メイドのみやげ。
掛け合いの練習で書いた作品です。
私の掌編二十四作目になります。
高校もようやく春休み。その初日、家には俺一人だった。
両親は海外に出張中。二人は科学者という職業柄、家を空ける日が多い。俺たちはよく家の留守を任されていた。
ちなみにもう一人の留守番、妹のミカは中学の友達とお出かけ中だ。
そういえば今日からまた二人で家事しないといけないのか。二人とも家事はそれほど得意ではないし、何より面倒だ。でもまあ、やる以外に選択肢はない。しかもこんな日に限って冷蔵庫の中はスッカラカンなわけで。とりあえずスーパーに惣菜でも買いに行くか。
そう思いながら玄関の扉を開け――
「ひぃぃっ……!」
――盛大に尻もちをついた。
玄関を出てすぐ。ゆるい坂道の途中に置かれていたのは……人の首。
血の気の全くない、白い幼顔。ツインテールに束ねられた銀色の髪。
顔だけ見ると妹と同じ歳――中学生くらいの少女の生首だった。
「な……何なんだよ……これ。何でこんなもんが俺んちの前に……?」
急な事態に頭が上手く働かなかった。
「ごきげんよー、さとる様」
そんな中、首だけの少女は俺に向かってニッコリと挨拶し……
「って、ぎぃゃあぁぁぁぁぁああ!!」
「ひゃ! 急にそんな大声出されると驚きますよぅ~」
俺は尻もちをついたまま全力で後ずさった。
「くく、首だけで喋ってる! え、何? 何なのこれってどーいう事なの?!」
いや……待てよ。
ちょっと考えれば分かる事じゃないか。何てことはない。
そう、これは夢だ。
すぐさま悟った俺は、頬を引っぱったりまつ毛を抜いたりして目覚めようとした。
……痛かった。
「さとる様? すごく痛そうですけど大丈夫ですか~?」
いや、気持ちはありがたいけど、アンタに言われるとどうかと思う。
目の前にあるのはとても信じがたい光景。どうやら現実のようだ。だが生首さんの声が気のぬけた猫声だったせいか、思いのほか恐怖心は湧いてこなかった。
「あ、あの……首さん?」
「首じゃありませんよぅ~! ぶぅ~!」
ぷくぅと頬をふくらませる首だけの少女。そんな事されても可愛いとか言える状況じゃないっす。
「何で、首だけで話せてんの? もしかして手品で体だけ見えないようにしてるとか?」
「いえいえ。実は私、ロボットなんですよ~」
「ロボット……」
少女の説明によるとこうだ。
彼女は俺の両親に造られたメイド型ロボ――宮下さん。両親が留守のあいだ、家事手伝いをする為にはるばる海外から飛んできたそうだ。空中平泳ぎで。
彼女はスピード重視のクロールよりも体を目一杯に動かせる平泳ぎの方が好きらしい。どうでもええわ。
それはともかくとして、今回はメイドロボときたか……。
うちの両親は科学者といえど、前に『マッド』とつくタイプである。うちの家具もほぼ全部が自家製。自分で買い物袋から食料を入れ込む冷蔵庫や、ゴミが満タンになると「だめぇ! これ以上お腹に入りませんー!」と叫ぶ掃除機など。ちなみに掃除機を発明した後、父さんは母さんにタコ殴りにされていた。
まあ、あの二人ならメイドロボを造るくらいやりかねんな。
「というわけで、今日からお二人の身の回りは私にお任せですよ~」
得意げな顔で左右に揺れる首。
「納得していただけましたか?」
「いや、全然」
「な、何でですかぁ~!?」
「だってさ、首だけで何ができるんだよ」
「ぐふっ」
図星だったのか、宮下さんは苦しそうに……て、やめて! 白目むくとかマジで怖いからやめて!
「ま、まぁたしかに、今の状態ではそう言われても仕方ないですね……。仕方ありません。今から緊急で体をこちらに呼びますから。話はそれからにしましょう」
ちなみに宮下さんの体は現在、ミカを迎えに繁華街の方へ行ってるらしい……それって色々ヤバくない?
「では、呼出し用ボタンを……」
呟きながら、ツインテールの先を自らの右鼻に差しこむ宮下さん。自らの髪を鼻につっこむ美少女。……の首。すごくシュールな光景だった。
「あぁっ……!」
直後、驚いた様子で声をあげた。そして露骨なほどの上目遣いでこっちを見つめてくる。これは……何か? 何が起こったのか尋ねてほしいのか?
仕方なく、俺は溜息混じりに質問を投げた。
「えっと……どうしたの?」
すると、宮下さんはちょこんと舌を出して一言。
「間違えて、自爆装置を起動させちゃいました……」
「えええええ?! 何でそんな物騒な機能ついてんの?! てかあの両親何考えてんだ!」
「あの方たちは非常にマッドなサイエンチストですからね~。あ、ちなみにあと三分でボカンですぅ~」
「てめぇも爆発しかけてんのに呑気だなオイ!」
どうやら「緊急呼出し用ボタン」は左鼻の奥だったらしい。そして右側は「対借金取り用自爆装置」だそうだ。まさにうちの家計の実情が見えた瞬間だった。てか父さん母さん、近々帰ってくるんだよな……? まさか行方をくらましたりしてないよな?
それに、このまま爆発されると家壊れるんじゃないのか? 用途が用途だけに、うちの不動産を消すくらいの威力はあるだろうし……。
急に訪れたメチャクチャ展開。
「うおぉぉ……」
思わず両手で頭を抱えてうなってしまう。
「大丈夫ですよ、さとる様」
そんな俺を見てか、宮下さんが口を開いた。
「体が来るのを待って下さい。制限時間内に合体すれば自爆はまぬがれます」
宮下さんは力強くうなずく。
そんな彼女の表情を見ていると、不思議なほど気持ちが落ち着いてきた。
もしかしたら、彼女には人の感情を察知するセンサーもついているのかもしれない。そして不安がってる俺を元気づけようとしてくれたのかも……。
「家や町はどうでもいいですけど、私はまだまだ死にたくないですよぅ~。ましてやリア充でもないのに爆発するなんてぜったい嫌です~!」
「結局自分の事ばっかか! ちょっと見直そうとしてた俺の良心を返してぇぇっ!」
「さあ、体を呼び出しましたよ! あと一分ですぅ!」
くそ、話を逸らしやがった。そもそも全部このメイドロボがまいた種じゃねぇか。
あと一分で自分の生活が変わるかもしれない状況だが、もう色々どうでもよくなってしまった。
「あと、三十秒……。本当にここに来るのか……?」
「そろそろ来るはずですぅ……あ! 来ましたよ!」
宮下さんの髪が指す方向。少し遠くの曲がり角から、フリルのついた白いエプロンに長袖の黒ドレス――いわゆるメイド服姿の少女(?)が現れた。もちろん頭部はない。
犬の吠える声やご近所さんの悲鳴が渦巻く中、物凄いスピードでこっちに向かってきた。
「あれが私の体ですよ~。どうですさとる様、可愛らしい体でしょ?」
「どっちも甲乙つけがたく怖ぇ……」
宮下さん(体)は何かを抱えていた。お姫様抱っこされるそれは、まさに妹のミカだった。口から泡を吹いて気絶しているようだった。
「どうやら繁華街でミカ様が急に気を失ったところ、私の体が間一髪抱きとめたそうですよ~。お手柄ですね!」
「どうせ気絶した原因もアンタだろうよ!」
てか繁華街全体がパニックになってるだろうな! 既に速報されててもオカしくねぇ。
そうこうするうちに、宮下さん(体)はすぐそこまで来ていた。
爆発まであと五秒……。
「では、いっきますよ~ぅ……メイドの宮下、がったぁ~い」
やたら気のぬけた掛け声を発し、宮下さん(首)が体に向かって転がり出す。
そして――
「ぎゃふっ!」
勢い余って、体に蹴り上げられた。
「あ~~れぇ~~~……」
高々と上空へ上がった首。その次の瞬間。
――ボカァーーン!
爆発した。
見事なまでの自爆。
まるで打ち上げ花火を見たような気分だった。
キラキラと光り舞い落ちる部品。本当の人間だったらかなりのグロだろうけど、宮下さんのそれは意外にキレイだった。
「さて、と……。これは……えっと、どうすりゃいいんだ?」
今後について尋ねようと宮下さん(体)の方を見やる。
彼女は「さあ?」と言わんばかりに両手を広げて肩をすくめていた。そして無言のまま(当たり前だけど)うちの中に入っていった。他人事だなオイ。自分の首が爆発したってのによ。ミカは泡吹いたまま放置されてるし。
「父さん達が帰ってくるまでは、どうしようもないよな……」
これから数日は首なしメイドと共に生活しないといけないのか……。嫌だな。
俺は新たな不安の種を抱え、当初の目的であるスーパーに向けて歩き出した。
道中は言うまでもなく阿鼻叫喚に包まれていた。
◇
翌日。俺は朝刊を取るため、玄関のポスト前に立っていた。
すると、坂道の上から気のぬけた猫声。
「さとる様~、ごきげんよ~。予備の顔が到着しましたよ~~」
振り返った時にはすでに遅かった。坂の途中で石にでも跳ね上げられたのだろうか。目の前に現れる銀髪ツインテールの少女……の首。
「ぐはぁ!」
それが俺の顔面に直撃した。
一瞬柔らかい感触がしたが、そんなもんは後からくる重い衝撃にかき消された。
俺はそのまま地面をなめる。
「だ、大丈夫ですか、さとる様?」
朦朧とした意識の中、宮下さんは呟く。
「今の、ファーストキスですぅ……。さとる様はこのまま逝っちゃいそうですし、まさにメイドのみやげですねっ」
「うまい事言ってんじゃねぇよ!」
全力でつっこんだ後、俺の意識はどこかへ飛んでいった。