前フリ・弥生の世界
紀元前0世紀の物語から、佐久の里の動きを詳細に掲載することにしました。紀元前1世紀後に浅間山で噴火が起き、急激に進展する
浅間山の噴火は、自然の力を見せつけた。
しかし、たまに起きる地震。雨が降ると起きる洪水は、人には、避けられない力であった。
そんな世界の脅威に向き合う、ひとつの集落があった。
浅間山の噴火で灰だらけになりながら、それでも肥沃な土地に生まれ変わり、生き延びた土地だった。
民は巫女の力だと信じて疑わない。
しかし、巫女は、自分の力のなさを痛感していた。力を得るには何が必要か。
彼女が出来た第一歩が、移動するグループに力を借りることであった。
噴火の次の年は、巫女が戸隠に修行に行っていない。
しかし、田んぼを掘り起こし、灰を排除する作業に追われたが、巫女様の修業を信じ頑張って稲を育てた。
秋の収穫前に佐久に戻った巫女は民から大きく迎えられていた。
そこで、巫女は自らの力を補うために移動するグループを味方に入れたのである。
それから、稲の管理、茅の畑の構築、佐久の里の開拓が、続いた。
毎日は、当たり前に進んでいくが、細かい自然の動きに、より敏感になり、地震や大雨があったが、佐久の里は発達していた。
時代が進み、巫女と長の間に娘が生まれた。娘を育てるのに慎重に行っていた。
何年かに一度は、戸隠の巫女との交流も忘れず、娘も戸隠にも連れて行っていた。
さらに時代が進むと、巫女は退位し、娘に巫女を継がせた。
そして移動するグループのオヤジも、各地に仲間を置いて、その土地の仲間として暮らせるなどの情報網を確保して行っていた。
オヤジの息子、若が巫女の護衛になった。
長岡での洪水、その結末。
南の国の脅威が直江津王国に迫り、柏崎が追随したが、それを排除する事にも成功していた。
移動するグループの他、若や弓使いも、大いに活躍した。
佐久の里は、直江津王国を始め、近畿圏や九州勢力からも山々に囲まれた秘境の里で、関心は少なかった。
が、しかしその年、雨の気配、大川の増水など、危機感が迫って来ていた。
巫女は弓使いの所へチビを送り、移動するグループも、大川の動きに注意していた。
大雨が続くと、被害回避のために、佐久の里を逃がす選択が出来た。
縄文の森前に避難した民は、水を引くのを待った。10日以上が過ぎ、水が引き、ぐちグチャになった佐久の里に少しづつ戻り、開墾のやり直しが始まっていた。




