第九十八話 誰のための対立か 3
今度こそ港に停泊後、ひとまず全員集めることにした。
理由は、ヒュンベの扱いについて。
ヒュンベの希望もあって、すぐに話はついた。
「あなた方に付いていきたいと思います」
慇懃な態度で頭を下げられても、僕は命を狙われた者として許可できなかったのに。
ウィズがここでウィズが駄々をこねた。曰く、「ちゃんと面倒を見るから」って。
そこにすかさずピミュさんに加勢をされては勝てるはずもなく、結局ウィズがきちんと面倒という名の監視をすることでこの件は収まった。
ヒュンベにはウィズに最大限の警戒をさせるとして。
船から降りて港に意識を向ける。
「やっぱり街はこうでないとね」
人が行き交い、大声で言葉を交わし、喧嘩をして。
恋人同士が手をつなぎ、愛をささやき。
おばちゃんたちはそれを見て過去を振り返る。
その全員が獣人族だ。
秒ごとに騒々しくなっていく感覚を頭を振って振り払うと、後ろを振り返る。
ウィズと手を繋いだピミュさん。
フェンが心配げに視線を向ける先にいる、剣呑な目を港に向けるボッチちゃん。そして、その後ろで目を細めて街の人々を眺めているヒュンベ。
剣呑な目をしているボッチちゃんだが、またフードを被っている。だけど、今までと違ってきちんと顔はのぞけるようになっていた。……ただ、それは僕だけらしいけど。
フェンやピミュさんは目元当たりしか見えないみたい。
ため息を一つこぼしながら改めて今の同行者を見渡す。
人が僕とボッチちゃんとフェン。
獣人族がボッチちゃんとヒュンベ、か。
なんだかよくわからない集団になりつつある気がするなぁ。
「ひとまず、冒険者ギルドに行こっか」
「冒険者ギルドに、ですか? それはいったいなぜ?」
「面倒だから端的に答えると、ピミュさんがそういう義務を背負っているから、であってる?」
「はい。私はその……」
ピミュさんは自身の境遇をヒュンベに話し始めたため、そこから少し離れてフェンに近づく。
「フェンは別行動で。宿、探してきてくれる? ウィズと一緒にさ。確保できたらウィズに連絡させて」
「ウヌッ。承ったぞぃ!」
ウィズは僕がどこにいても見つけられるから、ここは二手に分かれた方が効率が良い。それに、ヒュンベは……まあ楽観できるほどでもないけど、さすがに街中で沙汰を起こすような人ではない、と思う。一応、国お抱えだし。
あ、でも僕を国家反逆罪とかそんな理由で殺すこともできるのか。軽率だったなぁ。
すでに去った二人の姿を遠目に見ながら嘆息する。
殺されないように二人の後ろに移動して、ギルド探しをする。と言っても、誰もが使う場所が隠れているわけでもなく、冒険者ギルドはすぐに見つかった。
いつも通り、見慣れた建物だ。場所によっては多少違う点はあるけど、大体は似たような感じで建っている。多分、昔のお偉いさんのこだわりなのかな。
それにしても、人が多い。
扉を押し開けて入ると、瞬間的に殺伐とした空気が僕らを襲った。次いで、無数の双眸が僕らに向けられる。その目はざっと見渡しただけでも友好的にとれるものは全くなかった。
「ふぇぇぇ……」
ぎゅっと服の端を握られる。いつの間にピミュさんは僕の後ろに……いや、この際それはいい。
今問題なのは、今のこの険悪な雰囲気だ。明らかに視線は僕ら――――もっと言えば僕とピミュさんに向けられている。
はっきりいって、居心地が悪いというレベルを超えている。ピミュさんが本気で震えるレベルだ。トラウマになるかも。
さて、どうしようか。
考えを巡らせているとき、前にいたヒュンベが一歩前に進み出た。
「状況が見えてこないのですが、一体何があったのですか?」
「そこに人族がいるからだろぉがァ! いったいおめェ、どーゆーつもりだ?」
熊耳のやせマッチョっぽい人が半ば叫びながらそう返してきた。どうでもいいけど、その喋り方、ミスマッチだと思うよ。
「ふむ。……この方たちの存在になにか?」
「なにかもくそもねェ。殺せェ! 今すぐにだ!」
うん、と。
とりあえず、こいつに聞いてもだめだ。名前だけ褒めておこう。名前通りミスマッチョだよ。鍛えない方がよかったんじゃないって思えるほど上半身のムキムキ感と下半身の細々感がなんとも極端で……。
ヒノキの棒を召喚して、ため息を吐くと同時に、小声でクリエイトを唱ええる。
すかさず前に出ると、ミスマチョが僕に体当たりしてきた。
「正当防衛」
「なっ……ガッ!?」
本当は足が引っ掛かる程度の輪っかを作っておいて転ばせたわけ。
すかさず後ろにいるヒュンベ……ではなくまだギルドの外にいるボッチちゃんのところまで押し出す。
たたらを踏んだミスマチョは……生きてたらいいね。ピミュさん怖がらせたらボッチちゃん怖いからなぁ。
「それで、もう少し冷静にお話しできる人はいるの?」
なめられないよう敬語を抜いて喋る。すると、ギルドの奥から落ち着いた雰囲気を持つ犬耳のおじさんが僕の前に進み出てきた。
「人族よ。このような時期になにようだ?」
「このような時期って……仕事しに来ただけなんだけど。…………この子が」
ピミュさんの肩をつかみ僕の前に連れてくる。
「ふぇ、ふぇえええ!?」
「この子の名前はピミュ。立派……経験を積んだ…………頑張ればなんとかできる………………――――――」
「ふぇぇ……フミさぁん……素直にポンコツだって言ってください……」
「見ての通りギルド嬢だよ。ちなみに容量は良い方」
「フミさん……!」
ピミュさんのちょろさについてはこの際おいとくとして
ピミュさん越しに相手を見ると、なんかもう疑いの目を向けられていた。
「ち、ちなみにですね――――」
「証拠があると言いたいのだろう。そういうことではないのだ」
「だったら、なに? 結論を言ってくれないかな」
「そうだな。結論はこうだ。――――現在我が国はスタンス王国と事を構えている。故に即刻立ち退くことだな」
「ことを構えているということはつまり、戦争中、ということ?」
「そこまではわからん。私も先ほど知らされたばかりでな。まともな情報は
きとらん。あとは総指揮官は王の代わりに宰相がつとめているらしいということぐらいだ」
「宰相が? なんで?」
「それを人族が知る必要はない。……といいたいところだが、ここは辺境。本当に情報がきとらんのだ。わかりようがない」
ということは、つまり。
「別に僕が立ち去る理由がない」
「……」
「僕の目的は王都に向かうこと。スタンス王国はここからだと遥か東方にあるから冒険者である僕が実害を被るわけでもない。だから僕があんたの言うことを聞く必要もなく、ピミュさんもギルド嬢としての仕事は果たせるし、なんだったら僕らも冒険者の仕事をこなせる」
「ぬぅ……」
喉を鳴らした彼は視線を足元に落とした。そして素早く視線を各方面に向ける。
話が止まることは、返事を窮しているということ。だけど……僕の返答なんて誰でも思いつくことだ。屁理屈かもしれない。
「……去れ」
絞り出された声は、なんだかすがるようで。
周りからの視線も一気に鋭くなって居心地が悪くなった。
だからと言って、はいそうですか、なんて引き下がるには理由が弱い。
「ねえ、ピミュさん。こういう場合ギルドのきまり的にはどうなの?」
「ええと、報告・連絡はギルド側としては必須であり、情報提示を行ったものに対し機密事項以外のことで黙秘を貫いた場合、それなりの罰則があったはず、です」
「それはどこに報告すればいいの?」
「ギルド長、もしくは他地区のギルド長に報告を行えば良いはずです」
「ということは……個々のギルド長に報告をすれば良いのか……というとこの人がギルドマスターだったりするんだろうけどさ」
「……お前、なぜ私がギルドマスターだと見破った?」
…………本当にギルドマスターだった。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:おっさんがギルドマスターだったんかーい。




