転生したら守護霊でした~我儘令嬢はいい子を目指す~
エリサが前世の記憶を思い出したのは、おやつの時間だった。
艶やかなイチゴが乗った真っ白なショートケーキ。
自分のイチゴを早々に食べてしまったエリサは、二つ上の兄のイチゴをねだった。
好きなものは最後に食べたい兄は、大切に残していたイチゴと泣きわめく妹を見比べて、小さくため息をついた。
いつもの事だ。
そっとこちらに押しやられた皿に、エリサは嬉々としてフォークを伸ばす。
グサリ!
真っ赤なイチゴにフォークが刺さった瞬間、エリサの脳裏に声が響き渡った。
『人様のお皿に手を出すなんて、行儀の悪い!欲張りで我儘な子は罰が当たるよ‼』
驚きに体をこわばらせたエリサを、兄やメイドたちが不思議そうに見ていたけれど、当の本人はそれどころではなかった。
次々に、見知らぬ記憶が押し寄せてくる。
それは、一人の女性が生まれて死ぬまでのダイジェストだった。
まだ5歳になったばかりのエリサは混乱した。
幼子が理解するには、あまりにも膨大な記憶であり知識だった。
目を回しそうな中で、ふいに真っ赤なイチゴが目に飛び込んでくる。
(そういえば、お行儀悪いってしかられたわ。これはきっと悪いことしたせい?エリサは悪い子だから、エリサじゃなくなっちゃうの?)
ぶわりとエリサの眼に涙が盛り上がる。
自分の意識が飲み込まれそうになる中、エリサは必死に叫んだ。
「お兄様、ごめんなさい!もうわがまま言いません!イチゴもかえします!エリサはいい子になります!ごめんなさ~~い」
泣きじゃくりながらフォークから手を放し、必死に頭を下げるエリサに、周りが目を丸くしていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
だけど、そんな周りの目を気にする余裕もなく何度も謝りながら、エリサはパタンと気を失った。
『おやまあ。ごめんなさいを言えるならまだ大丈夫かねぇ』
そんな呟きをどこか遠くで聞きながら……。
高木たま子は、自他ともに認める肝っ玉母ちゃんだった。
結婚十年目に旦那を病気で亡くした後は、実家協力のもと大型トラックの長距離運転手をしながら、三人の子供を育て上げた。
長男の反抗期には拳で語り合い、次男がひきこもった時には助手としてトラックの隣に乗せて連れ回した。
三男が高校生で子供をつくり結婚したいと言い出した時には頭を抱えたが、二人の話を聞いて、相手の家族に一緒に頭を下げにも行った。
それなりに波乱万丈だったけれど、還暦の年にがんを患ってみんなに惜しまれながら亡くなった時にも、幸せだったと笑って逝ける人生だった。
それが、何の因果か、ふと気が付くと見知らぬ世界にいると気が付いた時には目玉が飛び出るかと思ったものだ。
もっとも、最初からはっきりとした自我があったわけではない。
最初はなんだか温かい所にいるとぼんやりと感じるだけだった。
それが、少しずつ音が聴こえるようになり、周囲の様子が見えるようになり、どうやら小さな女の子に生まれ変わったらしいと気が付いた。とはいえ、意識があるだけで体が動かせるわけでも、声が出せるわけでもない。
(生まれ変わったというより、この子の中にお邪魔してる感じかね?)
とりあえず、できる事は何も無いので、たま子はのんびりと周囲を観察していることに決めた。
どうやらこの世界は地球ではないようだ。
まるでベルサイユ宮殿のような煌びやかな屋敷やドレスだけなら、タイムスリップかとも思えたけれど、人々は不思議な力を使えたのだ。
手の届かないところの掃除ははたきが宙を踊り、床は水が一面に広がったと思ったら次の瞬間にはカラッと渇いてきれいになっている。
蝋燭にはメイドが指先を振るだけで火が灯ったし、コップが床に落ちそうになったら中身ごと空を飛び、机の上に戻ってきた。
それらをたま子は、まるで手品を見ているような気持で楽しんでいた。
たま子が中にお邪魔している女の子は、青い目に金色の髪でエリサという名前だった。
まるでお人形のようにかわいい子だったけれど、酷くカンの強い子で、少しでも気に障ることがあると泣き喚く。
しかし、四人兄弟の下に産まれた待望の女の子だったようで、周囲もそれを諫めるどころか可愛らしいと甘やかすものだから、始末が悪い。
今はまだ幼いから、わがままと言ってもせいぜい「もっとお菓子が食べたい」「まだ寝たくない」「ずっと座っているなんてつまらない」程度の可愛いものだ。
けれど、悪い成功体験を積み重ねた結果、子供がどんな成長を遂げてしまうのか、たま子は嫌というほど知っていた。
旦那を亡くして、生活のために仕事に明け暮れていた日々の中、自分の両親に頼り過ぎたせいで子供達がすっかり三文安へと成長していた苦い経験があったからだ。
お金では買えないものもある。
苦労の果てにどうにか子供達との絆を取り戻したたま子はしっかりと心に刻んだ。
(誰かが諫めてやらなきゃ、このままじゃ手遅れになるよ)
だけど、誰も叱る者は現れないまま月日は過ぎていく。
エリサは、どんどん我儘に成長していって、それを眺めるしかないたま子はどんどんストレスをためていった。
そして、ついにその時が来る。
イチゴを横取りされた男の子が悲しそうに視線を落とした瞬間、たま子は覚醒した。
『人様のお皿に手を出すなんて、行儀の悪い!欲張り我儘な子は罰が当たるよ‼』
腹の底から飛び出した、それはまさに魂の叫びだった。
エリサが驚いたようにビクンと体を硬直させ、目を見開いた。
それと同時に、いまだにどこかぼんやりとしていたたま子の世界が鮮やかに色づいていく。
ぶわりと何かが広がり混ざりあおうとしていた瞬間、突然エリサが大声で泣き出した。
怯えと後悔をにじませて泣きじゃくりながら謝罪を繰り返す幼子に、たま子は目をぱちりと瞬いた。
スッと、胸を占めていた怒りの感情が収まると同時に、混ざり合おうとしていた何かがそれぞれに分れていくのを感じた。
『おやまあ。ごめんなさいを言えるならまだ大丈夫かねぇ』
突然泣きじゃくった挙句にパタリと気絶してしまったエリサに、周囲が慌てふためいているのを眺めながら、たま子はポツリとつぶやく。
そして、自分が半透明な姿でぷかぷかとエリサの上に浮かんでいることに気が付いたのだった。
エリサが目を覚ますと、すぐ横には見知らぬ女性がいた。
正確には、ぷかぷかと宙に浮いていた。
短い髪も少し垂れた目も真っ黒で、まるで男性の様なズボンとシャツを着ていたけれど、ふくよかな胸とほっそりとした手足は女性のものだった。
お化けかと怯えるエリサに、女性はたま子と名乗ると、まずちゃんと謝れて偉かったと褒めてくれたのだった。
それから、いかに今までエリサが我がままだったか。
そして、それはエリサだけが悪いわけではなく、悪い事は悪いときちんとエリサに教える事ができなかった周りの大人が悪いのだと教えてくれた。
「だけど、このまま大きくなったら、きっとあんたは周りの子供から嫌われて、お友達なんてできないよ。それでもいいかい?」
真っ直ぐエリサを見つめて真剣な声で問うたま子に、エリサは戸惑った。
エリサをそんな顔で見つめる大人は今までいなかったからだ。
だけど、エリサは幼いなりに今とても大切なことを教えられているのだと悟る。
「お友達、できないのはいやだわ。」
お気に入りの絵本では、お姫様はいつだっていろいろなお友達に囲まれていた。
一緒に遊んだり、冒険したり、とても楽しそうで、エリサは自分もそんなお友達が欲しいとずっとあこがれていたのだ。
「でも、それならどうしたらいいの?」
だから、もうすぐ連れて行ってもらえる初めてのお茶会をとても楽しみにしていた。
そこには、たくさんの子供たちが集まると聞いていた、きっとお友達ができると思っていたからだ。
だけど、たま子の言う通りならきっと絵本の中の狼のように嫌われ者になって、友達なんてできないのだろう。
ジワリと涙がにじんできて、エリサはクシャリと顔をゆがめた。
「わがまま治したい。でも、きっとうまくいかないわ。だって、お勉強はきらいだし、おかしだってたくさんほしいもん」
『だいじょうぶだよ』
べそベソと泣き出したエリサに、たま子はドンと胸を叩いた。
『どうしてそれが悪いことなのか、ちゃんと私が側で教えたげるよ。あんたが変わりたいって思うなら、ね』
「どうして?」
エリサはすぐ側にフワフワと浮かぶ、ちょっとだけ透けて見えるたま子を不思議そうに見上げた。
『きっと、あんたがいい子になれるように、私は神様からここに遣わされたんだよ』
そんなエリサに、たま子はにっこりと笑顔を返す。
『世の中に悪い子なんていないんだよ。そういう子はね、ちょっとやり方を知らないだけなんだ』
自信満々に胸を張るたま子は頼もしくみえた。だから、エリサは、ぺこりと頭を下げた。
「エリサはいい子になりたいです。だから、いろいろ教えてください」
『まかしときな!』
とはいえ、今まで5年かけて培ってきたものが、すぐに改善するはずもない。
そもそも、エリサは我慢というものを知らなかった。
欲しいと強請ったものはすぐに手に入ったし、やりたくない事は嫌だと言えばおしまいになったからだ。
それが当然の生活を続けていた結果、たいしてほしくなくてもちょっとでも目に留まれば欲しがったし、椅子の上に十分も座っている事ができなくなっていたのだ。
我儘はいけないことだと思っていても、幼い心は衝動的に動いてしまう。
そんなエリサに、たま子は根気強く囁き続けた。
『相手をよく見てごらん。メイドさんは今、どんな顔してる?』
ある時は、いつもの癖でメイドの髪を飾るリボンを何気なく強請ったエリサに、たま子は囁いた。
手に入れたリボンにご満悦だったエリサは、その時初めて顔をあげてメイドを見た。
悲しそうに伏せられた瞳に、そっと噛みしめられた唇。
体の前で行儀よく組まれた手は微かに震えていた。
『そのリボンは、その子のお母さんがお仕事を頑張れるようにと、家を出る時にプレゼントしてくれた宝物だよ』
エリサは手の中にあるリボンに再び目を落とした。
淡い黄色の綺麗なリボン。
メイドの濃い茶色の髪に映えてとても可愛かったから欲しくなっただけで、似たようなものをエリサはたくさん持っていた。
だからきっと、このリボンも手に入れたことに満足して、一度も髪に飾ることもなく引き出しの隅で忘れ去られることになったはずだ。
だけど、それは初めて家を出て働きに出る娘のためにお母さんが用意してあげた大切なものだった。
『もしもエリサが同じようにされたらどう思う?』
たま子に囁かれて、エリサの胸がキュッと引き絞られるように痛んだ。
「……大切なものをねだってごめんなさい。返します」
涙をにじませてションボリと謝罪するエリサに、メイドが驚いたように目を見開いた。
『お姫様はそんな風に椅子に座っていたかな?』
またある時は、作法の時間に五分も経たないうちに体勢を崩したエリサに、たま子は囁いた。
『いつかで会う王子様の前でもそんな風に座るの?あっちの方がきれいじゃない?』
ピンと背筋が伸びて優雅にカップを手にする先生を示されて、エリサは目をパチパチと瞬いた。
『今のエリサとどっちが可愛い?』
絵本の中の王子様に憧れる少女にとっては、可愛いや綺麗は見逃せない言葉だった。
『先生は、エリサを可愛く素敵にするための方法を教えてくれるんだよ』
「かわいいおひめさまになりたい!」
エリサは気合と共に背筋を伸ばした。
そうして日々は過ぎ、今日はついに初めてのお茶会の日である。
社交シーズンの初めに行われる【小さなお茶会】は、デビュタント前の子供たちの顔合わせの場だった。
そこでの様子を見て、将来の側近候補の目星をつける事もあるため、子爵以下の下位貴族にとっては気の抜けない場でもあった。
とはいえ、主に6~8歳の子供たちの集まりである。
少々の不作法は許されるし、見守る大人たちも口を挟まないという暗黙の了解があった。
「お友達できるかな」
ピンクのドレスで可愛らしく着飾り、緊張と興奮で頬をバラ色に染めたエリサは、非常に愛らしかった。
「エリサは可愛いから、きっとみんなの人気者になれるわよ」
一緒に参加予定の母親は、そんなエリサの様子を見ながらほほ笑む。
「最近は礼儀作法の先生からも褒められたし、お母様も鼻が高いわ」
「だって、エリサはかわいいお姫様になりたいのよ」
母親の言葉にエリサも笑顔で答える。
「そう。エリサはお姫様になりたいのね」
無邪気な子供の言葉が、公爵夫人の脳裏で微妙に変換されていることなど、その時はエリサも一緒に聞いていたたま子も知る由はなかった。
「ねえ、本当にだいじょうぶかな?」
エリサは、向かいに腰かける母親に聞こえないようにこっそりと囁いた。
『たくさん練習したんだから、いつも通りにすれば大丈夫よ』
隣に座るふりをしながら、たま子がのんきに答える。
宙に浮かぶたま子は、椅子に座る必要はないのだが、狭い馬車の中で浮かんでいると邪魔になりそうなので座っているふりをしているのだ。
たま子は気遣いができるおばさんだった。まあ、エリサにしか見えていないけれど……。
『パーティはお庭であるんだって。美味しいお菓子もあるそうだし、楽しみにしてたらいいわ。お勧めはベリーのマフィンだって』
「もう!お友達ができるかしんぱいなのに、マフィンなんて……食べるけど」
こっそり唇を尖らせるエリサに、たま子がケラケラと笑う。
『まあ、ずっといっしょについてるし大丈夫よ』
「そうよね。たま子は他の人には見えないものね」
エリサはようやくほっとしたように微笑んだ。
あの日から、いつでもそばにいて間違った事をしそうになれば注意してくれるたま子だが、エリサ以外にはその姿は見えないし声も聞こえなかった。
いち早くそのことに気が付いたたま子が、エリサに人前では話しかけないように注意しなければ、幻覚が見える脳の病気かとお医者様を呼ばれていた事だろう。
もっとも今では、エリサの側に何かがいるのは公爵家の中では周知の事実となっているのだが、それも良い変化が見られたため好意的に受け入れられていた。
「たま子がいるなら、安心ね」
エリサは、ようやく緊張を解くと、まだ見ぬお友達に思いをはせるのだった。
忘れていたわけではないが、エリサは公爵家の一人娘である。
しかも、兄が三人もいるため家は安泰であり、将来的にはどこぞの家に嫁に出されるのは確定しているのだ。
また、今まで表舞台に姿を現してはいないけれど、公爵家一同より溺愛されているのは有名な話である。
つまり、何が言いたいかというと超優良物件であり、人が集まらないわけがないという事だ。
「人が多くて疲れたよぅ」
結果、会場に入った瞬間から次々とあいさつに訪れる人の対応に疲れ果て、エリサはお手洗いに行くふりをしてこっそりと会場を抜け出していた。
『大人だけでなく、子供も年上の子たちは目がギラギラしてたねぇ』
たま子はやや呆れ気味に笑いながら、人気のない茂みの陰に座り込んだエリサの頭をそっと撫でる。
「側に来るのはお兄ちゃんたちばっかりで、同じくらいの年の子とはあまり話せなかったし。このままじゃお友達できないかも……」
『まあ、【小さなお茶会】とはいえ、初回は大人も交えたあいさつが主みたいだし、次回からはもっと子供だけのかかわりになるみたいだから、焦らないで大丈夫だよ』
ションボリと肩を落とすエリサにさらに慰めの言葉をかけるけれど、なかなか気分は上がらない様子だった。
この二カ月ほど、このお茶会で友達をつくることを目標に頑張ってきたのだから、それもしょうがない。
一緒に会場に来ていた二つ上の兄が、久しぶりに会った友人と楽しそうに会話しているのを垣間見てしまえば、なおの事だろう。
『元気がでないのは、お腹が空いてるからだよ。ほら、こっそり持ってきたからこれ食べて元気出して』
気が張れない様子のエリサに、たま子はしょうがないと秘密兵器を差し出した。
「あ‼マフィンだ!」
フワンとどこからともなく降ってきたナプキンには、大きなマフィンが一つ包まれていた。
たま子がエリサの側に姿を現してから二か月。
暇な時間に試行錯誤している間に、ポルターガイスト的にものを動かせるようになっていたし、小さなものならどこかに収納して持ち運べるようになっていた。
ちなみに、どこに消えているのかはたま子自身にも分かっていない。
とたんに笑顔を見せたエリサは、パクリとマフィンに噛り付こうとして動きを止めた。
いつの間にか近くの茂みから少年の顔が覗いていたのだ。
「だれ?」
思わず声が尖るのは、たま子がマフィンを出す所を見られたかと心配したからだ。
視線の鋭さに、びくりと少年が身を竦める。
『大丈夫。エリサが手に取った後に顔出したから、見られてないよ』
怯えて顔色を悪くする少年を、肩を竦めながらたま子がかばう。
秘密がばれていないことにホッとして、エリサは体から力を抜いた。
「そんなところにいないで、出てきたらいかが?」
未だに体は茂みの中にいる少年に、エリサが声をかける。
先ほどより和らいだ声に、少年が恐る恐る姿を現した。
上等だけどいかにも大きさがあっていない服を着た少年は、一言もしゃべらないまま茂みの側で所在なさげに立ち尽くしている。
「……私の名前は、エリサ=ブレルーノです。あなたのお名前は?」
「……ぼ……ぼくは……、ル……、ルー……ノ。ルーノ=ボルーサ……」
ギュルルルル~~~~。
沈黙にじれて先に名乗ったエリサに、少年が驚いたような顔をした後、つっかえながらもどうにか名乗りかえそうとした時、声を遮るように大きな音が鳴った。
どこか間の抜けた音に、再び沈黙が満ちる。
「……おなかが空いているの?」
ギュルルル~~~。
顔を赤くしたルーノが答えを返す前に、再びお腹が鳴った。
「ルーノ。私、マフィン持ってるの。半分あげるわ」
さらに顔を赤くしたルーノに、エリサは良い事を思いついたというように、ニコリと笑いかけた。
「……いいの?」
「そのかわり、ここでつまみ食いしてた事、内緒にしてくれない?」
可愛らしい交渉に、様子を見ていたたま子は思わず噴き出した。
「だって、こんなこと淑女として失格でしょう?でも、会場ではみんながひっきりなしに話しかけるから、何も食べれないんですもの!」
目を丸くするルーノに、エリサはなおも言い募る。
「だけど、私だってお腹は空いてるから何か食べたいの。だから、半分あげるから、あなたはここで見たことを秘密にして」
豪快にマフィンを半分に割って、片方を差し出してくるエリサに、ルーノが耐えきれないというように笑い始めた。
「なによ!いらないの?」
「もらうよ、ありがとう」
ムッとして差し出した手を引っ込めようとするエリサに、ルーノが急いで駆け寄ってくる。
「……ないしょよ?」
「これ食べたら、僕も同罪だろ」
真面目な顔で頷いたルーノに、ようやくエリサはマフィンから手を放す。
「ルーノ、お隣どうぞ」
いまだ立ったままの少年に軽く隣を示すと、エリサはマフィンをパクリと口にした。
「……おいしい」
そっと隣に腰を下ろしたルーノは、チラリと横目でエリサを見てから同じようにマフィンを口にした。
(さて、どうしたものかしらん?)
もくもくとマフィンを食べている子供たちを、たま子は宙に浮きながら観察していた。
突然現れた少年は、服が大きめだという事を差し引くにしてもひどく痩せているように見えし、髪や肌にも艶がない。
このお茶会に参加しているのは貴族の子供達であることを思えば、それは異様なことに思えた。
こっそりと平民が紛れ込んだ、というのは無理がある。
何しろ、このお茶会の会場は王城の中庭なのだ。
それに、サイズは合っていないし新品にも見えないけれど、着ている服の生地や仕立ては良いものに見える。
そして、最大の懸念は少年の髪と瞳の色にあった。
エリサが礼儀作法の一環でこの国の簡単な歴史と成り立ちを習った時、常に一緒にいるたま子も話を聞いていた。
(銀髪に紫の瞳は王家の色って言ってたよね、たしか。しかも、あの子、ルーノ=ボルーってもしかしてボルーサステーロって名乗ろうとしてたんじゃない?)
予想が当たっているならば、この少年は国と同じ名を持っていることになる。
(でも、そんな王族いるって聞いてないけど?)
いくら幼児教育内の情報とはいえ、同じ年ごろの王子の名前を省いたりするだろうか?
どう考えても厄介ごとの気配に、たま子は頭を抱えたくなった。
(でも……ねえ)
「おいしいね」と笑いあっている2人の姿に、とりあえずたま子は言葉を飲み込むことにした。
たま子は、身分制度などない国に生まれ育った由緒正しき庶民である。
難しい政治は分からないし、お偉い方々のあれこれなど、もっと知った事ではない。
(子供が不幸になるのは嫌なんだよね。……とりあえず静観で)
所詮、人の目に映らない幽霊みたいな存在なんだから、考えてもしょうがないと判断して、たま子はそっとエリスのドレスの陰にもう一つマフィンを置いた。
『エリス、ドレスの陰にもう一個出したから、ポケットから出したふりして食べちゃいな』
どうせ聞こえるわけもないのに、なんとなく囁き声で伝えれば、エリスがにっこりとほほ笑んだ。
やっぱり半分では物足りなかったようだ。
結局、さらにクッキーを二枚ずつ平らげて、二人きりのお茶会は幕を閉じた。
いつまでも会場に姿を現さないルーノにエリサは首をかしげていたけれど、『また次に会えるわよ』と慰めたたま子に納得していた。
その後、無事に女の子のお友達をゲットしたけれど、それはそれとして、こっそり抜け出した茂みの奥の二人きりのお茶会も続いていくことになる。
その過程で、ルーノの正体が分かったり、たま子の存在がルーノにばれたりするのは、また別のお話である。
【おまけ】
公爵家の使用人の間では「うちの我儘お姫様の様子が最近おかしい」と最近もっぱらの噂だった。
フワフワの金髪に長いまつ毛に縁どられたぱっちりした青い目を持った、まるで動くお人形のように可愛らしいお嬢様。
あまりの可愛さに、我儘すらも愛おしいと家族を筆頭に公爵家総出で甘やかしたせいかすっかり我儘になってしまった。
幼いうちは良かったけれど、五才を過ぎてそろそろ礼儀作法や勉強がはじまると、イヤイヤばかりでなかなか身につく様子がないのが、頭痛の種になっていた。
兄達のおやつや物をねだるのは後で同じものを渡せばよいし、気まぐれにメイドたちから装飾品を取り上げるのも、どうせすぐに見向きもしなくなるのでこっそり取り戻せばいいからと大して問題視されていなかった。
しかし、礼儀作法や知識はそういうわけにもいかない。
けれど、楽しくないやりたくないと逃げ出すエリサを止める術を、使用人たちは持っていなかった。
肝心の両親も、「まだ小さいんだし、そのうちできるようになるだろう」と鷹揚なもので、ほぼ野放し状態だった。
そろそろ、子供達がメインの小さなお茶会への参加も視野に入れる時期だったが、作法がおぼつかないために予定が建てられないというのに、のんきなものである。
それでも、大きな瞳一杯に涙を浮かべてねだられると、あまりの可愛さに誰も強く出れないし、願いをかなえて無邪気な笑みを向けられれば「しょうがないなあ」とつい許してしまう。
結局誰もが、可愛いお嬢様に嫌われたくないのだ。
ところが、そんなお嬢様が、ある日を境に我が儘を控えるようになってきたのだ。
正確には、我儘を口に出すのだが、その後にじっと黙り込んだかと思えば「ごめんなさい」とその手を引っ込めるようになった。
「いつも、少し斜め上のあたりを見て考え込んでいらっしゃるようなのです。もしかしたら、そこにお嬢様を導く何かがいらっしゃるのではないでしょうか?」
いつもエリサのそばに控える専用侍女が、ある日そっと報告してきた。
そう言われれば、確かに。
いつものように我が儘を口にした後、宙を見てハッとしたように動きを止めるのだ。
「きっと、可愛いお嬢様を導く天使様に違いない」
その行動を奇行と受け止める前に、使用人一同は謎の存在を絶賛した。
何しろ、イイコトしか起こらないのだ。
可愛いお嬢様の我儘は鳴りを潜め、真面目に講義を受けて礼儀作法も整い、可愛さはうなぎのぼりだ。
『のん気な使用人ばかりで助かるね』
使用人たちに、勝手に天使扱いされてしまったたま子は呆れたようにつぶやいていた。
お読みくださり、ありがとうございました。
久しぶりにわき目もふらず一気に書き上げた作品でした。
ので、矛盾があっても笑ってスルーしてください。
幼女の上にふよふよ浮かぶ半透明の還暦おば様。の図が脳裏に浮かび、思わず……。
ちなみに。
この後、たま子さんは自分の口調がエリサに移りだしたことに慌てて、言葉遣いを改めます(手本は礼儀作法の先生)。
子供の基礎教育はともかく、立派な淑女となるとお手上げのため、たま子さんも先んじてお勉強(と称して各所をうろつき色んな令嬢を観察。その過程で視える霊能力者的な人に会っても面白いかも)して、いっしょに成長していく予定です。




