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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

逆説死

作者: ガニミズム・わいばーん
掲載日:2026/04/25




 中学生のウィルは反戦デモに参加していた、しかし偉い政治家先生はそれをごっこ遊びだと言ったそうである。だがそれが反戦だろうが軍拡だろうがこの国の政治というものがごっこ遊び以上の瞬間だったことなど、どれくらいあるというのか彼は疑っていた。政治家先生一人一人はとても立派な人であろうはずなのに、どうしてみんなで集まると衆愚ともいえる状態になってしまうのか。要するにデモでも政治でも、その内部に確固たる実体、というものをウィルは感じることができなかったのだ。それなら、自分のクラスで行われる学級活動の話し合いの方が彼にとってははるかに実体の伴ったものだった。無論、これはまだ彼が世間知らずであり、成熟した見識を持っていないための生意気と言えたかもしれないが、SNSに代表される言論の空間というもので、大人の未熟な、あまりに未熟な振る舞いというもの、そしてそれを制御できず野放しにしている大人というものに、失望というか、あきれ、のようなものをティーンエイジャーが感じずにいられる方が難しいだろう。その、大人の未熟なSNSに、一緒になって踊るか、踊らないか。ウィルは後者になった。そんな彼の厳しい目には、反戦デモも大人の未熟なごっこ遊びだし、偉い政治も未熟なごっこ遊びだし、軍拡も未熟なごっこ遊びだし、SNSも未熟なごっこ遊びであった。ウィルは叫んだ。では実体はどこにある! 揺らぐことのない、真に最善たる実体はどこにある! しかし彼はそれを感じ取れる程、成熟しているかどうかも怪しい。彼はまだ中学生だった。


 そんなウィルには学校に仲の良い友人は一人もいなかった。しかしだからといって、彼がいじめられっ子とか、仲間外れにされているとか、そうゆうわけではない。彼は勉強は頭から数えた方が早かったし、少しばかりませたばっかりに、同年代の子供との調和がとれなかったのだろう。自分ではそれを、孤高であると捉えていた。そんなウィルは今日も今日とて一番後ろの席でボ~っと空を眺めていた。というのも、今朝からウィルの学年では廊下に血液が小さじ一杯ほど撒かれていたというので、大騒ぎだったからである。中には、血に触れても見てもいないのに、気分が悪いと保健室に行く女生徒もいた。ウィルはそんな今朝からの動きに、呆れを通り越して怒りすらも感じていた。なんだそんな程度の血が! 体液接触のHIVだか何だか知らないが、戦争が起きているんだぞ! そこではここで滴った血なんぞとは比べものにならない程の血が流れているんだぞ! それだというのに、お前らはくだらないアイドルだ野球だ漫画だなどと、下らぬことしか口にしない。そのくせたった数滴の血でアレルギー反応を起こしやがって! なんていい加減な奴ら! なんていい加減な奴ら! しかしだからといってウィルがそれでクラスメイトを糾弾することはない。彼はこのクラスの空間の未熟さ変えられると思う程クラスメイトを信用していない。だから自分はこのクラスの部外者であると演じるように、ただただ窓の外を眺めるしかないのだ。そして、放課後のことである。ウィルが帰ろうとすると``ウィル君。ちょっと僕とイイ所に行かない?``そう話しかけてきたのは、糸目だった。糸目は本名はコオというのだが、その特徴的な目を閉じているのか開けているのかわからぬ糸目から、そのあだ名で呼ばれいじめられていた。つまり、ウィルにとってはどうでもよい人物だった。だから無視して帰ろうとした。それはいじめられっ子と関わると自分も虐められるという下らない理由ではない。ウィルは本当に、糸目に興味がなかったのだ。教室を出ても、糸目は横にぴったりと付いてきた。あまりにしつこいので怒鳴って追い払おうかとウィルが思い始めたその時、糸目はすっと懐に入ってきてこう耳打ちした。``今朝の血、あったろ。あれ、僕の血なんだぜ。キレイだったろ。``これを言われたウィルは当初意味が分からなかったのできょとんとしたが、意味がわかったとてそれは不可解であった。何故学校に血を撒いたのか。何故それを自分に耳打ちしたのか。そして。何故血が美しいのか? 糸目はそんな考えを巡らしているウィルの顔をニヤニヤと笑いながら見ていた。目の前にいるのは糸目というつまらなく興味も湧かないいじめられっ子である。ただ、血、というその一言により、糸目は何か深い深い井戸のような可視できぬものを宿したかのようにウィルには感じられた。良い、良い。もしつまらぬ男ならば怒鳴り散らして帰ってしまえばよいのである。ウィルは糸目の言うイイ場所とやらへ、付いて行くことにした。


 糸目に連れて来られたのは閉店したというのに未だに取り壊されていないパチンコ屋だった。もうかれこれ十年以上はそこにずっとあったので、よからぬ輩のたまり場にでもなっているのだろうとウィルは考えていたが、まさかこんな弱々しい奴が使っているとは思いもしなかった。正面口は封鎖されているので、裏手の従業員出口へと回ると、そこは鍵が壊されていて入ることができた。入ってみると土と埃の臭いが鼻にツンときた。夕暮れであろうと廃れていれば昼夜関係なく中は暗い。糸目はガサゴソと携帯端末のライトをつけて進んでいく。階段を上がって二階に行くと、少しばかりは外の夕日が入ってきた。もちろん、遊技台のようなものは一つもない。コンクリートが剥き出しのだだっ広い空間である。その中央に、しみったれたクッションが二つ、ランタンが一つ、置いてあるばかりである。糸目は自信ありげに歩いて、そのクッションにドカッ、と座ると、ウィルを手招きした。ウィルも仕方なく座った。糸目がうやうやしくランタンをつけ、持っていた鞄から授業で使っていたデザインナイフを取り出した。ナイフはランタンの明かりで鈍く光り、それを何故か消毒液で丁寧に拭いた。``いいか、見てろよ、いくぞ。いくぞ。``糸目は左袖をまくり、ナイフの刃を腕に押し当てると、チョイと動かした。すると、あてがった部分に赤みが出て、指で強くもむと赤い血が出た。``ほうら! 出た出た血が出たよ! キレイだろ。``糸目は惚けた顔でそう言った。それはあまりに幼稚な仕草だった、しかしそれでもウィルには、どこか感ずるものがあった。ここには血があった、明確な血があった。それは、未熟さ。というものを飛び越えるには十分な力があった。``君もやってみるかい?``糸目がそう言うと、ウィルも自前のデザインナイフを取り出し、消毒し、左腕をシュッ、と、切った。血が出た。よく見ると、ランタンの周りには乾いた血の点々がいくつもいくつもあった。


``僕はさ、本当は切腹がしたいんだ。``ウィルと血の秘密を共有した糸目は、調子を良くしてすぐにこんなことを口走った。ウィルはではお前は死ぬ、ということの意味をわかっているのか? と怒鳴りつけてやろうかと考えたが、糸目は少なくとも血の秘密を知っている、それだけでもとても喜ばしいことだった。


 二人は学校が終わるとバラバラに廃パチンコ屋へと向かいお互いにナイフで腕を切り合った。腕から流れる血を見合ってウィルは思った。この血は紛れもない実体である! ある日もウィル一人血の秘密の場所に行って糸目を待った。しかし待てど暮らせど糸目は来ない。しびれを切らしたウィルは学校へ糸目を呼びに行くことにした。もう生徒のほとんどは下校しているらしく、人影もまばらである。しかしウィルは糸目がどこにいるのか皆目見当がつかない。ウィルは糸目の血の赤さしか、知らない。そっれ以外には、興味がない。不意に、体育用具室に行こうと思った。そこは怠慢な体育教師のおかげでいつでも自由に入ることが出来、生徒達の格好のいじめスポットになっていた。体育用具室の前まで来ると何やら物音と笑い声が聞こえる。ウィルがドアを勢いよく開けると、糸目へと振り上げられた拳が彼の左頬へと飛んでゆき、それが当たって吹っ飛び、壁に激突したまさにいじめの瞬間だった。それはどうやら3~4人の生徒によって行われているらしかった。ウィルに気付いたいじめっ子たちはどうやら興が削がれたらしく、一言二言捨て台詞を吐いて体育用具室を後にした。何から何まで未熟で、グロテスクで、どうしようもなかった。ウィルはゆっくりと糸目に近づき、見下ろした。糸目は顔を俯けて縮こまっていた。``なあ。結局血だの切腹だの言ってたって、俺はいじめられてんだよ。ホラ笑えよ失望しただろ。お前も笑えよおッ!``糸目はそう叫ぶと、目に一杯の涙を溜めていた。ウィルはしゃがんで糸目の顔をのぞき込むと出ていた鼻血をペロと舐めた。``君の血はこんなに綺麗じゃないか。``すると糸目が、``馬鹿だな君は。HIV になっちまうよ。``と言った。


「刃物は各自家で使っているものを持ってくる。買ってはならない。中学生が一人で包丁を買おうとすると、怪しまれる可能性がある、あと、滑り止めのタオル。決行は19日の早朝、2-Bの教室にて行う。それまでに手紙も書きあげる」ウィルはノートにこう記した。決行とはつまりは自決であった。なぜ彼らはここまで思いつめたのか。つまりはこうゆうことである。ウィルは糸目がいじめられていた場面に遭遇した後、 彼を反戦デモに誘ったのだ。 何故糸目を誘ったのかはウィルにもわからなかったが、まず以前の彼からでは考えられぬ行動であることは誰の目にも明白だった。 糸目はその誘いを大変喜んだが、 しかし彼には政治がわからなかった。正午に校門前に集まると、電車に乗って都心へと繰り出した。 ウィルはこの手のデモには行き慣れていたので落ち着いていたが、 糸目はソワソワしていた。それは彼の無学ゆえのことだったかもしれないし、ただ単に友達と出かけているので緊張しているだけかもしれなかった。反戦デモの最寄り駅まで着くと、まだ時間があったので、散策をすることにした。しかしウィルは、 今の自分と町の雑踏の関係性が大きく変わっているのを感じた。 この町を歩く人々からは血を感じない。 当然生きているのだから血液は巡っているはずである。しかしそれは生活、仕事、娯楽余暇、悪意のようなものの下に隠れて、みんなみんな忘れてしまっているのである、だが自分は知っている! 自分と糸目は知っている! 生きているということ、血が巡っているということ! みんなみんなそんな当たり前のことを、 もう一度思い出した方がいい。そうすればきっと、戦争なんて恐ろしくてしないというのに。夕暮れになった。そろそろ集合場所に行こうとしたその時だった。``よお。二人で何してんだよ。``話しかけてきたのは高校生四人組だった。ウィルと糸目は寂れて手入れの怠った小さい公園に連れていかれ、 カツアゲをされた。 そこはあまり治安の良いエリアではなかった。緑がうっそうとして暗かった。``君達ィィ~。中学生だろ? だめだなー。中学生だけでこんなとこ来ちゃ。お兄さんが懲らしめてやらないと。で。え? キミ達は今日何でこんな所に来たの?``と聞かれた。糸目が耐えかねて反戦デモに来た、と言うと``反戦デモ? うわー、偉いね。じゃあ戦争になったらお前らが最初に死ねよな。少年兵だ少年兵。``彼らはガハガハ笑った。この四人組の服装はどこぞのブランドのパーカーかと思われ小奇麗なものだったが品性が極めて下劣だった。その下劣な輩の一人が苦しむ糸目が面白いと首を絞め始めた。それを見たウィルは激昂し、糸目の側へと駆け寄り首を絞める輩の顔面を思い切り殴りつけた。すると輩は突然の反撃に弱気になり``けっ! つまんねぇ~の! この軍資金でメイド喫茶いこーぜ!``と叫びながら去って行った。ウィルと糸目の服には土と濃い野草の臭いがこびりついていた。ウィルの拳には輩の鼻血がついていた。その血のなんとも汚いこと! その時ウィルは同じ人間でも体内を流れる血の質は異なる、ということを理解した。``ああ。あいつらからお金取返し損ねちゃった。デモ、どうする?``と糸目が言った。``今日はもう帰ろう。``この時ウィルは、自決を決意したのだった。


 こうして19日、まだ日の入り前の時刻から、ウィルはごそごそと動き始めた。しかし、彼らはまだ中学生である、止める手立ては残されていなかったのか? それは彼らの間で何遍と繰り返された問いであった。"本当にやるのか?""怖くないか?""無理についてこなくていい。""家族が心配するぞ。"だがそれらの言葉が空疎に感じられてしまうほどの、血の秘密。というものが彼らの間にはあった。ウィルは、糸目は、互いの血の美しさを知っていた。それは反戦でも軍拡でも政治でもSNSでも生活でも仕事でも娯楽余暇でも悪意でもただの未熟、実体の無いものが蔓延る世界の中で唯一見つけたものだった。ウィルは地元の有力者宛にこの手紙を投函してから学校に向かった。以下はその内容である。


「○○様へ。

〇〇様、お仕事お疲れ様です。最近は過ごしやすい日和となってきましたが、急に寒くなることもあるので、お体を大事になすってください。昨今の情勢をニュースで見る限り、まさに激動、の一言に尽きるこの頃ですが、〇〇様の存在はそんな荒波の中を行くための確固たる方位磁針であると信じております。この国の未来を、よろしくお願いいたします。

今回私がお手紙を書いたのは、遺書であります。この手紙を貴方が読んでいる時には、私はもうこの世にはいないでしょう。これは、生きたくないから死ぬのではありません。生きるために、死ぬのです。私は今現在の世界の未熟さ、空虚さ、実体の無さというものに、絶望はしておりました。それは反戦でも軍拡でも政治でもSNSでも生活でも仕事でも娯楽全般でも、今ここにあるありとあらゆるもの全てです。私はその中で酩酊しておりましたが、一つの兆しを見ました。それが血です。貴方は見たことがありますか。皮膚を切れば出てくる赤い赤い血を。腹を裂けば出てくるはらわたのその生きている熱を。あらゆる未熟さ、空虚さ、実体の無さの中で世界が形作られようとも、人は血をもて生きているという、当たり前の原理原則は、変わるはずがありません。人は生きているんです、血が通っているんです、私はそんな当たり前の、そして人として最も大切な原理原則に立ち返って欲しいと思っています。今日は何十百人が亡くなったとか、相手を出し抜くためにこうしようとか、自分の面子や名誉地位を保ちたいとか、その下に生きる人々にも、血があるんだということを、忘れないでいただきたい。その確固たる血の原理原則に立ち戻りたいのです。その時にこそ、私は本当に生きられるのだと考えます。メメント・モリ、死を忘れるな。ということでしょうか。つまり私の死とは、生きるために死ぬという逆説的なものなのです」


 ウィルはまだ日の昇らぬ青い世界の中、校門の前に立つ糸目の姿を見た。“本当にいいのか? 引き返すなら今だぜ。"ウィルが言った。"何を今さら。これが俺の本望だ。お前こそビビってんじゃねえぞ。"糸目が笑った。


 二人ともカバンから包丁を取り出した。その包丁の柄には滑り止めのタオルが巻かれていた。それによって、この自決の本気を二人は改めて理解した。2-Bの教室の後ろ、ウィルは廊下側、糸目は窓側の両端に立った。グズグズしてはならぬ、気後れしてはならぬ。二人は右の腰骨で包丁を構えると、えいやーっ! というかけ声でお互いに突進し、ぶつかった。ウィルの方が体格がよく糸目が一瞬浮くような感覚があったが、お互いの刃は腹部にざっくと刺さった。痛みと熱さと途方も無い違和感で気が狂れそうだった。刃を引き抜いて少し後退りすると糸目ががむしゃらに切りつけてきた。ウィルも負けじと糸目を切りつけた。昂奮状態で何が何だかわからず、その振り回した刃も当たっていたかどうかわからない。しかし、お互いが血塗れで腹膜が露出していることはわかった。それは赤く赤かった。しかしその乱闘は二分と持たなかった。怠さとか、眠たさとか、疲れとか、重さとか、痛みとか、熱っぽさなどで、二人は動きたくなくなり、肩を寄せ合って床にへたりこんだ。"あのさ、お前さ。俺のこと好きだろ。"ウィルが言った。"アホ。そんなわけないだろ。"糸目が言った。二人は頭をコツンとぶつけ合って笑った。


 それから少し経ってクラス担任が二人を見つけて悲鳴をあげた。二人の死因は失血死だった。




ー了ー


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