第九十九話 誰のための対立か 4
この犬耳のおっさんがギルドマスターだとして。
「なんでピミュさんが働くことを拒み、なおかつその理由を言わないのか、それこそ言ってももらわないと対応の仕方もおのずと一つか、二つ? に絞られてくるよ」
「二つ? 一つは他のギルド長のところに行くとしても、もう一つって何ですか?」
「それはもう、あれだよ」
ピミュさんに振り返る。
「エレさんに言いつける」
「ふぇぇぇぇ!?」
持ってる切り札は有効活用しないとね。使えるから切り札というんだし。
「エレちゃんほんとにきちゃいますよぉ!」
……確かに。
「でもそれはそれで良いかもね。文字通り飛んできそうだ」
「ほんとですよ! だから、やめましょう! あと、別にここじゃなくても他の町に行けば……」
「いや、多分ここに限った話じゃないと思う」
「えっ?」
「多分、僕たちが人族である限り、どこに行っても不遇な扱いを受ける……でしょ? おじさん」
「……そうだ」
「え、でも、どうしてですか……!? そもそも冒険者ギルドは平等である場所なんだってギルドの条文の最初の方にも書いてありますよ!」
「条文に書いてあるかどうかなんていうのは知らないけど、そういうのを度外視にしてまで人族を排除したい理由があるんじゃないかな」
軽く声を張り上げるピミュさんをどうどうと落ち着かせてから、辺りを見渡す。
獣人族が人族を排除したい理由。
獣人族同士で対立しているはずで、そこには人族は基本的に無関係であるはず。なのに、僕等がいたら邪魔になる理由。
周りの獣人族たちは、僕から目を逸らす人とどこか憎々しげに睨んでくる人たちと半々でいた。
人族だから……僕らだから。
ああ……そういうことか。
「確証はないけど」
ピミュさんの耳元で呟くと、ギルドマスターであるおじさんをまっすぐ見つめる。
人族と獣人族が今どういう関係であるか。
そこからはじき出されるものは――――
「レジス王国は、現在人族を敵とみている。その理由は――――」
理由は……なんだ?
人族が獣人族を殺した? 亜人排他主義だから?
違う。
もしそうだったらそもそも人族と獣人族は対立の歴史しかないはずだ。
だったら――――いや、もしかして。
でも、情報は――でももし、僕の考えがあっていたら……あの女王、なんていう依頼をしてくれたんだ……。
「理由は、なんだ?」
おじさんの問い、僕はいつの間にか下げていた顔をゆっくりと上げて、視線を彷徨わせてから、おじさんに視線をあわせた。
「理由は……」
女王の依頼。
人族大陸で最後に訪れた港街ズゥミの歪。
人族と獣人族の対立。
そして、今回の獣人族にあるギルドで起きた人族の排除活動。
そしてその根幹にくるのは、≪亜人排他主義≫。
これらのピースから考えられることといえば。
「理由は――――――レジス王国がユナイダート王国とも戦争する予定だから」
「……え? どういう、ことですか? そ、そんなわけないじゃないですか。だって、レジス王国とユナイダート王国は古くから良好な関係を築き上げているんですよ」
まあ、そうだろうね。
「でも、それは終わった」
「お、終わったって……フミさん、そんなの――」
「その人族が言っていることは正しい。だからこそ、私たちは再度通告しよう。国を出ろ、とな」
「国を出るか否かは僕が決めることだ。そのためにいくつか質問させてよ」
「それぐらいならよかろう」
片手でピミュさんの頭を撫でて落ち着かせつつ口を開く。
「一つ目。ユナイダート王国との戦争はもう始まってるの?」
「いや、まだ国家間の大規模戦争にはなっておらん」
「そう。じゃあ二つ目。その戦争の指揮は?」
「宰相だ」
「やっぱそうなんだ。じゃあ、戦争は国民の本意?」
「……そうだ」
「じゃあ、戦争が始まるかも、っていう情報はスタンス王国とことを構える前と後どっち?」
「ほぼ同時期だが、前だ」
「そっか。じゃあ最後に質問。――――王都の情報の集まり具合がほぼ同時なのに、どうしてユナイダート王国との戦争の方ばかり情報があるのかな? あまりにもスタンス王国についての情報が少ない。それに……ギルドにはあるよね、王都と繋がってる転移陣が。なのに、どうして情報が少ないのかな?」
「ッ……!?」
最後は小声で問いかけると、おじさんは絶句、という表現があっているのかわからないけど、口をぽっかりと開け放った。
それにしても、
「あの、フミさん、それはいったいどういう……?」
「もうここには用はない。いこっか」
今回は本当に波乱に満ちている。
ギルドを出ると人だかりができていた。
その中心にはボッチちゃんとヒュンベ、そして顔以外埋まっているミスマチョの姿があった。
「ねえ、もう死ぬ覚悟はできた? ねえ、できたわね?」
「ひいぃぃぃ!!」
「もういいでしょう、ボッチさん。戦意がないものを殺すのは好みではあるまい」
「そうね。でも、この気持ち悪い筋肉はピミュちゃんを怖がらせたのよ。それだけで極刑に値するわ」
そう言って腰に佩いていた剣をミスマチョの喉元に突き付けた。その動きにはまるで迷いがなく、ほっとけば本当に殺してしまいそうだ。
ヒュンベにもそれがわかったみたいで、頭に手を置いておおげさにため息を吐く。
「フミさん。私には荷が重かったようです」
「いやいやいや。もう少し頑張ろうよ」
仮にもこの国の兵士でしょ。
それに、僕がなんとかしてくれるみたいな余裕の出し方、やめてくれないかな。あらごとに関しては僕よりだいぶ上のくせに。
だけど、まあ実際に簡単にボッチちゃんを諫める方法なんてあるもので。
「ピミュさん、ボッチちゃんを諫めてきて」
「は、はい。ボッチちゃーん」
ピミュさんにボッチちゃんのところに行かせると、僕はヒュンベのそばによる。
「戦争、するつもりだったんだね」
小声で問いかけると、ヒュンベは眉をピクリと動かした。
「……中で、聞いたのですね」
その返答の意は、肯定。
「簡単に肯定するとは思ってなかったよ」
「隠し通せるようなものではありませんからね。ただ、私の知っている情報はあえてフミさんに開示しません」
「それは、やっぱり」
「いえ。そういうことではなく、もっと単純な話です」
――お互いに信頼していないから。
そう言おうとしたのを見透かされたのか、やんわり否定された。
「私が持っている情報はただの事実であり、国の意志です。それをそのままお話しするということはフミさん、貴方なら絶対頭から疑う。それはつまるところ、これからの関係に多少なりとも罅が入ってもおかしくないわけです。美点より汚点の方が目立つのと同じですね」
「…………違うね」
はっきりと断言する。ヒュンベの獣耳がピクリと動いた。そして改めて僕を見まわす。その視線は僕の身体をせわしなく動き回り、最終的にはボッチちゃんたちの方に逸らした。
「何が、違うと?」
少しかすれた声で尋ねられ、少し考えを巡らせてみる。
一つ、それこそ単純に『国の意志』と『ただの事実』という食い違い。
二つ、情報を疑うのは普通である。
三つ、僕とヒュンベの関係はまだヒビが入るほど信頼関係を築いていない。そもそも遡ればヒュンベと同行するようになってまだ一日経ったかどうかっていうレベルだ。
まだ叩けばいろいろ出ると思う。
でも、これらは全て前提条件がある故に出てくるものであって……
「前提として、僕はそもそも情報をなんでもないただのヒュンベに訊いているんだよ」
そうしっかりとお伝えると目をまんまるにさせて凍り付いた。
けど、その氷が解けるのを待つのは億劫だから続ける。
「前は王に仕えるヒュンベだったとしても、今は僕に同行するヒュンベ。それ以下(捕虜)があったとしても、それ以上はないんだ。あと、一つ勘違いしてもらっては困るんだけど、別に僕は一から十知っている――いや、誰かから得た情報を話してと言ってるわけじゃない。一から五まででもいい。それに、自らの考えを乗せてもらえれば、てね」
「……貴方は、なかなか癇に障ることを」
ほんの少し表情を崩したヒュンベから、うすら寒いものを感じ、本能的に後ろに下がりそうになる。
その本能はきっと、恐怖だったんだろう。ただ、身構えができていたおかげで飄々とした態度を取り続けることはできた。
――『傀儡はいらないんだ』と。『君は傀儡じゃないんだろう?』と。
言外に放った言葉は予想以上に彼を怒らせたのかもしれない。
でも、その反応で改めて彼を評価することができると言える。
「よかった。これでヒュンベが怒りを見せない、または頭でっかちで反論して来たら……僕はきっと二度とヒュンベを信用することはなかったと思う」
「……」
「ヒュンベがさ、腹の中に一物抱えているのは知ってる」
それは最初、ウィズからヒュンベを捕らえた理由説明――戦うことに迷いがあると言っていた――を聞いたことから。
僕の旅に同行すると言い。
現在二人で話しているのに、僕を『悪』だと認定せずに殺そうとしないところから。
「僕を殺そうとしたこと。今僕を生かしていること。どっちが本当のことなのか、わからないんでしょ? だから僕を殺そうともしないし、逃げ出そうともしない」
ヒュンベは今、複雑な心境であるのは察せられる。僕が勝手に察していると思っているだけなのかもしれない。
「なんていうのが、僕の妄想。まあ、つまり、なんといえばいいか……まあ、あれだよ。結局のところ」
そう、結局のところ、だ。
「目指せ王都と目的は一緒なんだ。いろいろと利害は一致している……はず? まあ一致していると思うから、その間お互いただの同行者として仲良くやろうよ」
そう言い切り、待つ。
僕が勝手にヒュンベの心情を推し量り、かってに解釈して、そこに僕の目的を加えただけだ。つまり、僕の考えを押し付けただけ。
いろいろと変なことを言ったかもと反省しながら、しばらく――といってもほんの十秒ほどと短い時間が経った後。
ヒュンベはため息を吐いて微笑を浮かべた。
「良くも悪くも貴方は想像豊かな方だ」
微笑はそのまま苦笑に変わり、そして頬を引き締める。
「今から私はただのヒュンベ。フミの旅に同行するヒュンベです」
そう言って伸ばされた手に、僕もすぐに手を出して握手を交わした。
「それで早速なんだけど、スタンス王国とユナイダート王国にほぼ同時に戦争を仕掛けるみたいな話だったけど、本当にするつもりなの?」
「同時に話が上がっただけで、同時に事を構えるようなことはさすがに上もしませんよ」
「そっか。まあそうだよね」
「でも、確実に今の政情からして起こるでしょう」
「その現状には不満?」
「……意味のある戦争でしたら喜んで国民として参戦する、と答えておきましょう」
「それは一体どういう――」
「床に臥せた『王』の御意志に反し、『上』は戦争を仕掛けている、というのがフミの同行者であるヒュンベの判断です」
王が床に臥せて……上は勝手に動いている?
口元に手を当てて考える。
上、というのはきっと今までの情報からして宰相だ。宰相は王を助けるために設置してある、という認識であるから普通に考えるのであれば問題はない。
けど――つまり。
「わかった。ありがとう」
王が病で、宰相が運営し、ヒュンベ曰く『意味のない戦争』を仕掛けようとしている。
ここまでくるともうテンプレでしかない。
「それじゃ、そろそろ移動しよっか」
「そうですね。どうやら向こうの方も終わりそうですし」
ヒュンベはそう言い残してピミュさんとボッチちゃんの下に歩いていった。
ああ、そういえば、と。ボッチちゃんの暴走について思い出してそちらに視線を向けると、確かに終わりそうだった。――ミスマチョの命がねっ。
嘆息しながらギルドとヒュンベから得た情報を整理し、すり合わせる。
先ほどのギルドマスターに続き、ヒュンベの情報は、この国の在り方をまざまざと見せつけられた。
もう、テンプレとしか言えないほどに。
「ただ、それにしても――――」
――――誰がための戦争なんだろう。
ヒュンベは意味のない戦争だと言った真意。
宰相の独裁。
二国に仕掛ける意味。
国内外で起こるいざこざ。
まだまだ、はっきりさせるには全然情報が足りないみたいだ。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:文くんの目的は変わらず。




