第十七話 普通の女の子 1
一人称か三人称かで迷った結果、三人称なってしまいました。
「ふぁー」
召喚されて一週間ほどしたとある日の正午。一人の少女が空を仰ぎみながら間の抜けた声を出していた。
ただ声を出しているわけではない。きちんと芝生に全身を預けた状態で、だ。芝生に横たわる少女は、手元にある木で作られた双小剣も地面に突き刺し、目を細めながらボォっとする。
「ふぁー」
なんとなくもう一度間の抜けた声をだす。音楽のファの音を出したいわけでもなく、ただ『ふぁー』と言うのが最近の少女の癖なのだ。
最近のめまぐるしい事象。召喚され、王宮での暮らしや次の日から始まった訓練。すべてがこの少女にとっては嘘のようで、まるで夢のよう。
だけど、と頬を抓ってみる。
「痛い……」
ここは現実。そして、召喚は実際に起きたこと。
少女はハァ、とこの世界にきて何回目かのため息を吐き出した。幸せがよく逃げるというが、彼女の場合、心労を逃がす役割を果たしている。現に、ため息を吐き出したお陰でその表情にさきほどまでなかったやる気が溢れていた。
「よぅし。がんばろっと」
そう言って、また空を見上げる。口先だけであった。
いや、間の抜けた声を出しているときよりかは幾分か元気といえる顔色になっているため、良いのだろう。
どれぐらいそうしていたのだろうか。温かい日差しの下、頭が舟を漕ぎ始めた少女に影がさす。それに気付いた少女は、ゆっくりと顔をその影をさした方向に向けたが、逆光でよく見ることができなかった。
「えっと……?」
「わたしよ、夕花里」
「あ、美羽?」
夕花里と呼ばれた少女は、彼女の名前をそう呼んだ。美羽は自身も夕花里の横で寝転がり空を仰ぎ見ると、口を開いた。
「あんたさ」
「なーにー?」
「もう言っちゃいなよ」
「えっ? ええ? 何を?」
「ほら。あんたが今頭の中に浮かんだことだよ」
「…………?」
夕花里は別になにも頭に浮かべていなかったせいで、なにも答えることが出来ない。なんとなく美羽は恥ずかしい気持ちになって口を閉ざしてしまう。が、それを自分で考えろという意思表示で受け取ってしまった夕花里は頭を悩ませ始める。
「え、えええと、こんな異世界より、家でポテチを食べていたいとか?」
「…………」
「あ、ちがう。家でファッション雑誌みて自分を磨くとか?」
「……近いけど」
「あ、ならわかった! 最近料理作ってないから腕が鈍っちゃうなぁ……」
「ちがうわっ! というか、なんであんたそんなに女子力高いのよ!」
「えっ? ええ? 私そんなに高くない、けど?」
身体を夕花里の方へ傾けながらそう言うと、物凄い形相で美羽が夕花里のことを睨んでいた。
「ふぁあ!?」
「ファッションに料理、どうせ夕花里のことだから裁縫にあわせて家事全般が出来るのでしょ?」
「まあ、うん……」
なんで知ってるんだろう? と疑問に思いながら頷くと、美羽の目が見開いた。
「そんじょそこらの女子達とは女子力が違うのよ!」
「なんか、女子力じゃないような……」
「そんな細かいことはいいわ! 私はね、夕花里、あんたを応援しているのよ」
応援? ぽきゅっと首を捻る。しかし寝転がっているため、首を捻る場合は上を向いている側頭部の方に首を捻るのだが、これはなかなか難しいため、夕花里はちょっとしか捻れなかった。
「応援ってなにを?」
そう質問すると、美羽はニンマリと笑った。
「そんなの決まってるじゃない。あんたの恋が成就すること。簡単に言えば意中の人と結ばれることを、よ」
「ふぁああ!? な、ななな!?」
思わず身体を起こして顔を赤らめながら美羽の方をみる。美羽も身体を持ち上げて、更に言葉を続ける。
「ほら、あんた、好きな人いるんでしょ?」
「ふぁああああああ!?」
三度目の奇声。すぐにハッとなって周りに人がいなくて夕花里はホッと息を吐くと、顔を赤らめながら美羽へと詰め寄った。……言葉だけで。
「な、なななんで知ってるの!?」
「いや、あんたの姿見ていればわかるわよ。いつもいつも、彼の姿を追い求めて、それで見つけると尻尾があるんじゃないかって思うほど顔に現れる割には話しかけないし」
「そ、それはちゃんと一人の時にちゃんと話しかけて……って、ええ!? そこまでわかっちゃってるの!? もしかして私の好きな人も……!」
「大丈夫よ。クラスの女子、東雲さん以外は全員知ってることよ」
「ええええ!?」
びっくり仰天とばかりにバサリと後ろに倒れこむ。本当にびっくりしたわけだが、あまりの噂の広がり具合に呆然とするしかなかった。
徐々にうなじのあたりから紅潮が増していき、顔まで赤くなった時、手で顔を覆い隠した。その姿がなんとも愛らしく、美羽はクスリと笑う。
「ふぁああ……私ってそんなに顔に出やすいのかなぁ?」
「そうね。私の知っている中じゃ一位を争うほどには出やすいと思うわ」
「……うぅ」
涙目で美羽を睨む。その姿もどこか愛らしく、美羽は女の子でありながら少し理性が飛びかけた。
異世界に飛ばされたとて夕花里は普通の女の子。飛ばされるまで普通に女の子をしていたのだ。
ファッションに気を使うのも恋をしているから。家庭のことができるのは夕花里にとって当たり前だが、全面的に出し始めたのは恋をした後。家事全般のことを会話の種にしようとしたのだ。結果は成功。
他にも夕花里はたくさんの努力をしてきた、がどれもそれも直接意中の相手に伝わることがなく、また人前で話しかけることも出来ないため、一人になったところを話しかけるということしかできなかったため、なかなか仲が進展することがなかった。
夕花里の中でいくつも自分に言い訳をしているのだが、平ぺったく言うと、恥ずかしくて話しかけられないという。名前で読んでもらうことには成功しているのだが、自分からは相手の名前を呼ぶときは苗字であることが如実そのことを表している。
色恋沙汰の話は夕花里もよく友人から聞いている。今日彼氏とゲームセンター行ったーとか、おそろのキーホルダーを買った、プリクラで写真を撮った、など。
だが、告白する時の話はなかなかレアだ。しかも、ほとんどの場合、彼氏からの告白である。待つしか無い、と少し女の子として夢見るような逃避へと走ってしまうのだ。
「ふぁー。好きなのに、行動ができない……」
「どこかのだれかさんを真似しなさいよ」
「私、うざがられない?」
「そんなことでうざがられるならとうに東雲さんはうざがられている…………ああ、うざがられているわね」
「でしょ……わーふー」
どうしよー……告白したいけど、できないよー、と嘆く夕花里。
美羽はなんとなく辺りを見渡して、少しばかり目を見開くと、微笑んだ。
「美羽、なんだか悪い顔してるよ?」
「失礼ね! それよりあんたの好きな人、なんだか近づいてきてるわよ?」
「ふぁあ!?」
倒れこんでいた身体を起こしあげて見渡すと、確かに一人の人影がゆっくりと近づいてきていた。
「な、なんで!?」
疑問を口に出すが、答えを貰うよりやることがあった。
好きな人にはきれいな姿を。夕花里は急いで立ち上がり身支度をする。服のシワを伸ばし、少しばさついた髪の毛を整えて、体についた葉っぱをはたいて落とす。
そんな彼女を顔をニヤつかせながら美羽は口を開いた。
「いやー普通の女の子っていいわね」
「普通じゃない女の子ってなに……?」
「東雲さん」
「ああ……そうだね」
良くも悪くもだけどね、と微笑み合いながらそう小声で会話していると、夕花里の好きな人は徐々に近づき、二人の存在に気がついた。
「あれ? 夕花里さんに…………ごめん、名前なんだっけ?」
「私は筒見美羽よ」
「そう。筒見さん。二人共こんなところでどうしたの?」
その男はキョトンとした表情で質問する。二人は訓練の途中。そろそろ戻らないと行けない時間。
だが、
「そんなことより、夕花里が貴方と少しお話したいらしいわよ?」
「ふぁああああああああああああああああ!?」
「そうなの? 別にいいけど」
「ふぁああああああああああああああああああああ!?」
「うるさい!」
「あぅ」
あまりのでかい声にぺしりと美羽が夕花里の頭を叩いた。その様子に苦笑いを浮かべる男。
「じゃあ、行く? 僕の部屋に」
「……う、うん」
顔を赤らめながらコクリと頷く。さっきはあれほど騒いではいたが、せっかく友人が作ってくれた機会。無駄に出来るわけもなかった。
「じゃあ行こっか」
「うん……暗城くん」
またあとで、と夕花里は妙にしおらしくなりながら小さく美羽に手を振ると、暗城――――文とともに城へと向かっていった。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:ふぁー……
ふぁー、です。ふぁーちゃんと呼んでも構いません。
これは普通の恋する女の子の、ちょっとした勇気を出すお話




