第十一話 一方その頃 2
桜が城内を彷徨い歩いて早くも一時間。
彼女は………………思いっきり迷っていた。
ここ、ヘデンシカ城は広い敷地に少し複雑に入り組む通路と、外観の大きさに見合うほどの階数を持っている。
そんなところを迷わずに一人で歩き回ったら迷うのは必然といえよう。
迷わずに図書館に行ける文のほうが異常なのだ。
話を戻すと、だ。
桜は右往左往していたのだった。
「ここ、どこだぁ~……」
あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。
涙目になりながらも探索という名の文探しをする。
だがそもそも今は文探しではなく、せめて自分の部屋か親友である梓の場所がわかれば良いと、本人にとってはとても必死に頑張っていた。
一応メイドも執事もいるのだが、全員仕事中ということで足早に桜の横を過ぎ去ってしまう。
自分の部屋の居場所を聞こうと思えば聞けるのだが、雰囲気が、話しかけるな、と行っているようでなかなか話しかけることができずにもいたのが涙目の原因の一つとなってきている。
だが、別にメイドや執事たちはそんな雰囲気を放っておらず、顔もとても柔和そのもので、桜のことが気がかりで何回も横を通り抜けていたりする。
ただ、桜がそう思っているだけであり、異世界で気が立っているのか、それとも自意識過剰なのか、サクラワールドだからなのか。それは本人にしかわからない。
そんなこんなでさらに一時間。
とあるメイドが、この国では見られない、艶やかな黒髪を孤独に揺らしている少女の後ろ姿を見て、何故このような所にいるのか尋ねようと前へ回りこみ、ギョッとした。
「ど、どうしました、聖女様?」
一つは、彼女が聖女だったから。
そしてもう一つは……
「あうあぅ……わだじぃ……グスっ、ひっ、く……ごこ、ひっく、どごでずがぁ!」
…………顔が涙と鼻水まみれだったからだ。
◆
ゆっくりと香りを楽しみながら温かい紅茶を飲み、一息つく。
「はふぅ……ありがとうございます、ミニスタシアさん!」
「いえ、当然のことをしたまでです」
そそくさと茶菓子も添えることを忘れない。
おお……と桜が感嘆して「これぞメイ道だね!」とか変なことを口走るが、「お褒めに預かり光栄です」と軽く返される。
おお、と桜がまたクールに返されたことに感嘆した。実際にはミニスタシアが意味をわかってないだけだが。
一旦ここで桜がゆっくりと周りを見渡す。
ここは城内のメイド、ミニスタシア=ネレンドリィの部屋である。
基本は城の離れにあるメイド専用の宿舎があるのだが、メイド長である彼女は城内に部屋を渡されているのだ。
それは、信頼と、それに対する仕事の負担。その対価だとミニスタシアは認知している。
「それで、聖女様」
なぜ迷子になっていたのですか、と尋ねようとしたら桜が腕を使って大きくバッテンをつくった。
「ダメです! 聖女様禁止です! 私はそんな高尚な感じで呼ばれるような人ではありません!」
「……では、名前を伺ってもよろしいですか?」
先ほどミニスタシアは名前を名乗ったが、桜は名前を名乗っていなかった。
そのことに数秒かけて気付いた桜はそそくさと姿勢を正した。
「そういえば名乗っていませんでした。。私は東雲桜と言います!」
「では、シノノメ様と」
というとまたしても桜は名前をバッテンにして今度は頬を膨らました。
ミニスタシアはその姿が一瞬可愛いと思ったが、表情に出すことはなかった。
「だーめ! さくらって読んでください!」
「……苗字で読んだ方がよろしかったでしょうか?」
「えっ?」
間の抜けた声をだした。
メイドの教育方針の一つに、お客様は名前で呼ぶことにしている。
なぜなら、平民には名前しか持たないものがいるからだ。
また、この世界では名前は前にくる法則がある。そのことを初日に、なぜか文から聞いていた桜はすぐに思い出した。
文が関係することは一瞬で思い出せるのが桜の脳内である。
「ご、ごめんなさい! すいません、自己紹介やり直させてください!」
そういって再び立ち上がって「サクラ・シノノメです……」と、顔を赤らめながらそう自己紹介をした。
「では、サクラ様と呼ばさせていただきます」
「うん、じゃなくて、はい!」
「私はメイドです。使用人に敬語というのは少々おかしいと思いますので、普段の言葉遣いで結構です」
もっとも常識の範囲内でお願いしますが、と付け加える。その言葉に桜はうーんと悩み、しぶしぶ了承した。
「それでサクラ様。なぜ迷子になっていられたのですか?」
ミニスタシアはさきほどからずっと聞きたかったことを尋ねた。
すると桜の紅茶を飲もうとしていた手がピタリと止まり、紅茶をコトリと置くと、神妙な面持ちをした。
「それはね……」
その雰囲気がまるで、まさに今から爆弾発言しますよ? といった前振り的な雰囲気を醸し出しており、ミニスタシアは思わず生唾を飲む。
「それは……数時間前までに遡る……」
怖い、怪談を聞かせるような声音でゆっくりと話し始めた。
「訓練をみていた暇な私は思いました」
ゆっくりと、冷えきった声で。
「暇ならば」
そっとその確信に近づいていき、
「そうだ! 城内探索しよう、と」
触れると同時に気温は一気に下がり、桜のトーンも一気に上がりきると、
「すると、なんということでしょう! 道に迷ったのです!」
デデーン! と後ろに効果音が流れる勢いでそう放った。
「テヘッ?」
「…………」
無言。無表情。
その雰囲気に圧迫されておもわず黙りこくってしまう。
「………………」
「………………」
ひたすら無言である。
助けて! ヘルプ!! と内心桜は連呼していた。
ちなみにヘルプとは助けてという意味であり、店で使うヘルプ入りまーすは手伝い入りますと言っている。なぜ英語で言うのか。日本人の変な習性なのだろう。
ため息と同時に痺れを切らして口を開いたのはミニスタシアだった。
「……わかりました。では訓練場まで、といっても私にはまだ仕事がありますし、だからといってまた城内で迷子になられても困りますので、そうですね……」
ちらりと部屋にある小さな壁掛け時計をみると、少し逡巡した後にまた桜の方に目を戻すとこう言った。
「メイドに興味はありませんか?」
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:桜さん、迷子回でした。
――ピンポンパンポーン。
『現在、お名前が東雲桜ちゃんと名乗る、黒髪で17歳の女の子を保護しています。保護者の方は、迷子センターのミニスタシア=ネレンドリィ部屋までお越し下さいませ』
――ピンポンパンポーン




