したほうがよっぽどおもしれぇと思うぜ?」
今度はぶすっとした表情をした橋本銀河がよってきた。典型的な運動系で、頭が悪いんだよね。がたいがでかくて、空手は段持ちだったかな。
「銀河、もっと素直になったら?」
銀河を窘めながらも面白そうに隠しきれていない笑みを浮かべる望月梓さん。眼鏡をかけていて、小柄。頭がかなり良い。けど、その分少し小悪魔、って感じがする。
「私は暗城くんとコミュニケーションをとっているだけだよー!」
最後に東雲桜さんがそう反論した。
この四人、幼馴染だと言うんだから呆れてしまう。やっぱりイケメンと美少女は自然と集まってしまうものなんだね。同じ位置にいる者同士仲良く、と言った感じか。
……そもそも、その中でも目を引くのが東雲さん、らしい。もし東雲さんを下の名前で呼ぼうものなら、三分の一殺し、半殺し、三分の二殺し、って段々ランクアップしていきそうな勢いで殺気が放たれるからね。
確かに梓さんもかなり人気がある。個人的には梓さんも東雲さんも同レベルだと思うし、男子の間でも人気がある、らしい。僕からしたらどうでもいいけど。でも、桜さんが光だとしたら梓さんは影。だから表立って人気のある桜さんのお陰もあって、僕は望月梓を下の名前でも大丈夫、という経緯があると思う。
実際はわかんないけど。
はぁ、とため息をついて違う本を取り出そうと鞄に手を突っ込む。
「僕は本を読みたいんだけど」
「そう言うなよ、文。お前って本当に桜に話しかけてもらわないとずっと本読んでいるんだからさ」
いや、東雲さんに話しかけられないために本を読んでいるんだけど。……それが叶った日がほとんどないというのもあれだけどさ。
そう言おうとする前に銀河が口を開いた。
「やっぱりこんなくれぇやつと話すなら、お、俺と駄弁ったほうがよっぽど……」
「私は、暗城君と話したいのっ!」
「ぐっ……!」
いや、そこで僕を睨まないでよ。僕の意志と東雲さんの意志、全く異なってるんだけど。
「それに銀河とならたまに喋るよね?」
東雲さん、それアウト。
たまにって何。そんなに喋る機会少ないわけ? そりゃ僕が睨まれるわけだね。あはは。
……百パーセント被害者だよ、僕。
「桜、いい加減にしなさい」
どんどん銀河の眼光が鋭くなっているのをじくじくと感じながら全力で目を逸らしてると、ぽこりと桜さんの頭を叩いて助け舟を出してくれた。
「文君、毎回バカとバカが迷惑かけて悪いわね」
「うん……」
でも、と耳に口を近づけられる。
「桜のことを名前で呼んだ方がいいわよ? じゃないとずっと言われ続けるから」
「……それは……だから……」
「ふふっ。周りも男子どもには私が言っておくから」
どうやら僕が言い出せない理由は梓さん見透かされているみたいだ。
梓さんがスルリと体の体勢を戻すと、東雲さんが口をパクパクとしていた。
「な、な、何話してたの!?」
「桜には関係ないことよ? ねぇ文君?」
「まぁ……関係ないかな」
関係ないかと言われると微妙なラインだから、曖昧に頷くしかなかった。
ちらりと東雲さんを窺うと、「えぅぅー……」とかなりしょげていた。
「しょげぽんぽんだよー……」
……言いたいことはわかるけど、どういうこと?
東雲さんから視線を外すと、梓さんと目があった。……そのウインクは、今すぐ名前を呼べと? 梓さん、まだ男子を説得しておりませんよね。
でも、梓さんの瞳は語ってる。『今すぐ名前を呼べよ』と。いや、そこまで強い口調ではないと思うけど。
右手で頭を掻きながらため息を吐いて桜さん見つめる。
「さくら、さん」
「…………え?」
ポカンとして、次いで目を見開いて表現する。
「桜さん」
もう一度呼んでみる。すると、ぽかんとした表情からこれでもかってほど赤くなると、物凄いキラキラした笑顔を浮かべた。
「な、名前! 名前!! 文くんが名前を呼んでくれたよ梓ちゃん!」
「はいはい」
つれない態度をとっているけど、どこか微笑ましそうに口元がつり上がっている。
「桜さん、もう席に座ろうか」
「うん! なっまえ! なっまえ!!」
スキップしながら席に戻っていく桜さんの後ろ姿から視線を外して周りを見渡すと、翔はポカーンとした顔をしており、銀河は憎々しげに僕を睨みつけていてかなり怖いし、梓さんは僕と桜さんを交互にみて口をニヤつかせていた。
すぐにチャイムが鳴ったからこのカオスとでも言うべき空気が払拭されたけど、その後は別の視線を感じて居心地が悪かった。
多分、殺気かな……。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい
主人公 暗城 文
つきまとう人 東雲 桜
クール 篠田 翔
頭悪そうな人 橋本 銀河
隠れ美少女 望月 梓