8.衣装合わせ
訪問有り難う御座います。
物語のキャラクターをするということで、クラスによっては誰がどの役をするか、他にどんな役を増やすか、と少しもめているようだった。
「今からもめて、間に合うの?」
「どうかな? でも、放課後もギリギリまで残るみたいだから」
「あぁ。その分、あたし達のクラスは楽だったわね」
水面達四組は満場一致でメインの役が決まった。赤ずきんに、狼、おばあさん。他の人は森の動物をすることになった。
「でも、私でいいのかな……?」
「当たり前でしょ。水面がしなくて、誰が赤ずきんをするのよ」
水面が聞く前に、いつのまにか役は決まっていた。衣装に必要な布も、既に用意してくれていた。
「それにしても、和歌が狼だなんて」
「あぁ……まぁ、ね」
狼には和歌が立候補をした。クラス委員長がなるかという話も出ていたが、その方が面白いということで決まってしまったのだ。
「でも、明君が残念がるかもね」
「何で明が出てくるのよ」
「ん〜……」
「そこ、話してないで採寸しろよ」
採寸の輪から外れて話をしていると、とうとう声がかかった。
振り返ると、白の帽子をかぶった生徒が腰に手をあて、こちらを睨んでいた。
「委員長」
「西崎はともかく、東さんはまだ一つも衣装が出来てないだろ?」
白の帽子、小さな眼鏡。
既に衣装は完成しているようだ。
「……ぷっ」
隣で和歌が吹き出す。
「……ふふっ」
水面も限界だった。
「あはははははははっ」
「ふふふっ」
「な、何?」
「だって、その格好で凄まれても、ねぇ?」
目の前に立つのは、赤ずきんに出てくる、老婆だった。背が高く、姿勢がよすぎるが、見事な老婆だ。
「仕方ないだろう! 皆が俺に押し付けたんだから!!」
「ごめんなさい」
少し浮かれすぎていたようだ。実行委員なのだから、気を引き締めなくてはいけない。
「あぁ、別に東さんを責めてるわけじゃないから。悪いのは全部、西崎だ」
「何よそれ〜」
和歌が腰に手を当て、委員長を睨みつけた。
綺麗な顔が人を睨むと、迫力があるというのは本当のことなんだ、とぼんやり考えた。
「西崎はどうせ着ぐるみだから、困らないだろう」
「まぁ……そうだけど」
狼はマスコットの意味もかねて、着ぐるみを着ることとなっている。
「んじゃ、早めに採寸してね」
「はい」
「水面、終わったら三組に行かない?」
「え?」
「何の服着るか、見たいでしょ?」
誰か、何て言われなくても分かった。
「うん」
水面は迷いなく、答えたのだった。
三組も四組同様、誰が何の役をするか、決まっているクラスだった。
選んだ物語は不思議の国のアリスだったはずだ。
二人でクラスを覗こうとするも、教室に入る前に追い出されてしまった。
「何よ、秘密主義ってこと!!」
「和歌」
「あぁ、あぁ、そうですか!! 言っておくけど、あたし達のクラスの方がずっといいんだから」
「和歌ったら」
廊下の真ん中で大声で叫ぶ和歌が恥ずかしい。
「やっぱり。こんな大声で叫ぶのは和歌だと思った」
「明」
閉じられていた教室から、明が顔を覗かせた。衣装合わせをしていたのか、ネクタイを締めながら出てきた。
「何、その言い方」
「三組はもう終わったんだ」
「はい」
「明は何の役よ?」
「秘密〜」
にやりと明が笑う。すぐさま和歌の顔が不機嫌なものへと変わった。
「明のくせに生意気ね……」
ゆらりと和歌の体が揺れる。
ぎくりと明の顔が引きつった。
「いや、落ち着いて、ね」
「問答無用!!」
和歌のしなやかな足が、うねりを上げた。
明が教えてくれないということは、和斗の役も秘密なのだろうか。残念だが、少し楽しみに思える。
「和斗なら、俺の後で採寸してたから、そろそろ来ると思うよ」
「え、あ……有り難う御座います」
そんなに顔に出ていただろうか。
和斗に会いたがっていることがばれたようで、少し恥ずかしかった。
「水面いるって!?」
派手に扉を開け、和斗が飛び出してきた。
後ろで慌てて明が扉を閉めている。
「久し振り!!」
「えっと……はい。お久しぶりです」
くしゃりと笑う顔が可愛くて、つられて笑みが広がる。
「あらあら、いい顔しちゃって。何言ってんのよ。今朝も一緒に来たんでしょ」
委員の仕事関係で、帰りが別になることもあったが、行きはずっと一緒だった。その時に、思う存分話は出来ている。
「昼飯もずっと一緒だしな」
「いんだよ。俺は水面とならどれだけいても、飽き足らないんだから」
ぽしゅっと顔が熱くなる。
「はいはい、水面が茹であがるからね」
「水面、今日はこれから帰れる?」
「はい。もう今日の分の仕事は終わったので」
「それじゃぁ、待ってて」
久々に和斗と一緒に帰ることが出来る。
自然、胸が躍った。
「待ってます!」
有り難う御座いました。