第1章 海月精霊は誘う。④
ユスフに投げ飛ばされた男が石畳の上でうめいている。
そこへ、同じような風体の男たちが駆け寄ってきた。
「どうしたぁ!?なんだ、このザマは!」
「エモノはどうした!?」
ユスフがやれやれ、とばかりに肩をすくめた。
「おじさんたち、あきらめたらー?
“じょーきょー”のはあくがおそいのって、ちめいてきだと思うんだけどー。」
わざとらしい棒読みな発言に、男たちが目に見えて色めき立つ。
口々になにかをわめきながら、ユスフにとびかかった。
その瞬間、一陣の風が吹き抜けた。
駆けてきた勢いのままに、殴りつけ、肘うち、足払い――。
そこまでは、ナーディルにも見えた。
気づいたときには、男たちは一人残らず石畳の上に沈んでいた。
「隊長、遅いよ。速いけど」
けろりとしたユスフの発言に、舌打ちを返した“風”は、精悍な男だった。
「お嬢を探すのは、坊のほうが得意にきまってる。
二人して、俺をまいてどうするんだ」
ふっと長い前髪の間から、男の目が、ナーディルの目を射抜く。
鋭い――紫の眼だった。
ナーディルは思わず息を飲んだ。
その鋭さと、美しい色合いに。
男の殺気に、体に緊張が走った。
――強い。
反射的に海月精霊の少女の方へ身を寄せたのは、無意識だった。
が、男の殺気が強くなり、その手がナーディルへ向かった、と思った途端――。
ぐるりとナーディルの視界が回転した。
横に一回転して、気づけばビーナームの背中がそこにあった。
すぐに、見覚えのある侍従がナーディルの腕をとった。
ナーディル自身に気づかせないまま、護衛がついていたらしい。
ビーナームが「おお、おお」とうろたえた声をあげながら、「隊長」に向かって滅茶苦茶に杖を振り回している。
「ぼっちゃんに、なにをするっ」
「じいっ」
護衛を押しのけて前へ飛び出そうともがくナーディルを止めたのは、のどかな少女の声だった。
「落ち着いてください。敵意はありません。――お互いに、でしょう?」
――海月精霊の被り物が、ゆらりと立ち上がった。
ナーディルは、固唾を呑んだ。




