第三章 選抜 3
欅の梢から差す日の光もだいぶ柔らかくなって、季節はもう春になろうとしています。運動場に出てお日様の光に当たっていると、ついうとうとと眠くなってしまいます。
僕たちも大きくなって、もう体重も五十キログラムはあるでしょうか。
そして僕らにも、雄や雌としての第二次性徴が発現し始めました。あちらこちらの豚房で、雄豚が雌豚に乗り掛かったり、逆に雌豚が雄豚に乗ったりと、互いにほかの豚どうし乗ったり乗り掛かられたりし合って逃げ惑う豚たちの、「ビャー! ブー!、ビー」と賑やかに鳴き喚く声が聞こえて来ます。
僕も、突然にその衝動を覚えると、無意識にバッと、だれ彼構わずに乗り掛かってしまいます。でもまごまごしていると、僕もほかの豚に体の上に乗り掛かられてしまいます。それはとても重いし苦しいし、それに何だかとても嫌な気分にもなって豚房の中を逃げ回ります。
ですが、相手の豚に乗り掛かるのがどういう事なのかは、まだ分かりませんが。これも本能がさせる事なのでしょうか。
ある日の朝、青いツナギの兄ちゃんがスコップを載せたリヤカーを引いて来ました。そしていつもと変わらず、運動場の掃除を始めます。運動場で、ぼうっとして尻餅を付いて座り込んでいる豚が、兄ちゃんにスコップでお尻を叩かれています。
「邪魔だ! どいてろって言うのに」
( ビシャン! )
「ビギー! ブーピー」
「ふッ、ふっ! ふっ! ブオッツ!」
よほど痛かったらしく、尻を叩かれた豚はそう鳴き喚きながら、運動場の中をぐるぐると走り回っています。
「だから、どけって言っているものを…」
兄ちゃんは、その豚の様子を横目で窺い見ながらそう言うと、豚房の境の扉を開け、隣の豚房に入って行きます。
「どけどけ!」
そう言って、足元に纏わり付いて来る豚たちを蹴散らしながら。
私の豚房の掃除が終わり、兄ちゃんは隣の豚房へと移って行ってしまいました。
( ピシャン! )
「ビギャー! ブー」
向こうから、相変わらず賑やかな声が聞こえてきます。
「やれやれ…」
兄ちゃんは最後の豚房の除糞作業を終えると、腰に吊していた手拭いを取って顔中の汗を拭っています。
「陽気も、だいぶ暖かくなって来たなぁ…」
そして兄ちゃんは、運動場の外の通路の上に.止めたリヤカーの前に突っ立ったまま、ツナギの胸のポケットから煙草の白い箱を取り出し、口で煙草を一本引き抜くとマッチをシュッと擦って火を点けました。
「ふー…」
マッチの燃えカスを豚房の横の側溝に投げ捨て、旨そうに煙草の煙を吸っています。
「ふー、…さて、と」
何回か煙草を吹かした後でそう呟いて、煙草の吸い殻を糞の積まれたリヤカーの上に放ると、兄ちゃんは、隣の豚舎に向かってリヤカーを引いて行きました。




