第十三話 一方その頃 4
桜はミニスタシアと共にミニスタシアの部屋へと戻り、メイド服から服に着替えていると、ふと思ったことを桜が口にした。
「ねえねえ、ミニスタシアさん。ミニスタシアさんってメイドでいうとどれぐらいなの?」
ベッドメイキングの速さといい、分身が起こるほどの床磨きといい、人間離れした身体能力を思い出しながら尊敬の眼差しをミニスタシアに向ける。
「そういえば言っておりませんでしたね。私はこのヘデンシカ城でメイド長をしております」
「ええっ!? メイド長って……メイ道のトップ!?」
メイ道……? と首をかしげるが、そうですね、と軽く流すことにする。
すると桜は何故かミニスタシアを拝み始めた。「南無阿弥陀仏……」と言っている時点で高尚なものを拝んでいる。桜の中ではミニスタシアはメイドではなく神になりかけていた。
数十秒そう唱え続けていた桜だったが、そこでまた新たな疑問がわきあがった。
「でも、ミニスタシアさんって若いよね? もうちょっと老齢の方っていないの?」
そう訊ねると、ミニスタシアはなんとも言いづらそうに桜から目を背けた。
(あ、あれ? これやっちゃった? やっちゃったかな?)
ものすごく焦り始める桜。しかしすでに発してしまった言葉。そのため撤回は不可能である。撤回するためには時を戻すために壮大な旅をしなくてはいけない。桜の場合、時を戻したところで同じ過ちを犯しそうではあるが。
暫く冷や汗ダラダラのまま直立不動の状態で立っていると、ミニスタシアの閉ざされた口が開かれた。
「サクラ様は、この世界の結婚適齢期を知っておいででしょうか?」
「え? ……ううん、知らない」
「そうですか。では、説明させていただきます」
「あ、ちょっと待って」
声で一度静止をかけると、スカートを急いではきかえた。
桜が着替えた服はミニスタシアから渡されたもので、桜の可愛らしさを全面的に押し出したものである。さすがメイド長といったところだ。
桜の中でお気に入りの部類に登録すると同時に「どうぞ!」と続きを促すと、ミニスタシアは嫌な顔を一つ見せず、何事もなかったかのように口を開いた。
「この世界の結婚適齢期は十六歳から始まり、三十までいくと結婚できないと言われております。ですので、婚期を逃さないようにと早くにお相手を見つけて寿退職をなさる方が多いのです」
なるほど、と頷く。
メイドという仕事は忙しい。それはもう、朝から晩までずっと働き詰めという生活だ。それに生きがいを感じ、精を出すのが王宮で働くメイドなのだが、やはり女の子として幸せな過程は気づきたいという夢がある。
その欲に負け、合間な時間にお相手を見つけ、結婚に結びつけると同時に退職をする。それがこのメイド界の現在の流れとなっているのだ。
ちなみに、メイドのお相手に執事が多いというのは、執事もまた同じ立場に立っているからだろう。結婚したからといって、必ずしもメイドをやめると言うわけでもない。が、やはりやめる者が多いのが事実である。
「それで、今ミニスタシアさんは何歳なの?」
「…………二十三歳、ですが」
一瞬口ごもったのだが、それに気づかずに嬉々としてミニスタシアに迫る。
「そうなんだ! 好きな人はいるの!?」
「いません」
「そうなんだぁ~……。でも大丈夫! ミニスタシアさんはすぐに良い人に巡り逢えるから! この私が保証するよ!」
ドンッ! と胸を叩いてそう言い切る。次いで、強く叩きすぎたせいで軽くむせた。
それをみたミニスタシアは、なんとも不安そうな顔をする。
「……とっても不安になりました」
「そんにゃっ!?」
「私は良いのですよ。それより、そろそろ行きましょうか」
桜のリアクションを軽く流して部屋を出た。
暫く無言が続く。
夕日はすでに傾き終えて、地球のものより少し大きめの月がひょっこりと顔を出す。窓から入ってくる風は二人の髪を遊んでは去っていくのを繰り返していた。
廊下は夕食時というのもあり静かな雰囲気が流れていたが、その沈黙も桜がミニスタシアに話題を振ることによって終わりを告げた。
「ねえねえミニスタシアさん! ミニスタシアさんの趣味ってなにかな、なにかな?」
静かに行くのもなんだからね! と元気すぎるオーラを放ちながら問いかけると、はぁ、と息を吐き出して考えこむ。
「そうですね……あえて挙げるとすればぬいぐるみ、ですか」
「ぬいぐるみ!?」
「はい。今も持っていますよ」
そう言うとどこからともなく一つのぬいぐるみを取り出した。
そのぬいぐるみは、まるで「オレサマオマエキルユー!」と言っている感じで、とてもコミカルであり、
「かわいい!」
桜からみたらとても可愛い物だった。
十五センチほどのぬいぐるみで、小さくフワフワとした素材を使用しており、片目を眼帯して厳つさがあるというのに、口はさながら小型犬で可愛らしい。
ただ、目が据わっている。
が、桜にとってそこがまた可愛いらしい。
「一つください」
速攻でものねだりをし、
「良いですよ」
と、まんざらでもない表情を浮かべながら見せたぬいぐるみを桜にあげた。
「まだたくさん持っておりますので」
そう言いながら、ポン、ポポンと次々に大小様々なぬいぐるみがミニスタシアの色々な場所から飛び出してくる。
「うわぁ……! もうかわいいよぉ! 名前はなんていうんですか!?」
「名前、ですか? 名前はまだ決まっておりませんね」
「じゃ、じゃじゃじゃじゃあ! 私がつけちゃっていいかな!?」
「お願いします」
「ありがとうございます!」
なーにがいいかなーと、嬉々として考え始める。
(うさぎみたいだから、ウッキー? きつねにも見えるからキツツキもいいな。あ、熊にも見えるからクマナベェ? うーん、でもなんかしっくりこないなぁ……。うー……『オレサマオマエキルユー』…………ハッ)
決めた! と叫び、ミニスタシアにどや顔をした。
「この子の名前は『キルちゃん』! キルちゃんだよ!!」
たかいたかーいをしながら何度もキルちゃん、キルちゃんと連呼する。
それを見ていたミニスタシアは口元を綻ばせた。
「キルちゃん……ふふ、いい名前ですね。これからキミの名前はキルちゃんだー」
キルちゃんと名付けられた撫でながらそう言うのを、唖然とした表情でみる桜。
その視線は、『これほんとにミニスタシアさん……?』と言っている。
「えっと、ミニスタシア、さん…………?」
「ふふ…………はっ!」
我に返ったミニスタシアは自分のやっていた行為に気づいたらしい。じわじわと頬が紅潮していく。さっきまで、ほんのついさっきまであったミステリアスな雰囲気はどこにいったのか。
「かーわい! ミニスタシアさん、めっちゃかわいい!」
「あ、あうあう………」
羞恥からか、口をパクパクと開閉することしか出来なくなっている。
「ほら、キルちゃんもかわいいって言ってるよ!」
「あぅ、あぅぅ~……キルちゃん、かわいいです……」
「現実逃避しちゃった!?」
どこに隠していたのかわからないが、一メートルほどのキルちゃんを取り出して頬ずりを始めてしまった。
それから五分ほどかけて無事、現実世界へと帰還することができた。
その間、一生懸命戻れるように声をかけていた桜は、なんとも疲れた表情を浮かべていたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:……『オレサマオマエキルユー』…………ハッ! キルちゃん!




