9.下校
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夕方になり、太陽は少し傾いていた。蒸し暑い季節も、これだけ日が傾けば、少しだけましになる。
久々に、図書館に続く道に二つ影が並んだ。
「和斗さんのクラスは、秘密なんですね」
「何か、クラスの女子が中心になって言い出したんだよ」
和斗のクラス三組は、例え仲のよい友人だとしても、他クラスの生徒には誰が何の役をするのか、話してはいけないとなっているそうだ。クラス外でそのことを話題にすることも、禁止されているらしい。クラス外に情報が洩れないよう、徹底していた。
「和斗さんのクラスは仲がいいんですね」
「そうか? 普通だと思うけど。水面のクラスもだろ?」
「そうですね。クラス仲はいい方かもしれません」
文化祭の準備も、皆が助け合いながら出来ている。
「でも、私はあまり話せないので」
「水面は恥ずかしがり屋だからな」
ふわりと和斗が笑う。
「でも、最近はよく色んな奴と話してんじゃん」
「そうでしょうか?」
「頑張ってる」
和斗にそう言われると、胸が暖かくなった。大きな手が頭をぽんぽんと撫でてくれる。
「和斗さんはお友達が多いですよね」
「ん?」
「クラスの方とも自然に話されてますし、羨ましいです」
「あぁ……まぁな。でも友達は多くないぞ」
「そんなことないですよ。この間の放課後だって……」
「前に桜並木で会った奴らのこと?」
無意識のうちに、止まっていた。それ以上、言葉が続かなかった。
「あいつらは別に友達でもなんでもないよ」
思い出したのは、先日、放課後の廊下で見た女性徒達。綺麗に髪をまとめていて、短いスカートから惜しげもなく足を出していた、綺麗な女の子達。
不意にちくり、と胸が痛んだ。
「そうなんですか?」
「遊び仲間みたいなもん」
ふわりと優しい風が頬を撫でていった。
「あぁ、夕方になったら、少しは涼しくなったな」
「そうですね」
それでも暑そうに、和斗は服の胸元を扇いでいた。
「そういえば、どうして秘密なんですか?」
「秘密にして、当日驚かそう、だって」
「それは、すごく楽しみですね」
和斗は何の役をするのだろうか。きっと何をしても格好いいのだろう。
想像すると、本当に楽しみで自然笑みがこぼれてしまった。
「何?」
「な、何でもないです!」
「何で笑ったの?」
「わ、笑ってないですよ?」
不意に、和斗が身を寄せてきた。最近、特に和斗との距離が縮まっている気がする。以前は手を繋ぐのも恥ずかしくて、近寄ることすら出来なかったのに。
意識すると、急に恥ずかしくなった。慌てて身を引き、和斗の少し後ろに下がる。そうすると、追いつめるように和斗が一歩間を詰めてきた。
「何で?」
その声は真剣だった。
「だ、だって……和斗さんは」
「俺は?」
ちらりと和斗の顔を見ると、その顔はにやにやと笑っていた。
「あっ……か、からかったんですね!!」
「くくっ」
「もう!」
大きな体を押すと、水面は和斗をおいて先に歩き出した。
真剣に答えようとしたのに、恥ずかしい。
「ごめんって。何で笑ったの?」
「絶対に教えません」
すぐ後ろを歩く音がする。
「みーなも」
「秘密です!」
そのまま水面は、その後ろ姿を笑顔で見て追いかける和斗に気づかないまま、ただ恥ずかしい気持ちに追われるように、駅へと向かった。
有り難う御座いました。