第二章 別れ 2
ついに、繁殖豚になれるか、肉豚になるかの、見極めの日がやって来ました。
小父さんと、青いツナギの作業服を着た若い兄ちゃんがそろって哺育豚舎にやって来ました。小父さんの脇には、あの分娩豚舎で僕たちが産まれた時に性別や乳頭の数、そして体重と耳標の番号を書き込んだ分娩台帳が挟まれています。
そして兄ちゃんは、肉豚に決まった時に雄豚を去勢するための去勢台と、睾丸を切る挫滅刀やヨードチンキの消毒薬を運んでいます。
いよいよ、豚たちの選抜作業が始まりました。小父さんたちは、豚舎の端の豚房から順番に、収容されている豚たちを視て行きます。台帳と豚を照らし合わせて、耳標の番号の確認と体形、乳頭の数と乳が出ない盲乳などの有無の状態を確認します。
小父さんは、豚房の外の通路から全体の外貌を、そして体の細部を豚房の中に入って近くからと、それはもう一頭一頭を、丁寧に細かく視ています。
種豚として残す候補豚には、背中に黄色い色のスプレーで印を付けていきます。
背中にスプレーされた、種豚として残す事が決まった豚には、耳に、丸く白いタグに個体識別番号が入った耳標を打ち込みます。
そしてそれから両方の耳に、個体識別番号の数字を耳の決まった位置への切れ込みで表す、耳刻と言う切れ込みを入れます。これは、特殊なハサミ状の器具で耳を切っていくのですが、これも見ているだけで痛みがこちらまで伝わって来るようです。
でも、一番かわいそうなのは、黄色いスプレーを背中にされなかった、肉豚になる事が決まってしまった豚たちですね。
雄豚は、去勢台の上に乗せられて去勢されてしまいます。その時の、その豚の鳴き声と言ったら …。「グッギヤー‼」という物凄い金切声の絶叫にも似た悲鳴で、それは豚舎の中に、そして耳の中にも反響しながら響き渡ります。思わず、ぶるっと身震いしてしまうほどの。これだけは、同じ雄としては勘弁してもらいたいです。本当に。
でも、肉豚になる事が決まった雌豚は、幸運と言うのかどうか、幸いにも何もされません。
段々と僕の豚房に順番が近づいて来て、いよいよ僕のいる豚房の番になりました。
小父さんたちが台帳を片手に、柵の扉を開けて中に入って来ました。僕らは豚舎の中に追い込まれ、運動場へ出る背の低い扉は兄ちゃんに閉められてしまいました。
「ああ神様、どうぞ僕の背中にスプレーの黄色い印を付けて下さい」
僕は心の中で、そうお祈りをしました。
そしてとうとう、僕の番になりました。
小父さんと兄ちゃんは、少し離れた場所から、僕の身体を頭からシッポの先までジッと見詰めます。文字通り、値踏みするように。
固体番号と乳頭の数を台帳と照らし合わせながら、乳頭の形も確認しています。そして後ろに回って、僕の睾丸の形を視ると、触って細かく確かめます。
僕の身体の全てを観察し終わると、顔を合わせ、何やら二人で相談しています。
「そうだなぁ。バークの雄も取っとかねえとな。こいつは発育も良いし、乳頭の数も形もまあまあだな。うーん、この腹の雄ではこいつが一番体形も良いし。こいつを残すか」
小父さんがしばらく考えた後でそう言うと、兄ちゃんが僕の黒い背中に、スプレーで黄色い二重丸の印を描きました。
「やった! 残れる。種雄豚になれるんだ」
思わず僕は、そう叫んでいました。もちろん、「ブヒ! ブヒー」とですが。
それから、僕の左の耳には、あの白く丸い個体識別の耳標が打ち込まれました。これは耳の血管を避けながら、一瞬パンチで バチッ! と留められただけなので、あんまり痛くはありません。
次は、あの耳刻の切込みの番です。
番号によっては耳を切られる場所が多いので、その痛みも倍増です。でも僕の場合、耳標の末尾の番号が011番だったので、幸い、切られた場所は、左右の耳の一番下の部分の二か所のみでした。
でも、耳に切れ込みを入れられるのはとても痛いです。まぁ、去勢されてしまうよりは、まだずっとましですがね …。
こうしてめでたく、僕は将来の種雄豚候補として残される事になりました。後は、この左耳に打ち込まれた固体識別番号で、正しい血統の証としての子豚登記と、やがては種豚登録が行われて、晴れて種雄豚の仲間入りを果たすだけです。
でもそれは、これから全部順調に行ったらのお話なんですが…。まあ何より、第一関門突破というところですかね、今は。でも正直、心からホッとしました。
そして、この選抜のための見極めが終わった後も、僕たちは体重が三十キログラムくらいになるまでは、まだしばらくの間、この哺育豚舎で過ごします。
種豚の選抜に漏れて、肉豚として去勢されてしまったほかの雄豚たちが、もう豚房の中をふざけ合って走り回っています。切られた傷口も縫われずに、ただヨードチンキで消毒をされただけでしたのに …。
その日からはまた、朝と夕方にあの青いツナギを着た兄ちゃんがやって来て、豚房と運動場の糞をスコップで除糞してリヤカーに載せていきます。
「邪魔だ!」( ピシャンッ! )
「ビギャー!…」
いつもの光景が繰り返されます。
掃除が終わると、兄ちゃんは堆肥舎に糞を下ろし、洗ったリヤカーにワラを山の様に積んで来て、端の豚房から順番に細かく細断されたワラを投げ込んでいきます。
新しいワラはとても良い匂いがして、しかもふわふわです。この上に寝転ぶと、赤い保温電球の暖かさと相まって、僕はついうとうとと眠ってしまいます。
外はまだ寒く、豚舎の北側にある運動場の日蔭には雪が固く凍り付き、白く溶け残っています。
当分、まだ寒さは続きそうです。




