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序章
森の中を、男はただひたすらに進んでいた。
背中に負った少女は鉛のように重く、既に数刻の間まるで死んでいるかのように、反応が無かった。
自分の心臓がドキドキと大きな音を立てる。周囲の暗闇から怖ろしい何かがじっとこちらの様子を伺っていて、僅かでも隙を見せれば即座に襲いかかってくるのだと、男はそんな不安に駆られていた。足はもう棒のように動かず、息も既に切れかけていた。
追手の姿はまだ見えない。
男は月明かりを頼りに辺りの闇を鋭く見回すと、木立の陰を見つけ、そこへしゃがみ込んで背中に負った少女を降ろさせた。
「おいィ。生きてるか」
低く、絞り出すような、男の声。
相変わらず反応は無かったが、少女はたしかに自分の足で立っていた。
闇に映える少女の白い衣服は見る影もなく、飾りはどこかへ行ってしまい、襟元は破れ、裾も袖もボロボロだった。
少女の表情は暗がりに隠れ、男からは伺い知れない。
まったく、なんでこんなことに、なっちまったんだか――。
男は静かに息を吐き、事の顛末を振りかえった。