6.準備
訪問有り難う御座います。 ずるずるときていた話をここで切り替えられたらと思います!
学園祭当日が近づくに連れ、午後の授業が準備に当てられるようになった。
実行委員の水面は大忙しだ。教室では指示を仰がれ、一歩教室から出れば、他の生徒に物品はどこにあるのかと聞かれる。
「暗幕は、視聴覚室に行けばもらえると思います。机ですか? 一組は前日に三年生の廊下に運んで下さい」
一つ答えられたと思えば、次の質問が飛んでくる。きりがない。
「ねぇ、丸山先生知らない?」
「え!! えっと……」
「丸ちんならニ階にいたよ」
「サンキュー」
水面の後ろからぬっと腕が伸び、ニ階へと続く階段を指した。
「和歌!!」
「まったく、お人好しなんだから」
のっしと和歌の頭が肩に乗せられる。
「ああいうのは適当に言っとけばいいのよ」
「適当だったの!?」
「どうせ分かりゃしないのよ」
「もう和歌に人を尋ねないよ……」
「いや、さすがに水面には適当言わないよ」
少し焦った風に否定するが、どうだろうか。よく考えてみると、和歌の言ったことが正しかった覚えはない。
「本当かな?」
「ほんと、ほんと。それにしても、本当に戦場だわね」
廊下は物品を取りに走る生徒や、ペンキ、ダンボールで溢れかえっていた。
「うん、確かに」
「この中で、水面がリーダーやるなんてね」
障害物競争のように、ひょいひょい避けて歩く和歌の後に、水面も続く。正直、まだこの廊下を歩くのに慣れていなかったので、和歌が来てくれたことはありがたかった。
「リーダーって」
「委員なんて、同じものよ。人見知りが酷くて、引っ込み思案なのに」
和歌はそんな事を思っていたのか。
「そんなことないよ」
少しむくれてしまう。
「そんな事あるよ。ほら、着いた」
「え?」
和歌が足を止めたのは、三組の教室の前だった。
そういえば、何故和歌があそこにいたのだろうか。
「えっと……和歌?」
「ほら、入った、入った」
和歌に押されて入ると、三組はカラフルなイラストで溢れかえっていた。
大半の生徒が外で作業をしているようで、教室には数人しかいなかった。
「あ」
日差しを反射しているピアス。少し長くなった黒髪をゴムでくくり、制服を脱いで、赤のTシャツ姿になっている。
そこには、和斗がいた。一目で見つけてしまったことに、つい顔が熱くなる。
「あれ? 東さん?」
「早瀬君」
声を掛けるべきか躊躇っていると、中から早瀬が出てきた。ネクタイを緩めているが、和斗とは違い、きっちり制服を着ている。
「何か、用事? 困ったことでもあった?」
「えっと……」
和歌に連れてこられただけで、特に用事も何もないのだ。
困ってしまい俯いていると――
「水面!」
「和斗さん」
奥から和斗が出てきた。
「あらあら、これはまた嬉しそうな顔して」
「え!?」
そんなに嬉しそうな顔をしていただろうか。
「ん〜、その笑顔、癒されるなぁ」
「そ、そんな」
恥ずかしすぎて、顔から火が出そうだ。
「委員長だっけ? この子、和斗に用があるだけだから」
すっかり早瀬がいたことを忘れていた水面の代わりに、和歌が説明をする。
「東に?」
「そ、水面は俺の彼女だから」
「きゃっ」
和斗にぐいと肩を抱かれ、体を寄せられた。
体が近い。夏服は薄くて、相手の体温がよく伝わってきて――
「〜〜っ」
「和斗、水面が茹で蛸になるわよ」
「うわぁ!?」
☆★ ★☆
「ごめんなさい」
あのまま水面はすっかり茹であがってしまい、三組で椅子に座らせてもらうことになった。今は風に当たって、大分落ち着いた。
「いや、俺こそ。ちょっと焦りすぎた」
「焦りすぎた?」
「いや、こっちの話」
慌てたようにそう言うと、和斗はまたペンキを塗り始めた。
「それにしても、そろそろ慣れて欲しいなぁ」
「え?」
「抱きしめる度、あの顔されちゃね」
模造紙から目だけ上げ、和斗が笑う。それだけで、せっかく収まった熱が、少しだけ帰ってきてしまった。
「ご、ごめんなさい」
「いや、責めてるんじゃないけど、毎回あの顔されたらこっちが持たないというか……理性が飛ぶというか……」
「え?」
後半が聞き取れなくて、聞き返す。
「いや、何でもない」
和斗が、今日はよく言いよどむ。
「だって……」
「だって?」
下を見ると、作業している和斗の頭が見える。
ふわふわと揺れる髪。いつもは隠れているのに今は出ているおでこ。袖をまくり上げられ、晒されている肩。
一瞬で、顔に熱が集まった。
「……いつもと違うんですもん。おでこ出てるし」
「うわっ!! 前髪上げっぱだった」
慌てて和斗は前髪を下ろした。
照れた顔がまた格好良くて――
「いつも以上に格好良くて、困ります」
「……はぁ、俺は水面が可愛すぎてヤバいって」
そう言って笑う和斗を見て、再び水面は茹であがるのだった。
有り難う御座いました。